「世界は幻想である」 とは?(3)2018年02月16日 11時52分04秒

マハラジのような賢者に、「なぜ賢者は世界の苦しんでいる多くの人たちに対して何もしないのでしょうか?」という主旨の質問が為されることがある。
 
それに対してマハラジが何と答えたかというと、

人々の苦しみは幻想だからだ

もちろんこの答えはほとんどの人には理解されない。
 
賢者が世界をどう見ているのか、一番わかりやすいたとえは、「部屋で映画やドラマを見ているようなもの」と言うことかもしれない(似たようなことをマハラジも言っている)。 賢者にとっては、「世界に対してどうしてあなたは何もしないのか?」  という質問は、みんなで映画やドラマのDVDを見ているときに、悲惨な事件や出来事や苦しんている人たちが映し出されているのを見て、一緒に見ている誰かから「どうして私たちはこの人たちの苦しみを救わないの?」  と尋ねられるようなものにちがいない。

その答えとは、「これは映画という幻想で現実じゃないから、何もできない。だからこれは現実じゃないと目覚めるしかない」となるはずだ。

あるいは、映画やドラマに出演している登場人物が、「私の人生はどうしてこんなに苦しいの?」と叫んでいたら、「ああ、それはあなたが演じている幻想の役割だから、それから目覚めれば、どこに苦しみがあるの?」とでも言うようなものだが、そんなことをしたら、物語をぶち壊してしまうことになり、DVD鑑賞も台無し(笑い)になるので、誰もそんなことは言ったりしないけど。

しかし、このたとえはわかりやすいが、欠陥もある。DVD鑑賞の場合は、DVDの映像世界と視聴者たちは完全に分離しているが、賢者の場合、自分と見ている世界に分離はないことを知っている。彼らは世界を幻想だと知り、自分の肉体・マインドもその幻想の一部であると知っているが、同時に自分が世界と一つであり、自分の中からその幻想が現れていることも知っている――よいことも悪いこともすべては「私」も表現、顕現である。

だから彼らは何もしないわけではなく、世界と一つであることによって、目の前に展開することで必要なことは何でもやるはずである。ただ、ほとんどの賢者は社会改善運動とか平和運動とか慈善事業とかには積極的ではないと思う。それは彼らがそういう運動に反対しているわけでも批判しているわけでもなく、ただ自分がやるべきことだと感じないだけの話であろう。

そういった運動に情熱がある人たちは世界中にたくさんいる。あらゆる人たちは、霊的な探求者もそうでない人も、みな生まれもっての自分の情熱というものがあり、人生は自分のその情熱に従って自然に展開するものだと私は今ではそう理解している。

ちなみにマハラジやラマナ・マハルシのような賢者が世界の平和に貢献していないというのは、理解のない人たちの見方で、彼らはただ部屋に座っているだけに見えても、奥深いところで本当の平和を実践し、それを大勢の人たちに教え、その影響力は現代にまで至っている。

ダグラス・ハーディングは「世界の平和は自分から」と常に教えてくれた。その意味とは、もし自分が平和であれば、自分から自分のまわりの人たちへ、そしてそれから社会全体へその平和の影響は広がるだろう、というものだ。そして平和であるために、自分とは本当に何かに目覚めることが必要ということになる。

結論的に言えば、自分の本質に目覚めれば、「世界は幻想とは?」の問いや議論はほとんど意味のないものとなり、誰の(幻想)人生も平等に喜びと苦痛があることを理解し、普通で平和な人生をただ生きることしかない――いつもながら、平凡でつまらない結論ですが。
 
[サボ様への回答]

ロバート・アダムスについては過去の下記のブログご参照ください。I AM 瞑想のやり方を紹介してあります。
 http://simple-dou.asablo.jp/blog/2012/12/26/

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[今後のイベントの予定]
2018年3月31日(土)「私とは本当に何かを見る会」(東京)
2018年4月15(日)「ダグラス・ハーディングの会」(岐阜市)

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「世界は幻想である」 とは?(2)2018年02月04日 08時45分39秒

 前回、非二元系の教えにおける「世界は幻想」の定義を説明した。インド系の賢者はこの観念を多用するが、しかし、私の経験によれば、「世界は幻想である」 という観念は非常に誤解と迷妄を与えやすく、生半可に受け取ると多くの場合役に立たないどころか、人生に悪影響を及ぼすことすらある。
 
ダグラス・ハーディングは「幻想」という言葉を嫌い、彼は自分の著作やワークショップでまずこの言葉を使ったことがない。ダグラス・ハーディングからすれば、世界は幻想どころか「神の顕現である」。それは驚嘆して丁重に扱うべきものであって、軽蔑したり、拒否したりすべきものではない。

私はこの点に関しては、インド系の賢者よりも、ダグラスの表現のほうが好きだし、自分の目の前の世界(神の顕現)に展開すること(よいことも悪いことも)に毎瞬明け渡すことが、いつでもどこでもできる霊的な練習(修行)だと思っている。

言葉で書けば、「幻想」と「現実」と二つの状態があるように思われるが、実際はそれは硬貨の両側のように二つで一つであり、そのことはマハラジもダグラスも強調している。有名な般若心経  の句、「色即是空」「空即是色」も、「涅槃と世俗は一つである」という意味だ。

私が思うに、「幻想」ということでいえば、「世界は幻想である」という観念より、むしろ、「私と世界は分離している」「私は1個の肉体・マインドである」という観念のほうがはるかに幻想であり、それを徹底的に調べるほうがはるかに霊的探求においては役立つ。

「自分とは本当に何か?」がわかれば、「世界は幻想かどうか」という議論はほとんど意味もないし、そして重要なことは、私たちが「世界は幻想だ」  と考えても、「世界は現実だ」  と考えても、その他世界をどう考えても、人生の苦しみがなくなるわけではないということだ。肉体が他の物にぶつかれば、それはどんな考えをもっている人にとっても「痛い」し、病気がふりかかれば、やはり「苦痛」だし、仕事、家庭生活、その他において、辛いこと(苦しみ)は誰にでも平等にある。

