生物進化論2016年02月25日 09時34分40秒

 40代の初めに生物進化論を知ったとき、20代のときにスピリチュアルを知ったときと同じくらいの衝撃を受けたものだ。イギリスの生物進化論の学者、リチャード・ドーキンスの世界的ベストセラー「利己的遺伝子」、そして、それを一般向けに解説した竹内久美子さんの著作などを読んで、本当に目が覚める思いだった。

何がそんなに衝撃的だったかというと、大人になってから(いや、本当は子供の頃から)ずっといだいてきた人という生き物についての?????が、生物進化論を知ってから 「ああ、そういうことだったのか。人間はまだほとんどサルなのだ」 と理解できたからである。

リチャード・ドーキンスの「利己的遺伝子」の主要な観念とは、「人間も含むあらゆる生物は、遺伝子の乗り物にすぎない」「遺伝子は、自分が生き延び、代々にわたって自分の勢力を拡大するために行動し、それゆえ非常に利己的である」であり、そういう観念から見れば、生物としての私たちは遺伝子によって支配されているとも言え、自由な意志などはもっていないのである。人間は自分で何かを自分の意志で選択していると思っているが、実のところ、すべては利己的遺伝子が私たちの行動規範を決めている、というわけだ。

そして生物進化論の本を読んで、動物においては、利己的遺伝子は子孫拡大のために奔走するだけであるが、人類にあっては、利己的遺伝子が自我とタイアップし、自分の勢力拡大への衝動がはるかに強力になったことも理解できた。生物進化論的に見れば、人類という種、人間社会の中で起こる戦争、争い、対立、競争はすべて、利己的遺伝子と自我のタイアップによる拡大願望によるものである。

国家的自我であれば、「自分の」国の支配権を拡大したいと願い、宗教的自我でれば、自分の宗教の信者を増やしたいと思い、会社的自我であれば、「自分の」会社の製品をよりたくさん売って、マーケットのシェアを拡大したいと思い、作家や思想家的的自我であれば、自分の考え・観念を広めたいと思う。お互いに拡大したいと思うゆえに、目に見えるところ、見えないところでぶつかって、対立が起こるわけだ。

個人的レベルでも、私は「自分の」正しさを主張したい(拡大したい)、相手もまた「自分の」  正しさを主張したい(拡大)したいゆえに、争いが起こるわけである。
 
そして、私たちが身近に見聞したり、体験したりする、集団の中のイジメやセクハラ、パワハラ等は、切ないほどの、ある意味では、ゆがんだ動物的自我拡大欲求によるものなのだと、私はしだいに理解するようになった。特にヒトに近い類人猿(チンパンジーなど)の生態について知ったとき、イジメやセクハラ、パワハラ等は非常に強い動物的欲求によるもので、だから、他人をいじめて喜んでいる人たちを見たとき、「ああ、そうか、この人はまだチンパンジーなのか(笑)」と思い、怒るというより、同情心すらわくようになった。

以上のような動物的世界の話を、スピリチュアルな探求をしている皆さんは、自分には関係のないことだと思うかもしれないが、現実はそうではない。一応スピリチュアル系に属している私がなぜ著作の中で、生物進化論や動物世界の話を書いているかといえば、宗教やスピリチュアルな世界は、一歩間違えば、動物的権力(パワー)争いや暴力の方向へ簡単に進んでしまうからである。そして、この業界で仕事をしているほとんどの人たちがそういうことを指摘したり、書いたり、警告したりしないからである。歴史的にみて、愛や慈悲を説いている宗教のせいで、どれだけの戦争と暴力が起こってきたかは、驚くべきことである。宗教が暴力に転化した最近の例としては、90年代に日本を騒がせた宗教教団の事件は典型である。

生物進化論から見れば、人間が利己的なのは当然で、私たちが自我拡大運動に奔走することは仕方ないことだとわかって、私は非常に安心し、自分や他人の利己的行動をはるかに許容することができるようになった。そして、むしろ、自分の利己心を覆い隠して、「自分はよき人である」「自分はいつも他人のことを考えている」と思いこむほうが、はるかに弊害が大きく、自分にもまわりにもストレスを与えることに気づいた。

そしてさらに、その弊害は、スピリチュアルな世界を探求している人やこういう世界で仕事をしている人たちにもよく見られることに気づき、唖然と驚くことがあった――つまり、いつもは、愛、感謝、許し、豊かさ、気づきなどを熱心に語ったり信じたりしている人たちがいざとなると、他人のことなどおかまいなしに、自分の利己心をむき出しにする風景。そして自分でもそうなりがちな傾向を感じて、ときには葛藤が起こったものだ――自分の利益(快適さ)を優先するべきか、それとも他の人たちの利益を優先すべきなのか、と。

私たちが「私は一個の肉体ではない」とか、「すべては一つである」と教えられたり、本で読んだからといって、あるいはそういう観念を信じたからといって、利己的ゆえに長い歴史を生き延びてきた肉体レベルの行動が簡単に非利己的に変わったり、感情や思考が急に愛や親切心にあふれるはずがないのである。誰でもはある程度、自分が信じる(あるいは信じたい)スピリチュアルな観念と自分の行動や感情・思考がずれているのは、当然なことなのである。

問題は、観念と自分の行動・思考感情のズレを認識しないことで、だから、常に正直に自分自身を見ることが重要だと私が何度も強調するわけである。

私が「人をめぐる冒険」  そして、今回の「動物園から神の王国へ」の中で、動物段階、人間段階、神段階という観念を展開したのは、スピリチュアルな世界を探求をしている皆さんが、そういう弊害に陥らずに、自分をいつも正直に眺めるためである。

もちろん、動物段階、人間段階、神段階という観念も最終的にはどうでもいい観念にすぎないが、あるところまではけっこう役立つものだ(と私自身は確信している)

たとえば、動物段階、人間段階、神段階を理解すれば、この世に出回っているスピリチュルな教えが、人間段階の教えなのか、神段階の教えなのか、あるいはその橋渡しをする教えなのか、そういう区別が次第にわかるようになる。「神」という言葉を使っているからといって、神段階の教えとはかぎらないのだ。私が見るに、スピリチュアルな業界で、人間段階と神段階の教えがゴチャゴチャになって提供されていることが、混乱に拍車をかけているような気がする。

もし 「人をめぐる冒険」  そして、「動物園から神の王国へ」を読まれた皆さんが、そのあたりの混乱を多少でも収めることができたとしたら、私がこれらの本を書いた意図が正しく伝わったということである。

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詳細・予約は下記へ
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*「動物園から神の王国へ―サルの惑星、のような星で、平和に生きるために」
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1部 ヒトにおけるセックスと闘争・暴力の問題について
2部 サルの壁 人の壁
3部 人生は、ド・アホでいこう!

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コメント

_ a ― 2016年03月05日 18時19分40秒

>宗教やスピリチュアルな世界は、一歩間違えば

まあ、そうですよね。
だいたいの人は、いくらやっても教義とか宗教という
対象と自己一体化をはかっても気づかないわけで、
そういう人らが「自分は特別だ」なんて思ったら、
けっこう危ないなとは思います。
仏教でいう戒律なんかもほとんどの場合、単なる
自己抑圧で終わるわけで、インドがおかしいのも
そういう理由なのかなと思ったりします。
マハラジだかマハルシも言ってましたけど、
宗教なんて人間の創造物だよなぁと。

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