U.G.クリシュナムルティ『悟りという謎』32026年03月09日 08時22分01秒

[ お知らせ]
『静寂の雷鳴』(ジョエル・ゴールドスミス著) 電子書籍版発売

U.G.クリシュナムルティの『悟りという謎』(原書タイトル「The Mystique of Enlightenment」)の翻訳をYoutubeに公開し始めてから約1年。私は相当くたびれてきた(笑)。一つの企画を1年くらい続けると、飽きっぽい私はだんだん自分が退屈してくる。でも毎回熱心に視聴してくださる100人前後の人たちのために、なんとか本の最後まで公開しようと思っている。幸い、翻訳はすべて終了し、あとはそれを動画にする作業が残っているだけだ(あと残り3分の1くらいです)。

今回「The Mystique of Enlightenment」を丁寧に読んで、初めて強く思ったことは、U.G.クリシュナムルティはJ. クリシュナムルティを激しく否定してはいるが、J. クリシュナムルティを完全に理解したほとんど唯一の人だということだ――J.クリシュナムルティは生涯の終わりに、「自分の言うことを理解した人は一人もいなかった」と嘆いたと伝えられているが。

そして、U.G.の言っていることは基本的にJ. クリシュナムルティの言っていることと同じである。違いは、Jは積極的に講演したりしゃべったりしたのに対して、U.G.は仕方なくイヤイヤしゃべっていた、ということくらいか。U.Gは「私には何も伝えるべき教えはない」と言っているが、彼が本の中で繰り返し語っていることがいくつかある。それをまとめてみると:


*先生も本も伝統的教えも修行もいわゆる「覚醒」へ導かない。
*私の話も言葉もまったく役に立たない。
*私に起こったことと、過去の修行は無関係。
*セックスなどの快楽を否定したからといって、「覚醒」が起きるわけではない。
*そもそも「覚醒」を達成する方法はない。
*私の状態は感覚が最高に機能している状態(自然の状態)だが、それは宗教的なことや神秘的なことではなく、生理学的なことである。
*一人一人の人間はユニークであるのに、それぞれの社会の文化的宗教的重荷のせいで、人はそのユニークさを生きることが妨害されている。
*その重荷から解放されれば、一人ひとりはユニークな「花」となる。しかし、その文化的宗教的重荷から人は自分の意志で自分を解放できない。


こういう話を読み続けていると、私が20代のときにJ.クリシュナムルティを熱心に読んでいた頃に感じた挫折を思い出す。私たちのマインドは、JやU.G.のような人の言葉を読んでいると、必ず最後にはこう思うからだ。「あなたの言うことはだいたいわかるし、共感もするが、でも『どうやって』、あなたの言うような体験ができるのか?」と。私たちのマインドは「どうやって=How to」を問うようにできている。特に私がそうだ。私は昔も今もあらゆることにおいて、「どうやって=How to」に中毒している(笑)。

でも、非二元系の教えに関しては、『どうやって』を尋ねた瞬間に、私たちのマインドは「覚醒」が存在する「今ここ」から、外へ未来に向かって走り出す、というジレンマに陥る。

それが、JもU.G.もすべての方法(どうやって)を否定する理由だ。それは正論ではあるが、しかし、役には立たない。私たちは方法なくして探求はできない。本を読むことも方法だし、賢者や先生と言われている人たちの話を聴くことも方法だし、人々が集まって話合うことも方法だし、一人で孤独に思索することさえ方法だ。もちろん私が推奨しているハーディングの実験も方法だ。

だから、私はJを投げ捨てた頃思ったものだ。「むしろマインドを納得させるためには、マインドは方法に中毒しているのだから、だったら好きなだけ、興味の湧くままに方法を試せばいい」と。瞑想であれ、実験であれ、読書であれ、その他の方法であれ、世俗的な活動の最中でさえ、その最中に運か縁のおかげで、自分の本質を垣間見ることが起こる可能性がある。そして、自分の本質を見る(認識する)ことが起これば、JやU.G.がなぜ方法を否定するかも納得できるだろうと思う。

さて、U.G.の「The Mystique of Enlightenment」は彼の1970年代の講話であるが、彼はその後も2007年(89歳)まで長生きした。こんな身も蓋もない話を何十年も仕方なくでも話し続けることができるのもすごいと思うし、彼は自分でも言っているように「珍獣」のような人だったと想像する――見てみたいけど、近づいたら噛みつかれそうな生き物。

もしU.G.についてもっと深く知りたい人がいれば、その「珍獣」をこよなく愛した人が書いた「A TASTE OF LIFE」(Mahesh Bhat著)という本がお勧めだ。彼とU.G.との長年の交流、そしてイタリアでのU.G.の最後の日々が綴られている。


[昨年出版された本]

*『頭がないということ――禅と明白なことの再発見』発売

(ダグラス・ハーディング著  ナチュラルスピリット発行)

定価:1,870円(税込み)ページ数:163ページ




*『自己覚醒へのマスター・キー』

ニサルガダッタ・マハラジの師の本、初邦訳!

価格:本体1800円+税
ページ数:176ページ


[電子書籍版発行]

*『頭がない男』電子書籍版

価格:1,980円(税込み)

知られざる天才哲学者、ダグラス・ハーディングの生涯と哲学をイラストと文章で描いたグラフィック伝記。


*『猿笑非二元講座』

Youtube で公開している『猿笑(さるわらい)非二元講座』の電子書籍版。



[2023年に出版された本]


*ジョエル・ゴールドスミス著『静寂の雷鳴』

本体価格:2,380円+税
本文ページ数:333ページ
発行:ナチュラルスピリット



[その他の本]

『仕方ない私(上)形而上学編――「私」とは本当に何か?』アマゾン・キンドル版(税込み定価:330円)

目次の詳細は下記へ。

販売サイト


*『仕方ない私(下)肉体・マインド編――肉体・マインドと快適に付き合うために』アマゾン・キンドル版(税込み定価:330円)


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政治家のポジティブ・シンキング2026年02月02日 09時03分59秒

[お礼]
新刊『頭がないということ』を購入・購読してくださった皆様にお礼を申し上げます。

『頭がないということ――禅と明白なことの再発見』

(ダグラス・ハーディング著  ナチュラルスピリット発行)

定価:1,870円(税込み)ページ数:163ページ




[イベント]
イベントの詳細・予約は下記へ


◎オンライン「私とは本当は何かを見る実験の会」

2026年2月15日(日曜日)午後2時から午後4時頃まで
2026年2月26日(木曜日)午後2時から午後4時頃まで

◎オンライン「非二元の探究──主体と対象に関する非対称の原理」

2026年2月19日(木曜日)午後2時から午後4時頃まで
2026年3月1日(日曜日)午後2時から午後4時頃まで


〔Youtube]
U.G.クリシュナムルティ『悟りという謎』(33)


2月は日本の現役世代の国民が一年で一番忙しい季節である――年度末・学期末・学年末の準備、子供の受験、確定申告の準備、そして雪国は日々の雪かき――で超忙しい。私はフル現役ではないが、2月はけっこう忙しいし、雪国住まいになったので雪の日は不要不急の外出をなるべく控えている。

