ニサルガダッタ・マハラジの教え(6)Prior to Consciousness2017年12月10日 07時13分33秒

今回は、ニサルガダッタ・マハラジの教えについてではなく、彼がどんなグルだったのかを書いてみよう。

もちろん私はマハラジにお会いしたことがないので、私がこれから書くことは、本による印象、ラメッシ・バルセカール、セイラ―・ボブなどの弟子たちの言葉、マハラジのサットサンを撮影したDVD, そしてインターネット上の情報などから得たことから、私なりに感じたことだ。

まず、マハラジはグルとしては非常に厳しい人で、いい加減な態度や気持ちで自分のサットサン(真理と交わる場くらいの意味)に来るのを許さないという雰囲気がある。セイラ―・ボブによれば、彼はそういった人たちを自分のサットサンから追い出したとある。

「厳しい」というのは、「何をするべきか、何をするべきでないか」という行為に関してではなく、真理を探究する態度とその動機に関してである。

人々は様々な動機で彼のサットサンにやって来る。すべての人々の動機が純粋な霊的探求のためというわけではなく、マハラジから単に霊的知識が欲しい人もいれば、恩寵を望むだけの人もいる。また自分の知識をマハラジに認めてもらいたいために来る人もいれば、グルになるための秘訣を学びに来る(笑)人もいる。もちろんマハラジが真面目に相手をするのは、ただ「私とは何か」の究極の真理を熱心に探究する人たちだけだ。

彼は鋭い眼力によって、人々がどういう動機で自分のところへ来ているのかを見抜き、時には皮肉を言ったり、からかったり、様々な対応している。

アイアムザット私は在る」(ナチュラルスピリット発行)の頃は、マハラジもまだ元気だったせいか、マハラジに議論をふっかける人もいて、彼もそれなりに応えていた印象があるが、Prior to Consciousness(意識以前――仮称)では、もうマハラジは議論をするだけの体力がなく、「自分の話がわからないなら、家へ帰ってバジャン(神に捧げる賛歌)をやりなさい」  とか、「もうここへ来るべきではない」とただ言うだけである。
 
マハラジは、「自分の話はすべての宿題をやり終えた人たち向けのもので、霊的初心者のためのものではない」と言う。では彼が言う「宿題」とは何か?

それは私が思うに、「宿題をやり終えている」とは、肉体・感情・思考との一体化の解除がある程度進み、エゴ的な執着がかなりなくなっていることだ。

マハラジのところへ、霊的パワーや悟りを求めて来るのさえ間違った動機である。なぜなら、彼はそういったものを提供しないからだ。彼が提供しているのは、「人がいつかそうなるべき状態」ではなく、「人が今そう在る状態」、究極の現実が何なのかという科学的分析である。

さて、今皆さんは、パソコンかスマートフォン(タブレット)でこの文章を読んでいる(見ている)はずである。マハラジの問いを使って、この状況に関して質問してみれば、「何があるゆえに、あなたは自分の世界を認識することが(見ることが)できるのか?」となる。

ここで「目」と答えた人は、「ブー(×)」(笑)です。

そして、マハラジが鋭いところは、マハラジは仮にその人が観念的に自分の質問に正しく答えても(本からの知識を知っていれば、マハラジの問いに知的には正しく答えることは可能である)、その人がその瞬間に本当に自分が答えていることを直観していない場合には、その正しい答えさえも否定するところである。

私が感じるに、マハラジのスタイルはトニー・パーソンズなどと同様に、方法論としては「否定」の道で、そこは弟子であるラメッシとはかなり違うところだと思う。

ラメッシ・バルセカール、ダグラス・ハーディングはどちらかというと「肯定」の方法論である。つまり、彼らは質問者の観点や考え、議論をほとんど否定しない。たぶん、それは観点や考えはたいして重要でなく、どう展開しても、議論や観点、考えが言葉なき認識へ導くわけではないと知っているからだ。それに彼らにはどんな観点や議論も強制終了させることができる伝家の宝刀がある。

ダグラスの場合は、実験があり、ラメッシの場合は、「すべては神の意志」という観念がある。

実はマハラジにも宝刀があるのだが、本書Prior to Consciousnessの中ではほとんど使っていない。それはあらゆる質問に対して、「誰がそれを尋ねているのか?」  という質問で答えることだ。

ラメッシの説明によれば、ほとんどの人が自分の質問に対してマハラジが「誰がそれを尋ねているのか?」 という質問で切り返すとき、マハラジが自分の質問に答えることを避けているという誤解を与えたということである。

