ニサルガダッタ・マハラジの教え――Prior to Consciousness(1)2017年08月15日 06時34分37秒

 皆様、残暑お見舞い申し上げます。

今回より数回にわたって、今年出版予定のニサルガダッタ・マハラジの本、Prior to Consciousness(意識以前-仮称)について書く予定です。

まずは本書との出会いから語ってみよう。

本書に出会ったのは、1990年代の後半、96年か97年の頃だったと思う。1995年にラメッシ・バルセカールを知り、彼の師がニサルガダッタ・マハラジだと知ったあとのことだ。最初は定番の「アイアムザット私は在る」(ナチュラルスピリット発行)を読んでいたものの、原書の「アイアムザット私は在る」がどういうわけか私には読みづらく、それで別の本を探すことにした。そうして手入れたマハラジの何冊かの本の一冊がPrior to Consciousness(意識以前)だった。

その何冊かの本の中でも私が特に本書を集中して読んだ理由は、これが彼の最晩年の講話集で、末期ガンの苦痛ゆえにもうたくさん話すことができない状態で、マハラジは自分の教えの核心のみを語っているからだ(亡くなる一年半前から二ヶ月前、1980年4月から1981年7月までの講話集)。

そして本書を選んだもう一つの理由は、本が薄いから(笑)で、薄いゆえに手にもちやすく、読んでいて疲れないからである。

 一冊の本を読んだ回数で言えば、間違いなく私のベスト5に入り、一回読んではまたは最初から読むことを繰り返していた時期もあった。私にとっては瞑想的読書--数行を読んでは、その言葉に黙想する--に非常にふさわしい本だった。

マハラジの言葉が、ラメッシ・バルセカールやダグラス・ハーディングの言葉とリンクするとき、彼らがそれぞれの言葉とスタイルで語っている究極の真理への直観的理解が閃くことがよくあった。
 
Prior to Consciousness(意識以前)の本の内容については次回以後に書くとして、実は本書に私が特別な縁を感じる理由がある。それは、1981年に私がマハラジの居住地のムンバイの近くにしばらく滞在していて、ムンバイもたまに訪問していたことだ。

もちろん、その頃私はマハラジのことをまったく知らず、仮に彼の本を読んだとしても、全然理解できなかっただろうし、話を聞きに行こうとも思わなかったことだろう。

それでも自分がたまたまムンバイの近くにいたときに、マハラジも近くで最後の講話をやっていて、その時代の講話をあとで読んでいることに、なぜか強い縁を感じるのである。
   
 
 [イベント]                                        
*2017年9月17日(日曜日)「ラメッシ/マハラジの教えと『気づき』について学ぶ会」(東京)
予約・詳細は下記のサイトへ
 
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*2017年10月29日(日曜日)「ラメッシ/マハラジの教えと『気づき』について学ぶ会」
(大阪府茨木市)
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本書の詳しい目次は下記のサイトに出ています。

1部 ヒトにおけるセックスと闘争・暴力の問題について
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なお現在は、パソコン等では、横書きの文章のほうが読みやすいという人たちもいると思い、縦書き版と横
書き版の二種類の版を用意してあります。 編集の都合上、総ページ数(縦書き版が453ページ、横書き版が367ページ)は異なっていますが、内容はまったく同じです。

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グル(先生) は必要か?2017年06月29日 08時05分09秒

「お知らせ」

*7月はブログをお休みします。

*お待たせして申し訳ありませんが、ダグラス・ハーディングのグラッフィク伝記「頭がない男」とニサルガダッタ・マハラジのPrior to Consciousness の本はともに、諸事情で作業の進行が遅れています。



前回のブログ「見かけの人(伝道者)の役割」の中で、ラメッシ・バルセカールの言葉「探求の推進にはグルが必要である」という言葉を引用した。ラメッシ自身は、マハラジとその前にもう一人先生がいた。

これを読んで、中には、「私にはグルのような人はいないけど、それはつまり、霊的探求が進まないということだろうか? 本だけ読んでいてもダメなのだろうか?」  という疑問をもった人がいるかもしれない。

「グル(先生)が必要である」という考え方は特にインド系の人たちに根強くある。それはグル-弟子という観念がインドの伝統であるからだ。

では、ダグラス・ハーディングに「霊的探求や目覚めにおいてグル(先生)は必要ですか?」と、もし誰かが質問したとしたら、彼はきっと次のように答えるにちがいない。

今ここで私とは何かを自分一人で見ることができるときに、どうしてグル(先生)が必要ですか?あなたは今ここで自分自身で目覚めることができます

ダグラス・ハーディングはいわゆるグルをもたずに独力で探求した例で、彼は自分をグル(先生)扱いされることを非常に嫌い、そもそもグル-弟子というインド風の観念も嫌っていた。

なので、ダグラス・ハーディングの教えのまわりには、グル(先生)も弟子も段階も階級制もなかった。ただダグラスは次のようなこともよく言っていた。「自分とは何かを見ることは簡単だが、それを維持し生きることは難しいものです。それを生きることは修行です。だから、お互いを励ますためにも、私たちがこうして時々集まって、一緒に実験をやることは役に立つことです」。

ダグラスは実験仲間を「見者のコミュニティ」と呼び、仲間・友人と一緒に実験をし、話し合う時間をとても愛していた。

ちなみに、私自身は数えてみると、実際に会い(見)に行った先生は、6、7人くらいで、その本を熱心に読ん先生はだいたい20人くらいだと思う。本から学んだ先生たちにも非常にたくさんのことを教えてもらった。そして、その中で最終的にはダグラス・ハーディングとラメッシ・バルセカールの教えに落ち着いた。

だから、彼らが私のグル(先生)という言い方もできるかもしれないが、私もダグラス同様にグル(先生)-弟子という観念を好まない。もし弟子ということであれば、むしろ私は、自分は彼らという「人」の弟子になったのではなく、ノン・デュアル(非二元系)の「教え」の弟子、その中でも特に彼らの「教え」の弟子になったのだと思っている。

結論としては、「グル(先生)は必要か?」への答えは、「グル(先生)は必要」という意見と「グル(先生)は必要ではない」という意見と両方があり、それはどちらも正しい。

熱心に読めば、本だけでも霊的探求は可能だろうし、熱心に内観(自分の内側を見る)できる人であれば、本さえも必要ないだろう。

ではもし、グル(先生)のような人が欲しいけど、でも出かけて探すだけのお金も時間もないという人はどうすればいいのだろうか? 

 スピリチュアルな世界でよく言われる話によれば、グル(先生)は必ずしも自分の目に見えるところにいる人だけではない、ということだ。つまり、(遠くに住んでいる)現在生きている、あるいはすでに死んだ歴史上の賢者(たとえば、イエス・キリストや仏陀)にさえ霊的探求の導きを熱烈に求めることも可能だということである。私は試したことはないが、こういう方法もあるということである。

インドの賢者ラマナ・マハルシは、「あなたが死んだあと、私たちはどうすればいいのでしょうか?新しいグルを見つけるべきですか?」と弟子たちに聞かれて、「皆さんが私のことを思うとき、私はいつでもそこにいます」と答えたという話が伝わっている。

だから、グル(先生)はどこでもいつでも利用可能ということである--探求者が本気なら。

また、種類は全然違う話ではあるが、私がダグラス・ハーディングやラメッシ・バルセカールの本の翻訳作業をしているとき、どうしても原文の意味が理解できないときや、ふさわしい訳文が思いつかないときは、彼らが生きていると思って、心で尋ねることにしている。すると、私の感じでは、答えが返ってくるような気がしている(まあ、私がそう信じているというか、そう信じたいだけだけかもしれないけど)

さて、こういう話を書くと、ダグラスやラメッシは魂を否定したのに、彼らの魂がどこかで生きているということかとか、ラマナ・マハルシや仏陀、イエス・キリストに導きを受けるのは、チャネリングのようなものかと疑問に思う人がいるかもしれない。

それを私はうまく言葉では説明できないが、一般に行われているチャネリングのようなものではないし、またダグラスやラメッシのいわゆる魂が答えているのでもないと思っている。

そして、グル(先生)が欲しいという話であれば、賢者だけでなく、私の考えでは、人生で自分が出会うどんな出来事も人も、自分を教え導くグル(先生)になりうるのだ--仕事、家庭生活、出来事、親や子供、そして自分が一番苦手だったり嫌っていたりする人たち(笑)。
 
宇宙は非常に親切なところなので、人が必要なものや人(グル・先生)はちゃんと届くシステムになっている。 だから、皆さんご心配なく。


[今後のイベント予定]                                                  
 
 *2017年9月17日(日曜日)「ラメッシ/マハラジの教えと『気づき』について学ぶ会」(東京)

*2017年10月28日(土曜日)「私とは本当に何かを見る会」(大阪府茨木市)