この国民が大忙しの寒い時期に、わずか1年3カ月で衆院解散、2月総選挙を決めた高市首相の決断は、どう見ても国民のためというより、彼女の高揚した政治的パフォーマンスだ。「高市早苗に、国家経営を託していただけるのか」とか、一人で盛り上って、ヒロインになりたがりすぎ(笑)。

「国民不在、選挙目当ての政治、永田町の論理に、終止符を打たねばなりません」と彼女は言うけど、少なくとも雪国の人たちには大迷惑な選挙で、それだけでも国民不在、労働力・税金(選挙に約700億=国民一人あたり約500円、かかるそうだ)の無駄遣いではないか!……極寒の大忙しの季節の解散・総選挙の決定に私も500円分怒っている。

高市首相が公けに語るとき、ポジティブなキラキラする言葉が並び、それらは聞いているだけなら耳には心地よいし、誰も反対できない言葉だ。

「日本列島を、強く豊かに」
「挑戦しない国に、未来はありません」
 「守るだけの政治に、希望は生まれません」

私だって、「挑戦しない人に、楽しい老後はありません(笑)」と、日々なるべく新しいことに挑戦している――新しい料理、新しい体操、母を寝かしつけるための新しい方法、最近は雪道をスムーズに歩く方法など。

思い出せば、こういったキラキラしたポジティブな言葉を語る人たちが私のまわりにたくさんいた時期があった。1990年代頃のことである。彼らは明るく希望に満ちた言葉を並べ、自分自身について典型的なポジティブ・シンキングで、おまけに野心的。ただ話したり見たりしているだけなら、彼らはとても魅力的で楽しく素敵な人たちだった。

その時期、私は気づいたことがある。人が一般的にポジティブ・シンキングと言われているものを採用するとき、私たちのマインドが陥るある種の罠があることに。それはポジティブな言葉や観念を繰り返すと、自分のマインドがどんどん高揚し、自分がその言葉通りのポジティブな人間であり、自分の言葉がまるで簡単に実現するかのような気分になる、ということだ。

しかし、実際は自分の観念と現実が乖離していることが多く、自分の現実はほとんと変わらず、私たちはたいてい信じていることとは正反対の現実に直面する羽目になる。そして、私たちは自分を奮い立たせるために、また別のエナジー・ドリンク(ポジティブな言葉と思考)が必要になる、というわけだ。「ポジティブ・シンキング」という方法をしばらく試したあと、スピリチュアル系の人たちは「ポジティブ・シンキング」を卒業する人たちが多いが、自分への強大な信仰を持ち続けられる人は何かのカリスマ的リーダーになれる。

さてさて、高市首相は自家製エナジー・ドリンク(ポジティブな言葉と思考)と市販のエナジー・ドリンク(国民の人気)の両方を大量に飲んで(無理して)元気そうではあるが、彼女の高揚感はいつまで続くだろうか? そして、彼女のポジティブ・シンキングがもたらす結末と運命はいかに……昨日は、雪の中、期日前投票に行ってまいりました(苦)


参考サイト(過去のシンプル堂のブログ)


[昨年出版された本]

*『自己覚醒へのマスター・キー』

ニサルガダッタ・マハラジの師の本、初邦訳!

価格:本体1800円+税
ページ数:176ページ


[電子書籍版発行]

*『頭がない男』電子書籍版

価格:1,980円(税込み)

知られざる天才哲学者、ダグラス・ハーディングの生涯と哲学をイラストと文章で描いたグラフィック伝記。

[一昨年出版された本]

*『猿笑非二元講座』

Youtube で公開している『猿笑(さるわらい)非二元講座』の電子書籍版。



[2023年に出版された本]


*ジョエル・ゴールドスミス著『静寂の雷鳴』

本体価格:2,380円+税
本文ページ数:333ページ
発行:ナチュラルスピリット



[その他の本]

『仕方ない私(上)形而上学編――「私」とは本当に何か?』アマゾン・キンドル版(税込み定価:330円)

目次の詳細は下記へ。

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*『仕方ない私(下)肉体・マインド編――肉体・マインドと快適に付き合うために』アマゾン・キンドル版(税込み定価:330円)


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『頭がないということ――禅と明白なことの再発見』(3)2025年12月03日 15時28分37秒

[お知らせ]
『頭がないということ――禅と明白なことの再発見』
(ダグラス・ハーディング著  ナチュラルスピリット発行)

定価:1,870円(税込み)ページ数:163ページ

発売予定時期:2025年12月中旬





[イベント]
イベントの詳細・予約は下記へ


オンライン「非二元の探究──実験と瞑想の会」

2025年12月14日(日曜日)午後2時から午後4時頃まで
2025年12月18日(木曜日)午後2時から午後4時頃まで


〔Youtube]
U.G.クリシュナムルティ『悟りという謎』(24)

3『頭がないということ』に書かれている内容について

(1)20代の長い熱心な探求を経て、30代の初めに、ハーディングが自分には「頭がない」ことを発見した経験。
(2)「頭がないこと」がどういう意味があるかについて、様々な角度からの考察
(3)「頭がない方法」と禅との共通性
(4)「頭がない方法」とその他の伝統的宗教との共通性
(5)『頭がない方法』を実践することについて
(6)「知らないこと」のパワー
(7)「自己覚醒する存在(神)」の神秘と奇跡について

以上の内容が、非常にコンパクトにまとめられている。

私が「頭がない方法」を実践(練習)し始めてから、35年以上の年月がたつ。この間、ハーディングが4章「話を現代化する」で書いていたことと似たようなことを私も経験し、それはときには苦痛で、時には驚きで、ときには喜びであった。そしてこの間、私は謎解き大好き人間なので、彼の????の言葉の謎解きに没頭し、その謎を考えることは苦痛ではなく、長い間の私の娯楽(笑)だった。

たとえば、本の中や実際のワークショップ、その他一緒にお茶を飲んでいたときなどに、私が最初????と思ったハーディングの言葉には、思い出せば次のようなものがある。

*私が自分自身を見れば、「頭がない」。
*私が飲むお茶は味がするが、他の人たちが飲んでいるお茶は(私にとっては)味がしない。
*目の前のチョコレートが、ここに消えたとたん、視覚から味覚に変わることは、何という不思議か!
*私が目を閉じれば、世界が消滅し、目を開ければ、世界が再創造される。
*時間(時計)が読めないところでは、時間がない。

これ以外にもたくさんあるが、あまりにも当然のことを言いながら、それが本当は当然ではないという驚愕というか不思議というか。私にとっては彼の言葉は「禅問答」、公案だった。

ハーディングは生涯非常にたくさんの本を書き、ワークショップその他でたくさんの話をしたが、結局彼が一番伝えたいことは何なんだろうかとちょっと考えてみた。それはたぶん、上記に書いた(6)、(7)に行き着くだろうと、私は感じている。ハーディングは10代の頃から、「私」と世界がそもそもどうして存在するのか非常に不思議に思っていたという。存在、「在る」ことの不思議、それが彼の探求の始まりだった。そして長い探求を経て、中心には「頭がないこと」を発見し、さらにその中心について深く深く探求研究し、「私」と世界の存在の神秘と奇跡という答えにたどり着いた。

