『Doosri Maa(もう一人の母)』22026年05月28日 06時55分50秒

[ お知らせ]

『静寂の雷鳴』(ジョエル・ゴールドスミス著) 電子書籍版発売


まだ『Doosri Maa(もう一人の母)』のドラマを見続けている。私がこのドラマにはまっている理由は前回書いた。インドのホームドラマでありながら、このドラマの登場人物たちは世界のどこの国のどこの家庭にもいる人たちで、彼らがいだく感情も普遍的だ――不満、嫉妬、プライド、罪悪感、劣等感、正義感、憎悪、嫌悪、善意、愛情、特定の人へのアイドル化など(←非常におおげさに描かれてはいる)。そして、家庭の中の大きな問題は、実は長い年月の間の小さい不満、隠し事、人間関係の歪みが積み重なって、ある日突然のように炎上する様子もよく描かれている。

私の子供時代(←昭和時代)を思い出せば、このドラマの中の登場人物に似ている大人たちが私が住んでいた環境(家族、親族、近所)にもいた(←ただし資産家ではなく、非常に庶民的環境)。そして、彼らはそれぞれの人生で、よいことにしろ、悪いことにしろ、自分の感情的カルマ(ドラマ)を生きたようだ。

このドラマの中で100%悪意の登場人物、ヤショーダとクリシュナの天敵を演じるのは、この資産家の長女で、彼女は本当に見るからに意地悪で性格が悪い。しかし、私は彼女に同情する気持ちも湧く。インドの男尊女卑の文化(←昭和時代の日本の家庭も似ていた)では、女の子は家庭の中で男の子よりも地位が低い。彼女が二人の弟よりも家庭で軽く扱われてきたことが想像でき、年頃になっても恋愛は禁止され、持参金をつけてさっさと嫁に出されてしまう。ところが好きでもなく結婚させられた男は、現在は稼ぎがなくほとんどチンピラヤクザである(←そこが彼女とピッタリではあるが)。近所に住む彼女は毎日のように実家に入りびたり、食べ物をくすねたり、父親に小遣いをねだったりする。

母親はそんな長女を疎ましく思い、元々相性が悪いので長女への嫌悪感を隠さない。彼女は実の娘よりも嫁であるヤショーダのほうが大好きで称賛している。この母親も良妻賢母を絵に描いたような人であるのに、ヤショーダに似て怒り出すと長女を平気で平手打ち(!)する。

長女の気持ちにたてば、実家は裕福なのに、自分たち家族は貧しい。母親は長女である自分よりも嫁を愛し称賛し、自分のことは平気で虐待(平手打ち)する。自分たちの結婚生活には愛情がないのに、ヤショーダと夫(彼女の弟)はラブラブである。といった状況は彼女には見るに耐えがたく、その思いがヤショーダへの激しい嫉妬と悪意へと転化し、どんどん膨らんでいく。この資産家の長男である弟に隠し子がいることがばれ、弟が失踪した機会に、彼女はチンピラの夫と外の犯罪者も使って、ヤショーダの人生を破滅させ、ゆくゆくは両親ともう一人の弟夫婦も追い出して、この家の財産を全部奪うことを決意する。彼女にしてみれば、自分の存在を無視してきた実家への復讐のような感じだ。

彼女は両親を騙して、実家に家族で居候することに成功し、さらにヤショーダと子供たちを家から追い出すことにも成功。そして今、彼女はもう一人の弟夫婦にも悪意を感染させ、弟を使って、両親の財産を自分たちの息子に継がせることを画策する。この資産家の次男は人がよいのに、理性的判断がまったくできない。彼は優秀な兄を尊敬し愛し、そして兄の結婚相手、自分の兄嫁であるヤショーダを自分の妻よりも称賛していた。ところが自分の妻の流産がヤショーダのせいだと思い込んだ(←実際は姉のせいで流産は起こった)日から、彼の感情は100%反転し、姉夫婦に協力してヤショーダとクリシュナの人生の破滅を誓う。が、彼はただ騙されやすさを姉に利用されているだけだということがまったくわかっていない。勝手に兄夫婦をアイドル化し、そのアイドルが失墜して、勝手に傷つくというよくあるパターンを演じている。

そして、この資産家の長老、3人の父親でもある男性は男尊女卑で非常に保守的で日本で言えば、昭和の頑固オヤジのような人だ。自分が頑張って築いた財産と優秀な長男とよくできたその嫁(ヤショーダ)が自慢で、地域の尊敬を集める名家であることをなによりも誇りに思っていた。ところが、自慢の長男には隠し子がいて、何の説明もなく彼が失踪してから、面目丸つぶれで、近所を歩けばバカにされるようになる。本来であれば、一番悪いのは勝手に失踪した長男であるのに、自分の怒りを、長男ではなく、隠し子のクリシュナと正義感から彼をこの家で育てると言い張るヤショーダに激しく向ける。特にクリシュナを見るのが耐え難く、彼を召使い扱いし、たびたび殴りつけ、自分の憂さを晴らす。ついには、その怒りといら立ちを悪意100%の長女につけこまれ、ヤショーダとクリシュナを家から追い出してしまう。

そして、その心の弱さにどんどん長女の悪意が感染して、長男夫婦への怒りからついにはこの家の財産を全部次男に譲渡することを衝動的に決めてしまう。すると、今までは両親に頭の上がらなかった次男が今度は威張り始め、両親に「この家を出て行け!」と言うほど傲慢になるのだ。

この事態になって、長老はようやく自分の判断が色々間違っていたことに気づき、根は非常に家族思いでやさしい人なので、ヤショーダにふりかかる貧困や苦難を伝え聞くたびに、今度はひどい罪悪感に苦しむようになる。

そして、このドラマの中での一番悪い奴は、隠し子がいることがばれて失踪し、ある僧院に逃げ込んだこの家の長男にして、ヤショーダの夫だ。ヤショーダがようやく彼の居所を突き止めて、家に戻るように説得しても、「自分のような罪深い人間は、家族と暮らす資格がないし、一緒に暮らせば家族に悪いことが起こるかもしれない。自分はいつも逃げていたけど、ここで自分の罪と一生向き合い、皆さんの幸せを祈ります」みたいな宗教的観念の中に逃げ込み、自分が家族のところへ戻らないことがみんなのためにもなると言い訳をする。まあ、このあたりの彼の罪悪感的観念はいかにもインド的だ。本当は彼は妻にも家族にも強い未練があるのに、完璧な夫、完璧な父親、完璧な息子、完璧な弁護士という自己イメージが崩壊して、その事実に直面することができない。自分が家族を捨てたせいで、妻と子供たちは貧乏を余儀なくされ、家族が崩壊しつつあるという事実から目をそむけ、自分だけの平和を求めている大バカ野郎だ! ヤショーダじゃなくても、叱りつけてやりたい気分になる。

このドラマの中で唯一まともで非二元的(笑)で現実的なのはクリシュナで、彼は周囲の大人たちの罵倒、憎しみを受け入れ、困難にめげず、ただ今ここでヤショーダのために何ができるか常に考える。ヤショーダじゃなくても、こんな息子がいたらどれだけ頼りになるかと思わせる子供だ。ただ、彼にしても、自分と母(病死)を捨て、ヤショーダからも逃げた自分の父親であるヤショーダの夫だけは赦しがたく憎んでいる。

こんなふうに登場人物の感情の動きを書き出していると、「まあ、何と人の感情とは忙しく、騒がしいものか!」と驚いてしまう。誰も冷静に現実全体を見ずに、激しい感情にもとづいて行動するので、問題が次から次へと起き続け、ドラマが延々と続くというわけだ。

今回、インドのホームドラマを初めて見たけど、人物の撮影方法などは日本のドラマの作り方とは違う感じだし、宗教が人々の日常生活に完全に浸透し、彼らの観念を束縛している様子も興味深かった。ちょっと見疲れたので、このドラマはここでしばらくお休みして、これからしばらくはトルコ動画に戻って、イスタンブールやイズミルの風景を楽しもうと思っている。


[昨年出版された本]

*『頭がないということ――禅と明白なことの再発見』発売

(ダグラス・ハーディング著  ナチュラルスピリット発行)

定価:1,870円(税込み)ページ数:163ページ




*『自己覚醒へのマスター・キー』

ニサルガダッタ・マハラジの師の本、初邦訳!

