the art of the spiritual healing(5)2021年04月12日 09時44分55秒

[新着ニュース]

*「スピリチュアル・ヒーリングの本質」(ジョエル・ゴールドスミス著 ナチュラルスピリット発行)5月下旬発売予定。目次は下記のサイトに掲載されています。


*オンライン「私とは本当に何かを見る実験の会」

日時:2021年5月16日(日曜日)午後2時から午後4時頃

https://www.simple-dou.com/CCP059.html




[青年様のご質問への回答] 
ラメッシの本をいつも愛読いただき、ありがとうございます。ラメッシ・バルセカールの「人生を心から楽しむ」(マホロバアート発行)を日本で出版する権利(翻訳権)を、私は現在もっていませんので、私のほうでKindle版を作成することはできません。ラメッシの本については、今は他の本のことで忙しいですが、時間ができたら、また新しい企画(翻訳)を考えてみたいとは思っています。


3月の終わり、桜が満開の日、満開の桜に「今年もお会いできてうれしいです」と挨拶しながら、近所を一周した。春に、満開の桜を見ると、神の顕現を一層感じられ、元気度があがり、今年もなんとか一年を乗り越えられそうな気がする(桜に特別な想いをもつのは、日本人特有なのかもしれないが)。

永田動物園(永田町)とオリンピック村動物園のボスリーダーたちが過去7年以上にわたって企画してきた、「やらないほうがいい、問題噴出大運動会(オリンピック)」のための聖火リレーも始まり、皮肉なことにというか、当然のことというか、コロナ・ウイルスの元気も再び増している。このままいくと、オリンピック開催に向かって感染が増えるということにもなりかねない。今年の7月、大運動会(オリンピック)が実現したら、(7月に世界からアスリートが東京に集まっているイメージが、いまだまったくわかないが)、そのときは、「コロナ・ウイルス変異株の競争大会」(笑)となる可能性もある。

いやいや、今日の話題は、動物園の話ではなく、「神の王国」のヒーリング、再びジョエル・ゴールドスミスのthe art of the spiritual healingについてである――本書の邦訳タイトルは、「スピリチュアル・ヒーリングの本質」(ナチュラルスピリット発行)に決まりました。

今日、「スピリチュアル」とか「スピリチュアル・ヒーリング」という言葉は、世界中で幅広くゆるく使われていて、それぞれの流派というか提唱者によって、様々な定義がなされている。

だから、スピリチュアル系のヒーリングをテーマにした本を読んだり、テクニックを学んだりする場合、それぞれの流派というか提唱者が定義している「スピリチュアル」とか「スピリチュアル・ヒーリング」の意味を正しく知る必要がある。

多くの宗教系の団体では、前にも話題にした、「嘆願的祈り」は「スピリチュアル」であり、「スピリチュアル・ヒーリング」の中に入っている。しかし、ジョエル・ゴールドスミスが定義する、「スピリチュアル」、「スピリチュアル・ヒーリング」には、「嘆願的祈り」もアファメーション(肯定的宣言)も引き寄せの法則も入っていない。

彼の定義する、「スピリチュアル」とは、純粋にSpirit (神霊)という意味であり、彼が言う「スピリチュアル・ヒーリング」とは、「私の中でSpirit (神霊)の活動が起こることによるヒーリング」、あるいは、「私が内なる神性に目覚めることによるヒーリング」というぐらいの意味である。本書を理解する鍵の一つは、いわゆるメンタルなレベルのヒーリング・テクニック(「嘆願的祈り」、アファメーション(肯定的宣言)、引き寄せの法則、エネルギー・ワークなど)との違いを明確に理解することだ。私が長年スピリチュアルな世界を観察してきたことから言えることは、Spirit (神霊)とメンタルなレベルの混同が、スピリチュアルな世界に関わったり、関心をもったりしている人たちに多大な誤解と混乱を与えている、ということである。

それから、ジョエル・ゴールドスミスが教えるヒーリングの道で重要なことは、「人はヒーラーにはならない(なれない)」ということである。普通人が、何かのヒーリング・テクニックを学ぼうとする場合、たいていこう思うはずである。「もし私が〇〇のテクニックを学ぶことができれば、私はその〇〇のテクニックによるヒーラーになることができるだろう」と。

しかし、ジョエル・ゴールドスミスが提唱するヒーリングの道(「無限の道」と呼ばれている)では、人はヒーラーにはならない(なれない)し、人がヒーリングをするわけでもない。つまり、「個人的私」が、〇〇というテクニックを使って、××の症状をヒーリングする、という考え方ではまったくない。そして、そもそも、彼が提唱するヒーリングには一般的に「テクニック」と呼べるものさえない。神によるヒーリングが起こるとき、「ヒーリングを為す人」、「ヒーリングされるべき人や症状」、「ヒーリングという行為」という三つ組みがない。これはたぶん、本書の中でも理解がとても難しいポイントだろう。