*2017年10月29日(日曜日)「ラメッシ/マハラジの教えと『気づき』について学ぶ会」
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「触媒」――見かけの人(伝道者)の 役割2017年06月13日 15時53分47秒

先日のヤン・ケルスショットのワークショップの中で、彼がした話をもう一つ思い出した。

それは(見かけの)グルや教師 の役割についての話で、彼はグルや教師とは、何かを燃やすときの触媒のようなものだという話をした。

たとえば、砂糖を燃やすとき、砂糖だけだと燃えない(そうである)が、灰(タバコの灰?)を砂糖につけて砂糖を燃やすと、砂糖は燃え始め、最後には砂糖は燃え尽きて、そしてあとには触媒の灰だけが残る。この喩え話では、砂糖が霊的探求者で、灰がグルや教師ということである。

つまり、グルとか教師は探求を推進する影響を与える役割をもっている、というわけである。そういう意味では、ヤン・ケルスショットもたくさんのグルや教師から学び、影響を受けてできたようだ。(私自身はことノン・デュアルの教えに関しては、「グルとか教師」という言葉よりもどちらかというと、伝える役目の人、つまり、「伝道者(道を伝える人)」とか「伝導者(伝え導く人)」という言葉のほうがふさわしい気がしている)。

この話は、ラメッシ・バルセカールがした話にも似ている。彼はグルについて、「人が探求を始めるときには、グルや教師は必要ではないが、探求を推し進めるにはグルが必要である」と、確かこんな話をどこかでしたと私は記憶している。

この話題に関して、私がまた思い出すことは、私が20代の頃に私を霊的探求へ引き入れたきっかけとなったJ・クリシュナムルティの言葉だ。

彼は繰り返しこう言っている。「自分の本質に覚醒するのに、グル、ワーク、本は必要ない」。私は読書以外なるべく何かをしたくないので、この言葉を喜び、この人は真実を言っているに違いないと直感したが、一方で、「本が必要ない」と言っている人の言葉が書かれている本を、熱心に読んでいる自分をよくバカバカしく感じたものだ。

さらにあとで思ったことは、「本は必要ない」と言いながら、彼自身は晩年まで世界中を講演してまわっていて、少なくとも「言葉」を使っていたわけだ。もし本が必要ないなら、それはすなわち「言葉による講演」も必要ないだろうということだった。

もし人が外側のグルも本もワークも一切なく、自分一人で霊的探求をし、目覚めに至ったら、それが「王道」である。しかし、それはほとんど起こりえないことで、もしそれが起こるとすれば、その人は「ほとんど」覚醒して生まれている。私が名前を知っている賢者では二人だけである――ラマナ・マハルシ(インドの賢者)とロバート・アダムス(90年代に亡くなったアメリカの賢者)

ノン・デュアルの教えに限って言えば、J・クリシュナムルティの言っていることは正論である――「私とは何か」を認識・理解するために、私以外の何も、思考や感情でさえ必要ではない。しかし、正論はほとんどいつも役に立たない(笑)。

話を「触媒」に戻そう。私が思うに、伝道者だけでなく、本やワークもある意味では「触媒」である。その他人生の出来事も触媒である。ほとんどの霊的探求者は、その探求を推進するために何らかの触媒を必要とするものだ。

本は手軽で安価でよい触媒であると、私は確信している。現代の先進国では、人はどこでもそれを手に入れることができ、どこでも読むことができるという利点がある。私が長い間本に関する仕事をしているのはそういう理由である。しかし、伝道者やワークに比較すれば、その影響は非常に小さく、すぐには感じられない。ある特定の本から影響を受けたいと思うなら、人は何度も読まなければならず、霊的探求のための読書には特別に「瞑想的読書」(読書による瞑想)という言葉があるくらいだ。

それからワークもよい触媒となりうる――もしそのワークがその人にフィットすれば。そして伝道者 (グル・教師的な人たち) という見かけの人は、ヤン・ケルスショットも言うように、最大の触媒となりうるものだ。それはなぜかというと、私が思うに、私たちは見かけの人がもつエネルギーに非常に影響を受けやすいからである。これは伝道者たちが影響を与えたいと思っているということではなく、見かけの人と人の出会いにより、影響は(起こるときには)自然に起こるということである。

人が人に与える影響は、何も霊的探求の分野に限らない。人は自分が出会う人たちに影響を与え、そして影響を与えられながら、みんな生きている。見かけの人たちの世界は、よい影響にしろ悪い影響にしろそういうことで成立っている

私がかつてスピリチュアル系の場に参加して、もう一つよく感じたことは、特定の伝道者(グルや教師)の影響だけというよりも、その人たちのまわりに集まってくる「見かけの人たち」が作り出す「場」にも、人は影響を受けるのだということだ。 私の経験では、スピリチュアル系のセミナー、ワークショップ、サットサンにはそれぞれ独特の感じがあり、一般的にはその「場」の感じが自分に心地よく感じられれば、それは自分に合っているということができるだろう。

探求者がものすごく多様であるゆえに、触媒である本・ワーク・伝道者もまた多様である必要があるのだと思う。それが現代、これほど多数で多様なスピリチュアル系の本・ワーク・伝道者が世界中にあふれている理由でもある。また多数で多様であるとは、スピリチュアルな触媒はほとんど自分にヒットしないということでもある。人が仮に百冊近い本を読んでも自分に合う本はほんの数冊かもしれないし、10カ所のスピリチュアル系の場をめぐっても、自分に合うと思えるのは一カ所くらいかもしれないのだ――スピリチュアルな探求とはバカバカしいくらい贅沢で無駄が多い旅(笑)である。

ということで結論としては、お金と時間の余裕に応じて、各種の触媒を利用することは霊的探求を推進するのに役立つだろうということである――見かけの人が、J・クリシュナムルティの正論が本当に正しいことを確信する日まで。

[イベント]                                                  
 
「人をめぐる冒険」ワークショップ2017年6月18日(日曜午後) 東京 
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 「私とは本当に何かを見る会」2017年7月17日(月曜-祝日午後) 東京 
 
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ヤン・ケルスショット2017年06月06日 07時07分39秒

 先日、ヤン・ケルスショットのセミナー&ワークショップに参加してきた。

私が日本国内でスピリチュアル系のセミナー(ワークショップ)に(自分が主催するもの以外で)参加するのはものすごく久しぶり(たぶん、15年以上ぶり)である。突然、ダグラス・ハーディングとも縁の深いヤン・ケルスショットの話をちょっと聞いてみたい気分が起こったからだ。

セミナー&ワークショップの最中、時々睡魔が邪魔して記憶があやふやなところもあるが、二日間の話をまとめて書いてみよう。

まず彼はノン・デュアル(非二元)の教えとはどういうものかを図解入りで説明した。

彼が言った要点を箇条書きすれば、

*私たちの本質であるスペース(空間)はどこにでにある。(彼はいわゆる宗教的な用語は好きじゃないので、自分の本質を指す言葉として「スペース(空間)」という言葉を使うということである)

*それは達成されることも変えられることも、汚染されることもなく、永遠にある。
それはどこにでもあるので、それについて話すことに困惑を覚えるほどである。

*たとえを使って説明すれば、一人ひとりの人生とは、どれほど偉大な人のものでも平凡な人のものでも、海の一つ一つの波のようなもので、それぞれ違っていて、わずかな時間しか存続しないが、その元にある海洋はすべての存在に共通し、永遠である。

*その本質の世界(ノン・デュアルの世界)では:no identification(アイデンティティがない)、no time(時間がない))no judgemen, no labeling(判断がない、上下がない、レッテル貼りがない)

*眺めている観照者は個人ではなく、非個人的スペースであり、私たちは全員がいつもそうしているが、ただ気づいていないだけである。「一人の」個人的観照者がいるという思い込みは、進んだ霊的探求者がよく陥る間違いである。

*ノン・デュアルの教えは、セラピーやヒーリング・メソッドではなく、人間状況の改善を目的とはしていないが、自分とは何かに目覚めれば、その副次的効果として、人間的状況にもよい影響があるかもしれない。

*人間のちっぽけな理性(マインド)、脳では、「私の本質」を理解することも描写することもできない。

「私とは何か?」について、彼が語ったことはだいたい以上のような話だった。ノン・デュアルの教えの本質についてコンパクトでわかりやすい説明だと思う。

それから彼は、霊的探求の一般的プロセスを語った。

*人生のある時期に、人生には物質的な生活以上の何かがあるはずだと思い、人は霊的な探求を開始し、自分を高める様々な修行やテクニックを学ぶ。 探求者であるというスピリチュアルなエゴが生まれる。

*そしてそのエゴは、自分がいつか完全な状態や仏陀のような完全な人になれると思い込み、頑張るが、それが達成されず、いつも挫折感を味わう。

*色々なところへ行くたびに、それぞれの先生や教えが様々なことを言うので、色々と考えてしまい、混乱に陥る。

*しかし、混乱は起こるのは悪いことではなく、それはエゴが混乱し、探求が進んでいるという意味である。

*最後にようやく、自分の本質(スペース)とは未来に達成するべきものではなく、今ここに永遠に誰にでもあるもので、悟ったり、目覚めたりする「人」は誰もいないという現実に目覚める。