私の理解によれば、「誰がそれを尋ねているのか?」という質問の意図は、質問者を質問より以前にある自分の本質へと退却させることだが、ほとんどの場合は、「尋ねているのは私です」→「ではその私とはか?」→「わかりません。だからお尋ねしているのです」みたいな新たな議論に発展してしまいがちで、議論から直観へというマハラジの意図がほとんど伝わらない。
 
Prior to Consciousnessはマハラジの末期癌の影響のせいもあって、明るい雰囲気の本ではない。彼は死にたいと言う言葉は使わないが、自分は早くこのすべてを処分したいと何度か本書の中でももらしている。ただ、読者はそれを「厭世」の勧めのように読むべきではないと私は思う。彼は決して厭世的な人ではなかったと思うし、家庭生活と仕事と霊性を自分のできるかぎり精一杯やり尽くした人だ。

私のなんとなくの印象で言えば、彼は昭和の頑固オヤジのような感じで、厳しいけど、素朴でまっとうで、いざというときには、心優しく、頼りになる近所のタバコ屋のオヤジである。

ラメッシによれば、マハラジはサットサン以外の普段のときは平凡な話し方をする人だったそうで、マハラジ自身、なぜこんな奥深い言葉が自分から出て来るのかわからないと驚いている。彼の知識は本から得たものではなく、すべて直観と経験から出てきたものであり、それにもかかわらずどんな学者やインテリもかなわないくらいの奥深さであることは本当に驚くべきことだ。本の中では彼が、自分のところへやって来る学者系の人たちをからかって遊んでいるところがある。

そして私が彼を非常に敬愛するもう一つの理由は、インドにあって、霊的経験やパワー、名声を売り物にしてグル・ビジネス(弟子や信者、お金をたくさん集めるビジネス)をしなかった希有な人だったからだ。

マハラジは本書Prior to Consciousnessが将来大勢の人たちに読まれることを、1981年の時点ですでに予言している。本としても厳しい本だと思うが、熱心に読まれれば、熱心な探求者たちに役立つだろうと私もそう信じている。

以上、6回にわたって、ニサルガダッタ・マハラジのPrior to Consciousnessについて簡単に解説してきた。

諸事情で完成・発行が大変遅れてしまい、お待ちいただいている皆様には大変に申し訳なく思っています。本書の発売が正式に決まりましたら、改めてお知らせします。

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子供をもつ意味2017年11月30日 16時24分33秒

  (ニサルガダッタ・マハラジの話は、次回にあと一回書きます)
 
 先日のご質問について

先日高木さんの書籍を購入いたしました、ストーン瀬戸物(←これで本名わかりますかね?笑)です。
 高木さんにお聞きしたいことがありコメント欄に書かせていただきました。
 
以前のブログで池田晶子さんの名前をはじめて知り、まだ二冊しか読んでいませんが、どなたかのブログに池田晶子さんが子供を作ることについて、ある書物で書いていて引用され掲載しています。

>親とは自身の否定性を乗り越えるためにこそ、あえて子という否定性を産み出すのである。これが、子作りとは精神の自己克服であるという、荒唐無稽な説である。

http://yoshi-imajuku.m.blog.jp/article/1044544682?guid=ON

この方のブログが読めれば全文が読めるのですが、高木さんは子供を作ることについて、子供ができることについて、どのように考えていらっしゃるのか聞いてみたい、と衝動的に書き込みしてしまいました。
 
高木さんの紙の書物は全部読みましたが、電子書物ではもしかしたら書いている内容かもしれません。楽しいお金3での幸せ父さん・幸せ母さんはわかっていますが、私が自分の子供のことで色々あるもので、何かの機会があればブログに高木さんの考えを書いていただけると、池田晶子さん以外の言葉を聞きたい、と思い、学ばせていただきたく質問いたしました。」

人はなぜ子供を産むのか? 実はその問いには根本的な答えがない。そもそも、子供を産むことにかぎらず、人の人生にまつわる「なぜ」には本当は答えがないのだ。そして子供をもつかどうか、子供が生まれるかどうかは、個人の意志(のように見えるが)、個人の意志には関係ないと私は思っている(この話は今年の2月のブログに書いた)。だから、誰も自分の意志で子供を産んではいない。ノン・デュアル系の教えの伝家の宝刀を抜けば、「すべては神の意志」(笑)――ただそう起こった――である。

しかし、そう答えてしまえば、身も蓋もないし、相対的レベルでは様々な理解な仕方があるとは思う。なので、今日は私が人間関係、特に親しい人間関係について思っていることを書いてみよう。