ただ「自分とは本当に何か?」がわかれば、すべてのことをそれほど深刻に受け取らないだけのことだ。

マハラジは、自分の癌の苦痛を個人的に受け取らず、「私という存在性の表現」みたいな言い方をし、さらに彼は、世界には一定量の苦しみがあり、一人ひとり(というより一つ一つの心身組織)にはその苦しみの配分が与えられていると言う。  つまり、マハラジが言っていることは、人生における一定量の苦しみを誰も避けることはできないという意味だ。

話を「幻想」に戻すと、昔、私が「般若心経」の言葉の意味がどうしても理解できず、格闘していた頃、ある日やっと気づいたことがあった。  それは「幻想」と「現実」の定義が、人間の日常的感覚(二元的世界の感覚)と般若心経では真逆であるということである。
 
般若心経は「五感で感じられたり見られたりするものは実体がない=幻想である」と言うが、私たち人間の感覚からすれば、「現実とは五感で感じ、認識できるもの」で、幻想とは「五感で感じ・認識できないもの」ということになる。

般若心経の観点と論理から言えば、もし私が自分の手をテーブルにぶつけて、痛みを感じれば、「痛みを感じるゆえに、痛みは現実ではない」ということになる。

このことに気づいて、ようやく人間的マインドと論理の枠組みでは般若心経をどうしても理解できないことを理解したというわけだ。

 
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「世界は幻想である」 とは?(1)2018年01月22日 09時34分00秒

 皆様、明けましておめでとうございます。今年も気楽にお付き合いください。
 
今年はまず、非二元系の教えに関して、私のコンサルティングで皆さんによく聞かれる、 いくつかの質問について、(今まで書いたこととも重複するが)、書いてみよう。

最初は、「世界は幻想である」という、特にインド系の賢者が好んで使う観念についてである。
一般的非二元系の教えから、ここで「幻想」という言葉を定義すれば、

幻想とは:

1一時的である。
2それ自身で独立していない(何かの支えが必要である)
3実際には存在していない

1の定義は理解するのはそれほど困難ではない。私たちの世界を構成するどんな物も生き物(人間物体を含む)も状況も感情・思考も永遠ではなく、始まり(誕生)と終わり(死)がある。

2の定義「それ自身で独立していない」という話は、3つのレベルがある。最初のレベルは、世界の中の物と生き物(人間物体も含む) は、他者との関係において存在しているということだ。これも自分の周囲を眺めて見れば、明らかである。

あらゆる物は他の物に囲まれ、接触して、支えられて存在している。物体Aは物体Bや物体Cとの関係においてのみ存在している。私たちが自分だと思っている人間物体でさえ、それは床や空間との関係においてのみ存在し、空気や食物の助け(支援)があって、生存を維持することができる。この定義の理解も困難ではないと思う。

「それ自身で独立していない」という定義の2番目のレベルの、非二元系の教えがいつも強調する、「私があるとき、世界はある」   あるいは、マハラジ流に言えば、「『私はある』という概念の一刺しが起こるとき、夢のように原因も理由もなく、世界は現れる 」というものだ。

逆から言えば、「世界は、私が存在していなければ、存在していない」
 
「私はある」という概念のない熟睡中は、世界がないという事実を考えてみれば、これも明らかであろう。

そして三番目のレベルの話は、「私は在る」という意識さえ、一時的であり、独立したものではなく、それは肉体の支援が必要で、「私は在る」の土台である(マハラジの言葉による)「絶対」の上に一時的に現れているものにすぎない。「絶対」に関しては、それがどんなものかを言葉で語ることはほとんど不可能であるにもかかわらず、Prior to Consciouness(意識以前)の本の中で、マハラジは「絶対」についてぎりぎり奮闘して語っている。
 
3の定義「実際には存在していない」も、言葉での説明が難しい。一番わかりやすいたとえは、「世界はテレビや映画の映像のようなもの」と言うことである。テレビや映画を見ているとき、私たちはそれを非常に現実に感じるが、しかし、実際は、映像は単なるイメージにすぎず、物や人物はそこには存在していない。

本当は、「実際には存在していない」という定義は、「私が思うようには存在していない」  と言うほうが正確でわかりやすいかもしれない。

「存在していない」と言うと、マインドは 「どうして私が見ているものが存在していないなどと言えるのか?」 と反論するはずだ。私が今目の前に見ている、パソコンも、コタツの上のカップも、コタツの向こうに見える仏壇も非常に「存在している」ように見える。確かに「存在しているように」見えるが、しかし私が想定しているように物は存在していないことは、ダグラス・ハーディングが紹介した実験を少しやることで確かめることができる。

私が今コタツから立ち上がって、コタツから数メートル離れたところから見れば、パソコンも、カップも、仏壇も微妙に大きさ、形が変わっている。私たちはそれがずっと同じままだと想定しているが、物は観察者から距離によって、姿形を変えたり、消えたり現れたりするのだ。この話は、定義1と2とも関連している。

以上の定義により、「世界が幻想である」とは、  言葉で説明すれば、

世界は一時的である。
世界はそれ自身で独立していない。
世界は実際には(私たちが思うようには)存在していない。

ということである。

では、幻想の反対、現実(本質、絶対)とはどう定義されるのかと言えば、
・永遠である
・他の何の支援も必要なく単独である。
・実際に存在している。
 
そして、「私とは本当に何か?」という 非二元系の探求は、言葉を変えれば、「永遠で、単独で、実際に存在している」ものの探求ということでもある。
 
 
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ブログ10周年(祝―自己満足)2017年12月21日 09時03分24秒