価格:本体1800円+税
ページ数:176ページ


[電子書籍版発行]

*『頭がない男』電子書籍版

価格:1,980円(税込み)

知られざる天才哲学者、ダグラス・ハーディングの生涯と哲学をイラストと文章で描いたグラフィック伝記。


*『猿笑非二元講座』

Youtube で公開している『猿笑(さるわらい)非二元講座』の電子書籍版。



[2023年に出版された本]


*ジョエル・ゴールドスミス著『静寂の雷鳴』

本体価格:2,380円+税
本文ページ数:333ページ
発行:ナチュラルスピリット



[その他の本]

『仕方ない私(上)形而上学編――「私」とは本当に何か?』アマゾン・キンドル版(税込み定価:330円)

目次の詳細は下記へ。

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*『仕方ない私(下)肉体・マインド編――肉体・マインドと快適に付き合うために』アマゾン・キンドル版(税込み定価:330円)


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『Doosri Maa(もう一人の母)』2026年05月06日 09時20分12秒

[イベント]
イベントの詳細・予約は下記へ


◎2026年5月16(土)出張シンプル道コンサルティング(東京)

◎リアルの会「私とは本当に何かを見る実験の会」(東京都新宿区)

2026年5月17日(日曜日)午後1時20分より午後4時半頃まで

◎オンライン「非二元の探究──創造原理としての神」

2026年5月10日(日曜日)午後2時から午後4時頃まで


[ お知らせ]
『静寂の雷鳴』(ジョエル・ゴールドスミス著) 電子書籍版発売

最近、海外の連続ホームドラマにはまっている。今、主に見ているのはトルコとインドのいわゆるホームドラマである。なぜこの二つの国のものかというと、トルコとインドは私が今までに訪れた国の中でも今でもその文化や風景がとてもなつかしいからだ。だからドラマを見ながら、その背景の風景や文化も楽しんでいる。

しかし、風景を楽しむなんてことは視聴者である私の特権で、ホームドラマの登場人物たちは一度だって自分が住む町の風景や食べている食事や飲み物を楽しんだことがないくらい、日々問題に追われ、人間関係に苦しみ、敵と戦い、生き延びるのに必死だ。登場人物たちが携帯電話を握りしめているところだけは世界共通の風景である。

今、見ているインドのドラマはヒンズー語の原題『Doosri Maa(もう一人の母)』というタイトルのドラマで、全部で315話のうち、今、約100話を見終わったところである。

ドラマは、インドのある町で超有名な資産家の名家を舞台に、100%善意のヒロインとヒーローが、100%悪意の人たちがしかけた罠にはまって苦難にたびたび陥り、でもそのたびにヒロインとヒーローが力を合わせてその苦難を乗り越え、最後にやっと善意が勝利して(最終回315回を見ると、そうなっている)、「いろいろとあったけど、まあよかったね」となるよくあるドタバタ悲劇で、ドラマ的には特別面白いわけでもない。

しかし、私的に興味深いところは、善意の人が一生懸命周囲の人たちのことを想い、尽くしているにもかかわらずまったく報われず、そして、「善を為さなければいけない」という自分の強い信念、「正しいことが為されなければならない」という正義感、「私は善い人間である」という自己イメージが、かえって悪意の人たちを刺激し、ますます多くの悪意を自分に引き寄せてしまう結果になるところだ。そしてみな敬虔なヒンドゥー教徒で、毎日「どうか神様、悪いことが起きませんようによろしくお願いします」と祈ったり、宗教的行事を欠かさないのに、それが全然効果がなく(笑)、次から次へと悪い出来事が起こり続ける。私は少々意地悪な見方をするので、善意のヒーロー・ヒロインを応援するより、「その善意、それ違うって!」という感想のほうが多く湧く。そして、激しい嫉妬とプライドという人間特有の感情(ドラマなので、おおげさに描かれてはいる)が、どれほどの不幸と苦しみを生み出すのかもよくわかるドラマだ。

このドラマのヒロインは名前をヤショーダといい、「善き母」「善き妻」「善き嫁」を絵に描いたような女性で、誰からも称賛され愛されていた。資産家一族はヤショーダの献身的働きのおかげで笑いと喜びあふれる幸福な生活をおくっていたが、あるとき彼女の夫が結婚前に作った隠し子の男の子(10~12歳くらい。名前はクリシュナ)と彼女が偶然に出会った日から、彼女の人生と一族の運命が激変し始める(←有名敏腕弁護士であるヤショーダの夫は、クリシュナが自分の隠し子であることが妻にばれた日に勝手に家出し、そのまま出家する←このドラマの中の一番悪い奴!)。

このドラマがさらに私の心に刺さるのは、このヤショーダが、やはり典型的日本の「善き母」「善き妻」「善き嫁」だった私の母に性格や価値観、そしてその善意が報われなかったところが非常に似ているからだ。彼女の言動を見ていると、昔の母の姿を思い出す。

先日見たちょうど100話目あたりのエピソードでは、悪意が仕掛けた罠にヤショーダが落ちて、やってもいないことで濡れ衣を着せられ、家族の激怒をかい、ついには子供たちと一緒に家を追い出されて、貧乏生活を余儀なくされるという話だ。小学生の二人の娘のうち長女は母を大好きではあるのだが、貧乏生活に耐えられず、また母が自分たちよりクリシュナを愛していると思い込んでいる(=嫉妬)ので、ヤショーダに「私が欲しいものを買ってくれないお母さんなんていらない。おじいちゃんの家に帰りたい」と母を責めたてる。その言葉を聞いて、子供たちが一番の生きがいで、「子供たちも自分と一緒にいたいはずだ。自分と一緒にいるのが幸福なはずだ」と思い込でいるヤショーダは母としてのプライドをズタズタにされ、完全に打ちのめされる。

そして、家出し、祖父の家に戻った長女の愛情をそれでも取り戻そうと、彼女があれこれするのを見て、私は、「いやいや、ヤショーダ、長女のことは放っておきなさいって。貧乏な母親と一緒にいるより、金持ちの祖父と暮らすほうを長女は今は望んでいるのだから」と、ついどうでもいい説教をつぶやいてしまう。幼い子供にとっても、母親の善意の押し付けはうっとうしい。

ヤショーダは自分の善意、善き人であるという自己イメージにあまりに執着するので、周囲がまったく見えず、他人の本当の考えや感情を理解せず、自分が本当はどれほど嫉妬されてきたのか、自分にどれほどの悪意が仕掛けられているのか理解できない。だから、彼女は神に向かって嘆くのだ。「神様、私は何も悪いことをしてないのに、どうして私にこんなひどいことばかり起こるのですか?」と。

しかし、つい最近見たエピソードでは、彼女の評判と名声がどん底まで落ちて、ようやく彼女は自分にどれだけの悪意が仕掛けられているのかを理解し、その悪意に対して徹底的に戦うことを宣言する。「私にはもう失うものは何もない。私は子供たちの権利を守るために絶対に負けない。私は新しい人間になるのだ」。

