お金を使う能力2013年03月03日 08時59分46秒

お金に関する基本的三つの能力、

*お金を稼ぐ能力
*お金を貯める能力
*お金を使う能力

以上の中で、一番重要な能力は、「お金を使う能力」であると、私はそう思っている。特に現在のようなデフレの時代、別の言い方をすれば、金回りの悪い時代には、いっそうその能力が必要とされている。しかし、世の中ではほとんどの人たちが、「お金を稼ぐ能力」が一番大事だと信じているようであり、またお金を使うには能力は必要なく、お金さえあれば、誰でも簡単にお金を使うことができると思っている。

その誤解がどこからくるかといえば、多くの人が「お金を使う」とは、単に「お金を支払う」ことだと思っていることによる。「お金を使う」とは、本当の意味は、「お金を払ったものの価値を理解し、払った金額の対価を受け取る」ということである。だからお金を単に支払っただけでは、本当は、「お金を使った」ことにはなっていない。

たとえば、お金と時間があれば、誰でも値段の高いクラッシックのコンサートに行ったり、高級レストランで食事をしたりすることはできる。しかし、もしその人に十分なクラッシック音楽の鑑賞能力とかグルメ力がなければ、払った金額の半分も対価を受け取れないかもしれない。

反対に、2千円の本を買って、その本を何回も読めば、あるいは百円ショップで買った百円の品が非常に役立てば、それは支払った金額に対して対価をたくさん受け取ったということで、ビジネスの世界では、こういうことを「対費用効果が高い」という言い方をする。

お金を支払ったのに、対価を受け取れなかったものを、私は「不良債権」と呼んでいて、現在はどこの家庭にも不良債権があふれている――食べずに捨てた食品、買ったけど、ほとんど着ていない洋服、使わない食器、読まない本、聞かないCD、高い割りには使えないパソコンソフト等々。あるいは、自分にヒットしなかった映画、コンサート、セミナー、ワークショップ、途中で挫折した講座や学校など。

もちろん、誰の生活においても、以上のような不良債権をゼロにはできないものだし、お金を使うことに関して失敗してみないと、「お金を使う」能力は向上しないので、ある程度の不良債権はいたしかたないものである。

なぜ、私がお金を稼ぐ能力よりも、お金を使う能力のほうが大事かという結論に至ったかといえば、お金をたくさん稼いでも、お金を使う能力がないせいで、貧しい感じの人たちがいたり、反対にお金をたくさん稼がなくても、豊かに暮らしている人たちがいたりすることを、長年の間にたくさん見聞したからだ。世界中には極端な話、お金を稼がず使わず、豊かに暮らしている人さえいる―そういう生活を実験した記録、「ぼくはお金を使わずに生きることにした」マーク・ボイル著 紀伊國屋書店)という本が、数年前に日本でも翻訳出版されている――この本を読んで思ったことは、お金を稼がず使わない生活は、お金を稼ぎ・使う生活よりも、はるかに大変な能力(と体力)がいる、ということである。

それから、お金を稼ぐ・貯める・使うに関して思うことは、稼ぐことは一番個人の自由がない。つまり、それは非常に多くの要素――時代の景気と変化、(会社の)業績、天気、災害、自分の運、縁、そして神様の気まぐれ(笑)などなど――が複雑に絡み合って、必ずしも自分の能力だけでどうにかなるものではない。しかも、現在、日本銀行券をたくさん手に入れている人でも、未来にわたってそれが保障されているわけではない。それに比べれば、お金を使うほうは、今もっている範囲のお金を使うということであれば、どう使うのか、何に使うのかは、かなり個人の自由があり、自分にとって楽しいものに使えば、その瞬間に喜ぶことができる――おいしいものを買って食べるなど。

だから、私がお金を使うときに、いつも問いかけることは、「私はこれを買って(これに支払って)、楽しむことができるだろうか?」「長期的に使えるだろうか?」「対価を受け取ることができるだろうか?」ということである。そう問いかけていくと、私の経験では、不良債権はしだいに少なくなって、使ったお金が有効に生きているという実感がしてくる。

あるいは、漠然と「お金をもっと欲しい」と思うときがあれば、「私はそのお金を使う能力があるだろうか?」「私はそのお金を使う具体的用途をもっているだろうか?」と問いかけてみれば、たいてい、その「欲しい」は、「不安」から出てきていることに気づくかもしれない。

私と同じく金持ちでも貧乏でもない、ごく普通の経済状態の方々のために、誰でも実践できるデフレ時代の楽しいお金との付き合い方をまとめれば、

*自分が使うお金の対費用効果を高めるようにする。また持っている物はなるべく使うようにし、不要なものは、断捨離し、家と心の風通しをよくする。

*家庭内の不良債権を減らす。
*(節約・倹約だけだと、エネルギーが収縮して、ストレスがたまるので)、ときには、自分が本当に好きな物(事)や新しい経験のためにお金を散財して、楽しむ。
*余裕があれば、無償経済にも参加する。
*お金に関しては、迅速、正確、明確を心がける。

最後の「お金に関して迅速、正確、明確」は、父から教わったことで、これを実践していれば、人生において金銭トラブルをほとんど免れることができることを理解した。他のことは、父の言うことをほとんど聞かなったにもかかわらず、「金はさっさと払うもの、時間はきちんと守るもの」という父の教えだけはなんとか守るように努力できたのは、遺伝の力であり、父に非常に感謝している。