しかし、彼が『頭がないということ』の4章で語った神秘と奇跡は、普通の人たちが思い描く神秘と奇跡とはまったく異なる。ふわふわした霧に包まれたような神秘ではなく、明白な現実に支援されている神秘と奇跡。それをハーディングは有名なヴィトゲンシュタイン(オーストリア・ウィーン出身の哲学者。1889年~1951年)の言葉を引用しながら、次のように述べている。


〔世界がどうであるかは、より高いものにとってはまったくどうでもいい。神が姿をあらわすのは、世界のなかではない……世界がどうであるかということが、神秘なのではない。世界があるということが、神秘なのだ。」(『論理哲学論考』ヴィトゲンシュタイン著 丘沢静也訳 光文社古典新訳文庫 2014 p.143)。さらに私なら、これを次のように発展させるだろう。「真に神秘的事実は、『神』(またの名を「自己覚醒する存在」)が存在し、神の出現後、神の世界が存在していることは、それほど注目すべきことではなくなり、当然のことになったことである](4章『話を現代化する』125P)


冬休みにゆっくりと読むにふさわしい本なので(しかも、薄い!)、ぜひ多くの皆様に読んでいただければ、うれしく思います。

[今年出版された本]

*『猿笑非二元講座』

Youtube で公開している『猿笑(さるわらい)非二元講座』の電子書籍版。



*『自己覚醒へのマスター・キー』

ニサルガダッタ・マハラジの師の本、初邦訳!

価格:本体1800円+税
ページ数:176ページ


[電子書籍版発行]

*『頭がない男』電子書籍版

価格:1,980円(税込み)

知られざる天才哲学者、ダグラス・ハーディングの生涯と哲学をイラストと文章で描いたグラフィック伝記。


[一昨年出版された本]


*ジョエル・ゴールドスミス著『静寂の雷鳴』

本体価格:2,380円+税
本文ページ数:333ページ
発行:ナチュラルスピリット



[その他の本]

『仕方ない私(上)形而上学編――「私」とは本当に何か?』アマゾン・キンドル版(税込み定価:330円)

目次の詳細は下記へ。

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*『仕方ない私(下)肉体・マインド編――肉体・マインドと快適に付き合うために』アマゾン・キンドル版(税込み定価:330円)


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『頭がないということ――禅と明白なことの再発見』(2)2025年11月07日 09時07分36秒

[ひよこ豆様:ご質問への回答]
今回の本は、紙の書籍です。現在のところ電子書籍版は未定です。

[イベント]
イベントの詳細・予約は下記へ


◎2025年12月1日(月)出張シンプル道コンサルティング(東京)

◎リアルの会「私とは本当に何かを見る実験の会」(東京都新宿区)

2025年11月30日(日曜日)午後1時20分より午後4時半頃まで

◎オンライン「私とは本当は何かを見る実験の会」

2025年11月20日(木曜日)午後2時から午後4時頃まで

◎オンライン「非二元の探究──実験と瞑想の会」

2025年11月13日(木曜日)午後2時から午後4時頃まで
2025年11月23日(日曜日)午後2時から午後4時頃まで

〔Youtube]
U.G.クリシュナムルティ『悟りという謎』(24)


2 On Having No Headとの出会い

今回は私と頭がないということ――禅と明白なことの再発見』On Having No Head ―Zen and the Rediscovery of the Obvious)(1994年に『心眼を得る』というタイトルで出版された本の再版)との「出会い」について書いてみたい。

まさに「出会い」――その出会いは、今から37,8年前に起きた。たまたま読んでいた本に、On Having No Headの翻訳された一節が紹介されてあったのだ。私はその文章を何度も読み返しては、「頭がない」とか、なんか変なことを言っているなあと思いながら、でも何かとてつもなく重要なことを語っているという印象をもった。それでなんとか原書の本を手に入れ、初めから読み始め、紹介されていた「指差し」実験をやってみた。最初は???だったが、何度かやったとき、突然開眼した(笑)。

「そういうことだったんだ!」と、過去に私が理解できずに格闘してきた『般若心経』、J.クリシュナムルティ、『なまけ者の悟り方』などの言わんとしたことの要点が一気に見えた(感じがした)。

そして、ハードな修行が嫌いで、坐ってやる瞑想もほとんどやる気がでない私を喜ばせたことは、いわゆるハーディングのワークは:

*辛い修行不要
*先生と宗教的信仰不要
*お金と時間不要

という点だった。ただ「見ればいい」。その手軽さ気軽さが何よりも私の気質に合っていた。

そして、私がOn Having No Headも含めてハーディングの本を何冊か読んで最初に理解したことは:

*スピリチュアルな人たちが話題にする「悟り」とか「目覚め」とか「完璧さ」とは、目標ではなく、出発地点だということだ。私たち全員が本質的には「すでにそれ」であり、「そこから出てきている」。

*だから、人として私たちがスピリチュアル的に何かになる―たとえば、「悟った人」、「目覚めた人」、「完全な人」、「スピリチュアル的に何か高い境地にいる人」になることは、どんなに努力してもあり得ない。人間としての自分は永遠に不完全な存在であり、それでOKなのだと。

以上のことを理解して、自分を何かの理想の高見に引き上げようとするスピリチュアル的努力は一切無駄で、「要するにまあ、人は自分のしたいこと、楽しいと思うことをして好きに生きればいいのだ」ということを改めて(それまでもそう思って生きていたが)確信した。

最初の数年、On Having No Headも含め、数冊のハーディングの本(の原書)を熱心に読み、それからは熱が冷め、時折読んではハーディングが言わんとしていることを少し考えるくらいだった。もしハーディングその人に直接出会わなければ、彼の本を私が翻訳したり、「頭がない方法」を他の人たちと分かち合うなどという活動は起こらなかったことだろう。

ハーディングその人との出会いも偶然で突然だった。たぶん1994年のことだったと思うが、彼がまだ生きていて(当時85歳)ワークショップなどの活動をやっていると知り、なぜかこの人にどうしても会いたいという衝動のようなものを感じた。それでその年の夏のワークショップに参加するために、はるばるアイルランドまで飛んでいった。

彼のワークショップは、その当時日本で流行していた、自己啓発やチャネリング系のセミナーやワークショップとはまったく異質ものだった。しかもワークショップの金額が格安で驚いた。そのワークショップでは、何かを教える先生と何かを学ぶ生徒という関係もなく、長年ワークをやった経験者と初心者という区別もなく、何かを達成することも獲得することも引き寄せることもなく、ただ「在る」だけの時間がゆるく平和に流れていた。

そのワークショップでハーディングから、「よかったら、私の本は何冊もあるから、日本で出版してほしい」と言われた。内心、英語が難解すぎて自分の能力に余るし、その他様々な理由から無理とは思っていたものの、著者から翻訳を頼まれるなんて機会もそうあることではないと思い直し、一番薄い本(The Little book of life and Death『今ここに、死と不死を見る』)を翻訳して出版することにした。本当は、On Having No Headにしたかったのだが、私がハーディングに出会った頃、ちょうど日本の別の出版社が翻訳権を買ったばかりということで、残念ながらその願いはかなわなかった。