実際、美しく愛情に満ちた笑顔の裏側に彼女はものすごいパワーを秘めている人、というよりもこの名家の人たちの中でも本当は一番暴力的(笑)だ。彼女は激しく怒り出すと、怒りをコントロールできず、最後には相手を平手打ち(!)する。数えていると、彼女は登場人物の中で誰よりも相手を平手打ちしている(←平手打ちの場面がなんとまあ多いドラマか!)。だから、善意100%の彼女の中にも「悪」はあるのだが、彼女はそれを自覚することなく、自分が正しいことを証明すべく、これから残りの約200話、クリシュナとともに善悪の戦い、ほとんど命を危険にさらす戦いのまっただなかに飛び込んでいく(ようだ)。

もう一人のヒーロー、ヤショーダの夫の隠し子、クリシュナはしだいにヤショーダを第二の母(これが原題の意味)と慕うようになり、本当の長男のごとくヤショーダを全力で支えることを誓う。彼もまた善意100%で正義感が強いところがヤショーダそっくりで、しかも頭がよく、力持ちで、生意気なほど弁がたつ。言わなくてもいいことまで忖度なく大人たちに言うので、ヤショーダ以外の大人たちに憎まれ、100回までのエピソードの中で、すでに5回くらい誘拐や監禁の目にあい、大人たちにたびたび殴られている。ドラマじゃなかったら、クリシュナはとっくに死んでいるはずだが、ドラマのヒーローなのでもちろん315回まで生き延び、ヤショーダとともに幸福のフィナーレを迎える。このドラマを私が見続けられるのはたぶん、クリシュナの生意気ぶりが楽しいからだ。


「ああ、ドラマの見すぎは目にも悪いし、中毒だなあ!」と思いつつ、連続ドラマははまるとやめられないのがツライというか、楽しいというか。


[昨年出版された本]

*『頭がないということ――禅と明白なことの再発見』発売

(ダグラス・ハーディング著  ナチュラルスピリット発行)

定価:1,870円(税込み)ページ数:163ページ




*『自己覚醒へのマスター・キー』

ニサルガダッタ・マハラジの師の本、初邦訳!

価格:本体1800円+税
ページ数:176ページ


[電子書籍版発行]

*『頭がない男』電子書籍版

価格:1,980円(税込み)

知られざる天才哲学者、ダグラス・ハーディングの生涯と哲学をイラストと文章で描いたグラフィック伝記。


*『猿笑非二元講座』

Youtube で公開している『猿笑(さるわらい)非二元講座』の電子書籍版。



[2023年に出版された本]


*ジョエル・ゴールドスミス著『静寂の雷鳴』

本体価格:2,380円+税
本文ページ数:333ページ
発行:ナチュラルスピリット



[その他の本]

『仕方ない私(上)形而上学編――「私」とは本当に何か?』アマゾン・キンドル版(税込み定価:330円)

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*『仕方ない私(下)肉体・マインド編――肉体・マインドと快適に付き合うために』アマゾン・キンドル版(税込み定価:330円)


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オール・アバウト・マイ・マザー2026年04月07日 09時01分36秒

memo様
お問合せの件ですが、今後のイベントの予定は下記のとおりです。

[イベント]
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◎2026年5月16(土)5月18日(月)出張シンプル道コンサルティング(東京)

◎リアルの会「私とは本当に何かを見る実験の会」(東京都新宿区)

2026年5月17日(日曜日)午後1時20分より午後4時半頃まで

◎オンライン「私とは本当は何かを見る実験の会」

2026年4月19日(日曜日)午後2時から午後4時頃まで
2026年5月7日(木曜日)午後2時から午後4時頃まで

◎オンライン「非二元の探究──創造原理としての神」

2026年4月26日(日曜日)午後2時から午後4時頃まで
2026年5月10日(日曜日)午後2時から午後4時頃まで


[ お知らせ]
『静寂の雷鳴』(ジョエル・ゴールドスミス著) 電子書籍版発売


昔見た映画で、見たとき強い印象をもったのに、すっかり内容を忘れてしまった映画がある。でも、タイトルだけは覚えていた。『オール・アバウト・マイ・マザー』(All About My Mother=直訳すれば、「私の母についてのすべて」くらい)。

ネットの記事を読んだら、少し内容を思い出した(1999年スペインで制作された映画)――シングル・マザーの女性が一人で育てた最愛の一人息子を事故でなくし、そのあと様々な人たちとの出会いによって、生きる気力を取り戻していく話だ。

この映画のことをふと思い出したのは、先日、五木寛之さんの『大河の一滴 最終章』(幻冬舎)を読んでいたからだと思う。この本の中で、五木さんは外地(現在の北朝鮮)で、若くして病気で亡くなった母親の話にたびたび触れている。そして、五木さんが心の中で母親のことを想い続け、母親のためにずっと生きてきたことを告白している――母の代りに自分は生きなければならないと決心し、そのおかげで自殺願望を乗り越えることができたと。

私の人生も親のために生きてきた部分がある。30代のあるとき、親不孝の私ができる唯一の親孝行は、「親より先に死なないこと」しかないと思い至り、「親より先に死んではいけない」と決心した。私はめったにそんな強い決心はしないので、その決心は私にとっては非常に異例のことだった。

ごくごく日本の普通の親である私の両親は、万一子供の誰かが自分たちより先に死んだら、その精神的な苦痛に耐えられないだろうし、罪悪感さえいだくかもしれない。それよりは不肖の子供でも、子供が生きていて、文句を言ったり、怒ったり、心配したりできる相手がいるほうがまだましだろうと私は勝手にそう考えたのだ。その強い信念もおかげもあってか(というか、その信念が神の意志によって支援されて)、私は父より先に死なずにすんだ。母は100歳を超えてまだ頑張って(笑)生きているので、「親より先に死んではいけない」ために、私もまだ死ねないことになる。

五木さんは数年前、癌が見つかり、放射線治療で寛解し、現在93歳。彼は医学的治療を受けない主義だったのが、その考えを変えて、治療を受ける決心をした経緯が書いてある。彼が医学的治療を受けないことにしていたのは、北朝鮮の地で医学的治療を受けることもできず亡くなった母のことが潜在意識的にあったのかもしれない、と彼は書いている。それが、「もういいのよ。わたしのことを気にするのはやめなさい」と母の声が聞こえて、それで病院に行くことができたという。『大河の一滴 最終章』には五木さんのオール・アバウト・マイ・マザーがあふれている。

私のオール・アバウト・マイ・マザーも、もし書き始めたら、本1冊が書けるくらいの思い出がある――悲しい思い出、辛い思い出、楽しい思い出。ひょっとしたら、介護を始めてからの母の思い出が、あとで振り返れば一番楽しい思い出になるかもしれない。

『オール・アバウト・マイ・マザー』の映画、母が亡くなったあとで、もう一度見てみたいと思っている。

「ため息セラピー」 2020年05月31日 10時22分43秒

 
[昨年出版された本]

*『頭がないということ――禅と明白なことの再発見』発売

(ダグラス・ハーディング著  ナチュラルスピリット発行)

定価:1,870円(税込み)ページ数:163ページ




*『自己覚醒へのマスター・キー』

ニサルガダッタ・マハラジの師の本、初邦訳!