さて、過去半年あまり(翻訳した期間を含めれば、もっと長い間)、本書、the art of spiritual healing(スピリチュアル・ヒーリングの本質)の作業をしてきて思うことは、ジョエル・ゴールドスミスは特異なヒーリング能力に恵まれた、ある意味では非常に「特別な」人――イエス・キリストのような人である、ということである。彼は本書の中で、そのヒーリングの秘密をあますところなく語ってはいるが、それでも本書を読んで学んでも、あるいは彼の元で学んだとしても、ほとんどの人は彼ほどのヒーリング能力に恵まれるようにはならないだろうと感じる。彼自身が本書の中で、自分の生徒たちの中で、自分の言うことを理解した人はほとんどいなかったと、正直に語っている。つまり、彼は長年ヒーリングの原理を多くの生徒に教えはしたけれど、彼ほどのレベルには誰も到達しなかったということであろう。

それはなぜかと言えば、彼の能力が生得的、運命的なもので、訓練したり修行したりして得たものではないからである。ジョエル・ゴールドスミスは、「神と薬の両方は必要ない」(つまり、神が在れば、薬は必要ない)と言っていることから察するに、生涯、薬もサプリも飲まず、彼が「物質医学」と呼んでいるものを利用することはなかったのだろうと思う。でも、同じく神への目覚めを語る多くの賢者は肉体のヒーリング能力をもっていなかったようである。私はここで特にダグラス・ハーディングやラメッシ・バルセカールのことを思い浮かべている。彼らはいわゆる体のヒーリングにほとんど関心がなかったというか、病気になれば、普通に薬を飲んだり、病院に行って治療してもらったりしていた。そういうことに関して、彼らはとても「普通」だった。

「神と薬の両方は必要ない」――まさにスピリチュアル・ヒーリングの正論で、王道ではあるが、しかし、こういう真理を実生活に応用するときは、慎重にやったほうがいいと思う。つまり、いきなり、飲んでいる薬を全部捨てたり、医者に行くのを突然やめたり、いきなり、今までのスタイルを全部変えたりみたいな、過激なことはしないほうがいい(笑)。自分の理解と確信に応じて、少しずつ、薬をやめる(もし今までたくさん飲んでいたなら)、少しずつ医者通いをやめるなど。

私自身は体のヒーリングに関しては、中途半端というか、何でもありの主義で、歯医者以外、めったに医者には行かないが、それでも、市販のサプリは飲んでいるし、具合が悪いときは、市販の薬も飲むし、自分の手に負えないと思えば、医者にも行く。

数日前も真夜中に突然軽い胃痛(夕食を食べすぎたか、食べ合わせが悪かったかも)で目が覚め、私は「スピリチュアル・ヒーリング」なんて考えもせず(笑)、常備している胃薬を飲み、1分以内に症状はおさまった。たぶん、薬を飲まなくても、その場で瞑想とかすれば、症状はいずれ収まるのだろうが、私のヒーリング能力程度では、「瞬間ヒーリング」というわけにはいかず、1時間以上はかかるだろうし、こういう場合、市販の薬のほうが手っ取り早い(笑)。私の場合は体の問題に関してはいつも、「一番簡単に苦痛が減少し、(そして、できれば、なるべくお金がかからない)方法が、(自分にとっての)神の顕現」、という感じでとらえている。

「神と薬の両方は必要ない」以外にも、ジョエル・ゴールドスミスの言葉、そして聖書の言葉には、かなり極端で過激な表現も多い。

たとえば、「スピリチュアル・ヒーリングの本質」の本の中から、いくつか紹介すると、

「人は生活のために働く必要はない」

「何を食べようか、何を飲もうかと、自分の命のことで思いわずらい、何を着ようかと自分のからだのことで思いわずらうな」(マタイ6章25)

「一日の終わりに、明日を始めるのに十ドルのお金が残っていてもいなくても、気にしなくてもいい」

こういう言葉はすべて正論であるが、しかし、ライフスタイルとしては、どちらかというと仏教的中庸を愛する私には自分が実践できるかどうかは疑問だ。少なくとも私は、何を食べるか飲むかはかなり気にするほうだし、全財産が10ドルになる前になんとか対策を考える(笑)だろうと思う。

こういった過激な言葉は、キリスト教という宗教が多くの人たちを魅了する理由でもあり、一方で、正しく理解されなければ、前にも書いたように簡単にカルト宗教に利用される危険性も合わせもつ。だから、読者の皆さんにも本書を読まれる場合は、注意深く読むことをお勧めする。

それでも、全体的には彼の教えは私に非常に役立ってきて、ダグラス・ハーディング、ラメッシ・バルセカール、そして、ジョエル・ゴールドスミスの教えのゴールデン・トライアングルのおかげで、ありがたいことに大きな問題もなく日々平和に生きている。

それで、私以外にも彼の教えが役立つ人たちがいるかもしれないと思い、キリスト教系の言語に不慣れにもかかわらず、何年か前に本書の翻訳企画を立ち上げ、幸いなことに、ようやく来月、出版が実現することになり、とても喜んでいる。


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「ニサルガダッタ・マハラジが指し示したもの」(ラメッシ・バルセカール著)が、発売になりました。本体価格:2,550円 (用語解説と訳者あとがきも含めた本文ページ数、378ページ)

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