親しい人間関係(親子関係や夫婦関係)、それは進化を促進するための学習機能だというのが私の理解である。

私たちはお互いを通じて学び合う――それが親しい人間関係の意味だと、私はそう理解している。

私には子供はいないが、20代の頃、自分の両親と折り合いが悪かったときに、親子関係とは何なのかということをイヤというほど考えたものだ。
 
私は子供の頃はいわゆる「いい子」だった。そして私の両親もいわゆる典型的な日本の「いい親」――子供のためなら、自分のことは何でも犠牲にできるタイプの親――だった。
 
 だから、私は考えたものだった。「どうしてよい親とよい子供がお互いにこんなにケンカをしなければいけないのか?」
 
最初は私は、それは考え方・価値観の違いが問題なのだと思ったものだ。

私の両親は非常に保守的な考え・価値観の持ち主で、「子供は親の言うことを聞くべきで、何をするにも親の許可がいる」と強固に信じていた。  子供の頃はそういう親の考え・価値観をよく知らなかったが、大人になって、私(と私の姉妹たち)が自分のしたいことを勝手にやり始めたときに、双方の価値観・考えの違いが非常に鮮明になって、私は驚愕した。

私は子供の頃から「すべての人間は平等で、少なくとも大人になったら、自分のしたいことを自由にする権
利がある」とぼんやりと信じていた。

戦前の男尊女卑、家父長制度を強烈に信じていた私の父は、私の考えを聞くと、いつもこう言ったものだ。

「だから、戦後の教育が間違っていたのだ」

父に言わせれば、親の言うことを聞かなくなった私や私の姉妹は、全員が戦後教育の間違いの結果(笑)ということで、私は戦争や教育に関して激しく父親と口論したものだ。

この頃は、両親と私はお互いに相手の価値観や生き方を激しく否定し合い、そのせいで、関係は悪化するばかりで、私は本当に親子の縁を切りたいと思ったくらいだった。

それから私がスピリチュアルなことを学び始めたとき、ようやく私は人間の価値観・考え方には絶対に正しい価値観・考えはなく、だから自分の価値観・考えの絶対的正しさを主張することが愚かしいのだとしだいに理解するようになった。

そして、30代になって自分の人生に余裕ができたときようやく、両親のことを両親の立場に立って考えることができるようになり、彼らの保守的な考えや生き方も受け入れられるようになり、お互いの溝が少しずつ埋まっていたというわけだ。

だからといって、両親も私も自分の価値観・考えを変えたわけではなかったが、お互いが非常に違った価値観と考えをもっていることをしだいに許容しただけだった。

親子関係にかぎらないが、人間関係を悪化させる要因は、突き詰めていけば、一つである。それは人間関係についての自分の想定や思い込みや執着、つまり、「親はこうであるべきだ」、「子供はこうであるべきだ」、「何で私の親(子供)はこうなのか?」といった自分の側の想定や期待だ。
 
人間関係においては「想定・期待」はほとんどその反対に働く。

私自身が両親に非常に期待されていた。「期待」というのは非常に重く感じられ、そうするとますますその「期待」とは反対のほうへ行こうとする力学が働くようだ。

20代の頃、私は激しく思ったものだ。「親が期待するような人間には絶対にならない」(笑)

もし皆さんが自分の親しい人間関係で悩んでいるとしたら、自分がその人間関係にもっている期待・想定・執着を見ることをお勧めする。そして、「どうしてこんな親(子供・夫・妻)なんだ?」という「なぜ」の疑問がわくとしたら、それは自分の期待・執着を表している。

そこから出発し、想定・期待・執着を手放し、相手をあるがままに受容し、最終的には「まさにこれが私に必要なピッタリの親(子供・夫・妻)なんだ」という納得・理解へ至れば、自分の人生に子供や親、妻や夫がいることをありがたく思うことだろう。

今では私は自分の両親を非常に敬愛している。彼らは親不幸だった私にたくさんの援助をしてくれただけでなく、私には欠けているたくさんの美点をもち、たくさんのことを教えてくれた。そして両親にしても、おそらく変わった子供をもってしまったことで、色々と考える羽目になり、それは彼らにもよかったことだと思っている。

今、私はたいていのときは母親にやさしいが、でも時々耳が悪い母が何度も同じことを言ったり、老人特有のわがままや頑固さを示すと、思わず声を荒げることがある。そして思うのだ。「ああ、子育て中の母親も、自分の子供が言うことを聞かないときは、きっとこんなイライラした気持になるんだ」と。だから、今でも私は学んでいる。