そして今、長い間絶版だったOn Having No Headの再版がようやく実現することとなり、ほっとしている。たぶんOn Having No Headへの私の理解も翻訳能力も30年前よりは多少向上した( I hope)と思われるので、様々なことが30年の時を経て成熟した状況での出版となり、喜んでいる。

今、改めてOn Having No Headを読み直してみると、特に第4章「話を現代化する」の内容を当時私は本当にはよく理解していなかったことがわかる。ヴィジョンは変わらないが、理解のほうは長い間、実験を練習し、ハーディングの言葉を読みながら、少しずつ湧き起こった感がある。

そして、ハーディングも書いているように、そしていつも言っていたように、実験そのものはシンプルであるのに、そのヴィジョンを生きることは決して簡単ではないし、多くの困難や障害にも出会う。まして、このヴィジョンを分かち合うことはなおさらだ。

それでも、なぜか続いた不思議な縁……最初に開眼したあの日と同じように、今この瞬間もこのヴィジョンは、無知という「神秘」(あえてこの言葉を使えば)に包まれて、平凡に普通に輝いている(合掌)。


[一昨年出版された本]


*ジョエル・ゴールドスミス著『静寂の雷鳴』

本体価格:2,380円+税
本文ページ数:333ページ
発行:ナチュラルスピリット



[その他の本]

『仕方ない私(上)形而上学編――「私」とは本当に何か?』アマゾン・キンドル版(税込み定価:330円)

目次の詳細は下記へ。

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*『仕方ない私(下)肉体・マインド編――肉体・マインドと快適に付き合うために』アマゾン・キンドル版(税込み定価:330円)


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『頭がないということ――禅と明白なことの再発見』(1)2025年10月26日 10時04分46秒

[イベント]
イベントの詳細・予約は下記へ


◎2025年11月29日(土)と12月1日(月)出張シンプル道コンサルティング(東京)

◎リアルの会「私とは本当に何かを見る実験の会」(東京都新宿区)

2025年11月30日(日曜日)午後1時20分より午後4時半頃まで

◎オンライン「私とは本当は何かを見る実験の会」

2025年11月9日(日曜日)午後2時から午後4時頃まで
2025年11月20日(木曜日)午後2時から午後4時頃まで

◎オンライン「非二元の探究──実験と瞑想の会」

2025年11月13日(木曜日)午後2時から午後4時頃まで
2025年11月23日(日曜日)午後2時から午後4時頃まで

〔Youtube]
U.G.クリシュナムルティ『悟りという謎』(24)


今回からもうすぐ出版が予定されているダグラス・ハーディング(1909~2007)著『頭がないということ――禅と明白なことの再発見』On Having No Head ―Zen and the Rediscovery of the Obvious)(1994年に『心眼を得る』というタイトルで出版された本の再版)を紹介したい。

今まであちこちでハーディングの教えや彼について書いてきたので、重複する話が多くなるが、本ブログの読者の皆さんのために下記の三つに重点をおいて書く予定である。

1On Having No Headが書かれた経緯
2On Having No Headとの出会い
3On Having No Headに書かれている内容について

1On Having No Headが書かれた経緯

ダグラス・ハーディングは第二次世界大戦後、建築の仕事を休んで、大著『The Hierarchy of Heaven and Earth ―A New Diagram of Man in the Universe (天と地の階層――宇宙における人間の新しい図解)を書きあげた。出版界に縁のなかった彼であるが、その原稿を読んだ当時のイギリス文学界の重鎮C.S.ルイス(イギリスの作家。1898~1963)がその内容を絶賛し、彼の後押しで1952年にそれは出版された。それから、大衆的雑誌、『サタデー・イブニング・ポスト』から原稿の依頼がきて、その依頼に応じて書いた2つの原稿の一つがOn Having No Headだった。

二つのうち一つの原稿は雑誌に掲載されたが、On Having No Headの元となった原稿は、友人たちが「『私には頭がない』なんていう書き出しで始まる文章は一般雑誌にはふさわしくない」と警告したので、当時会員だった仏教協会に頼んで出版してもらった。これは1960年代の話である。

初期の頃の版には下記の3つの文章が掲載されていた。

第1章  真に見ること  
第2章  「見ること」を理解する  
第3章  禅を発見する 

それから、1980年代に第4章「話を現代化する」を付け加え、この章では彼が30代の初めに自分には「頭がないこと」を発見してから40年以上、「頭がないことを」を自ら実践し、それを他の人たちとも分かち合ってきた経験の詳細が語られている。具体的には、単純なヴィジョンの背後にある奥深い神秘、キリスト教、仏教、インドのアドヴァイタなどの教えと深く共通する点、そして、日常生活への影響、他の人たちに伝えることの困難、そして「頭がないこと」を実践する人たちに降りかかる障害について、幅広く様々な角度から書いている。

ハーディングは本書のあとも様々なことをテーマにたくさんの本を書いたが、On Having No Headには、それらすべての本の内容が要約されていると言っても過言ではない。短い本(約100ページ)の中に非常にコンパクトに内容がまとめられ、そして、一般雑誌向け原稿だったということもあり、彼の文章にしては比較的平易な文体で書かれている(と思う)。(←比較すれば、『The Hierarchy of Heaven and Earth』の本などは、最初読んだとき、宇宙人が書いた英語かと思ったくらい、ハーディングの英語は私には難解に感じられたし、今でも難解である)

On Having No Headでハーディングは、中国、日本の著名な禅僧たちの言葉にも言及しているので、欧米では禅を学ぶ人たちの間でも広く読まれ、現在まで彼の本の中では一番売れているロングセラーとなっている。


[今年出版された本]

*『猿笑非二元講座』

Youtube で公開している『猿笑(さるわらい)非二元講座』の電子書籍版。



*『自己覚醒へのマスター・キー』シュリー・シッダラメシュヴァール・マハラジ 著、

ニサルガダッタ・マハラジの師の本、初邦訳!

価格:本体1800円+税
ページ数:176ページ


[電子書籍版発行]

*『頭がない男』電子書籍版

価格:1,980円(税込み)

知られざる天才哲学者、ダグラス・ハーディングの生涯と哲学をイラストと文章で描いたグラフィック伝記。


[一昨年出版された本]


*ジョエル・ゴールドスミス著『静寂の雷鳴』

本体価格:2,380円+税
本文ページ数:333ページ
発行:ナチュラルスピリット



[その他の本]

『仕方ない私(上)形而上学編――「私」とは本当に何か?』アマゾン・キンドル版(税込み定価:330円)

目次の詳細は下記へ。

販売サイト


*『仕方ない私(下)肉体・マインド編――肉体・マインドと快適に付き合うために』アマゾン・キンドル版(税込み定価:330円)


目次の詳細は下記へ

販売サイト






U.G.クリシュナムルティ『悟りという謎』22025年09月02日 06時19分52秒

◎オンライン「私とは本当に何かを見る実験の会」

2025年9月21日(日曜日)午後2時から午後4時頃まで

◎オンライン「非二元の探究─世界の出現」

2025年9月13日(土曜日)午後2時から午後4時頃まで

2025年9月18日(木曜日)午後2時から午後4時頃まで


[
新刊案内]

*『猿笑非二元講座』

Youtube で公開している『猿笑(さるわらい)非二元講座』の電子書籍版。




*『自己覚醒へのマスター・キー』シュリー・シッダラメシュヴァール・マハラジ 著、

ニサルガダッタ・マハラジの師の本、初邦訳!