 2007年に今のブログを開始したので、今年は10周年である。2007年は、ダグラス・ハーディングが亡くなり、そして世界経済がリーマンショックに揺れた年だったので、印象に残る年だった。

あの年にブログを始めたのは、超絶的な体調不良から少し回復し、何か新しいことを始めようという気力がようやく湧いたからだ。
 
あれから10年、適当に書き始めて、適当に書き続けて、今日に至っている。原稿料はどこからも出ないけど、締め切りもなく字数制限もないというこの気楽感と適当感が私は気に入っている。そして私が自分の仕事を宣伝する数少ない媒体でもある。

いつまで書き続けるのか、それは「神の意志」 なのでわからないが、そのときまで、これからも適当に書き続けていく予定なので、皆様にも気楽に読んでいただければと思う。

さて、最近私のキイワードは「自己満足」という言葉である。この安っぽいイメージの言葉がなぜか最近とても好きになっている――スピリチュアルなことにしても、世俗生活に関しても、小さい満足から大きな満足まで、すべては、他人がどう思おうと、自分が満足すればいいだけの話なのだということを改めて強く思うようになった。

「満足」とは、喜びの別名である。

私の場合、満足を感じれば、満たされる―満ち足りる――感謝が湧く

満足とは、私の場合はこんなものだ。

今日は料理がおいしくできた―自己満足
今日は体の痛みがゼロである―自己満足
今日も暖かいお風呂に入った―自己満足
難しい数学の問題が解けた―自己満足
母の好きな料理を作り、母が喜んだ―自己満足
コンサルティングでお会いした人と楽しく歓談した―自己満足
 今日はブログが完成した―自己満足
風の中で枯れ葉が舞い散っているのを見て、とても美しく感じた―自己満足


主催した会が無事終わり、皆さんと楽しい時間を過ごすことができた―自己満足

本が完成し、出版された――自己満足  (但し、著作にしても翻訳書にしても、中味に関して完全に満足したことは一度もない。出版後にいつも、「ああ、ここをもっとこうすればよかった」というところが必ず出てくるものだ。でも、精一杯やったという満足はあるので、それは仕方ないとあきらめている)

最大の満足とは、
スピリチュアルな探求において、よき先生たち、よき教え、よき本、そしてよき環境に恵まれ、真理を確信できた―自己満足

自己満足―しかし、ラメッシ流に言えば、満足を感じるべき「自己」とは本当は存在していないので、実際は「満足感がただ起こった」という現象である。

日常会話の中で、「それは自己満足にすぎない」という批判的な言い方がよく為されるが、よく考えてみれば、「自己」満足以外にどんな満足もないのだ。

しかし、あるとき以上のような主旨の話をある人にしたら、では「自分は満足しているのに、自分がしたことに他人が満足しない場合は、どうなんですか?」  という質問をされた。

これは色々な場合が想定される。

たとえば、それが仕事の場合、自分がした仕事にほとんどの人から不満を言われたら、それは仕事のやり方や質に関してたぶん考えるべきことがあるという意味だ。

では、家族の中で、たとえば、料理を作った人は自分の料理に満足しているのに、食べている側が満足しない場合は、それはお互いの味覚の違いを理解し、その溝を埋める努力をすべき問題であろう。

あるいは他人は本当は満足しているのに、ある種の意地悪から、あるいは教育的配慮から(先生対生徒、上司対部下のような関係で)「私はあなたのやったことに満足していない」という「ふり」をする(笑)人たちもいる。

というように、他人が関わることは、それがどんな種類の人間関係かで、場合場合で考えるべきことだと思う。

私の自己満足は、多くのことが他人とは無関係なので、安心して(笑)「自己満足」している。
 
[お礼]
今年も、私が関わっている活動に対して様々なご支援を多くの方々からいただき、ありがとうございました。お会いした皆様、ブログを読んでいただた皆様、コメントを寄せていただいた皆様にもお礼を申し上げます。それでは、楽しいクリスマス、お正月をおすごしください。来年のブログは1月下旬からの予定です。

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ニサルガダッタ・マハラジの教え(6)Prior to Consciousness2017年12月10日 07時13分33秒

今回は、ニサルガダッタ・マハラジの教えについてではなく、彼がどんなグルだったのかを書いてみよう。

もちろん私はマハラジにお会いしたことがないので、私がこれから書くことは、本による印象、ラメッシ・バルセカール、セイラ―・ボブなどの弟子たちの言葉、マハラジのサットサンを撮影したDVD, そしてインターネット上の情報などから得たことから、私なりに感じたことだ。

まず、マハラジはグルとしては非常に厳しい人で、いい加減な態度や気持ちで自分のサットサン(真理と交わる場くらいの意味)に来るのを許さないという雰囲気がある。セイラ―・ボブによれば、彼はそういった人たちを自分のサットサンから追い出したとある。

「厳しい」というのは、「何をするべきか、何をするべきでないか」という行為に関してではなく、真理を探究する態度とその動機に関してである。

人々は様々な動機で彼のサットサンにやって来る。すべての人々の動機が純粋な霊的探求のためというわけではなく、マハラジから単に霊的知識が欲しい人もいれば、恩寵を望むだけの人もいる。また自分の知識をマハラジに認めてもらいたいために来る人もいれば、グルになるための秘訣を学びに来る(笑)人もいる。もちろんマハラジが真面目に相手をするのは、ただ「私とは何か」の究極の真理を熱心に探究する人たちだけだ。

彼は鋭い眼力によって、人々がどういう動機で自分のところへ来ているのかを見抜き、時には皮肉を言ったり、からかったり、様々な対応している。

アイアムザット私は在る」(ナチュラルスピリット発行)の頃は、マハラジもまだ元気だったせいか、マハラジに議論をふっかける人もいて、彼もそれなりに応えていた印象があるが、Prior to Consciousness(意識以前――仮称)では、もうマハラジは議論をするだけの体力がなく、「自分の話がわからないなら、家へ帰ってバジャン(神に捧げる賛歌)をやりなさい」  とか、「もうここへ来るべきではない」とただ言うだけである。
 
マハラジは、「自分の話はすべての宿題をやり終えた人たち向けのもので、霊的初心者のためのものではない」と言う。では彼が言う「宿題」とは何か?