価格:本体1800円+税
ページ数:176ページ


[電子書籍版発行]

*『頭がない男』電子書籍版

価格:1,980円(税込み)

知られざる天才哲学者、ダグラス・ハーディングの生涯と哲学をイラストと文章で描いたグラフィック伝記。


*『猿笑非二元講座』

Youtube で公開している『猿笑(さるわらい)非二元講座』の電子書籍版。



[2023年に出版された本]


*ジョエル・ゴールドスミス著『静寂の雷鳴』

本体価格:2,380円+税
本文ページ数:333ページ
発行:ナチュラルスピリット



[その他の本]

『仕方ない私(上)形而上学編――「私」とは本当に何か?』アマゾン・キンドル版(税込み定価:330円)

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*『仕方ない私(下)肉体・マインド編――肉体・マインドと快適に付き合うために』アマゾン・キンドル版(税込み定価:330円)


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お礼2025年12月25日 15時26分59秒

[お知らせ]
『頭がないということ――禅と明白なことの再発見』発売されました

(ダグラス・ハーディング著  ナチュラルスピリット発行)

定価:1,870円(税込み)ページ数:163ページ





〔Youtube]

U.G.クリシュナムルティ『悟りという謎』(29

https://youtu.be/V41yT4VQop4


[お礼]

一年間、ブログを読んでくださった皆様、Youtubeを視聴してくださった皆様、そして、本を購入・購読してくださった皆様、その他様々な形で活動を支援してくださった皆様に感謝します。それでは、皆様、楽しい年末年始をお過ごしください。来年は、2月頃からブログを再開する予定です。

 

[今年出版された本]

*『猿笑非二元講座』

Youtube で公開している『猿笑(さるわらい)非二元講座』の電子書籍版。



*『自己覚醒へのマスター・キー』

ニサルガダッタ・マハラジの師の本、初邦訳!

価格:本体1800円+税
ページ数:176ページ


[電子書籍版発行]

*『頭がない男』電子書籍版

価格:1,980円(税込み)

知られざる天才哲学者、ダグラス・ハーディングの生涯と哲学をイラストと文章で描いたグラフィック伝記。


[一昨年出版された本]


*ジョエル・ゴールドスミス著『静寂の雷鳴』

本体価格:2,380円+税
本文ページ数:333ページ
発行:ナチュラルスピリット



[その他の本]

『仕方ない私(上)形而上学編――「私」とは本当に何か?』アマゾン・キンドル版(税込み定価:330円)

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ご質問への回答2025年01月31日 09時08分29秒

[ イベント]
◎リアルの会「非二元の探究――主体を科学的に探求する」(東京都文京区)

2025年3月2日(日曜日)午後12時45分より午後3時半頃まで

◎オンライン「私とは本当に何かを見る実験の会」

2025年2月16日(日曜日)午後2時から午後4時頃まで

◎オンライン「非二元の探究――主体を科学的に探求する」

2025年2月23日(日曜日)午後2時から午後4時頃まで


[ お知らせ]



 *「Master Key toSelf Realization 」は、今のことろ、25年3月下旬発売予定です。


『しつこいタイプです』さんへの質問の答

昔シンプル堂さんに言われたひとことがどうしても許せません(お前は本を読まないと言われ、バカにされたようだった)。どのように考えたら、この心のとげを抜くことができますか。また、本を読むか読まないかが、そんなに人生で大事なことでしょうか。]


上記のコメントをいただいたので、本日は予定を変更して、ご質問への回答を書くことにします。

まず、「本を読むか読まないかが、そんなに人生で大事なことでしょうか」へのご質問の答えは、読書という行為が大事な人もいれば、そうでない人もいるということです。もし『しつこいタイプです』さんが本を読まないタイプなら、あなたにとっては、読書は人生の大事ではない、ただそれだけの話です。

さて、上記の質問では、私、シンプル堂が、『しつこいタイプです』さんに直接、「お前は本を読まないからダメな奴だ」みたいな主旨の発言をしたと書かれています。私の記憶の中では、そのようなことを誰かに直接言った記憶はないですが、私ももう70年以上肉体的に生きています。昔のことは忘れていることも多く、言葉のはずみで誰かを傷つけるようなことを言った可能性はおおいにあります。もし『しつこいタイプです』さんにそう受け取られる言動を私がしたとすれば、『しつこいタイプです』さんの感情に気遣えなかったことを改めてお詫びします。

ここからは一般的な話になりますが、人が誰か他の人の言葉に傷つくのはどういうときでしょうか?

私自身の経験では次のどれかの理由、あるいは全部の理由によります。 

1.自分自身の価値、人生よりも、相手の言葉に価値を置いている。
2.自分自身が信じていることよりも、相手の言葉を信じている。
3.自分も、相手が言うことを本当は信じている。
4.自分自身よりも、相手の言葉にパワーがあると信じている。

ですから、『しつこいタイプです』さんがその心の棘をぬくためには、あなたが自分自身の価値、ライフスタイル、そして、「読書は人生にとっては大事でない」という信念を、シンプル堂の愚かな言葉より尊重することです。

そして、もしこの回答を読んでも、まだ『しつこいタイプです』さんの心の棘がぬけないようなら、シンプル堂が書いているブログ、関わっている本、その他を今後は一切見ない、読まない、接近しないことをお勧めします。

なぜなら、人間のマインドは、

Out of sight, Out of mind (去る者は日々に疎し)

 つまり、「目にしなければ、忘れていく」ようにできているからです。


[一昨年出版された本]

*ジョエル・ゴールドスミス著『静寂の雷鳴』

本体価格:2,380円+税
本文ページ数:333ページ
発行:ナチュラルスピリット



[その他の本]

『仕方ない私(上)形而上学編――「私」とは本当に何か?』アマゾン・キンドル版(税込み定価:330円)

目次の詳細は下記へ。

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*『仕方ない私(下)肉体・マインド編――肉体・マインドと快適に付き合うために』アマゾン・キンドル版(税込み定価:330円)


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言葉の向こうに人がいる2023年05月18日 10時41分33秒

[ お知らせ]
1994年10月に、バーソロミューが東京でおこなったワークショップの記録を下記で公開しています
(英語と日本語通訳の音声と日本語字幕付き)。現在(1)から(4)まで公開中。


ここ数年、政治家や官僚など社会的地位がある人たちのセクハラ、パワハラ的言葉が非難されたり、炎上したりする話がよくネットに出ている。政治家や官僚、その他社会的地位などがある男性たち、権力者のセクハラ、パワハラなどは、大袈裟に言えば、歴史の始まりからあり、今に始まったことではないが、最近の違いは、社会(とくにその中の女性たちが)が以前よりはるかにセクハラ、パワハラ的言動、ついでに言えば、差別的言動に非常に敏感になっていることだ。

最近読んだ記事で興味深かったのは、某県の副知事が、海外のイベントで、関連団体の女性代表に、「(あなたは)また違う男の人を連れ回しているね」と言ったことで、セクハラ的言動をされたと、その女性から訴えられ、そして、反省し(反省させられ)、謝罪した(謝罪させられた)という話である。

その副知事さんは、自分が気づいた事実として、何気なく言った言葉が相手からセクハラ認定され、たぶん驚いたのではないかと思うが、この人のその反省の意味が、「ああそうか、『また違う男の人を連れ回しているね』という言葉そのものが、使ってはいけないセクハラ的言葉なのだ」とただ学習するだけだと、またいつか地雷を踏む可能性がある。

この状況での何が一番問題かと言えば、私が思うに、まずはその言葉そのものより、海外の公のイベントの場で、公けの立場で出合っている者同士の関係(この場合は、副知事と団体代表という立場で)、仕事とはまったく無関係の、言う必要のない話を相手の女性にふっていることだろう。

それに加えて、女性が、「また違う男の人を連れ回しているね」の言葉(ついでにさらに言えば、「連れている」ではなく、「連れ回す」も、否定的なニュアンスが含まれることが多い)を聞いて不快になったということなので、それはたぶん、副知事さんが無意識に込めたかもしれない、「君は、遊び人だね」とか、「外国人の男たちとチャラチャラしおって」みたいな侮蔑の意味を相手に感じ取られて、それが一番の致命傷になったのではないかと想像する。

一般的に言って、女性は言外の意味を察するのが得意である(ときには、察しすぎて疲れるものだ)。仮に男性が、「〇〇さんはまた違う男の人を連れ(回して)いるね」に、「あなたはモテるんだね」という純粋な誉めの気持ちを込めて発した場合、セクハラとは認定されない場合もあるだろう。