価格:本体1800円+税
ページ数:176ページ


[電子書籍版発行]

*『頭がない男』電子書籍版

価格:1,980円(税込み)

知られざる天才哲学者、ダグラス・ハーディングの生涯と哲学をイラストと文章で描いたグラフィック伝記。


〔Youtube]

U.G.クリシュナムルティ『悟りという謎』(20

https://youtu.be/-c0HAPGzdYs


今年の3月から開始したU.G.クリシュナムルティの『悟りという謎』(The Mystique of Enlightenment)という本のYouTube 番組も、先日の20回目でだいたい三分の一が終わった。正直に言えば、翻訳しながら彼の言っていることは理解不可能なことも多いし、彼がインドの霊的伝統、そしてスピリチュアルな修行そのものを激しく否定する言葉は、一部の人たちには不快感さえ与えるかもしれないとは思う。そしてまた彼の生まれ育ち、人生は、私たちのように普通の生活を送っている者たちにとっては、あまりに特異で想像しがたく、共通することがほとんどない。

彼がそれほどインド的伝統的霊性やスピリチュアルな修行を否定する背景には、彼の子供時代の生育環境が非常に影響していると私は感じる。前にも書いたが、無理やりやらされたことは、あとでそれに対する反発が非常に強くなる。普通だったら、平凡で楽しい子供らしい日々を送れたはずが、何一つ子供らしく遊ぶことも許されず、修行、修行、修行の日々。

しかし、彼は同時に並外れた知性、すべてを疑う反骨精神にも恵まれていた。その知性と反骨精神で自分のまわりの大人たちを冷静に冷徹に観察し、悟りやら何かを求めて瞑想修行をしている人たちは何かおかしいと次第に思うようになる。

そして長年の探究、苦しいほどの自己質問(自分の質問を自分へ問うこと)を経て、彼は最後に、自分の覚醒体験は、自分がやらされた修行とは何の関係もないことを理解し、自分の長年の修行は無用だった、そして、悟りを求めて多くのことを犠牲にして修行をしているインド人は、無駄なことをやっていることに気づく。

『悟りという謎』はそんな彼が仕方なく話したことをまとめた本なので、「私の話を聴くことは無駄だし、誰の話も役に立たない」という、いつも身も蓋もない話になる。

それでも彼が「私の話を聴くことは無駄だし、誰の話も役に立たない」以外に、繰り返し語っていることがある。それは「一人一人の人間はユニークであり、途方もない知性に恵まれている」ということだ。そして、その知性が活動することがゆるされている状態が、彼がいういわゆる「自然の状態」ということになる。

3章「人間の外にはパワーはない」の冒頭でも彼はこう言っている。

「私が話すことの全目的は、一人一人の個人のユニークさを人々に指摘することである。文化とか文明とかあなた方が呼んでいるものは、常に私たちを一つの枠組みに合わせようとしてきた。人間はまだまったく人間ではない。私はそういった人間を『ユニークな動物』と呼んでいる。人が文化という重荷を背負っているかぎり、その人間は『ユニークな動物』に留まる」(『悟りという謎』より)

インドにかぎらず、どこの社会や文化にも一人ひとりのユニークな知性を抑圧しようとする途方もない圧力がある。それはなぜなのか? もし興味があれば、それを問いかけて、自分の知性からの答えを待てば、なぜ私たちが人間動物という「不自然な状態」で生きているのか、そして、U.G.のいう「自然の状態」への理解が開かれるかもしれない。

これから3章は、インド人の教授らしい人がU.G.に質問し、それに彼が答えるという形式で進行する。そのインド人の教授がインドの霊性や文化を一生懸命持ち上げよう(笑)と質問するのに対して、U.G.は、「インドの霊性や文化なんて経済的貧困しかもたらさなかった」とバサバサ切り捨てている(←現在インドは昔よりかなり豊かになったが、このインタビューがおこなわれた1980年当時はまだ貧しかった)。

こんな感じの話ですが、あと残り三分の2、気が向いたらご視聴ください。


[一昨年出版された本]


*ジョエル・ゴールドスミス著『静寂の雷鳴』

本体価格:2,380円+税
本文ページ数:333ページ
発行:ナチュラルスピリット



[その他の本]

『仕方ない私(上)形而上学編――「私」とは本当に何か?』アマゾン・キンドル版(税込み定価:330円)

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*『仕方ない私(下)肉体・マインド編――肉体・マインドと快適に付き合うために』アマゾン・キンドル版(税込み定価:330円)


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ご質問への回答2025年03月08日 15時05分50秒

[新刊発売お知らせ]

*『自己覚醒へのマスター・キー』シュリー・シッダラメシュヴァール・マハラジ 著、
ナチュラルスピリット発行)3月下旬発売予定。

ニサルガダッタ・マハラジの師の本、初邦訳!

価格:本体1800円+税
ページ数:176ページ


[電子書籍版発行]

*『頭がない男』電子版が販売開始!

価格:1,980円(税込み)

知られざる天才哲学者、ダグラス・ハーディングの生涯と哲学をイラストと文章で描いたグラフィック伝記。


[ お知らせ]

ハム様の質問とコメントへの回答

[私は、悟りや人生に期待しすぎなのでしょうか?
結局、人生は、普通に生きるしかないのでしょうか?」

[ラメッシ・バルセカール(Ramesh S. Balsekar)の教えについて、Gemini(生成AI)に質問したら、良い回答が来ました。以下のリンク先の文章の感想を高木さんにいただけたらな、と思います。よかったら、読んでみてください。
note
悟らなければいけないと思うことは、
条件付きの肯定であり、「今」にいないのではないか? 非二元論や仏教の悟りについてです。二元論や仏教の悟りについてです。

[回答]
いつもブログをお読みいただき、ありがとうございます。

非常に率直に言って、ひろゆきさんの考えでも、Gemini(生成AI)の回答でも、ハムさんがそれに共感したり、よいと思ったりするなら、それでOKなわけで、それに対して私が何かをコメントすることにほとんど意味を見い出せないです。

ハムさんが書かれている、「私は、悟りや人生に期待しすぎなのでしょうか? 結局、人生は、普通に生きるしかな
のでしょうか?」というご質問(でしょうか?)ですが、生成AIシンプル堂の回答は:

「はい、あなたは悟りや人生に期待しすぎです。結局、人生は、普通に生きるしかありません」(←身も蓋もない回答)



[一昨年出版された本]

*ジョエル・ゴールドスミス著『静寂の雷鳴』

本体価格:2,380円+税
本文ページ数:333ページ
発行:ナチュラルスピリット



[その他の本]

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アジャシャンティの警告2025年02月24日 07時14分10秒

[新刊発売お知らせ]

*『自己覚醒へのマスター・キー』シュリー・シッダラメシュヴァール・マハラジ 著、
ナチュラルスピリット発行

ニサルガダッタ・マハラジの師の本、初邦訳!