*そのとき、霊的探求者であるというエゴは消えるが、人間部分のエゴは残り、人間としての日常生活は続いていく。人間生活の中では、 identification(アイデンティティ)、time(時間)、 judgemen(判断)は必要である。

それから、彼が語ったことは、彼個人のライフ・ストーリーはノン・デュアルの教えの中ではまったく重要でないと前置きして、彼自身の霊的探求の話であった。

*彼の場合、15歳のときに霊的探求が始まった(恋人とキスをしたとき、自分が完全になくなる経験をしたのが始まりだった)。

*20代から世界中を旅して、色々なところへ学びに行き、色々な先生や教えを見てまわり(超越瞑想、ムクタナンダ、ヨーガその他)、様々な経験をしたが、しだいに混乱してきた。

*ダグラス・ハーディング と出会い、実験を最初にやったとき、即座に「私とは何か?」 がわかった(見た)。
 
下記にヤン・ケルスショットがダグラス・ハーディングにしたインタヴューの日本語の翻訳が、掲載されています。

*ダグラス・ハーディングに本を書くように勧められ、本を書くためにまた何人かの先生に会いに行き、インタヴューをし、その中の一人が、トニー・パーソンズだった。彼と話をしているとき、彼が床を指さし、「これがそれだ」と言ったとき、非常に衝撃があった。

* それからユーチューブで、ムージを見たとき、なぜか惹かれるものを感じ、大勢の信者を従える彼のグル風のスタイルや、彼を取り巻くまわりの雰囲気は好きでなかったにもかかわらず、彼に会いに行こうと思った。

*ムージのリトリートに参加し、彼と目が会ったとき、ハートにものすごい共鳴を感じた。
 
 彼の個人的な探求については以上のような話だった。

ワークショップでは、奥様のクリスティンも話をする機会があり、彼女自身のスピリチャルとの出会い、そして夫としてのヤンについて少し語った。

「私とヤンは20代に結婚し、その頃すでにヤンは霊的探求者だった。私自身はといえば、自分は物質的なこと――仕事のキャリアと家庭生活を築きあげることが主な関心で、霊的なことには興味がなかった。でも二人の結婚生活はそれで別に問題がなかった。ヤンには結婚した頃から、ある種の平和な感覚があった。自分としては、ヤンから娘たちにもっとあれこれ言って欲しいと思ったこともあったが、ヤンは娘のことも誰のこともいつもありのままに認めていた。

私とヤンが最初にダグラス・ハーディングに会いに行ったとき、ヤンはものすごく興奮しているのに、自分にはさっぱりダグラス・ハーディングの言っていることが理解できなかった。4、5年ほど前に、仕事と家庭生活が忙しいせいで、自分がいつも先のことばかり考えてイライラし、今ここにいたことがないことに気づいた。そして、ようやく夫やダグラス・ハーディングの言っていることがわかるようになった」。

以上が奥様のだいたいのお話だった。

ヤンがノン・デュアルを伝えるスタイルは、彼が特に影響を受けた三人の先生の中ではトニー・パーソンズに一番似ているかもしれない。彼はワークショップの最中にダグラス・ハーディングの話はしたが、実験はほとんどしなかった。私が感じたことは、実験をもう少し織り交ぜたほうが、眠気防止(笑)にもなり、彼が語るスペースの話が参加者によりリアルに伝わるのではないかということだった。
 
ともあれ、ヤン・ケルスショットは気さくで気軽で、グル風でない現在風のノン・デュアルの伝導者(本業は、代替医療系の医者だそうです)で、人格的には陽気なエピキュリアン(快楽主義者=人生のよきものを充分
に楽しむ主義)のような感じで、一緒にいて楽しい人である。

今回の来日では東京でのセミナー&ワークショップの前に、10日間ほどご夫婦で、京都や奈良をのんびり旅行してきたといい、奥様から旅行の写真や家族の写真をたくさん見せていただいた。

 *今回のセミナー&ワークショップで話題になった人たちの本

「ホームには誰もいない」ヤン・ケルスショット(ナチュラルスピリット  )

「存在し、存在しない、それが答えだ」ダグラス・ハーディング(ナチュラルスピリット  )

「今ここに、死と不死を見る」 ダグラス・ハーディング(マホロバアート)

 「何でもないものがあらゆるものである」トニー・パーソンズ (ナチュラルスピリット  )
 
「オープン・シークレット」トニー・パーソンズ (ナチュラルスピリット  )
 
「絶対なるものの息」 ムージ(ナチュラルスピリット )
 

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ダグラス・ハーディングの新刊「存在し、存在しない、それが答えだ」(ナチュラルスピリット発行 本体価格 2300円)好評発売中

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本書の詳しい目次は下記のサイトに出ています。

1部 ヒトにおけるセックスと闘争・暴力の問題について
2部 サルの壁 人の壁
3部 人生は、ド・アホでいこう!

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なお現在は、パソコン等では、横書きの文章のほうが読みやすいという人たちもいると思い、縦書き版と横
書き版の二種類の版を用意してあります。 編集の都合上、総ページ数(縦書き版が453ページ、横書き版が367ページ)は異なっていますが、内容はまったく同じです。

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恐怖ビジネス2017年05月26日 14時31分38秒

 現在、私が全世界の国の中で一番関心をもっている外国が北朝鮮(笑)だ。 なので、ネットでけっこうな量の北朝鮮情報を読んでいる。

なぜあの国に関心をもつかといえば、一つは隣人(隣国)であるという理由であり、もう一つは北朝鮮はジョージ・オーウェルの名作「1984年」(本書は1949年に出版されている)で描かれている独裁システムのまさに生きた見本だからだ。
 
北朝鮮の歴代の金一族の方々が「1984年」を読んで、独裁システムを作る参考にしたとも思えないし、私が知るかぎり地球上の過去・現在の独裁国は皆非常に似通っている事実から考えてみると、独裁システムには人類共通の何かがあるに違いなく、そこが社会学的研究に値すると私は思っている(私は社会学者じゃないけど、勝手に研究している)。「1984年」の本も、小説という形態ではあるが、どちらかというとすぐれた研究書という感じである。

で、先日も、北朝鮮の内情を特集したテレビ番組をネットで視聴していた。その番組には二人の脱北した女性(一人は北朝鮮の女性で、もう一人は日本人の女性) と、北朝鮮の内情を世界に発信している日本人のジャーナリストが出ていて、北朝鮮にいる協力者がこっそり撮った動画を映しながら、自分たちの経験を語っている。

彼らのいくつかの話が興味深かった。一つは、現在の北朝鮮は1990年代よりも食料事情はかなりよくなっていて、日常品を売買する市場まであるという。90年代は社会主義的配給制の元で、たくさんの飢餓者が出たそうだが、皮肉にもそれが完全に崩壊して、国民が勝手に自分達で小さい商売をやるようになってから、食料事情はよくなったということである。

それから興味深かったのは、日本人ジャーナリストの人が、なぜこんなにひどい体制なのに、北朝鮮の国民が金体制に反乱を起こすことができないかを説明した理由だ。

それは全国民に対する徹底した恐怖思想教育で、金一族に逆らうと、どれほどひどい目に会うかを子供の頃から徹底的に骨の髄までたたき込まれる。すべての国民が守るべき10箇条が書かれた本が配布され、時々、地域の人たちが集まって、自分がどれだけそれに従って生活しているか、従って生活していないかを告白し合う反省会のようなものをおこなう。その反省会がまた興味深く、まず全員が自分の反省点を語り、それから出席している他の誰かを名指して、批判するという具合だ。

これは人々を恐怖に縛り付けるものすごい頭のいい方法である。自分だけが反省するのではなく、他の人を名指しで批判する。そうすることで相互監視システムができあがり、他人をよく監視すればするほど、「よい国民」だと思われ、上層部に気に入られ、体制の出世街道を上っていけるといわけだ。これはかつてのソ連、東欧など、すべての独裁的社会主義・共産主義にも採用された方法である。

今、制作しているダグラス・ハーディングのグラフィック伝記「頭がない男」(この夏に発売予定)に、ダグラス・ハーディングが20代の頃に共産主義に共感し、1936年に、同じく政治に関心をもっていた妻と一緒に、スターリン粛清時代のソ連を実際に訪れ、その貧困と恐怖の現実をまのあたりにし、驚愕したことが描かれている。

なぜ高遠な理想――すべての人の平等、すべての人の豊かさを約束する共産主義が、その正反対なもの―――恐怖と貧困と暴力、指導者たちの腐敗と堕落、そして特権階級の形成、極端な階級社会に墜ちてしまうのか? 共産主義の堕落は、宗教の堕落とまったくそっくりでもある。