では、こういった状況で、代表が男性で、副知事さんが女性だった場合、同じように、「あなたは遊び人だね」とか、「外国の女とチャラチャラして」という言外の意味を込めて、「また違う女の人を連れ回しているね」と副知事さんが言った場合、セクハラで訴えられる可能性はどのくらいあるだろうか? たぶん、少ないだろうと予想できる。その理由はまず、男性は言外の意味を感じることが不得意な人たちが多い。そして、男性の場合、「また違う女の人を連れ回しているね」という言葉で、モテる男と認定されたようで、むしろうれしいかもしれない。

「〇〇さんはまた違う女(男)の人を連れてるね」ぐらいの言葉は、世間ではよく聞く言葉で、ときには相手に面と向かって冗談ぽく言う人さえいるし、様々な下記のような言外の意味をこめることが可能だ。

「〇〇さんは遊び人だね」
「〇〇さんは、それほどハンサム(美人)じゃないのに、意外にモテるんだね」
「〇〇さんはモテて、うらやましい」
「〇〇さんは、あんなに遊び歩いて、大丈夫?」

私がなんでこんなどうでもいい話をくだくだ書いているかというと、言葉とは単に、言葉それだけで意味が完結するわけではなく、状況、言葉を発する人の立場、受け取る人の立場、双方が抱いている観念や感情によって、様々に解釈が可能で、それが人と人のコミュニケーションを複雑で難解なものにしているという事実に、もっと人が気づくべきではないかと思っているからだ。

日本の政治家、官僚の皆さん、社会的に地位が高い、特に男性の皆さん、特に昭和文化を背負っているような方々は、一方的にしゃべることに慣れているせいか、あるいは、地位のある自分に得意になってしゃべるせいか、「自分が発する言葉の向こうには人がいる」ことをまったく考慮にいれない人たちが多い。つまり、しゃべる前に、自分がこの発言をしたら、聞いている人(たち)はどう感じるのか、さらに、今の時代の国民の風潮として、その発言は許されるのかどうか、ということを考えないので、自分が無意識に思っていることが、ぽろっと出て、セクハラ、パワハラ、差別発言と認定されてしまうのだ。

こんなことを書いている私だって、言葉によるコミュニケーションは決して得意ではなかったし、今でも日々学ぶという感じである。30代になってから、ようやく他人の心を思いやる余裕が出てきて、「人は言葉に非常に弱い(傷つきやすい)生き物である」ことを知るようになった。そして、しゃべる前に相手の存在を意識するようになり、それからは、できるだけ他人を傷つけないように、言葉を使うことを心がけるようになった。それでも、今でもたまに、「地雷」を踏むし(苦)、言葉を仕事の道具としている立場のため、私の言葉で人を不快にすることがあることは、避けられないだろうとも、自覚している。

最近では、「コミュニケーション障害(略して、コミュ障などともいうらしい)」という言葉があるくらいで、人と人のコミュニケーションの困難さは一般にも知られるようになった。自分自身の経験から言えることは、コミュニケーション能力とは、生まれつきのものではなく、ある程度は練習によって上手になる、逆に言えば、練習しないとうまくはならないということで、このことはほとんど理解されていない気がする――発達障害や自閉症などの脳の機能のせいで、コミュニケーションがうまくいかないという人たちもいるが、その人たちでさえ、学習によって、ある程度はコミュニケーション能力は改善すると言われている。

そして、ついでに言えば、スピリチュアルな目覚めとコミュニケーション能力は必ずしも一致しない。つまり、自分の本質に目覚めたからと言って、他人との言葉によるコミュニケーション能力が一気に上がるというわけではない。

そのよい事例が、ダグラス・ハーディングとラメッシ・バルセカールだ。確かに彼らは実人生でも優秀な人だったが、さて、コミュニケーション能力に関しては、ハーディングは30代で自分の本質に目覚めてからも、自意識なく普通に人と話せるまで、10年以上の年月がかかったと伝記にあるし、ラメッシ・バルセカールも、元々人としゃべるのが好きではなく、目覚めた当初もほとんど人としゃべらない人だったと書かれている。それがお二人とも、私がお会いした80代の頃は、自分が出会う人と誰とでも打ち解けて話していたので、彼らにしても長い年月をかけて、少しずつ他者とのコミュニケーションを学んでいったのだということがわかる。

ということで、ハーディングの言うところの人間クラブは様々な人たちがいて、コミュニケーションはときには、非常に困難で苦痛のことも多いが、「言葉の向こうには人がいる」、さらに、その「人」の背後には、すべてに共通する本質があるということを心に留めて、お互いに人間クラブでの修行(笑)に(ときにはイヤイヤ)励みましょう。


[昨年の発売された本]

『仕方ない私(上)形而上学編――「私」とは本当に何か?』アマゾン・キンドル版(税込み定価:330円)

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*『仕方ない私(下)肉体・マインド編――肉体・マインドと快適に付き合うために』アマゾン・キンドル版(税込み定価:330円)


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『仕方ない私(上)形而上学編――「私」とは本当に何か?』
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『仕方ない私(下)肉体・マインド編――肉体・マインドと快適に付き合うためにhttps://www.amazon.com/dp/B0BC5192VC/


『仕方ない私(上)形而上学編――「私」とは本当に何か?』は、過去10年ほどの間、私が主催している会で、ダグラス・ハーディングの実験、ラメッシ・バルセカール&ニサルガダッタ・マハラジについて話していることをまとめたものです

会にすでに参加されたことがある方には、重複する話がほとんどですが、会で配った資料を体系的に読むことができ、また必要な情報をネット上で即アクセスできる利点があります。付録に、『シンプル道日々2――2019年~2021年』)を掲載しています。(総文字数 約124,000字――普通の新書版の1冊くらいの分量です)

『仕方ない私(下)肉体・マインド編――肉体・マインドと快適に付き合うために』は、肉体・マインドとは、どういう性質のものなのか、それらとどう付き合ったら快適なのか、それらを理解したうえで、どう人生を生き抜いていくのか、主にスピリチュアルな探求をしている人たち向けに、私の経験を多少織り交ぜて書いています。肉体・マインドは非常に個人差のある道具なので、私の経験の多くは他の人たちにはたぶん役には立たないだろうとは思うのですが、それでも一つか二つでも何かお役に立てることがあればいいかなという希望を込めて書きました。付録に、『シンプル道日々2――2019年~2021年』)を掲載しています。(総文字数 約96,500字)



















家族関係の「苦」(2)2020年06月27日 14時19分11秒

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前回に引き続き、親子関係がいかに自分の人生に大きな影響を与えるのか、書いてみたい。

話を私の20代の頃に少し戻すと、反抗的な若者だった私は、20代の頃、親を含めた大人社会の常識というものを一切嫌っていた。嫌うどころか、役に立たないつまらない常識ばかりを長年教え込んで、私を無知に陥れた大人社会に私は激しく怒っていた。

だから、日本の宗教系の人たちがよく言う、「親や先祖に感謝しなさい」とか、「親を大切にしなさい」なんて、「くそくらえ!」という感じだったのだ。

一方で、20代の頃からグルジェフの教え関係の本を愛読し、たくさんのことを学んだ私は、「親との関係は、スピリチュアルな探求においても、大きな影響を与える」という彼の考えも真剣に考えた。

そして、グルジェフは正しいという自分なりの結論に至り、それから親との関係修復のために、自分なりの努力をするようになったというわけである。

私が得た一つの結論は、人は自分の親子関係をいわゆる世間(他人)に投影する傾向があるということだった。これは具体的にはどういうことかと言えば:

1自分は、親に愛されてこなかったと思う人の場合、自分が親から得られなかった愛情や認知を、世間(他人)から得ようとして、過剰な期待をいだく。

2自分は、親に溺愛されてきたと思う人の場合、自分が親から得てきたのと同じだけの愛情や認知を世間(他人)から得ようとして、過剰な期待をいだく。

もちろん、世間(他人)はみな自分のことで忙しいので、人のそんな過剰な愛情・認知願望に誰も応えられない。過剰な愛情・認知願望をひそかにいだけばいだくほど、人は他人の言動に傷つきやすくなり、自分の願望を満たしてくれない世間(他人)を嫌悪し、最悪は、憎しみさえいだくようになる。

以上のことに気づいたときさらに、私は世の中の非常に多くの人たち、特に親に自分の存在を認めてもらっていないと無意識に感じてきた人たちが、「自分の存在意義」を世間(他人)から勝ち取ろうと奮闘していることにも気づいた。つまり、「私という人間がここにいることを、お前たち、認めろよ!」みたいな要求を無意識に世間(他人)にする人の思考・感情のことだ。

しかし、そういう願望をひそかに持ち歩きながら生きても、ほとんど満たされることがない。その理由はさっきも書いたように、人はそれぞれ自分のことで忙しいし、そして本当は他人のことに関心がない(笑)からだ。そして、愛情・認知願望に飢えている人たちは、簡単に利用できると思われがちなので、人間関係のトラブルにも巻き込まれやすくなる。

以上のことから、私が30代の初め頃に人間関係と人生に関して得た理解と結論は、

1世間(他人)は親ではない。だから、自分が幼少時に満たされなかった(あるいは、満たされすぎた)親の愛情のようなものを期待しても、無駄であり、傷つくだけ。

2世間(他人)はおおむね利己的で、みな自分のことしか関心がないし、自分だって、そうである。それを受容すれば、平和である。

3「自分の存在意義」を世間の中で勝ち取ろうとする努力をやめて、ただ自分でそれを認めればいい。

以上のように理解し、実践するようになってから、はるかに人生の物事はうまくいくようになり、人間関係の問題に煩わされることなく、自分の好きなことだけに集中できるようになった。(以上の話は、今回ご希望者にプレゼントした、「人をめぐる冒険」にも一部書いてあります)

私が専門でもないのに、人間関係の話をこうしてくどくど書くのは、それは一応今の専門(?)である非二元系の教えに来る人たちの中で、深刻な人間関係の問題(特に親子関係)を放置しているように見える人を時々見かけるからだ。

はっきり言えば、そういう深刻な問題を放置し、それに蓋をしていると、スピリチュアルの探求もうまくはいかない――それがグルジェフから私が学んだことの一つだ。

非二元探求者の人たちの中には、「問題を無視しても、探求には何の障害にもならないだろうし、だって、そもそも問題なんて、幻想でしょう?」的態度を決め込んでいる人たちもいる。

あるいは、もし自分が悟りや神秘体験、アセンションのようなものを経験すれば、現世のすべての問題が消滅するだろうと、非現実的期待をいだいている人たちもいるように感じる。しかし私が会に来る皆さんには言うように、一発逆転のような奇跡はまず起きないので、期待しないほうがいい。

だから、瞑想、実験、読書、思索、そして日々生きることを通じて、自分のマインド・感情領域も含めて、「私とは何か?」を地道に探求していただきたいと思う。(非二元系の探求者がいかに自分の問題を無視するかという話は、アジャシャンティの「あなたの世界の終わり」に詳しく出ているので、読んだことがない方にはお勧めします)

ここで最後にまた親子関係に話を戻すと、世の中にはあらゆる親がいて、その親から生まれる子供たちもあらゆる種類の子供たちがいる。だから、親子の組み合わせも無限にあり、私たちはみな一人ひとり違う親子関係の物語を生きている。もし私たちが親子関係のトラウマから回復できたら、それを楽しいあるいは悲しい物語として、平和に語れるようになるだろうし、その中に多くの学びも発見できると思う。

(以前のブログで、私がかつて見聞した中で最悪の親――コンロの上で自分の子供を焼き殺そうとした親――の元で育ち、そのトラウマから回復した人の話(「許す勇気、生きる力」デイヴ・ペルザー著 青山出版社)を紹介したことがある)。

生き延びたという「幸運」 2008年11月08日
http://simple-dou.asablo.jp/blog/2008/11/08/

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家族関係の「苦」2020年06月17日 11時29分22秒

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コロナ感染が広がる中、世界的に共通して起こったことの一つが、家庭内暴力・虐待の増加というレポートを読んだ。考えてもみれば、外の世界で「密」を避けましょう、ということになれば、家庭内がいつもより「密」になるのは避けられず、野生動物も家畜も人間も、「密」、つまり、密集状態になれば、よりストレスがたまるのは、当然である。

もし家庭に、精神的肉体的に暴力的な動物園の住民(笑)がいる場合、コロナ以前にもあった潜在的問題が、こういったストレス集中によって、外側に露呈して、ひどくなれば、世間を驚かすような殺傷事件にまで発展することがある(「動物園の住民」とは、知性・理解の程度が動物段階という意味です)。

今日は、数カ月前に読んだ、ある悩み相談を例に、家庭内の深刻な人間関係(この相談は、母親対娘の関係)を放置することが、どれほど深刻な事態になりうるのかについて書いてみたい。

その悩み事相談のタイトルは、「15歳になる娘の全てに興味が持てない」で、回答者は鴻上尚史さんという方(たぶん演劇関係の人)です。

相談の詳細と回答は下記に出ています。
https://dot.asahi.com/dot/2020021400026.html?page=1

相談の内容を要約すると、

1.15歳の娘を、生まれたときから嫌いで、どうしても愛情を感じない。
2.彼女は普通の子で、自分も精一杯よい母親を演じている。
3.それでも、彼女の中に嫌いなことを見てしまい、それが耐えがたい。
4.自分も同じような嫌いな部分をもっているが、自分のことは嫌いではない。
5.娘に対する感情が憎しみに変わりつつあり、それは娘も感じていると思う。
6.娘のせいで、日々憂鬱で、夫への愛情も冷めつつある。
7.カウンセリングを受けたり、人に相談することはしたくない。
8.でも、娘を憎む気持ちをなんとかしたい。

とまあ、ざっと書けば、こういう内容である。これは相当深刻であり、ご本人もそれに気づいているからこそ、人に相談したくないと言いながら、投稿したのだと思う。
鴻上さんの回答も要約すると、

1.「娘を愛せない」という悩みは、特別ではない。
2.「娘の嫌なところと、自分の嫌なところは似ている」とあなた(相談者)は書きながら、一方で、「娘は嫌いだけど、自分のことは嫌いではない」と言うのは、不思議な感じである。
3.たぶんあなたは、本当は自分が嫌いなのだけれど、自分を嫌う代わりに、代理で、自分よりも弱い立場の娘さんを嫌っているのではないかと思う。
4.あなたは、娘と自分を自己同一化している。
5.このまま、この問題をほっておくと、何かもっと大きな問題が家庭内に起こるかもしれない。


鴻上さんの分析と回答は的確であり、早い話、「カウンセリングやセラピーを受けたほうがいいですよ。このままでは、もっと大変な状況になりますよ」という結論であり、私もそれに同感する。彼の文章の中で、「娘を愛せないという母親からの相談は今までも受けたことがあるが、息子が愛せないという相談は受けたことがない」というところは笑えた。

娘が嫌いだ、娘とは合わないと言ったり、思ったりする母親には、私もたくさん出会ったことがあるが、いまだかつて「息子が嫌いだ、息子と合わない」と言った母親に出会ったことがない。この相談者のように、ほとんどの母親は息子を溺愛している(笑)。その一方、母娘関係は、人が思うほどわかりやすくも、簡単でもない。

母娘関係がうまくいっている人たちでさえも、いつもうまくいくわけでもなく、そこには多大な「苦」をはらんでいる。うまくいっている人たちでさえ、多くの場合、一度はお互いを激しく否定する経験をすることがよくある。母娘関係とは何なのか、以前のブログに書きましたので、ご参照ください。