価格:本体1800円+税
ページ数:176ページ


[電子書籍版発行]

*『頭がない男』電子版が販売開始!

価格:1,980円(税込み)

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[ お知らせ]



先日、アジャシャンティのインタヴュー動画(4年前の動画)を見た。
(日本語字幕を出すことができます)

実は、アジャシャンティの動画を初めから最後まで見たのはこれが初めてだった。私は必要があるとき以外、ほとんどスピリチュアル系の先生の動画は見ないのだけれど、たまたま別の動画を見ているときに、なぜかサイドにAdyashanti - On Osho(アジャシャンティ、Oshoについて語る)の動画が出てきて、アジャシャンティがOshoについて何を語ったかに興味がわいたのだ。

インタビューは、冒頭、「あなたは自由時間に何をしているのですか? ネットフリックスとか見るのですか?」という軽いノリの質問から始まり、それに対して、アジャシャンティは、「もちろん、見ますよ。テレビで映画とかドラマも見ます」と答え、それからネットフリックスで見たOshoのアシュラムについてのドキュメンタリーについて語りだした。そのインタビューの最中、アジャシャンティって、こんなに笑う人だったっけ? とちょっとびっくりするほど、彼はよく笑い、楽しそうに答えているのが印象的だった。

彼がOshoについて語ったことは:

*Oshoの中に明晰さがあり、それが非常に多くの人たちをスピリチュアルへと導いたし、彼は最初から、妄想をいだいたペテン師ではなかった。

*仮に人に霊的目覚めや悟りの体験があったとしても、それはその人が完璧であることを保証しない。

*人はある面では、非常に明晰でありながら、他の面がまったく成長していない、ということはよくある。

*霊的洞察があるからといって、すべてを正しく知っているとはかぎらない。

*私たちは悟りとはそのようなものであってほしいという幻想をもっているし、悟りは人に自信を与えるかもしれないが、それは自信過剰になり、自分を騙すことになる。

*私は以上のようなことがOshoに起こったのだと思う。自分はその場にはいなかったが、ドキュメンタリーを見ると、そのように見える。

と、だいたいまあ上記の主旨のようなことをOshoについて語った。私も20代の一時期Oshoの教えと関わったことがあるので、アジャシャンティが語っていることは理解できる。私の印象でも、アメリカでのOshoの団体はかなりあやうい感じがしたものだ(私自身は、アジャシャンティが言及したOshoのアシュラムについてのドキュメンタリーを見ていないが)。

アジャシャンティはOshoのような例は今まで山ほどくりかえされてきたといい、特定の人(先生)を自分より素晴らしい人として、台座に乗せて崇拝しないようにと警告を与えるが、たぶん、悲観的予想をすれば、これからもスピリチュアルな世界ではこの「アイドル化」は永遠になくならないのだと思う。なぜなら、私たちのマインドにとっては、内側(自分の本質、思考や感情)を見るよりも、外側(先生)を見るほう(崇拝するほう)が苦痛がなく、楽(らく)だし、楽しいからだ。

アジャシャンティは言う――人が誰かを崇拝するとき、人は自分の中の最高のものを相手に渡して、相手を崇拝し、そして、最後には必ず相手に腹を立てる(笑)。そして、スピリチュアルな目覚めや悟りの経験がある人にとって、重要なこと、つまり、この「崇拝=アイドル化」を防ぐ一番の防衛は、正直であること、誠実であること、どんなときにも「自分が完璧であるふり」をせず、正直に、誠実に人と接することだと。

人としては、著名な賢者の方々も含めて、誰も完璧で完全ではありえないし、間違いを犯さない人はいない。

以上の話は、アジャシャンティの『あなたの世界の終わり』にも強調されていたが、自分自身も含めて、スピリチュアルに関わっている人たちは、彼のこの警告を真剣に心に留めておきたいものだ。私の理解によれば、「アイドル化」というのは、自分と相手の間に、分離の線を引くことであり、すべての「人を自分と対等な存在に見る」という、非二元の教えに反している。

さて、アメリカでは、自信過剰の人が大統領に返り咲き、自信過剰のリーダーがこの先アメリカと世界にどんな混乱を起こすのか、興味深いことである。読んだ話では、トランプさんが子供の頃、受けた宗教教育は、超肯定主義とも呼べるもので、「どんなときにも、自分は絶対に正しいと信じる」というものだったという。前にも書いたことがあるが、カルト宗教のグルが大統領になったような感じで、これから、現在進行中の政治(宗教)ドキュメンタリ―(タイトル、「ポジティブ王、世界をかきまわす」くらいか)を世界中で鑑賞することになる(笑)。


[一昨年出版された本]

*ジョエル・ゴールドスミス著『静寂の雷鳴』

本体価格:2,380円+税
本文ページ数:333ページ
発行:ナチュラルスピリット



[その他の本]

『仕方ない私(上)形而上学編――「私」とは本当に何か?』アマゾン・キンドル版(税込み定価:330円)

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異星人、たぶん存在するかも……(1)2024年12月20日 06時31分34秒

[ お知らせ]

*「Master Key toSelf Realization 」の発行は来年となります。諸般の事情で遅れてしまい、お待ちいてだいたいる皆様には、お詫び申し上げます。


たまにSF小説を読んでみたくなる(読書ジャンルとしては、あまり得意ではないけど)。それでこの間、ネットで最近どんなものが出ているのか調べていたら、中国人の作家が書いた『三体』という作品名(劉慈欣著 早川書房)をたまたま目にして、図書館から借りて読んでみた。

ネットの情報によれば、『三体』はヒューゴー賞という権威あるSFの賞をアジア人で初めて受賞した作品だそうで、日本では、2019年に第一部が出版されている。

ネタばれになるのを承知で、超簡単に第一部のストーリーを紹介すると:

話は中国の文化大革命の時代から始まり、中国の科学者、知識人が置かれた過酷の状況が描写されている。そんな過酷な状況を生き抜いた一人の科学者が、地球文明に絶望して、秘かに地球よりも高度の文明に向かってメッセージを送る。そのメッセージの最後のほうは、こんな文章で締めくくられている。

「われわれは理想の社会を建設し、それぞれの人類のメンバーの労働と価値がすべてじゅうぶんに尊重され、すべての人の物質面と精神面の需要がじゅうぶんに満たせるような、さらに安全で美しい地球文明を目指して努力しております。
 われわれは美しい理想を抱き、宇宙の他の文明社会との関係を確立することを願っており、またあなたがたとともに、広大な宇宙において、さらにすばらしい生を築いていくことを願っています」

礼儀正しく、ていねいな言葉で綴られてはいるが、メッセージの意図とは、「地球は今まで格差、暴力、貧困、戦争などの問題を解決しようと長い間、頑張ってきたけれど、自分たちの力ではもうどうしようもできない。どうか高度の文明の皆様、地球の現状を助けてください」というものだ。

そして、そのメッセージは三体文明という惑星の監視員に受信された。三体文明は地球よりもはるかに高度の科学文明をもってはいるが、生きる環境としては過酷で、彼らは宇宙の中で、自分たちが移住(侵略)できる惑星を探している。