ビジネスの世界、スピリチャル系の団体や個人でさえ、お金に関して必ずしも「迅速、正確、明確」ではないことを、20年間の出版ビジネスの間によく経験し、ここでもまた驚くことが多くあった。今でも、90年代の初期に取引したあるスピリチュアル系の会社とのやり取りを思い出すことがある。その会社は本をたくさん買ってくれて、それはありがたかったのだが、支払い期日を数カ月すぎても、お金を一円も払ってくれない。いつ督促の電話をしても、「本日、経理はいません」「本日、社長はいません」の対応である。半年が過ぎたとき、さすがに私もブチ切れて、会社に乗り込んで、「お金を払いなさい」と、無理やりお金を出させて、借金を回収したのである。そのときは非常に不愉快な経験であったが、いざとなったら、自分は借金取りの役(笑)もできると、奇妙な自信がついた。

その会社の社長さん(お金をたくさん稼ぐ能力があるのに、お金を使う能力がなく、貧しい印象を与える典型的な人だった)、金銭トラブルとかでその後も週刊誌やネット上で、何度かお名前を見かけたので、何年たっても、まったく体質が変わっていないんだと思ったものだ。

[お知らせ]
*2013年3月23日(土曜日)「楽しいお金ワークショップ」(広島市)
詳細は下記へ
http://www.simple-dou.com/CCP037.html
 
*2013年3月24日(日曜日)「私とは本当に何かを見るワークショップ」(広島市)
詳細は下記へ
http://www.simple-dou.com/CCP038.html
 
 
*「バーソロミュー―大いなる叡智が語る愛と覚醒のメッセージ」が、ナチュラルスピリットより再刊されました。目次等の詳細は下記へ。
http://www.simple-dou.com/CCP039.html
ナチュラルスピリット
http://www.naturalspirit.co.jp/
*「1994年バーソロミュー・ワークショップ・試聴版MP3ファイル(東京会場)(京都会場)」が、下記のサイトより無料ダウンロードできます(1ファイル140MB録音時間約76分―ダウンロード時間はパソコンの性能にもよりますが、数分くらいです)
http://www.simple-dou.com/CCP010.html






コメント

_ エンジェル・ダスト ― 2013年03月04日 11時30分09秒

アジャシャンティ氏の『あなたの世界の終わり―「目覚め」とその“あと"のプロセス―』の13周目を読み終わりました以下感想です

顕現している見かけの物質世界の『その背後に在る偉大なる何か』

私達はこの世界では一人一人は世界の中の極小さな役割をしているにすぎず
その意味では 

「私達一人一人は制限された不完全な能力しか持たないことを”認めざるを得ない”」

私達一人一人が人生でしがみつき握りしめているモノがある
「真実(と思っている)モノを掌握」して 
それを証明しようとしていたのだろうか?

答えは

「あなたはどこまで行っても何をしようとも制限された能力と不完全なモノしかその手には掴めない」

ということです

凡庸な普通の人が普通の日常生活を送ることの「普通であることの奇跡」
「私は凡庸な極普通の人です」と自覚している人の
その「顕現している見かけの普通さの『その背後に在る偉大なる何か』」

「顕現している見かけの物質世界の『その背後に在る偉大なる何か』」は
それは普通であるということを何の不自然さもなく完璧なまでに調整して「普通であるという奇跡」を成り立たせています
あまりにも自然で完璧だからそれに気付かないのです

アジャシャンティ氏の新刊が太陽出版から6月頃発売するという情報を知り楽しみにしています

_ エンジェル・ダスト ― 2013年03月07日 16時11分59秒

先程のコメントに誤字脱字があったため訂正しました

アジャシャンティ氏の『あなたの世界の終わり―「目覚め」とその“あと"のプロセス―』を15周目を読み終わりました以下感想です

内なる心のハンドルを握りしめしがみ付きコントロールしようとすればするほどドツボにハマる

もしネット上などで誰かに不快な事を言われたり 
もし日常生活で自分の心に不快な思考や感情が発生したとしても
その心の不快な思考と感情を心の外や心の見えないところに
『押しやろうとしたり取り除こうとしてはいけない』そうです

もし他者に不快な事を言われれば 
心の内に不快感と怒りの思考がわき起こるかもしれないです
その時に
「心の内に収縮する不快な感覚と思考」
に気付くと思います

もしその
「心の内に収縮する不快な感覚と思考」
を押しやったり取り除こうとするには 
「心の内に収縮する不快な感覚と思考」をリアリティ(現実)と認識しなければいけなくなり
その不快な感覚と思考に無意識にリアリティ(現実)を付与することが
まさにその不快な感覚と思考にエネルギーを与えてしまうのです

内なる心のハンドルを握りしめしがみ付きコントロールしようとすればするほどドツボにハマるのです
これが人間のコントロールの限界です 

内なる心のハンドルを手放さなければならないのです
自分にできることは何もないという手放しです

これは在るがままの完璧な自然さで心の内の握り締めとしがみ付きを手放した時に
心の内の収縮が何も無くなっていて
「今私の心は何もコントロールする必要はない」
と知るのです 何もしなくていいのです

_ エンジェル・ダスト ― 2013年03月16日 12時48分54秒

『君は眠り夢を解く』 それが目覚めのようです

「夢見の状態から目覚める事」とは
もし今眠り夢を見ていて夢の世界の内部にいるならば
その夢の世界の外を知ることはできず 
夢の世界の内部に居るならば自分が何をしていて自分が本当は誰であるかを知らないそうです 

夢の世界の内部でゲームを攻略してより良い夢を見ることを望むか 
もしくは夢の世界から目覚めることを『真実』を望むか

それは

『君は眠り夢を解く』

それが目覚めのようです

アジャシャンティ氏の『あなたの世界の終わり―「目覚め」とその“あと"のプロセス―』の21周目を読み終わりました

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