すべての宗教の創始者は、愛と慈悲、許しを教えたにもかかわらず、宗教の歴史は暴力と搾取、指導者たちの堕落と、理想とは正反対なところへ墜ちていくのが通例である。

実は、今回のブログのタイトル、「恐怖ビジネス」という言葉は、 最近見たインド映画「PK」の中で使われていた言葉である。この映画は、世界的大ヒットとなった「きっと、うまくいく」(原題three idiots)で主演したアミール・カーンがPK役を演じ、いわゆる宗教というものが硬直化し、空疎な儀式や観念に堕してしまった現代のインドの宗教的風土を軽くからかった娯楽映画だ――(PKという言葉は、インドの人々がおかしな人々をからかうときに使う言葉、酔っ払い=おかしな奴。他の惑星から地球を調査するためにインドに降り立った主人公が、宇宙船を探すコントローラーが盗まれたために、インド中を放浪する羽目になり、あまりに言うことが可笑しいため、インド人からPKと呼ばれる)。

宗教大国のインドの貧困もまた、国民があまりに宗教的観念に縛られ、恐怖心にもとづいた宗教活動にエネルギーを費やしているからだ――もし私が○○をしなければ、あるいは○○をすれば、グルに献身しなければ、グルの言うことを聞かなければ、病気になるとか、ひどい目に会うとか、死んだあと地獄へ行くとか、来世にひどい境遇に生まれるとか、あるいは、多額のお金を払えば、悟る方法を伝授するとか、そうやって「恐怖心」や「希望」をあおって、インドでは宗教が多数の信者からお金を吸い上げるビジネスが非常に盛んである。

さて、宗教にしろ、共産主義にしろ、なぜ人間はこんなに「恐怖ビジネス」に弱いのだろうか? それは私が思うに、人類という種が他の生物との闘争を勝ち抜いてきた理由にある―それは「集団の力」である。一人ではひ弱なので、集団で団結して敵と闘う。だから、自分が所属している集団――家族、地域社会、宗教教団、会社、国家の中で、集団の規範に絶対的に従うように求められる。集団の規範に逆らう者は集団の存続を危険にさらすので、罰を与えなければならない、という具合だ。その罰を与える理由のためには、絶対的権威、絶対的に正しい存在が必要で、政治であれば、金一族とか、スターリンとかヒットラーが必要で、宗教であれば、神とか仏とか、グルとか師が必要である。

そして、人間が感じるひ弱さのさらにもっと根源をさぐれば、それは「私は一つの死すべき肉体である」という肉体との一体化がある。そこから肉体にまつわる無数の怖れが派生する。もし人が、自分がどれほどの怖れに取り込まれて生きているのかをじっくりと眺めてみるなら、滑稽なほど多種多様である。そして、どれほどの恐怖ビジネスが世の中では知らずに仕掛けられているのか、はびこっているのか、恐怖がビジネスになるのか、知ったら驚くものだ。

日本では、絶対的な神も仏も独裁的指導者もいないように見えるが、では、何がその「権威」の代わりだろうか? それはたぶん、「世間」、「みんな」、「ご近所」、そして「親」あたりが、権威である。たいした権威には見えないかもしれないが、実際は人々の生活を非常に縛っている。日本人の多くが、もし私が○○をすれば(しなければ)、「世間」、「みんな」、「ご近所」、「親」にどう思われるか、何と言われるかという恐怖心をもっていて、そこを狙ってたくさんの恐怖ビジネスがおこなわれている(子供のいる老人たちを狙う、振込め詐欺もその一つだ)。

人類と呼ばれる種の社会は、善意と生存の名の元に、代々怖れを子孫に伝え、そうやって恐怖が人々をコントールする道具となってきたのである。

だから、「恐怖ビジネス」を甘くみてはいけない。怖れは私たちの骨の髄まで根深く染み込んでいるので、タマネギの皮をむくように、私たちが無意識に怖れているものの正体を一つひとつ尽きとめ、それが「幻影」に過ぎず、何のパワーももっていないことを自分自身で確認する必要がある。私たちが信じないかぎり、「幻影」は権威にはならない。

私もこうやって怖れについて考え、書くとき、自分自身にとっても自分の中に残存している怖れを見る機会でもある。面白いことに、若い頃あった怖れはもうほとんどいないのに、若い頃は想像したこともない怖れが新たに出てくることに気づき、驚くことがある――たとえば、将来歩けなくなる怖れとか、親しい人たちが全員先に死んで一人取り残される孤独の怖れとか、老いにまつわるものがほとんどだ。もちろんそれらはすべて妄想で(なぜかというと、今の現実ではなく、想像にしか過ぎないので)、掴んで信じたりしなければ、別に問題でもない――ああ、かわいい怖れよ、という感じである。

また怖れは、私たちを収縮させ、創造力と活力を奪い、貧困へと転落させる原因にもなるものだ。恐怖が支配する独裁国や宗教国がほとんど貧乏なのはそういう理由である。

ここに私たちがスピリチュアルな探求をする理由の一つがあるのだと思う。私たちは怖れにまみれて生きて死にたくはないし、あらゆるところで仕掛けられている恐怖ビジネスの餌食になりたくはない(笑)ですよね?

本当のところ、私達を生かしているのは、外側の神でも仏でもグルでも世間でも集団でもなく、私(たち)自身の内なる本質である。あらゆる真正なスピリチュアルな教えが教えているのは、怖れからではなく、内なる喜びと愛から生きることができる可能性である。

それは社会全体、地球全体で全員が一緒には無理だとしても、一人ひとりにはそう生きることができる可能性があるという教えである――様々なことを学び、少しずつ怖れから解放されて、自分の内なる本質に辿り着き、そこで生きる――自分に一番近いところへ行くのに、ものすごい時間のかかる長い旅をする――いつ考えてもスピリチュアルな旅とは奇妙なものだが、この奇妙な旅を心ゆくまで堪能し、(今後のこの国のことはわからないけど、さしあたって今のところは)許されている環境に生きている幸運をありがたく思うのである。

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非二元系の教えの単純な結論と探求の一般的プロセス2016年12月06日 15時50分26秒

私の会やコンサルティングに来られる皆さんとお話してよく気づくことは、非二元系の教えの言葉(用語・表現)関して混乱があるということだ。その混乱は考えてもみれば、当然のことで、その理由は皆さんが(出版の仕事をしている立場からすればありがたいことに)、たくさんの本を読んで、あれこれ考えるからである。

非二元系の教えを教えている(あるいは教えていた)賢者の方々はそれぞれの文化、国によって非常に異なる言語を使い、それぞれの人がまた異なる表現スタイルをもっている。そして、文章を書くタイプ(ダグラス・ハーディングやラメッシ・バルセカールなど一部の賢者)を除けば、多くが即興でその場で語られたもので、だから、あるときはある人にはあることを言い、別の人にはまったく正反対なことを言うという矛盾が本の中でも見られることもある。(ニサルガダッタ・マハラジの講話はこの特徴が顕著だ)

なので、そういった多様な本を読んでいると、用語で混乱し、また質疑応答で混乱するという事態に陥ることがある。

「私の本質」(私はこの平凡な表現が好みだが)、それを表す言葉は――神、意識、真我、 スピリット、仏性、絶対、パラブラフマン、至高の実在、その他――と、多岐にわたる。

そうすると、それぞれの本の中でそれぞれの人が使っている、たとえば、「神」と「真我」と「意識」は同じことを言っているのかという質問がわくわけである。

当然な質問なのだが、これに決着をつける方法は、非二元系の本を読むときは、注意深く読んで、言葉を超えてその賢者が何を言わんとしているか、瞑想的に考えることである。

それから、どんな賢者も文化的な条件付け、個人的好き嫌いをもっていて、そういった文化的条件付けや個人的好き嫌いから出てきている発言は重要じゃないので、深く考える必要はないし、基本無視(笑)でいいと私は思っている。。
 