それは私が思うに、「宿題をやり終えている」とは、肉体・感情・思考との一体化の解除がある程度進み、エゴ的な執着がかなりなくなっていることだ。

マハラジのところへ、霊的パワーや悟りを求めて来るのさえ間違った動機である。なぜなら、彼はそういったものを提供しないからだ。彼が提供しているのは、「人がいつかそうなるべき状態」ではなく、「人が今そう在る状態」、究極の現実が何なのかという科学的分析である。

さて、今皆さんは、パソコンかスマートフォン(タブレット)でこの文章を読んでいる(見ている)はずである。マハラジの問いを使って、この状況に関して質問してみれば、「何があるゆえに、あなたは自分の世界を認識することが(見ることが)できるのか?」となる。

ここで「目」と答えた人は、「ブー(×)」(笑)です。

そして、マハラジが鋭いところは、マハラジは仮にその人が観念的に自分の質問に正しく答えても(本からの知識を知っていれば、マハラジの問いに知的には正しく答えることは可能である)、その人がその瞬間に本当に自分が答えていることを直観していない場合には、その正しい答えさえも否定するところである。

私が感じるに、マハラジのスタイルはトニー・パーソンズなどと同様に、方法論としては「否定」の道で、そこは弟子であるラメッシとはかなり違うところだと思う。

ラメッシ・バルセカール、ダグラス・ハーディングはどちらかというと「肯定」の方法論である。つまり、彼らは質問者の観点や考え、議論をほとんど否定しない。たぶん、それは観点や考えはたいして重要でなく、どう展開しても、議論や観点、考えが言葉なき認識へ導くわけではないと知っているからだ。それに彼らにはどんな観点や議論も強制終了させることができる伝家の宝刀がある。

ダグラスの場合は、実験があり、ラメッシの場合は、「すべては神の意志」という観念がある。

実はマハラジにも宝刀があるのだが、本書Prior to Consciousnessの中ではほとんど使っていない。それはあらゆる質問に対して、「誰がそれを尋ねているのか?」  という質問で答えることだ。

ラメッシの説明によれば、ほとんどの人が自分の質問に対してマハラジが「誰がそれを尋ねているのか?」 という質問で切り返すとき、マハラジが自分の質問に答えることを避けているという誤解を与えたということである。

私の理解によれば、「誰がそれを尋ねているのか?」という質問の意図は、質問者を質問より以前にある自分の本質へと退却させることだが、ほとんどの場合は、「尋ねているのは私です」→「ではその私とはか?」→「わかりません。だからお尋ねしているのです」みたいな新たな議論に発展してしまいがちで、議論から直観へというマハラジの意図がほとんど伝わらない。
 
Prior to Consciousnessはマハラジの末期癌の影響のせいもあって、明るい雰囲気の本ではない。彼は死にたいと言う言葉は使わないが、自分は早くこのすべてを処分したいと何度か本書の中でももらしている。ただ、読者はそれを「厭世」の勧めのように読むべきではないと私は思う。彼は決して厭世的な人ではなかったと思うし、家庭生活と仕事と霊性を自分のできるかぎり精一杯やり尽くした人だ。

私のなんとなくの印象で言えば、彼は昭和の頑固オヤジのような感じで、厳しいけど、素朴でまっとうで、いざというときには、心優しく、頼りになる近所のタバコ屋のオヤジである。

ラメッシによれば、マハラジはサットサン以外の普段のときは平凡な話し方をする人だったそうで、マハラジ自身、なぜこんな奥深い言葉が自分から出て来るのかわからないと驚いている。彼の知識は本から得たものではなく、すべて直観と経験から出てきたものであり、それにもかかわらずどんな学者やインテリもかなわないくらいの奥深さであることは本当に驚くべきことだ。本の中では彼が、自分のところへやって来る学者系の人たちをからかって遊んでいるところがある。

そして私が彼を非常に敬愛するもう一つの理由は、インドにあって、霊的経験やパワー、名声を売り物にしてグル・ビジネス(弟子や信者、お金をたくさん集めるビジネス)をしなかった希有な人だったからだ。

マハラジは本書Prior to Consciousnessが将来大勢の人たちに読まれることを、1981年の時点ですでに予言している。本としても厳しい本だと思うが、熱心に読まれれば、熱心な探求者たちに役立つだろうと私もそう信じている。

以上、6回にわたって、ニサルガダッタ・マハラジのPrior to Consciousnessについて簡単に解説してきた。

諸事情で完成・発行が大変遅れてしまい、お待ちいただいている皆様には大変に申し訳なく思っています。本書の発売が正式に決まりましたら、改めてお知らせします。

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ニサルガダッタ・マハラジの教え(4)Prior to Consciousness2017年10月14日 08時25分44秒

今回は、マハラジの教えから少し離れて、私がいつも感じている非二元系の教えにおける言語の問題について言及してみよう。

あるとき、ハーディングの実験の会に来た人から下記のような質問されたことがある。

「たとえば、『自分を見てください』と言うとき、その言葉自体が他者とは違う『自分』がいることを想定しているのではありませんか?」

つまり、この質問の意図は、ハーディングの実験の目的が、私の本質という自他の区別のない一元的世界の認識であるのに、その認識を導くために使われる言葉が、そもそも二元的であるのは矛盾ではないか? という意味だと、私は理解した。

矛盾している――まったくその通りである。同様に、「『自分の』足を見てください」とか「『自分の』手を見てください」というときも、私たちは明らかに「自分の」手足と「他人」を手足を区別して、「他人の」手や足ではなく、「自分の」足や手を見る。