以上、ご質問者の方の参考になったかどうかわからないが、親子関係に関する私の経験を述べてみた。
 
要約すれば、「人間にとって子供が生まれること、そして育てることの意味とは、進化するための学習のため」というのが私の結論である。  


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パリの空の下で2017年11月25日 11時16分54秒

 先日パリで、ダグラス・ハーディング死去10周年の記念イベントがあり、参加してきた。

日本で言えば、十回忌の法要のような感じで、ダグラス・ハーディングと「頭のないヴィジョン」を愛する人たちが世界中から集まり、彼を偲び、思い出を語り合い、そして実験を楽しんだ。
 
キャサリン(ダグラス・ハーディングのフランス人の奥さん――現在85歳)は、このイベントの少し前に心臓の病気で入院していたそうであるが、当日は看護師の娘さんに付き添われて元気に姿を現した。

「あなたをはじめ、遠い所から来る人たちのために、元気になってどうしても来たいと思ったの」 と彼女に言われて、涙が出た。

キャサリンは 「頭のないヴィジョン」のコミュ二ティの母親のような人で、彼女がいるだけで場がなごやかになり、温かい空気になる、そんな人だ。今回は、私も含めて彼女に会いに来た人は多かったと思う。

二日間の間、キャサリン、リチャード・ラングをはじめイギリス、フランス、オランダなどから来た約10人くらいの人たちがそれぞれ思い思いにダグラス・ハーディングと「頭のないヴィジョン」についてスピーチや実験をおこなった。

キャサリンから「あなたも何かしゃべって」 と頼まれて、私のそのスピーカーの一人になってしまい、簡単なスピーチをし、一人用紙袋の実験をやり、余興に歌を歌った。

一人用紙袋の実験道具は日本オリジナルなもので、これを「頭のないヴィジョン」を愛している外国人にプレゼントすると、とても喜ばれる。

当日は、私の下手な英語のスピーチを長々やるより、短い実験をやるほうがいいだろうと思い、「日本の技術でこの道具を作りました」と冗談を言って、この道具を使ったほんの5分程度の実験を全員でやった。

そして最後に調子にのって英語の歌まで歌ったのは、一日の夕方の時間帯で、みんなが少し疲れている頃なので、何か変わったことをやると疲労が吹き飛ぶのではと思いついたからだ。

それにちょっとキャサリンを驚かせ、喜ばせたいとも思ったからだ。
 
一般的には静かで内向的だと思われている日本人が、突然Let it be とAmazing Grace を「頭がないヴィジョン」ヴァージョンで歌ったので、会場の皆さんはたぶんちょっと驚いたようだが、それでも終わったあと皆さんからとても温かい言葉をいただき、キャサリンもとても喜んでくれた。

たぶん、こんな大勢の外国人の前で英語の歌を歌うなどということは、人生でこれが最初で最後だろうし、ここは「顔のない世界」なので、恥もどこかへふっとんだ――でも夜、ホテルへ戻ったあと、思い出したら少し恥ずかしくなったけど。

さて、パリ――ダグラスのおかげで、何度もこの街を訪れる機会を得た。前回訪れたすぐあとで大きなテロがあり、一時は観光客の減少も伝えられたが、今はまた普通にどこも混んでいる。この寒空なのにパリのカフェでは、店の外で食事をしている人たちも多く、その根性(笑)に驚いた。

今回は、ワークショップの前後の日に、パリの動物園へ行ったり、少しだけ街歩きをしたりした。セーヌ川のあたりを散歩するたびに、パリに絵を描きにやって来る人たちの気持ちがなんとなく理解できる。何か絵心が刺激される風景なのだ。
 
帰りの飛行機の中では、ワークショップの会場で買い求めたキャサリンの伝記を読み始めた。その本はオランダ人の女性がキャサリンにインタヴューしてまとめ、昨年出版されたもので、その著者の方も今回のワークショップに来ていたので、色々とお話をすることもできた。

今ちょうど、ダグラスと出会うあたりを読んでいて、なかなか興味深い。彼女が59歳のとき、81歳のダグラスと出会って恋に落ち、イギリスへ行く決心をしたとき、彼女の5人の子供たちは反対したそうだ。そのとき彼女が自分の子供たちに何と言ったかというと――「私はこの恋を生きる権利があるの」――さすが恋愛の国フランスの女性の言葉だと思った。


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ニサルガダッタ・マハラジの教え(5)Prior to Consciousness2017年11月05日 08時49分37秒