で、そういった古今東西の多様な賢者が多様な表現で語ってきた非二元系の教えに共通した核心とは非常にシンプルなもので、それを以下に簡単に箇条書きしてみると……

*私の本質は一個(一人)の人間(物体・固体)ではない。

*私の本質は永遠に変わらないものであり、永遠に今ここにある。

*私の本質は永遠なる平和、不死、愛である。

*私の本質は達成されるべきものではなく、ただ気づくためのものである。

*あらゆる存在の本質は一つである。

*束縛されている人(実体)もいないし、解放される(悟る)人(実体)もいない。

* 涅槃(神の王国)は私たちの中にある。

*涅槃(神の王国)と世俗(人間の世界)はコインの表裏のようにピッタリ合わさっている。

*私たちが自分の本質に目覚めるとき、それは人(人間としての自分)が目覚めるのではなく、人(人間としての自分)という夢からの目覚めである。


そして、以上の結論を聞いたあとの一般的プロセスとしては、

1まず最初に私たちは少なくとも知的にその結論を受け入れる。

2色々な本を読み、様々なワークの場で出かけ、瞑想したりその他ワークをおこなう。

3特に自分に合うと思う本やワークを見つけたら、集中的にそれを学ぶ。

4知的に信じていただけのことが、次第に経験的にわかるようになる。

5最初に述べたような、言葉やマインド次元の混乱がしだいにおさまってくる

6非二元の教えへのマインドからの様々な抵抗にも気づく。

7その間(特に若い時代は)、探求と同時に、恋愛、結婚、子育て、仕事等でも何かと忙しく、世俗人生からも学ぶということが強いられる。

8しかし、探求に本気の人はどれだけ忙しくても、障害があろうとも、その探求をやめることはできない。


9最終的には、以下の確信に落ち着く。

*私の本質に目覚めるために、今ここ以外のどこかへ出かける必要がない。
*私の本質に目覚めるために、私の存在以外の、本、ワーク、グル(先生)、何かの組織は必要ない。
*私の本質への目覚めは、昨日でも明日でもなく、今ここにしかない。

*でもさらに言えば、(もしそうしたいなら)どこ(誰のところ)に出かけてもかまわないし、どんなワークをしても本を読んでもかまわないし、(犯罪等でなければ)自分がしたい何をしてもかまわない

そういった探求の途中で、非二元系の教えを学んでいる人たちは、「自分は最終的にこの探求から何を得るのだろうか?」という疑問が湧くことがあり、そして「ひょっとしたら、人間的には何も得るものがないのかもしれない」ということに気づいて、嫌気がさして、別のスピリチュアルに向かうか、あるいはスピリチュアルの探求そのものをやめてしまう人たちもいる。
 
実際に、「非二元の探求から何が得られるのか?」に対するその答えは、「『自分』が得るものなし」  という非常につまらない(笑)というものだ。ぎりぎり言って、それは「何かを得たいという『自己』の不在」、愛、死と不死、平和という形而上学的問題に関する疑問の解消、そして世俗生活に関しては、(よいことも悪いことも)来るがままに起こるがままに神(私の本質)の意志を単純に受け入れていくということでしかない。

非二元の教えは素晴らしいものでもなく、素晴らしくないものでもなく、他のスピリチュアル(新興宗教とかキリスト教や仏教などの伝統的宗教、またその他多種多様なスピリチュアルな教え)よりも優れているわけでもなく、ただスタイルや方向性が違うというだけだ。

他のスピリチュアルな教えと顕著に異なることは、それは大勢の人たちを惹きつけないし、探求に関しては他人のことに一切かまわない教えであり、ただ「私とは何か?」にだけ関心をもつ教えである。

なので、新興宗教系などとは違って、家族や親しい友人であっても、興味のない他人を勧誘したり、引き留めたりするようなことはしてはいけないし、ただ自分のことだけを探求するという態度であるべきだ。

そういう意味で、非常に孤独で、精神的タフネスが要求され、私が思うに、非二元の探求は他人にかまわないという意味で、非常に利己的とも言えるかもしれない。個人的自己がないという教えでありながら、その探求が利己的だと言うのは言葉では矛盾するが、でもそういうものなのだと思う。

そして、ここが肝心なところだが、ラメッシ・バルセカールの本「意識は語る」の質疑応答(ページ611)にもあったように、誰も自分の意志で、「得るものが何もない」こんな奇妙な探求を選択したわけではないということである。

質問:人はこの探求によって無理やり連れて行かれるのです。

ラメッシ:このすべては全体性の機能の一部です。そして「無理やり連れて行かれる」というのは、とても正確です(笑)。それは言い得て妙です。なぜなら、それが起こっていることだからです。

質問:だから、私たちはもう一杯ビールをついで、それを楽しむべきなのですね(笑)

ラメッシ:それ以上にはうまく表現できないことでしょう。

非二元の探求を(そもそも人生の何事も)自分の意志で選択した人は誰もいない…そのことが本当に納得できるとき、ラメッシが言うように「罪悪感、嫉妬、プライド、憎しみ、」から解放され、探求の先行きさえ、何だってかまわないのである。(私はダグラス・ハーディングとは全然表現スタイルが異なる、ラメッシのこういう軽い調子の会話も大好きだ)

ということで、無理やり探求に引きづりこまれた同志の皆さん、何かとお酒を飲む機会が多いこのシーズン、次回お酒を飲む機会がある人は、お酒をついで、飲まない人はジュースをついで、非二元の探求に引きづりこまれた自分の運命を(まわりに気づかれないようにこっそり)祝うか呪うかしてください――私も、無事今年も師走を迎えたお祝いに今晩は久しぶりにお酒(福島の日本酒)を飲もうと思っている。
 
「TK様への質問の答え」
「『答えがない』とか『答えられない』ではだめなんでしょうか? 」
ハーディングのワークの感想や答えに関しては、
何がよくて、何が駄目ということはありません。
もし答えられないなら、まさにそれがその瞬間の答えです。

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探求の終わり、そしてまた始まり2016年11月22日 14時03分01秒

 「シンプル堂さんは探求が終わったのですか?」と尋ねられたことがある。この質問への答えは、Yes でもありNoでもある。

振り返ってみると、私が二十代半ばに霊的探求を始めた頃、二つの目標というか望みがあったと思う。それは「平和と絶対的な真理」である。 私は、心の平和と永遠に変わらぬ真理、それが熱烈に欲しかったのだ。

幸い自分を導く教えと師のような方々(厳密に言えば、私は誰とも特定の師弟関係ではないし、グル-弟子という観念は自分には合わないと思っている) と巡り会い、 「平和と絶対的な真理」を知ることができた。しかし、「私は○○を知る」という表現も本当には正確ではない。 むしろ、どこに「平和と絶対的な真理」  があって、どこにないかを認識し、疑いが消え、確信に落ち着いたというのが一番近い表現だ。
 
以上述べた意味においては、「探求は一応終わった」と言うことができるだろうと思っている。しかし別の意味においては、それはシンプル堂と呼ばれている人間物体が死ぬまで続くものであるかもしれない。

ダグラス・ハーディングはよくこんなことを言っていた。

「神とは無限に未知で、無限に神秘で、それは一人の人間の一生で探求(研究)し尽くせるものではない」
彼は死ぬまで、「私」の本質である神を探求(研究)しつづけ、そして自分が発見したことをどうしたらよりよく伝えることができるかも研究し続け、「私とは本当に何かを見る」ための新しい実験やイラストをいつも考えていた。

私の場合は、仕事(翻訳と著作)のためにまだまだ色々と研究・探求することがたくさんあり、 そしてダグラスと同じく実験についても研究・探求している。だから、また新たなる探求・研究が始まったとも言えるかもしれない。でも、「探求・研究」という高級な言葉よりも、それはどちらかというと、シンプル堂と呼ばれている人間物体の余生の趣味・娯楽のようなものだ。

さて、今、来年出版が予定されているニサルガダッタ・マハラジのPrior to Consciousness(意識以前)の本の作業を開始している。10回以上読んだ本であるが、マハラジの言葉は一つ一つが奥深いので、作業しながら、彼の言葉に瞑想する日々である。彼もまた(もちろんお会いしたことはないけど)ダグラス・ハーディング、ラメッシ・バルセカールと並んで、私が深い敬愛の情と感謝を感じる賢者である。

最晩年の本書の中で、彼がよく言っていることは、世の中で普通に生きることの重要性だ。

「(物事の状態を正しい観点で)見て、自分の能力のかぎりを尽くしてこの世の中での自分の人生を生きなさい。」

「理解したら、何でも好きなことをやればいい」

 
まさにそういうことなので、シンプル堂は、他のことよりは多少は能力がある翻訳と著作をもう少しだけ頑張ろうと思っている。

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ダグラス・ハーディング(6)「存在し、存在しない、それが答えだ」2016年11月09日 15時58分25秒

ダグラス・ハーディングの新刊存在し、存在しない、それが答えだ」(ナチュラルスピリット発行 本体価格 2300円)が発売されました。

目次は下記のサイトに掲載してあります。

今回、ダグラス・ハーディングについての最後の話は、また彼の人生に少し話 をふってみよう。
 
彼は十代の頃から建築家としての訓練を受けたが、それは親がたまたま決めた職業で、彼自身は建築の仕事にそれほど興味がなかった。むしろ若い頃の彼は作家になりたくて、何冊かの本を自費出版しているほどである。そんな感じで、彼は建築家としての仕事には情熱がなかったにもかかわらず、家族を養いある程度豊かな生活ができるくらいには成功し、しかも彼は自分の職業人生に関して次のように語っていた。「私は建築の仕事をほとんど一日に1時間くらいしかしないで、残りの時間は、私とは本当に何かの探求に費やしていた。それでも何とか仕事をやっていくことができた」。