この根本的矛盾の原因は、「自分」「私」という言葉、  英語でいう、me, I の言葉の問題である。

前回と前々回のマハラジの教えのところで、マハラジの教えるにおける「私」の定義について次のように説明した。
 
1「私は1個の肉体・マインド である」
2「私は存在である」(I Am=私は在る=意識の状態)
3「私は非存在(非現象)である」(絶対の状態)

普通、二元世界で「私」と言えば、それは明らかに肉体の私(鏡の中で見たり、他人から見られた人間物体)のことである。二元世界では、「私」は明らかに一貫して肉体の「私」のことで、お互いにその暗黙の了解の元で会話するので、少なくとも「自分、私」に関しては、矛盾がない。

しかし、賢者の方々が、「私」と言うとき、あるときは、個人的肉体的「私」のことであり、あるときは、意識の「私」であり、あるときは絶対の「私」であり、という具合に、話している途中でも自由に「私」の定義が変わるのである。
 
彼らは話す前にこれから言及する「私」がどの「私」なのかいちいち言ったりしないが、言ってくれたら、翻訳する側としては助かる(笑)と思うことがよくある。
 
たとえば、賢者の方々のよくある発言を例にとって、分類してみれば、

*「私」が子供だった頃  →肉体の「私」と一体化
*「私」は意識全体であり、世界である。→顕現した意識としての「私」と一体化
*「私」は生も死も超越している→意識が顕現する前の絶対としての「私」と一体化

私が知る限り、マハラジもダグラスもラメッシも、話の途中で、個人的思い出――「私が子供だった頃」というような――を語ることがあり、そのときは明らかに彼らは肉体の「私」と一体化している。

ラメッシは、「賢者であっても、『マハラジ、ラマナ』などと、自分の名前を呼びかけられれば、普通に返事をするもので、それはつまり、そのときは彼らが個人的自己と一体化しているという意味だ」と、言っている。
 
最初の実験を指示する言葉についての質問に戻ろう。

「自分を見てください」という実験の指示は、それは明らかに一人ひとりの肉体が違うことを想定している発言である。つまり、一元的世界の認識へと導く実験も、二元世界から出発せざるをえない。ダグラス・ハーディングの実験を小難しく言えば、対象世界(二元世界)から主体世界(一元的本質)への移動であり、言語や自分の肉体という二元世界の道具を使って移動する(ダグラスが好きな言葉で言えば)「」なのだ。

マハラジの教えにおける「私」の定義で、1の世界は当然、非常に個人的なものだ。そして、あえて、「個人的」という言葉を使えば、上の2、顕現した意識の「私」も超絶的に個人的である。「非個人的」という言葉が強調されるせいか、意識の「私」は自分が対象物として見る人たちとは、全然違う世界に住んでいるという事実はあまりよく理解されていなように感じる。

私がよく出す例で言えば、たとえすぐ隣に人が座って、似たような風景を眺めているとしても、それぞれの人間物体を通じて展開する意識の世界はまったく個人的な風景(思考や感情世界も含めて)であり、非常にユニークでオリジナルである。それは一元的本質(本質だけがあらゆる人間物体に共通している)上に、繰り広げられる多様な個人的個性的世界である。(ダグラス・ハーディング「存在し、存在しない、それが答えだ」の第6章「平凡な人を抜け出す」を読むことをお勧めしたい)

だから、「個人的」とか「非個人的」という言葉も最終的にはどうでもいいことなのである。言語とは二元的時空間の世界、過去・現在・未来の区別のある世界を描写するための道具であって、本当は一元的世界を描写することにはまったく向いていない。向いていない道具を使って、説明せざるをえないので、言葉上では様々な矛盾が生じ、そういうことを気にする人たちに多大な混乱を与えてしまう。

しかし、実験、瞑想、直観などによって、自分とは何かについて考えるのではなく、見る・認識することができれば、言葉上の混乱も次第に収まるものだと思う。



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ニサルガダッタ・マハラジの教え(3)Prior to Consciousness2017年09月22日 14時40分35秒

 *「私が在る」ときだけ、世界はある。
*非現象である絶対が、「私は在る」という気づき(意識)が起こったとたんに、形として顕現する。
 
今回は、マハラジのこれらの主要な観念について書いてみよう。
 
たとえば、「見る」という単純な行為を例にとってみよう。

常識では、普通次のように想定されている。

「私」(主体=1個の物体)  が、「別の物」(対象物=1個の物体)を、「見る」。

しかし、「果たして、このような分離した三つ組が本当に存在しているのだろうか? むしろ、何かを見るという行為(何かに気づくこと)が起こる瞬間に、物が存在するのではないだろうか?見ている主体は1個の物だろうか?見ている主体とは何か?」というのがマハラジをはじめ、非二元系の賢者の問いだ。

そこで、見られている対象物から、見ている主体に注意を移す(ダグラス・ハーディングの指さし実験を参照)と、そこにいる主体は物体ではなく、単純なる「私は在る」という気づきである。

その「私は在る」の気づきは見られている物と分離しているわけではなく、気づき(意識)=目の前の物質世界である。

マハラジがPrior to Consciousness(意識以前-仮称)の中で強調していることは、「『私が在る』から、世界が在る」、「『私が在る』から、月や太陽が存在する」ということだ。

人間の「私」と違って、『私が在る』の「私」は崇高なのだ。

しかし、Prior to Consciousness(意識以前――仮称)の中では、マハラジの主要なテーマは『私が在る』ではなく、意識が起こる以前の話(だから、原書のタイトルが「意識以前」)で、マハラジは「私は皆さんを絶対へ導こうとしている」と強調している。