しかも、彼らの社会は超格差社会、独裁国家(地球の北朝鮮のような感じ)で、三体文明では宇宙からのメッセージを監視する仕事、監視員は、社会の最下層の仕事、まったく報われない仕事だ。

地球からのメッセージを受信したその監視人は、三体文明での自分の境遇に嫌気がさし、何の希望もない日々を送っていたところに、未知なる惑星地球から情報が来て、自分たち三体文明に比べて、あまりに美しく楽園のような環境にびっくりし、そこを自分の理想郷と思い描く。

そして、もし自分がこのメッセージを上層部に知らせたら、彼らはすぐにでも地球への侵略に着手し、あの美しい文明が破壊されてしまうことを心配し、自分の独断で地球へ警告のメッセージを送り返す。

その内容は:
「応答するな! 応答するな! (中略)もし応答したら、送信源の座標はただしに特定され、あなたがたの惑星は侵略される。あなたがたの世界は制服される! 応答するな! 応答するな!!!」

ところが、彼の反三体文明的行為は、すぐに上層部に知られることとなり、彼は元首に呼びつけられるが、元首に向かって言い放つ。「社会の最下層にいる何の希望もない自分が、あのように美しい楽園のような文明を知り、彼らを救うことができたら、自分の人生は無駄ではなかった」と。

それを聞いた元首は激怒し(元首は言葉は穏やかではあるが)、彼に最大の罰を与えることを決める。三体文明では、基本、有罪(地球の死刑にあたる)か無罪しかなく、彼は無罪を宣告されたうえ、心理的な罰を与えられた。

その罰とは:

「地球を救うことなどできないと、おまえが確実に知るようにしてやりたい。地球がすべての希望を失うその日まで、おまえを生かしておいてやりたい」

彼を有罪にしない代わりに、三体文明の元首は今回の彼の行為に責任のあった6千人を全員有罪にして、広場で焼き殺すことを決定(←まさに北朝鮮的で笑える)

と、第一部はだいたいこんな感じです。

すでに地球上には、たくさんの三体文明信奉者(三体文明が地球を救ってくれると信じる人たち)がいて、また三体文明は地球のあらゆるコンピュータ・システムにすでにスパイを忍ばせ、地球の情報収集をしている。第二部では、その三体文明信奉者と地球を防衛しようとする人たちとAIスパイが入り乱れて、400年後に迫る(三体文明の技術力でも、艦隊が地球に到着するのに、約400年かかる)地球侵略の話になるらしい(これから読むところです)


私は若い頃から、異星人や異星文明は存在するだろうとは思ってきた。宇宙にはこれだけたくさんの惑星、星、銀河があるのだから、地球だけに知的生命体がいると想定するほうが無理、という理由からだ。

20代の頃、スピリチュアルな本をたくさん読み始めた頃、異星人の話でよく読んだのが、ジョージ・アダムスキーの著作で、『生命の科学』『テレパシー』(文久書林発行)の2冊の本は今でももっている。今読んでみても、内容は素晴らしい。

しかし、アダムスキーの本は熱心に読んだものの、かといって、私が異星人とか地球外文明に特に関心をもったわけでもなかった。私は本の情報のソース(源泉)が人だろうが異星人だろうが、その他だろうが、自分にフィットすると思うものは熱心に読むし、そうでなければ読まないというだけのことなのだ。あくまでも、私の関心は本にある。

それから、1980年代の後半、バシャール(確か、惑星の名前は「エササニ」だったか)が登場し、スピリチュアル系の人たちはそのチャネリングのメッセージに熱狂し、「ワクワク」という流行語を生み出した。バシャールにはまっている人たちが、あんまり何にでもいつでも、「ワクワク」という言葉を使うのにうんざりはしたが、まあバシャールのメッセージは楽しかった。

それからの長い年月、「異星人」とか「地球外文明」にほとんど関心が向かなかったのが、つい数ヶ月前、数年前に読者の方から紹介してもらった本と、その中の異星人が地球に向けたメッセージの文章を突然思い出した。本のタイトルは、『私は円盤に乗った』(ダニエル・フライ著 ユニバース出版社発行)という本で、著者がコンタクトした異星人アランのメッセージは下記のようなものである。

「地球人は、どんな直接的な試みによっても平和は決して達成されはしないという単純な事実をまだ理解できていないようです。平和は単に、人と人、人種と人種、国と国、それにすべての人々の間の完全な理解と、神として知られている、あまねく広がる力と英知の副産物として自動的に得られるものです。そのような理解が存在しているときには、平和を探すとか平和のために働く必要はありません。平和は自動的に存在します。しかし、これが理解されるまでは、どんな努力も成功はなし得ません」

「まず理解がなければならない…あなた達が使用している理解という言葉は知識、知恵、愛、慈悲としばしば混同されています。これらのすべては望ましい性質ですが、どれも、理解に代わることはできません。あなた方のバイブルでは神と自分の隣人とを愛せよと忠告され命令されています。それがなされたとしたら、それは素晴らしい忠告でしたが、不幸なことに愛は意志に従わない衝動です。忠告され、命令されたという理由ではだれも他人を実際に愛することはできませんし、何か報酬を貰って愛するとしても、あなたは見せかけの愛を作り出し、外見上は完全になし得るかもしれませんが、相手はあなたの偽善の生きたシンボルにすぎません。あなたの心の中には愛などないでしょう。どんな愛や慈悲や知恵がある前にまず、理解がなければなりません」

「地球の人々の文明と社会に最も必要なものは簡単で、人と人の間、国と国の間、すべての人々と自然を制御している偉大なる力と英知の間の基本的な理解です。理解が、あなた方人類が生き残るための鍵です。もし人々の間に理解がなかったら、政府間の協定、協約や保証など全く価値はありませ
ん」

異星人アランの言うことはまったくそのとおりだ。それで私は関心をもち、『私は円盤に乗った』を全部読んでみようと思い、無料英語版PDF(原書タイトル the White Sands Incident)を見つけ、読んでみた。

話は、1950年代のアメリカで起きた話で、ダニエル・フライは円盤に乗せられて、ニューメキシコ州のホワイトサンズから東海岸のニューヨークまでわずか30分で往復した。彼はロケット・エンジンの専門家なので、その道中、円盤の原理や構造などテクニカルの質問をアランにする。その質疑は、素人には理解が難しいが、アランが「すべての原理はシンプルである」と答えるところが印象的だ。

先程の引用以外で、アランがダニエル・フライを通じて、地球人へのメッセージとして言ったことはだいたい次のようなことである(ざっと読んだだけなので、あまり正確ではないかもしれないが)

*科学には3種類あり、一番重要なのが、神(創造主)と人との関係を理解する「スピリチュアルな科学」、それから社会の中での人同士の関係を理解する「社会科学」、そして、「物質科学」がある。

*物質科学は、スピリチュアルな科学と社会科学を土台にして築かないかぎり、最後には衰退し、また原始的レベルに戻ってしまう。

*地球は大昔、今よりもはるかに科学文明が進んでいた時代があった。しかし、スピリチュアルな科学、社会科学の土台がなかったがゆえに、二つの勢力が相争い、大戦争(核戦争?)となり、地球全体が汚染されて、ほとんど住めない状態になった。そして、地球の物質科学も原始的レベルに戻ってしまった。