彼の最初の妻は、「私とは本当に何か」を探求する彼の情熱も彼が発見したこともまったく理解もせず興味もなかったが、彼が建築の仕事を休んで、大著「The Hierarchy of Heaven and Earth(天と地の階層)」を書いている間、生計を支え、彼がそれに集中できるように協力してくれたという。

まだ晩年のインタビューによれば、彼が建築事務所を経営していたとき、彼の妻が仕事の関係で町の多くの有力者と知り合いだったため、建築の仕事を簡単に受注することができたそうで、だから、最初の妻は自分の人生に非常に貢献してくれたという話を語っている。全体的には、戦争があったとはいえ、彼の建築家人生はおおむね順調だったようだ。

むしろ困難がつきまとったのは、自分が発見したことを伝えるという霊的な仕事に彼が従事した年月だった。

彼が今回の「存在し、存在しない、それが答えだ」の本の中でも語っているように、特に伝統的宗教に深くはまっている人たちには嫌われた。

その理由は私が理解するに、キリスト教、仏教、イスラム教などの伝統的宗教は階級性と儀式や規律を非常に重んじ、愛しているからで、彼の言っていることはそういったすべての階級性や儀式や規律の必要性を破壊してしまうからである。

また、「私とは本当に何か」、あるいは神を発見するために、自分以外の外側のグルや教師、外側の組織、代理人(聖職者)は必要ないことも彼は明らかにしたからでもあろう。

様々な困難があったにもかかわらず、自分が発見したことを興味がある人たちと分かち合いたいという彼の情熱は晩年になっても衰えることなく、キャサリンによれば、世界各国から来るワークショップの依頼は決して断らなかったそうだ。。それはたぶんダグラスにとっては、世界の様々な地域に行って、様々な人たちに会うことは、「何が起こるかわからない冒険」であり、彼はそういった冒険を愛していたからだと思う。

時には、全然趣旨の違う団体に間違って招待され、会場に到着して初めて気づくということも起こった。会場に到着したら、「イギリスの建築家、ダグラス・ハーディング氏がイギリスの建築史について語る」建築関係者向けの講演会だとわかって困ったことがあったと、エッセイの中に書かれている。

そういう困難に会ったときの彼のモットーが、「Man's extremity is God's oppotunity(人間の苦境は神の機会)」という古いことわざで、つまり、その意味は「人間が本当に困ったときこそ、神の知恵が出てくる」  ぐらいの意味である。その言葉どおり、彼は困難に出会ったときは、人間的に奮闘することをやめ、ただ自分の本質から出てくる答えを待って行動し、切り抜けたとういう経験を多くしたようだった。

彼が私に話してくれたそんな出来事の一つが、1980年代に彼が日本のある禅寺の招待で、日本に来たときのエピソードである。彼が日本の空港に降り立つと、来ているはずの迎えが誰も来ていない。禅寺に電話をかけても英語が通じず、彼は住所と電話番号だけが書かれてあるメモを握りしめて、(おそらくは)虚空を眺めながら空港のロビーの椅子に坐っていた。

すると、しばらくしてどこからともなく、見知らぬサラリーマン風の日本人の男性が片言の英語で彼に話しかけてきて、彼もメモを見せながら、自分がここへ行きたいことを何とか伝えたという。すると、その男性は、「私について来なさい。私があなたをそこへ連れて行ってあげましょう」と言って、その晩は彼を自宅に泊めて、翌日その禅寺まで彼を送り届けてくれたという話である。

彼はこういった奇跡話みたいな話はふだんほとんど文章には書かないし、話したりもしない人なのだが、そのときはたまたま私が日本人なので、自分がその日本人の親切にどれだけ感激し感謝したかを私に伝えたかったのだと思う。

そんなこんなの冒険(時には危険な出来事や不愉快な出来事)満載の彼の人生を振り返ってみて感じることは、ときに困難が襲っても、彼が人生と世界を深く愛していたことである--その理由はおそらく、人生と世界は神の創造であるからで、「神なる私」が造ったものだからだ。

ダグラス・ハーディングはインド系の賢者とは違って、「世界は幻想である」という言い方をしないし、むしろそういう表現を嫌っていたと思う。彼にとっては、物質世界は神満載の現実であり、それを「幻想」と呼ぶのは神に対して失礼な表現なのだ。

彼は、神とは何か、私とは何か、人間とは何かの研究・探求に生涯を捧げた研究者・科学者・神秘家という多面的な面をもつ人であり、そして私にとっては少々頑固で愛すべきおじいちゃんでもあり、彼の教えと彼に出会ったことをとても貴重で不思議なご縁だと思っている。
                                       
最後の最後に、ダグラス・ハーディングがあらゆる機会にしつこくしつこく問いかけた質問……

今これを読まれている皆さんは目の前のパソコンやスマートフォンの画面を眺めているはずであるが、On the present evidence(現在の証拠にもとづいて)答えるならば、その文字や色を見ている(認識している)主体(あなた)は色や形があるだろうか?……On the present evidence(現在の証拠にもとづいて)


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本書の詳しい目次は下記のサイトに出ています。

1部 ヒトにおけるセックスと闘争・暴力の問題について
2部 サルの壁 人の壁
3部 人生は、ド・アホでいこう!

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ダグラス・ハーディング(5)存在し、存在しない、それが答えた2016年10月23日 08時56分03秒

 ダグラス・ハーディングの新刊「存在し、存在しない、それが答えだ」(ナチュラルスピリット発行 本体価格 2300円)が発売されました。

目次は下記のサイトに掲載してあります。

今回は、ダグラス・ハーディングのワークに関して、それに対する反論、不満を取り上げてみよう。
 
よく聞かれるものは、次のようなものだ。
 
1頭(顔)がここには見えないからといって、ないわけではないだろう。見えないけれど、存在するものはたくさんある。

2ここに頭(顔)がないことは見たけど、「だから、何?」っていう感じ。

 
3自分が見ているものは平凡で、至福も喜びも感じない。

4ハーディングのメッセージは、「存在するのは私だけで、他のあらゆる人は私の経験の想像物である」という唯我論である。
 
 以上の反論・不満に関して、順に説明してみよう。
 
 1頭(顔)がここには見えないからといって、ないわけではないだろう。見えないけれど、存在するものはたくさんある。
 
1の反論は非常に手強く、難問である。私がダグラスのワークと教えを知ってから10年以上この問題を考えた。つまり、「確かに、頭は見えないけど、触れば、頭らしきものがあるではないか。これは何なのか?」
10年以上考えたある日、ようやく一つの答えが閃いた。 私が触って感じている(得ている)ものは、あくまでも、「感触」であって、それは「人間の頭」ではない。なぜそう言い切れるかと言えば、「人間の頭」の定義とは、鏡の中に見るもの、あるいは他人の肩の上に乗っているものを指す。 私が頭らしきものを触って得るものは、明らかにそれではない。 ただただ「感触」 である。そこから私たちは記憶によって想像上の頭をここに構築するわけだ。

私のこの閃きは、量子物理学の一部の人たちが提唱した「人が月を見ていないときは、月は存在しない」という考えに出会ったときに、起こったものだ。もちろん、「人が月を見ていないときは、月は存在しない」という考えにすべての物理学者が賛成しているわけではなく、多くの学者はこの考えに反対している(アインシュタインは、強固な反対論者だった)。
 
この考えに習えば、「顔を見ないときは、顔は存在しない」、「体を見ないときは、体は存在しない」ということだ。触っていないときは、その頭らしき感触さえない。もちろん、ここでは「『主体にとっては』 存在しない」、と「主体にとっては」を付け加えるべきである。主体にとっては、物事(映像、感触など)は、私(主体)が認識した瞬間に生まれる。

寝る前や朝起きる前に、私は目を閉じたまま、体の一部を触って、こう自問する。「これは何か--現在の証拠にもとづいて」。暗闇(電気も消えて、目を閉じているのでほとんど真っ暗)の中にただただ感触が連続するだけ……トニー・パーソンズが言うところの、「生の感覚」の連続があるだけで、そこには「自分」も、「自分の人間の体」も 存在しない--主体にとっては。

それから、「見えないけれど、存在するものはたくさんある」という反論は、主体の科学と対象の科学を混同することから生まれる。対象の科学においては、 もちろん、「見えないけれど、存在するものはたくさんある」

たとえば、目の前の空間には、(見えないけど)空気があり、その空気は酸素と水素からできていると言われていて、対象科学がそれを証明している。 あるいは(見えないけど)空間には、無数の電波が通っていて、そのおかげで携帯電話、ラジオ、テレビ を私たちは使うことができると言われている。さらに空間には(見えないけれど)ウイルスなどの病原菌 もたくさんいると言われている。これらのことは対象科学的にはすべて正しい。