2012年9月8日「シズコさん」

鴻上さんの回答に書いていないことで、付け加えれば、この相談者がそれほど自己否定(自己嫌悪)するのは、自分の母親(あるいは父親)からも子供の頃、存在を否定されて育ったのかも、と想像する。そして、彼女が「わかりません」とか、「相談はしたくない」と言っているのは、もしその幼少時の記憶のようなものを全開してしまったら、耐えられないようなものを見てしまうのではないか、と恐れているからだと感じられる。

幼少時のトラウマをもつ人も特別ではなく、多くの人が幼少時のトラウマを抱えているが、ほとんどの人は一生、それを見ないまま、生きて死ぬのである。私自身は、20代の頃から、スピリチュアル、心理学、セラピー的なことに多く関わってきて、「自分のマインドを客観的に見る」などということは、ほとんど常識的なことに思ってきたが、世間一般では心理学、セラピー、カウンセリングさえ、まだそれほど一般的ではない。

ほとんどの人が自分のマインド・感情と同化して、それを客観的に眺めることができない。私はその状態を「動物段階」と呼んでいる。そして、動物段階の人は、問題の原因と責任をすべて外側に求めるという顕著な特徴がある。

でも、この相談者は今こうして勇気を出して、投稿し、そして少なくとも、「自分と娘は嫌なところが似ている」と、冷静に分析できるところまで、知性・理解が進化したとも言えるので、あとは、鴻上さんのアドバイスを聞いて、次なる進化への一歩を踏み出す勇気が出るかどうか、である。

もしこの母親がこのまま問題を放置したら、どういうことが起こりうるか、私が教育関係の仕事と人生の中で見聞したことから、起こりうる可能性のあることを書いてみると、

1.娘が理性的な子供の場合、さっさと自分のほうから親を見限って、親からなるべく早く離れようとする。つまり、高校を卒業したら、遠くへ就職か、進学して、親からできるだけ離れる。

2.感情的な娘の場合、自分を愛さない母親に復讐したくなり、悪い大人たちと付き合い出し、不良になって親をうんと困らせ、「よい母親」という世間の評判と仮面をはがしてやりたくなる。

3.エネルギーが内側にこもる娘の場合、どうやっても親を喜ばすことができず、親の期待に応えられない自分に罪悪感を感じ、自傷行為、うつ病、そして最悪は自殺。

4.母親・娘関係の悪化が、他の家族にも多大な影響を与え、家庭不和、最悪は家庭崩壊。

子供を育てた経験のある方、あるいは現在育てている方は、よく知っているように、子育てほどお金と労力のかかるプロジェクトはない。だからこそ、そのプロジェクトが成功するように、つまり、お互いにいっしょにいる時を平和に楽しめるようにすることは、非常に重要なことだと思う。さもないと、それほどの労力とお金を使ったあげく、老年になって、「苦」だけがお互いに残ったら、悲しい話だ。が、私はそういう老人たちをたくさん見てきたし、日本全国にその「苦」を抱えて晩年を送っている老人がたくさんいる。

特に日本は、親子関係の束縛が、欧米などに比べて、非常に強いという印象を私はもっている。だから私は、親子関係のトラウマ、あるいはその他の幼少期の深刻なトラウマなどをクリアにしておくことを、皆さんにはいつも強くお勧めしている。もし親子関係の「苦」に真剣に取り組み、それを解明すれば、その中には多大な光も見出すことができると確信しているからだ。

反対にそういった家族関係の「苦」を長年放置すると、世間が「まさか、あの人が」、「まさか、あの家庭で」と、驚く事件になる可能性がある。子供が親を殺すなんて、遠い他人事だと私も思ってきたけど、数年前、身近でそういう事件を聞いて、本当に驚いた。



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性エネルギー(生エネルギー)2019年12月01日 16時30分50秒

前回、瞑想などをすると、性エネルギーがより感じられることがあるという話を書いたが、この話題に関して、今まで読んだ本の中で一番わかりやすく、適切な考察をしていると思ったのは、「バーソロミュー」(ナチュラルスピリット刊行)の「性エネルギーという贈り物」という章だ。そこには瞑想などをしている人、スピリチュアルな探求をしている人にとって、性エネルギーをどう考えたらいいかについて、バーソロミューの考えが書かれている。

一部引用すると:

瞑想をしている人は、自分の体のなかを流れ動くエネルギーをはっきりと感じ、そういうエネルギーは自分の肉体を超えたところから来ることを知ります。性エネルギーにも同じ働きがあって、あなたをより広大な意識へと誘う「引き金」となります。自分がすべてのレベルで学び成長していく手段としてセックスを利用したければ、自分の内部やまわりで何が起こっているかに耳を傾け、注意を払わなければなりません。静かにして意識をとぎすますのです。性エネルギーの動きに気づき、それを感じ、動くさまを知るようにならなければなりません。生殖器部分は宇宙のパワーであるクンダリーニの発火点に非常に近いことも、観察していくとわかります。意識を完全にとぎすましていると、パワーを急増させ、背骨の基部にあるチャクラから天頂のチャクラまでエネルギーをかけのぼらせ、途中のチャクラにすべて点火する能力が自分の中にあることがわかります」(p62-63)

今、「クンダリーニ」とか「チャクラ」という言葉がたまたま出てきたが、自分の性エネルギーを理解するのに、実際こういう秘教的知識や特別なメソッドや先生は必要ないことを、バーソロミューは強調している。

同じ章で「クンダリーニについて学ぶのに、先生が必要ではないか?」という質問に答えて、バーソロミューは次のように述べている。

何をするにも師が必要だなどと思いこまないでください。あなた自身が教師なのです。パワーはあなたの内部にあって、人はそれぞれがパワー制御装置のようなものを持っています。エネルギーが動くに従って、道も開かれていきます。私の言うことを鵜呑みにしないでください。もちろん、ほかの人の言うことも鵜呑みにしないでください。自分自身の内なる声に耳を傾けてください」(P65)

性は、人の世俗人生で一番多様性のある分野なので、他人の経験・意見・アドバイス、世の中の常識はほとんど役に立たないと思ったほうがいい。だから、「自分にとって性とは何か? どういう意味をもっているのか?」を考え抜くことであり、自分にとっての「答え」が自分の中から出てくれば、ぶれない確信をもつことができるはずである。

性エネルギーは広く言えば、「生エネルギー=生命力」であり、それがたまたま生殖器部分で感じられれば、「性エネルギー」と呼ばれ、生エネルギーがハートで感じられれば、愛などの感情となり、さらに上のチャクラで感じられれば慈悲とか創造力として感じられる。

さらに話をすすめれば、バーソロミューはまだ「個人の意志と肉体」というものを前提にして、個人が性エネルギーをどう扱うのか、選択があるという立場で話しているが、これが完全な非二元系の教え、マハラジやラメッシのところまで来ると、性に関する経験も含めて、人生のすべての経験は、「あらかじめすべて決まっている」という前提にたっている。非二元の教えに立てば、一個の肉体精神器官の性の経験がどんなものでも、別にどういう意味もないのだ(笑)。

さて、「バーソロミュー」の本の「性エネルギーという贈り物」という章のタイトルには、そのときは非常に不愉快で、でも今思い出すと滑稽な思い出がある。

それは90年年代半ばのことで、「バーソロミュー」の本を私が経営していた会社で出していた頃のことだ。ある日、中年の男性から電話があり、「娘の部屋に入ってみると、『性エネルギーの贈り物』とかいう内容が掲載されている本を見つけた。こんな有害な本を出して世の中によからぬ影響を与えているので、お前を警察に訴えてやる」という主旨の内容を電話口でわめかれ、電話を切っても切っても、相手はしつこくストーキング電話をやめなかった。