マハラジが「私の以前の話はある程度、人々は理解した」と言うとき、たぶんその話とは「私は在る」についての話のことだ。「在る」という話は、理解しやすいし、ある意味で安心感さえ与える。「私は1個の肉体・マインドではなく、意識である」という認識はある種の喜びと平和を与えるものだ。しかし、マハラジは探求者たちが楽しんでいるこの観念さえ、破壊しようとしている。

「私が在る」が起こる前、あなたは何だったのか?これがマハラジの問いである。

ダグラス・ハーディングはマハラジと同じことをもっと文学的に表現豊かに語る。(「顔があるもの顔がないもの」(マホロバアート発行――現在絶版)の五章「存在が自ら生じる神秘」の章を参照のこと)

ダグラス・ハーディングがこの章で格調高く語っていることを、ものすごくくだけて書けば、こんな感じだ。

(自分とは何かに気づいていなかった)「私」が突然に目覚めて、「ああ、私って存在しているじゃん!私は何にもないものでかつすべてなんだ。すごい!」と気づき、自ら驚き喜んでいる、という感じ。

ダグラス・ハーディングは「『在る』ことが変則で、本当は何もないことが常態であるのに、その変則が毎瞬起こっていることが奇跡だ」としばしば語った。彼は存在していることを不思議がっていて、いつも驚いていた。しかし、彼の実験に長年親しんでいる彼の多くの友人たちでさえ、この不思議感と驚きはなかなか共有できないものなのである。

今でも思い出すことがある。パリでダグラスのワークショップがあったときのこと、ワークショップが終わったあと、ダグラスとキャサリンと十数人の人たちが近くのカフェに行き、フランス人の友人たちとキャサリンは久しぶりに再会した喜びで、色々な話で盛り上がっていた。私とダグラスだけがフランス語の会話に参加できないので(ダグラスはフランス語をある程度上手に話すが、どうしても必要な時以外は話さなかった)、片隅に静かに座っていた。そのとき私の目の前に座っていたダグラスが私に気を遣って、突然私に話し始めた。

存在しているということは本当に不思議なことだ。本当は何もあるべきじゃないのに、世界がこうして毎瞬、存在している。本当に本当に不思議で神秘だ。そう思わないかい?」と平凡なカフェの風景を眺めながら、彼はこう切り出した。

彼が存在の不思議さをよく話題にすることは知っていたが、私の中には不思議感というのがまだなかったので、私は肯定も否定もしないで、ただ黙って聞いていた。それからさらに彼は、「君の国の日本で、存在の不思議さについて書いたり、しゃべったりしている人が誰かいるかな?」と私に質問し、そのときはとっさに誰のことも思いつかなかったので、「いいえ、誰もいないと思います」と答えた。あとになってふと、早世された哲学系の文筆家、池田晶子さんの名前が思い浮かび、確か彼女が似たようなことを書いていたかもしれないと思い出した。

ダグラスは、「存在することの不思議感や神秘感」についてよく話題にしたが、しかし、そういう感覚が湧き起こっても起こらなくても、「私とは本当に何かを見る」こと自体にはまったく影響しないし、それは憧れて、目指すべきようなものではないとも言う。彼は子供の頃からそう感じてきたそうで、彼に関してはそれは天性のものだと思う。

私の場合は、長い時間かかってようやく「在ることの不思議さを時々思う」程度にはなったが、普段は特別に不思議感に満たされるというわけでもない。

では、最後に、Prior to Consciousnessで、マハラジが推奨するサーダナ(修行)を紹介してみょう。

*ただ静かに座り、物事の流れを観照する。
*熟睡から目覚めの間にあるものに注目する。
*熟睡→(非個人的)「私は在る」の目覚め→世界の出現→活動の始まり、を注意深く観察する。

熟睡と目覚めた状態の間にあるもの、それは何だろうか? それは言葉がない「私は在る」であり、のちに言葉が流れ始めて」(「意識以前―仮称」より)

*目覚めているときに、自分の注意の向きを逆転させて、思考・マインドから意識へ、意識から絶対へ退却する。マインド・思考→「私は在るという意識」→絶対

あなたが目を閉じたときに見える暗闇、それがグルの恩寵の影だ。それを忘れないように、いつも心に留めておきなさい。グルの恩寵の木陰で休みなさい。あなたがグルの言葉を思い出すたびに、あなたはグルの恩寵の木陰の中にいることになる」(「意識以前―仮称」より)


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ニサルガダッタ・マハラジの教え(2)Prior to Consciousness2017年09月10日 13時50分43秒

 それぞれの賢者、伝道者には独特の用語や表現というものがある。前にも書いたことであるが、それが読者や探求者のマインドを混乱させる大きな原因となりうるものだ。「この点に関してはあの賢者はこう言っていたけど、この賢者は別のことを言っている」  みたいな。

マハラジの本の中では、本の中でさえも言葉上では矛盾が見つかる。それをPrior to Consciousness(意識以前―仮称)の原書編集者も前書きで指摘していて、それはマハラジがいつもそのときの相手にふさわしい言葉を使っているからだ。本書の内容は、大勢の人に向けて一般的に講演したものではなく、あくまでも自分の目の前にいる人に対して、その人にとって必要な言葉が、(マハラジの頭の中で作りあげたものではなく)自然に出てきたものだ。マハラジは「物事は自然に出てくる」という表現をよく使う。
 
マハラジがPrior to Consciousnessの中で、「私を皆さんを最高のレベルへ導こうとしている」と何度も強調しているが、では彼が語るレベル(つまり、探求者がいま現在どの理解にいるかというレベル)とはどんなものか、簡単に紹介しよう。

1「私は1個の肉体・マインド である」
2「私は存在である」(I Am=私は在る=意識の状態)
3「私は非存在(非現象)である」(絶対の状態)
 
本書で、マハラジは1のレベルの話は一切せず、「自分の話は『私は在る』に充分安定した探求者たち向けのものだ」の何度も言っている。

原書編集者が「死ぬ2年前くらいから、肉体・マインドに関する一切の質問を受け付けなくなった」と書いているところから想像すると、それでもそれ以前は肉体・マインドに関する質問にも答えていたようだ。