しかし、ダグラス・ハーディングが提唱している「主体の科学」では主体の認識がすべてだ。主体が今ここに認識していないものは、主体的観点からは、「存在しない」と言い切ってかまわない。主体が今ここで認識したとき、それは「在る」。主体はとても偉いのだ(笑)。 だから仏陀が言ったとされる「唯我独尊」 (ただ私だけが尊い)なのである。そして、もちろん、その「主体」、「私」は、人間的私・自我・肉体のことではない。(そこを誤解すると、非常に傲慢な考えとなるので、注意が必要である)

そして、混乱が起こる原因は「言語」 のせいである。言語は主体の科学を語るには本当はまったく向いていない。なぜなら、言語は根本的に二元世界の産物で、時間のある世界を語るための道具であるからだ。二元世界の産物である言語で時間のない一元的世界を語ろうとすると、どうしても矛盾が生じる。こうやって書いているときでも、私はその矛盾を感じる。「体に触る」「頭に触る」という表現そのものが、そこに「体」「頭」があることを想定させてしまうのだ。

だから、語り得ないものは、語り得ないのだから、「語らない」、つまり、「沈黙」が本当は一番正しい。

しかし、私が思うに、一番正しい正論はほとんど役に立たない。そこで、最善は、セカンドベストを手に入れることである。非二元の教えに関して私が読んだ本の中で、ダグラス・ハーディング、そしてラメッシ・バルセカールの本は 「語り得えない」ものに関して、質を落とさずに、限界までうまく説明したセカンド・ベストだと、私自身は思っている。彼らが語り得ないことは、それを読む人一人ひとりが自分で埋める作業をするしかない。

2ここに頭(顔)がないことは見たけど、「だから、何?」っていう感じ。

この質問・感想には答えがない。せいぜい、「だから、それです。This is It!」  と言うしかない。

3 自分が見ているものは平凡で、至福も喜びも感じない

ダグラス・ハーディングのワークは、自分の本質(中心)へ至る超高速列車のようなものだ。なので、途中(感情、感覚、思考レベル)をすっ飛ばしていく。 「至福や喜び」というのは、中心より外側にある現象であり、あらゆる現象同様にそれは起こったり、起こらなかったりする。それに対して「私の本質」は永遠に不動で、永遠に何もない。至福や喜びさえ、ない。このワークで、至福、喜び、他人への愛情、慈悲が起こらないわけではないが、しかし、それが目的ではない。

もし「感じること」を求めるなら、それを提供するワークはたくさんある。たとえば、肉体レベルでは、ヨーガとかマッサージをやれば、気持ちよさを感じることができるはずだ。

感情レベルに関していえば、ダグラス・ハーディングはよくも悪くも、人格的には非常に保守的でどちらかといえば、19世紀的な人で、彼は感情を扱うことをあまり得意とはしていなかったようだった(ひょっとしたら、アスペルガー的な人だったかも、とも思う)。彼の青年期、セラピーとか精神療法というのは今ほど一般的ではなかったはずだ。彼は自分が発見した真理によって、青年期の問題--自意識過剰で、臆病な性格を解放することができたのだ。

しかし、今は時代が違うし、ダグラス・ハーディングのワークをやっている若い世代の友人たちはほとんどがセラピーやカウンセリング、その他の各種ヒーリングなども適宜取り入れて、自分の感情面や思考面にも取り組んでいるし、セラピーやカウンセリングを仕事にしている人たちもいる。

もし強迫的な不安、怒り、心配等に苦しんでいる人がいれば、「私とは何かを見る」方法に加えて、そういった感情面のワークも併用するほうがいいと私も思っている。

4ダグラス・ハーディングのメッセージは、「存在するのは私だけで、他のあらゆる人は私の経験の想像物である」という唯我論である。
 
これは彼の本、「顔があるもの顔がないもの」に掲載されている(254ページ)ダグラスに向けられた質問(反論)である。
 
 まず、哲学で、 唯我論(独我論ともいう)というものの厳密な辞書的定義を紹介すると、「実在するのは、わが自我とその所産のみであって、他我その他はすべてはわが自我の観念または現象にすぎない

この反論に対して、ダグラスは次のように反論している。彼の言葉を要点のみ箇条書きすると(詳しくは「顔があるもの顔がないもの」の254ページ以下を読んでください)

*よい唯我論と悪い唯我論の二種類の 唯我論がある。

*悪い唯我論は、ダグラスが「私だけが私を経験していて、私のまわりの他人たちはすべて第一人称の私以外のもので、夢の人物にすぎない」 と言うことで、こういったたぐいの唯我論は疎外と孤独とみじめさを生み出す。

*よい唯我論も悪い唯我論と同じく、私は唯一の一なる者であることを発見するが、それはすべてを含めることによって 唯一の一なる者になる。悪いほうの唯我論は排除の唯我論である。

*ここにいる私はあらゆる人の私であり、あらゆる存在の内部事情である。

*意識はただ一つであり、分割できず、これが神の唯我論であり、自分の本当の本当の姿の唯我論であり、その別名は愛である。

以上をさらに平たく言えば、ダグラスの言う悪い唯我論とは、「私(個人的自己)だけが存在していて、私が見るあらゆるものは自分の想像にすぎないから本当は存在していない」と思うことで、よい唯我論は、「『私』だけが存在しているが、その『私』は自分が見るすべての人の『私』であり、すべての人は同じ中心から世界を見ている」というものだ。

よい唯我論と悪い唯我論を区別することは非常に重要なことだ。 「唯我独尊」 と同様に、間違って理解すると、非常に人を傲慢にする危険性がある。それだけでなく、スピリチュアルな人たちがよくいう「すべて(世界)は幻想である」 と同様に、「世界は私の想像物の産物」であるという考えも、よく理解もせずに信じれば、生きることをかえって困難にするだろうと思う。

もし皆さんがダグラスの実験によって、「私とは本当に何か?」 を見て、見たうえでまた様々な疑問が生じたら(私は多くの疑問を解消するのに非常に長い時間がかかった)、疑問を抑圧せず、好きなだけ考えてみることをお勧めする。
 
最後に、 ダグラス・ハーディングが常に言っていた警告を繰り返せば、
「私の言う言葉を一言も信じてはいけない。皆さんはそれを人生のあらゆる面でテストしてください。私の言うことがダグラスの単なる妄想にしかすぎず、役に立たないゴミだと思うなら、投げ捨ててください」
  

[イベント]


「ダグラス・ハーディングの実験会 New York ワークショップ」2016年11月13日(日曜午後)
主催:山本美子 詳細は下記へ

「マインドについて学ぶ会」2016年11月26日(土曜午後) 大阪市
詳細・予約は下記へ
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「私とは本当に何かを見る会」2016年11月27日(日曜午後) 大阪市
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*「動物園から神の王国へ―サルの惑星、のような星で、平和に生きるために」(PDFファイル)ダウンロード版は、DLmarketのサイトで販売しています。お手持ちの機器(パソコン、タブレット、スマートフォン)に、PDFを読むソフト(AdobeReader等)が入っていれば、どなたでも読むことができます。

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1部 ヒトにおけるセックスと闘争・暴力の問題について
2部 サルの壁 人の壁
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ダグラス・ハーディング(4)To Be and not to be, that is the answer.2016年10月01日 08時59分51秒

 お待たせしていましたダグラス・ハーディングの新刊「存在し、存在しない、それが答えだ」(ナチュラルスピリット発行 本体価格 2300円)が10月中旬に発行、下旬には書店に出る予定です。目次は下記のサイトに掲載してあります。

 

(3)では、ダグラス・ハーディングが語る下記のテーマの中で、1のテーマを紹介した。
 
1.自分の中心から外側に広がる現象宇宙についての宇宙論。

2.自分の中心において、私とは何なのかの認識・理解。

3.非存在が、何の理由も原因もなく、突然存在となる驚異。

いわゆるダグラス・ハーディングのワークと呼ばれているものは、主に2に関するもので、「私とは本当に何かを、今ここで本当に見る(認識する)」  ためのワークである。

彼は「あなたのワークと教えを一言で要約してもらえませんか?」 と尋ねられると、たいてい、「私の仕事は、一番簡単に言えば、他の人にそう見える私の人間的外見と、今ここで私が私を見るときの私との途方もない違いを指摘することです」 と答えている。
 
そして、彼はまた、「私はキリスト教、仏教などの古くからある伝統的宗教と何一つ違ったことを言っていない」とも言う。まったくそのとおりである。「私とは本当に何か」の答えは永遠に変わらず、ただ変わるのは、その時代や文化に合った表現である。現代では、科学の発見が古来からの宗教の教えをかなり証明しつつある。ダグラスは科学時代にふさわしく、できるかぎり科学的で実証できるスタイルで、自分のワークを提出し、だから彼のワークは「実験」と呼ばれている。

そのワーク「実験」については、ここで説明するよりは実際にやってみるほうがいいので、一度もやったことがない方は、下記のYoutubeのリチャード・ラングによる実験動画を見ながら、やってみてください。

リチャード・ラングによる実験動画
https://www.youtube.com/user/FacelessJapanFilms

ダグラスは書くことにも話すことにも非常に才能があったが、それにもかかわらず、彼は「言葉は一番重要なものではない」「私の言うことを一言も信じてはいけない」と、繰り返し警告した。それはなぜだろうか?

