「アジャシャンティ」(2)スピリチュアルな誤解――「霊的目覚め」 ― 2012年03月23日 10時41分52秒
アジャシャンティが、「あなたの世界の終わり―目覚めの「あと」のプロセス」本体価格1900円 ナチュラルスピリット発行―4月中旬から下旬発売予定)の本の中で、一貫して強調しているもう一つのことは、霊的目覚めとは、「一人の個人」が目覚めるのではなく、目覚めが、「一人の個人から」目覚めるということである。目覚めるのは、個人ではなく、目覚めそれ自身が目覚めることである。
霊的な道にいるほとんどの人たちは、たいていある地点まで、「一人の個人としての『私』が、目覚める(とか、悟る)」という観念をもっている。さらに、「もし私が目覚めたら(悟ったら)、私は始終至福に包まれ、人生で間違いをおかすこともなく、いつも完璧で、大勢の人たちに愛されて、いつも幸せだろう」みたいな観念さえもっている人たちもいる。こういった観念こそ、霊的目覚め(悟り)に関する最大の誤解であるのだ――私自身は、1980年代後半に、ダグラス・ハーディングの本を最初に読んだときに、この誤解を解消することができた。
それからもう一つよくある誤解として、霊的目覚めをある種の神秘体験や至福体験、あるいは何かの超常的能力をもつことだと勘違いすることである。
目覚めは、変性された特別な状態ではなく、今ここのあるがままの現実を単純に自然に認識することである。アジャシャンティが言うように、通常の人の意識、「私は一人の人間である」とそれにまつわる苦悩こそ(そしておそらく喜びも)、むしろ変性された状態であり、目覚めるとはその変性状態から目覚めることである。だから、もし私たちがいわゆる個人的苦しみに苦悩しているのであれば(あるいは個人的達成に歓喜しているのであれば)、そのときはある種の変性状態にあるということである。
世界中のスピリチュアルの世界で、こういった誤解された観念に対応すべく、目覚め(悟り)を神秘体験や至福体験として「販売」する一部の傾向があるようだが――おそらくそういった種類の修行やワークを熱心にやれば、様々な体験をすることは確かなことであろう――アジャシャンティは、目覚めることなく、神秘体験や至福体験を追い求める傾向に警鐘を鳴らしている――とはいえ、アジャシャンティ自身、自分の先生の警告をほとんど聞かなかったように(というより、聞けなかったように)、私たちはその時期その時期で自分にピッタリな体験、教えや先生に出会うのは間違いのないことで、だから、神秘体験や至福体験志向の修行やワークを楽しくやっている人たちは、それはそれでOKなことである。
目覚めそれ自身は、シンプルで自然な事実ゆえに、現在世界中で、自分の本質に目覚めるという体験をしている人たちがたくさんいる。が、問題は、その目覚めが人生で機能するようになるためには、時間がかかるということである。なぜ時間がかかるかといえば、私たちは目覚めるという体験をしたからといって、エゴ的な傾向からそんなに簡単に抜け出せないからである。
アジャシャンティが言うように、目覚めには、個人的エゴ(人)にとっては利益になること、喜ばしいことは何一つないゆえに、だからエゴ的傾向にまた戻るという地上的重力(と、彼はエゴ的傾向をそう表現している)と目覚めの間で、長い間行ったり来たりの状態が続くのである――それを本書の中で、アジャシャンティは、「目覚めの『あと』のプロセス」として、様々な角度から描写している。
以上本書は、要約すれば、目覚めが人生で機能するようになるために、目覚めそれ自身が人を、「その人の世界の終わり」まで連れていく(エゴにとってはヤバイ、しかし存在にとっては喜ばしい)プロセスを描いた本なのだが、「あなたの世界の終わり」などというあまり売れそうにないタイトルのわりには、アメリカではよく売れている(らしい)。日本でも、「あなたの世界の終わり」というタイトルに怯えずに、こういった本を必要としている方々に広く読んでいただければ、と思っている――皆さんもよくご存知のように、本一冊読んだくらいで、「あなたの世界」がそう簡単に終わったりはしませんから(もし本にそれくらいのパワーがあったら、どれほど簡単かとは思うけど)、どうかご安心を!(次回、もう一回だけ、本書で触れている内容を取り上げます。本の目次は、発売後、シンプル堂サイトで公開予定です)
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コメント
_ haru ― 2012年03月25日 12時15分40秒
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アジャシャンティ、本を読んでみたいと思っていたのでとても楽しみです。
しかも高木さんの訳なら更に安心で嬉しく感じています。
これからもよろしくお願いします。