また彼は「以前の私の話は、ある程度人々は理解したが、自分の現在の話をほとんどの人は理解しない」とも言っているところを見ると、最晩年になるにつれて話のレベルをしだいに上げていった様子もうかがえる。

本書を読むさいに注意すべきことは、本書の中では「意識(Consciousness)」は最終状態を指す言葉ではなく、「絶対が現象として顕現した状態」を指し示す言葉として使われ、「意識の状態」は絶対へと超越されるべきものとして語られている。

そして、ここが肝心なところだが、その絶対の状態とは達成されるべきものはなく、永遠にあらゆる人の背後にある土台であり、今述べた2の意識状態と3の絶対状態は分離しているわけではなく、二つで一つ、コインの表裏のようなものだ。  あらゆる賢者が言っているように、現象と非現象、色と空(くう)は一つである。
なので、「超越」という言葉が使われてはいるが、実際は「何かをしてどこかへ超越する」というより、意識と絶対は一つであることを直観することに他ならない。

さもないと、「どうやって私は絶対の状態へ行くのでしょうか?」などという誤解された質問が出てくるわけだ。

実際、すでにそこにいるゆえに、「そこに行く」とか「そこに到達する」という問題はないわけで、「どうやって?」という質問に対して、マハラジは、「『私は在る』の状態にただ留まっていないさい。そうすれば自然に理解は起こるだろう」と言う。

マハラジの方法論は、「ただ在る」、「ただあらゆることを観照する」ということに尽きる。そして、もし「ただ在る」、「ただあらゆることを観照する」ことができない人、あるいは知的にも彼の話を理解できない人は、まだ充分にそれ以前の修行(瞑想やバジャン)、彼の言葉で言えば、「宿題」が終わっていない状態であり、もし自分の話がわからなければ、ここに来るべきではないとも彼は言う。

マハラジも含めて、あらゆる賢者たちが言っていることは、「現実とは何か」「私とは何か」「世界はどのように存在するようになったのか」についての科学であり、信じるべき信仰ではない。ダグラス・ハーディング同様に、マハラジの言っていることはきわめてシンプルで科学的であり、彼自身「科学的態度をもつべき」ことを強調している。

実際、マハラジはダグラス・ハーディングのことを知っていて、イギリスから来た探求者には本国へ戻ったら、ダグラス・ハーディングに会いに行くように勧めていたという。またダグラス・ハーディングもマハラジを高く評価していた。彼の「顔があるもの 顔がないもの」(マホロバアート発行――現在絶版)の五章「存在が自ら生じる神秘」の章で、「自分の中心の顔のなさを見る」ことをマハラジの教えと絡めて語っていて、マハラジの言わんとしていることをより立体的に表現している。本書をおもちの方は、この部分を再読されると、マハラジの話もより理解しやすいのではないかと思う。


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1部 ヒトにおけるセックスと闘争・暴力の問題について
2部 サルの壁 人の壁
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書き版の二種類の版を用意してあります。 編集の都合上、総ページ数(縦書き版が453ページ、横書き版が367ページ)は異なっていますが、内容はまったく同じです。

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ニサルガダッタ・マハラジの教え――Prior to Consciousness(1)2017年08月15日 06時34分37秒

 皆様、残暑お見舞い申し上げます。

今回より数回にわたって、今年出版予定のニサルガダッタ・マハラジの本、Prior to Consciousness(意識以前-仮称)について書く予定です。

まずは本書との出会いから語ってみよう。

本書に出会ったのは、1990年代の後半、96年か97年の頃だったと思う。1995年にラメッシ・バルセカールを知り、彼の師がニサルガダッタ・マハラジだと知ったあとのことだ。最初は定番の「アイアムザット私は在る」(ナチュラルスピリット発行)を読んでいたものの、原書の「アイアムザット私は在る」がどういうわけか私には読みづらく、それで別の本を探すことにした。そうして手入れたマハラジの何冊かの本の一冊がPrior to Consciousness(意識以前)だった。

その何冊かの本の中でも私が特に本書を集中して読んだ理由は、これが彼の最晩年の講話集で、末期ガンの苦痛ゆえにもうたくさん話すことができない状態で、マハラジは自分の教えの核心のみを語っているからだ(亡くなる一年半前から二ヶ月前、1980年4月から1981年7月までの講話集)。

そして本書を選んだもう一つの理由は、本が薄いから(笑)で、薄いゆえに手にもちやすく、読んでいて疲れないからである。

 一冊の本を読んだ回数で言えば、間違いなく私のベスト5に入り、一回読んではまたは最初から読むことを繰り返していた時期もあった。私にとっては瞑想的読書--数行を読んでは、その言葉に黙想する--に非常にふさわしい本だった。

マハラジの言葉が、ラメッシ・バルセカールやダグラス・ハーディングの言葉とリンクするとき、彼らがそれぞれの言葉とスタイルで語っている究極の真理への直観的理解が閃くことがよくあった。
 
Prior to Consciousness(意識以前)の本の内容については次回以後に書くとして、実は本書に私が特別な縁を感じる理由がある。それは、1981年に私がマハラジの居住地のムンバイの近くにしばらく滞在していて、ムンバイもたまに訪問していたことだ。

もちろん、その頃私はマハラジのことをまったく知らず、仮に彼の本を読んだとしても、全然理解できなかっただろうし、話を聞きに行こうとも思わなかったことだろう。

それでも自分がたまたまムンバイの近くにいたときに、マハラジも近くで最後の講話をやっていて、その時代の講話をあとで読んでいることに、なぜか強い縁を感じるのである。
   
 
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2部 サルの壁 人の壁
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グル(先生) は必要か?2017年06月29日 08時05分09秒