*そのとき、一部の者たちは宇宙船で地球を脱出し、他の惑星へ移住し、私(アラン)はそのとき地球から逃れた人類の末裔である。地球の中で、唯一汚染されなかった地域がチベットで、一部の地球人はそこに住みついた。

*私たちは地球がよい方向へ進化するように見守ってはいるが、しかしすべては地球人の意志にかかっている。

*今現時点では、私たちが公けに姿を現すと、一部の地球人たちは私たちを神とあがめてしまうか、あるいは敵として攻撃するかもしれないので、そういうことはしない。


彼の言っていることはごくまともだし、三つの科学の話はそのとおりだと思う。彼が言っている「スピリチュアルな科学」とは、古くはイエス・キリスト、仏陀から現代までの非二元の教えを指し、本当は宗教と言うより、「科学」として扱われるべきだ。しかし、「スピリチュアルな科学」は21世紀の地球でいまだ全然広まっていないし、地球の現在の権力者たちは核兵器大好き人間が多いようなので、一つ間違えば、(大昔のように?)核戦争で現在の地球文明が滅ぶ可能性もゼロではない。

最初に紹介したSF『三体』に話を戻せば、だから、地球の知性ある科学者が地球の現状に絶望して、宇宙にメッセージを送りたくなる気持ちもよく理解できる。ただ、そのメッセージを受信した文明が、地球を愛する文明というスピリチュアル的展開ではなく、地球を敵対視する北朝鮮的文明という想定がいかにもSF的だ(←スピリチュアル的展開だと、物語としては面白くはないだろうから)。

そんなこんな、しばらくの間、異星人、地球外文明の話にはまって(笑)、他にもいくつか読んでみた。USアマゾンを検索したら、「異星人とのコンタクト」というジャンルの本は今ではものすごく多く出版されていることに驚いた。(長くなってしまったので、次回に続きます)


[昨年出版された本]

*ジョエル・ゴールドスミス著『静寂の雷鳴』

本体価格:2,380円+税
本文ページ数:333ページ
発行:ナチュラルスピリット



[その他の本]

『仕方ない私(上)形而上学編――「私」とは本当に何か?』アマゾン・キンドル版(税込み定価:330円)

目次の詳細は下記へ。

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*『仕方ない私(下)肉体・マインド編――肉体・マインドと快適に付き合うために』アマゾン・キンドル版(税込み定価:330円)


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Master Key to Self-Realization (4)2024年10月21日 09時39分07秒

[お知らせ]

*Youtube新シリーズ 猿笑(さるわらい)非二元講座」

*『ハートの静寂』(ロバート・アダムス著 ナチュラルスピリット発行)電子書籍版が

発行されました。詳細はこちらはへ。



(Master Key to Self-Realization(自己覚醒へのマスター・キー)の出版スケジュールは現在、まだ未定です)


本書の中で、シュリ―・シッダラメシュヴァール・マハラジの教えの説き方は、登山にかなり似ている。彼は、下記の各ボディを肉体から一歩一歩ゆっくり絶対まで登る行程を詳細に説明する。

グロス・ボディ(肉体)
サトル・ボディ
コーザル・ボディ
グレート‐コーザル・ボディ
絶対

本書の中のグロス・ボディ(肉体)の話は、たぶん常識で理解できる。ただ、20世紀前半のインドの文化・社会を背景にした話なので、かなり男尊女卑的に感じられたり、日本人にはたぶんピンとこない話もある。

それから、サトル・ボディは、基本的には、思考・感情、そして感覚を司ると考えられるので、ここもある程度は普段の経験から理解できるだろうと思う。

本書の一番の難所だと思うところは、コーザル・ボディの説明だ。ここはかなりわかりにくいし、シッダラメシュヴァール・マハラジもここが難所であることを認めている。なぜなら、私たちの人間的思考、人間的知性は、コーザル・ボディを捉えることができないからだ。

サトル・ボディの活動が収まるとき、コーザル・ボディへの入り口に到達したと言えるが、では人が自分はサットル・ボディを超えて、コーザル・ボディに入っていると理解する目安は何だろうか? 

私の理解によれば:

*瞑想などで思考・感情が静止する経験をする(=サットル・ボディが静まる)

*「自分は本当は何も知らない」という理解が湧く。

*自分の思考・感情・理解に執着しない。


以上のような状態を経験するとき、人はコーザル・ボディという難所に足を踏み入れたと理解してよいと思う。

私たちがサトル・ボディに自分の本拠地を置いているときには、「自分は本当は何も知らない」という理解は決して生まれない。自分の見方・考え方・知識が絶対に正しいと思う人たち、「自分がたくさんの物事を知っている」ことにプライドをいだく人たちは、自分の思考ですべてを理解できると思う人たちはコーザル・ボディに入ることはできない。

シッダラメシュヴァール・マハラジは、多くの求道者たちはコーザル・ボディまで到達して、そこから先は何もないと思い違いして、引き返す人たちが多いと警告する。たぶん、その警告は、「思考・感情」が静止したときの平安,いわゆる、「禅定」、「サマーディ」に安定できるいわゆる「瞑想者」たちに向けられている。

それから、コーザル・ボディについて言及すべきことは、コーザル・ボディは、ボディ(肉体)とサットル・ボディの生みの親(それゆえコーザル=原因、という名前がついている)であり、ボディ(肉体)とサットル・ボディはコーザル・ボディの道具である、ということだ。

しかし、コーザル・ボディは非二元形而上学登山の頂上ではない。さらにそのあとにグレート‐コーザル・ボディの領域、そして、絶対を残している。

ここから先の領域の説明は、本書にゆずるとして、私たちの日常生活での認識は、実は、登山の下りであることを理解することは重要だし、本書でもそのことに言及されている。

つまり、探求は下記の順番で一般的にはおこなわれる:


グロス・ボディ(肉体)

サトル・ボディ

コーザル・ボディ

グレート‐コーザル・ボディ
絶対

しかし、私たちの日常生活の認識は、下記の順番で降りて来る。

絶対

グレート‐コーザル・ボディ

コーザル・ボディ

サトル・ボディ

グロス・ボディ(肉体)


たとえば私たちが、自分が見ている世界に、何かを認識するとしよう。たった一つの認識、「あ、〇〇がある」というその平凡な認識さえ、絶対からグロス・ボディのすべてが関わっている。その下降はもちろん、光速よりも速く、というより、無時間で降りて来る。

このことは考えてみるに、本当に「奇跡的」なことだ。非二元系の教えで、第一の「奇跡」とはこのことであり、ニサルガダッタ・マハラジやダグラス・ハーディングはこの「奇跡」をよく話題にした。



[昨年出版された本]

*ジョエル・ゴールドスミス著『静寂の雷鳴』

本体価格:2,380円+税
本文ページ数:333ページ
発行:ナチュラルスピリット



[その他の本]

『仕方ない私(上)形而上学編――「私」とは本当に何か?』アマゾン・キンドル版(税込み定価:330円)

目次の詳細は下記へ。

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*『仕方ない私(下)肉体・マインド編――肉体・マインドと快適に付き合うために』アマゾン・キンドル版(税込み定価:330円)


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