それは、思考のレベルでどれだけ非二元の教えについて、「私とは本当に何か」 について、知識があっても(こういう分野の本をたくさん読めば、誰でもある程度は知識を得ることができる)、それは「私とは本当に何かを見る(認識する)」こととは全然違うことだからだ。また人が神とか「私の本質」について、どれほどの信念や信仰をもっていても、見ること(ヴィジョン)を排除した信仰や信念は、盲信でしかない。あるいは過去に何かの覚醒体験を経験したことがあるとしても、それも今ここでの認識とは全然異なるものである。

そして、おそらく、今回出版される本も含めて、もし読者の皆さんが彼の提唱する実験をして、「今ここで、自分とは本当に何かを見ない(認識)」しないかぎり、ダグラスの書いていることの多くは、私たちの理性には意味不明(笑)で、退屈でさえある。もちろん、「自分とは何かを見ても」、見たあと、疑問がすぐに全部解消するわけではないが、それでも彼が語っている言葉の基盤を見れば、彼が書いていること、そしてその他の非二元系の賢者の方々が言うことがはるかに理解しやすくなる。

今回の本の中で、今まで述べた1と2の話は、理性が納得するか共感するかどうかは別として、ある程度は論理的で実証しうる話なので、それでもなんとか読者の皆さんには理解してもらえるだろうと思っている。問題は、「3.非存在が、何の理由も原因もなく、突然存在となる驚異」のテーマである。ダグラスのより好きな言葉で言えば、「神が、理由も原因もなく突然世界として顕現する驚異」である。

今回の「存在し、存在しない、それが答えだ」の本では、他の本に比較して、ダグラスが特に神について熱く語っているのが特徴的で、神について書いている最中に彼の感情が非常に高揚しているのがわかる。彼は非常に科学的で理性的な人だが、こと神の話となると、父親から受け継いだ文化的遺伝のせいなのか、生涯の恋人である神、その神への愛情表現がとても熱くなり、今回の本では神への想いが満ちている。

が、ここが翻訳が非常に困難なところで、「わかりやすい日本語」と「ダグラス・ハーディングらしさ」  の両立というか調和に私は悩んで、久しぶりにそのストレスで胃が痛くなった(笑)。

「わかりやすい日本語」にしすぎてしまえば、彼が神について冗談を言ったり、言葉遊びをしたりしながら、神とは何かを文学的にかつユーモアをこめて表現しているその香りがなくなってしまい、かといって原文に忠実すぎれば、言っていることがまったく理解不可能にもなりかねない。ぎりぎり訳文を考えぬいたが、それでもこれでよかったのかどうか確信がもてない部分もある。(翻訳者の能力不足は、読者一人ひとりの神なる本質が補って読んでくださるだろうと希望している)

そもそもほとんどの人にとっては、彼の言う「存在に驚く」という意味がわりにくい。私が彼のワークショップに出たとき、彼はワークショップの最中に必ず一度は、「非存在が何の原因も理由もなく突然存在なることに私は驚く」 という発言をし、カフェや彼の自宅でお茶を飲んでいるときでも、彼はたびたび「私は、自分が存在していることに驚いている」と言ったものだった。

最初の頃、「自分が存在していることに驚いている」という発言を私はまったく理解できなかった。私にとっては、正直に言えば、存在とは驚くべきものというより、大人になってからずっと「重荷」のようなもの、いつもある「重荷」で、その何が驚くべきことか理解できなかった。彼が言う「存在」とは人間ダグラスのことだけではなく、人間ダグラスを含めた、現象すべてのことだ。

ダグラスが言う「存在に驚く」ことがどういうことか示す非常にシンプルな実験があるので、今皆さんもこの場でやってください。(10秒あればできます)

目を閉じて、自分の(映像)世界が消えたことを確認する。そして、しばらくしてから、また目を開けて、自分の(映像)世界が再創造されたことを確認する。以上。

ダグラスがワークショップでこの実験をやるのを最初に私が見たときの感想が???だった。実験の前に彼は、「これから私は世界を消滅させて、それからまた世界を再創造します」と言って、目を閉じ、それからしばらくしてから目を開けた。私はその間中、ずっと彼を集中して眺めていて、当然のことながら、ダグラスは消えたりすることもなく、ただ椅子の上に座って、目を閉じて、再び開けただけだった。

私は休憩時間に彼のところへ行き、次のように質問した。「ダグラス、あなたが目を閉じている間、私はあなたをずっと眺めていましたけど、あなたは全然消滅しませんでした。あなたが言う世界の消滅と再創造とはどういうことですか?」

すると、ダグラスはこう答えた。「それはあなたが見た世界だ。私は確かに自分の世界を消滅させ、再創造した」。そこで、私はもう一度尋ねた。「ということは、私の世界とあなたの世界と、別々の世界があるのですか?」 ダグラスは、「世界に関してはそういうことだ」と答えた。このダグラスの答えを聞いて、???の?一つ減って、??くらいにはなったが、それでも納得はできなかった。

この少しあとだったと思うけど、たまたまニサルガダッタ・マハラジの本を読んでいたとき、「私が存在するから、世界は存在する」というマハラジの言葉に出会って、突然ダグラスの言わんとしたこと、「世界は私が見る(認識する)瞬間に創造される」ということが非常に腑に落ちた。

つまり、「現象世界というのは、私が在るときにしかない」、反対から言えば、「私が在るとき、現象世界がある」(念のため言えば、この「私」は個人的私のことではない)

そして、その「私が在る」ゆえにある現象世界は、「私」によって瞬間に変化させることができるのだ。もし皆さんが目を閉じれば、映像世界を消すことができ(もちろん、そのときでも、あなたを見ている他人の映像世界の中では、あなたはただ目を閉じているだけに見えるだろう)、そして再びあなたが目を開ければ、映像、音声、触覚つきの完全なる新しい世界が再創造されることであろう。世界は毎瞬毎瞬、無(非存在)から創造されているのだ。

さらにダグラスは付け加えて、こう言っている。

本当は何もないのが普通で、在るほうが異常だ。だが、毎瞬その普通でないことが起こり続けている。だから私はそれが驚くべきことで、奇跡だとも言うのだ

しかし、私たちの常識というか理性はこう言うにちがいない。「在ることは当然で、その何が不思議ですか? 目を閉じれば、見えなくなる。それも当然の話で、そんなことに驚くのは子供だましの話でしょう」。

このテーマに関して、私はあるとき、こう自問した。「なぜ私たちは存在していることに驚かないのだろうか? 」その答えは、記憶(知識)のせいである。もし記憶がなければ、驚くべきことになる。

たとえば、今私は机のところに坐って、パソコンを見ている。次の瞬間、横を向くと、パソコンが消えて、窓が出現する。記憶(知識)のせいで、私は窓が当然そこにあると思っているので、横を向いたとき、窓が出現しても特別に驚かない。

もちろん、今でも私はほとんどのときは驚かないが、でもワンクッションおいて、改めて考えると、驚くことがある。たとえば、トイレへ行こうと思い、立ち上がって少し歩くと、トイレがちゃんと出現する――ああ、これこそ本当に魔術だ(笑)と。もちろん、毎瞬驚いてばかりいれば、人間クラブの生活に支障がでるかもしれないので、記憶とか常識はありがたくはあるが、一方で常識と記憶に支配されると、人生は老いるにつれて死に向かって歩くだけの退屈で重い旅になる。
 
ダグラスは、この3のテーマに関しては、長年「頭がない方法」の教えに親しみ、実験をやっている人たちの中でも、理解する人たちと理解しない人たちがいて、それは別に問題ではないと言っている。それは「私とは何かを本当に見る」ことのボーナスのようなもので、つまり、「驚き」という感情は起こるかもしれないし、起こらないかもしれないというだけのことだ。それでも、もし「存在に驚く」ことが起こるなら、それは神が自分の宇宙創造に驚いているということだ、と付け加えている。

ダグラスが議論しているようなこういったテーマは荒唐無稽に思えるかもしれないが、実は現代では宗教の分野ではなく、宇宙創造の秘密は、物理学者が真剣に議論していることであり、その議論の中には「宇宙が瞬間的に創造される」という話も入っている。もちろん、科学者たちは「宇宙が瞬間的に創造される」という結論には否定的なようだが、しかし、科学者たちがそういったことを真剣に考え、議論していること自体が大変に興味深い――「宇宙を織りなすもの(上)(下)」(ブライアン・グリーン著 草思社発行)は、宇宙創成の謎について物理学者たちの包括的な議論を紹介している好著である。

  
 
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