「お知らせ」

*7月はブログをお休みします。

*お待たせして申し訳ありませんが、ダグラス・ハーディングのグラッフィク伝記「頭がない男」とニサルガダッタ・マハラジのPrior to Consciousness の本はともに、諸事情で作業の進行が遅れています。



前回のブログ「見かけの人(伝道者)の役割」の中で、ラメッシ・バルセカールの言葉「探求の推進にはグルが必要である」という言葉を引用した。ラメッシ自身は、マハラジとその前にもう一人先生がいた。

これを読んで、中には、「私にはグルのような人はいないけど、それはつまり、霊的探求が進まないということだろうか? 本だけ読んでいてもダメなのだろうか?」  という疑問をもった人がいるかもしれない。

「グル(先生)が必要である」という考え方は特にインド系の人たちに根強くある。それはグル-弟子という観念がインドの伝統であるからだ。

では、ダグラス・ハーディングに「霊的探求や目覚めにおいてグル(先生)は必要ですか?」と、もし誰かが質問したとしたら、彼はきっと次のように答えるにちがいない。

今ここで私とは何かを自分一人で見ることができるときに、どうしてグル(先生)が必要ですか?あなたは今ここで自分自身で目覚めることができます

ダグラス・ハーディングはいわゆるグルをもたずに独力で探求した例で、彼は自分をグル(先生)扱いされることを非常に嫌い、そもそもグル-弟子というインド風の観念も嫌っていた。

なので、ダグラス・ハーディングの教えのまわりには、グル(先生)も弟子も段階も階級制もなかった。ただダグラスは次のようなこともよく言っていた。「自分とは何かを見ることは簡単だが、それを維持し生きることは難しいものです。それを生きることは修行です。だから、お互いを励ますためにも、私たちがこうして時々集まって、一緒に実験をやることは役に立つことです」。

ダグラスは実験仲間を「見者のコミュニティ」と呼び、仲間・友人と一緒に実験をし、話し合う時間をとても愛していた。

ちなみに、私自身は数えてみると、実際に会い(見)に行った先生は、6、7人くらいで、その本を熱心に読ん先生はだいたい20人くらいだと思う。本から学んだ先生たちにも非常にたくさんのことを教えてもらった。そして、その中で最終的にはダグラス・ハーディングとラメッシ・バルセカールの教えに落ち着いた。

だから、彼らが私のグル(先生)という言い方もできるかもしれないが、私もダグラス同様にグル(先生)-弟子という観念を好まない。もし弟子ということであれば、むしろ私は、自分は彼らという「人」の弟子になったのではなく、ノン・デュアル(非二元系)の「教え」の弟子、その中でも特に彼らの「教え」の弟子になったのだと思っている。

結論としては、「グル(先生)は必要か?」への答えは、「グル(先生)は必要」という意見と「グル(先生)は必要ではない」という意見と両方があり、それはどちらも正しい。

熱心に読めば、本だけでも霊的探求は可能だろうし、熱心に内観(自分の内側を見る)できる人であれば、本さえも必要ないだろう。

ではもし、グル(先生)のような人が欲しいけど、でも出かけて探すだけのお金も時間もないという人はどうすればいいのだろうか? 

 スピリチュアルな世界でよく言われる話によれば、グル(先生)は必ずしも自分の目に見えるところにいる人だけではない、ということだ。つまり、(遠くに住んでいる)現在生きている、あるいはすでに死んだ歴史上の賢者(たとえば、イエス・キリストや仏陀)にさえ霊的探求の導きを熱烈に求めることも可能だということである。私は試したことはないが、こういう方法もあるということである。

インドの賢者ラマナ・マハルシは、「あなたが死んだあと、私たちはどうすればいいのでしょうか?新しいグルを見つけるべきですか?」と弟子たちに聞かれて、「皆さんが私のことを思うとき、私はいつでもそこにいます」と答えたという話が伝わっている。

だから、グル(先生)はどこでもいつでも利用可能ということである--探求者が本気なら。

また、種類は全然違う話ではあるが、私がダグラス・ハーディングやラメッシ・バルセカールの本の翻訳作業をしているとき、どうしても原文の意味が理解できないときや、ふさわしい訳文が思いつかないときは、彼らが生きていると思って、心で尋ねることにしている。すると、私の感じでは、答えが返ってくるような気がしている(まあ、私がそう信じているというか、そう信じたいだけだけかもしれないけど)

さて、こういう話を書くと、ダグラスやラメッシは魂を否定したのに、彼らの魂がどこかで生きているということかとか、ラマナ・マハルシや仏陀、イエス・キリストに導きを受けるのは、チャネリングのようなものかと疑問に思う人がいるかもしれない。

それを私はうまく言葉では説明できないが、一般に行われているチャネリングのようなものではないし、またダグラスやラメッシのいわゆる魂が答えているのでもないと思っている。

そして、グル(先生)が欲しいという話であれば、賢者だけでなく、私の考えでは、人生で自分が出会うどんな出来事も人も、自分を教え導くグル(先生)になりうるのだ--仕事、家庭生活、出来事、親や子供、そして自分が一番苦手だったり嫌っていたりする人たち(笑)。
 
宇宙は非常に親切なところなので、人が必要なものや人(グル・先生)はちゃんと届くシステムになっている。 だから、皆さんご心配なく。


[今後のイベント予定]                                                  
 
 *2017年9月17日(日曜日)「ラメッシ/マハラジの教えと『気づき』について学ぶ会」(東京)

*2017年10月28日(土曜日)「私とは本当に何かを見る会」(大阪府茨木市)

*2017年10月29日(日曜日)「ラメッシ/マハラジの教えと『気づき』について学ぶ会」
(大阪府茨木市)


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本書の詳しい目次は下記のサイトに出ています。

1部 ヒトにおけるセックスと闘争・暴力の問題について
2部 サルの壁 人の壁
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