「娘の部屋に入って、娘の思想チェックをし、しかも他人の会社の業務妨害をしているお前こそ、有害オヤジじゃないか!」と私は心の中でブチ切れたが、話を聞いているうちに、たかだか本の中の言葉に過剰に反応するくらいなので、この男性は相当ストレスがたまっているのか、娘との関係がよくないのか、あるいは、性に関して何か歪んだ幻想をもっているのかも、と想像した。

性エネルギーが抑圧され、それが人生の様々なストレスと歪んだ合体をすると、その行き着く先は、人間関係にまつわる「トラブル」であり、さらにひどくなると、「犯罪」を犯すに至ることがある。歪んだ性エネルギーには人の人生を狂わし破滅させるほどの麻薬的パワーがあることを、世の中にあふれている様々な事件は教えてくれている。


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子供をもつ意味2017年11月30日 16時24分33秒

  (ニサルガダッタ・マハラジの話は、次回にあと一回書きます)
 
 先日のご質問について

先日高木さんの書籍を購入いたしました、ストーン瀬戸物(←これで本名わかりますかね?笑)です。
 高木さんにお聞きしたいことがありコメント欄に書かせていただきました。
 
以前のブログで池田晶子さんの名前をはじめて知り、まだ二冊しか読んでいませんが、どなたかのブログに池田晶子さんが子供を作ることについて、ある書物で書いていて引用され掲載しています。

>親とは自身の否定性を乗り越えるためにこそ、あえて子という否定性を産み出すのである。これが、子作りとは精神の自己克服であるという、荒唐無稽な説である。

http://yoshi-imajuku.m.blog.jp/article/1044544682?guid=ON

この方のブログが読めれば全文が読めるのですが、高木さんは子供を作ることについて、子供ができることについて、どのように考えていらっしゃるのか聞いてみたい、と衝動的に書き込みしてしまいました。
 
高木さんの紙の書物は全部読みましたが、電子書物ではもしかしたら書いている内容かもしれません。楽しいお金3での幸せ父さん・幸せ母さんはわかっていますが、私が自分の子供のことで色々あるもので、何かの機会があればブログに高木さんの考えを書いていただけると、池田晶子さん以外の言葉を聞きたい、と思い、学ばせていただきたく質問いたしました。」

人はなぜ子供を産むのか? 実はその問いには根本的な答えがない。そもそも、子供を産むことにかぎらず、人の人生にまつわる「なぜ」には本当は答えがないのだ。そして子供をもつかどうか、子供が生まれるかどうかは、個人の意志(のように見えるが)、個人の意志には関係ないと私は思っている(この話は今年の2月のブログに書いた)。だから、誰も自分の意志で子供を産んではいない。ノン・デュアル系の教えの伝家の宝刀を抜けば、「すべては神の意志」(笑)――ただそう起こった――である。

しかし、そう答えてしまえば、身も蓋もないし、相対的レベルでは様々な理解な仕方があるとは思う。なので、今日は私が人間関係、特に親しい人間関係について思っていることを書いてみよう。

親しい人間関係(親子関係や夫婦関係)、それは進化を促進するための学習機能だというのが私の理解である。

私たちはお互いを通じて学び合う――それが親しい人間関係の意味だと、私はそう理解している。

私には子供はいないが、20代の頃、自分の両親と折り合いが悪かったときに、親子関係とは何なのかということをイヤというほど考えたものだ。
 
私は子供の頃はいわゆる「いい子」だった。そして私の両親もいわゆる典型的な日本の「いい親」――子供のためなら、自分のことは何でも犠牲にできるタイプの親――だった。
 
 だから、私は考えたものだった。「どうしてよい親とよい子供がお互いにこんなにケンカをしなければいけないのか?」
 
最初は私は、それは考え方・価値観の違いが問題なのだと思ったものだ。

私の両親は非常に保守的な考え・価値観の持ち主で、「子供は親の言うことを聞くべきで、何をするにも親の許可がいる」と強固に信じていた。  子供の頃はそういう親の考え・価値観をよく知らなかったが、大人になって、私(と私の姉妹たち)が自分のしたいことを勝手にやり始めたときに、双方の価値観・考えの違いが非常に鮮明になって、私は驚愕した。

私は子供の頃から「すべての人間は平等で、少なくとも大人になったら、自分のしたいことを自由にする権
利がある」とぼんやりと信じていた。

戦前の男尊女卑、家父長制度を強烈に信じていた私の父は、私の考えを聞くと、いつもこう言ったものだ。

「だから、戦後の教育が間違っていたのだ」

父に言わせれば、親の言うことを聞かなくなった私や私の姉妹は、全員が戦後教育の間違いの結果(笑)ということで、私は戦争や教育に関して激しく父親と口論したものだ。

この頃は、両親と私はお互いに相手の価値観や生き方を激しく否定し合い、そのせいで、関係は悪化するばかりで、私は本当に親子の縁を切りたいと思ったくらいだった。

それから私がスピリチュアルなことを学び始めたとき、ようやく私は人間の価値観・考え方には絶対に正しい価値観・考えはなく、だから自分の価値観・考えの絶対的正しさを主張することが愚かしいのだとしだいに理解するようになった。

そして、30代になって自分の人生に余裕ができたときようやく、両親のことを両親の立場に立って考えることができるようになり、彼らの保守的な考えや生き方も受け入れられるようになり、お互いの溝が少しずつ埋まっていたというわけだ。

だからといって、両親も私も自分の価値観・考えを変えたわけではなかったが、お互いが非常に違った価値観と考えをもっていることをしだいに許容しただけだった。

親子関係にかぎらないが、人間関係を悪化させる要因は、突き詰めていけば、一つである。それは人間関係についての自分の想定や思い込みや執着、つまり、「親はこうであるべきだ」、「子供はこうであるべきだ」、「何で私の親(子供)はこうなのか?」といった自分の側の想定や期待だ。
 
人間関係においては「想定・期待」はほとんどその反対に働く。

私自身が両親に非常に期待されていた。「期待」というのは非常に重く感じられ、そうするとますますその「期待」とは反対のほうへ行こうとする力学が働くようだ。

20代の頃、私は激しく思ったものだ。「親が期待するような人間には絶対にならない」(笑)

もし皆さんが自分の親しい人間関係で悩んでいるとしたら、自分がその人間関係にもっている期待・想定・執着を見ることをお勧めする。そして、「どうしてこんな親(子供・夫・妻)なんだ?」という「なぜ」の疑問がわくとしたら、それは自分の期待・執着を表している。

そこから出発し、想定・期待・執着を手放し、相手をあるがままに受容し、最終的には「まさにこれが私に必要なピッタリの親(子供・夫・妻)なんだ」という納得・理解へ至れば、自分の人生に子供や親、妻や夫がいることをありがたく思うことだろう。

今では私は自分の両親を非常に敬愛している。彼らは親不幸だった私にたくさんの援助をしてくれただけでなく、私には欠けているたくさんの美点をもち、たくさんのことを教えてくれた。そして両親にしても、おそらく変わった子供をもってしまったことで、色々と考える羽目になり、それは彼らにもよかったことだと思っている。

今、私はたいていのときは母親にやさしいが、でも時々耳が悪い母が何度も同じことを言ったり、老人特有のわがままや頑固さを示すと、思わず声を荒げることがある。そして思うのだ。「ああ、子育て中の母親も、自分の子供が言うことを聞かないときは、きっとこんなイライラした気持になるんだ」と。だから、今でも私は学んでいる。

以上、ご質問者の方の参考になったかどうかわからないが、親子関係に関する私の経験を述べてみた。
 
要約すれば、「人間にとって子供が生まれること、そして育てることの意味とは、進化するための学習のため」というのが私の結論である。  


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