今回は、もう一度マハラジの教えの概念を、説明してみよう。

Prior to Consciousness(意識以前―仮称)の中では、knowledge(知識)、knowingness(知ること)という単語が非常によく出てくる。  マハラジの言う knowledge (知識)の意味は、現象界のあれこれについて色々と知っているという意味での「知識」ではなく、「私は在る」ことを「知る・気づく」という意味だ。

同じように、マハラジの用語で「無知」とは、現象界の物事についての知識がないという意味ではなく、「私は在る」ことに気づかず、自分を1個の肉体・マインドとして一体化している状態を指す。  

1「私は1個の肉体・マインド である」 →無知

2「私は存在である」(I Am=私は在る=意識の状態)→知識

3「私は非存在(非現象)である」(絶対の状態)→無知と知識の両方の超越
 
私たちは普通、鏡の中に映る人間ヴァージョンの自分が、自分の中心にもいると思い、自分は1個の人間だと思い込みそれとだけ一体化する。それがマハラジの教えでは「無知」と呼ばれている。

それから、「私は在る」に気づく(知る)ようになると、それがマハラジの用語では『知識』の状態、意識の状態(上記2の状態)である――それはただ「在る」という感覚であり、単純に存在しているという感覚だ。「ああ、私は在る」と知る瞬間に世界(現象)も同時にある。

私たちがどんな現象世界を体験(五感の体験)しても、それは非現象である絶対が全現象として顕現しているということである――それがマハラジの言う「意識の状態」である。

皆さんが今の瞬間、何を見て、何を感じて、何を聞いていても、それすべてが顕現した意識であり、自分が1個の肉体ではなく、顕現している意識全体であると気づく―知っている、それが意識の状態、「私は在る」の状態である。

実はこれは特に理解は難しくはない。目を閉じて、静かにしているとき、(熟睡でもしていないかぎり)私たちは感覚を感じる――音や何かと接触している感覚、肉体のような感覚――それが「私は在る」感覚、「私が在る」ことに気づいている・知っている状態、マハラジが言うところの「知識」である。

ここで皆さんがよく言うことは、「その話は、知的には理解できます。でも私は自分が1個の肉体であるという感覚を強く感じます」  とことだ。

もちろん、肉体感覚を感じるはずである。しかし、ここでの誤解は、その感覚に記憶から個人的所有代名詞をつけることだ――たとえば、「これは『シンプル堂』と呼ばれている人間物体の感覚だ」みたいな。もし記憶が作動しなければ、それはただ湧き起こっている感覚にすぎない。それを自分の所有物として「にぎりしめる」のが、誤解である。

感情や思考についても同様である。一日中様々な思考・感情がわいては消える。それを捕まえて握りしめなければ、それらはただ来ては行き過ぎるだけである。

私たちが五感で感じる世界は非現象である絶対が顕現した意識の運動で、「私はこれでもなく、あれでもなく、顕現した意識全体である」、というのが上記の2の理解である。
 
そして、「私は在る」と知ること、その経験以前に何があったのか、その経験以前「私とは何であるのか?」、その経験が起こる土台は何か? それがPrior to Consciousness(意識以前―仮称)のテーマであり、言葉で語り得ない世界を、それでもマハラジは末期癌の苦痛の中で最後の力を振り絞って語っている。

言葉で語れば、難解だが、もしダグラス・ハーディングの実験の意味がわかれば、シンプルなことだ。

指さし実験で自分が見ている世界の様々な対象物を指さす。何を指さしても、一つ一つの物は見かけ分離して見えるが、実際は顕現した意識の運動を私たちは指さしている。自分の思考・感情・感覚に気づくときは、それもまた顕現した意識の運動である。

では主体を指さしたら、何が見えるのか? ダグラス・ハーディングの問いとは、物体を認識している主体は、物体(現象)だろうか? というものだ。もし主体が色を認識するなら、主体には色がない、音を認識するなら、主体には音がない、感覚を認識するなら、主体には感覚がない、つまり、主体が物体ではなく、色・形・音・感覚・思考・感情などという属性がないからこそ、色・形・音・感覚・思考・感情などを認識できるのではないか?というのが彼の問いで、実験はそれを自分で実証するためのものである。

そして、ここが肝心なところだが、上記の2の意識の状態と3の非現象である絶対は分離してはいないということだ。

マハラジはその絶対への理解を導く修行として、退却して、「ただ静かに在る」ことだけを勧めている。ここで「退却」とはどういう意味かと言えば、

物質・思考・感情世界から退却して→「私は在る」という状態へ→さらに退却して→絶対へ。

すると、たぶんこういう質問が出てくるはずである。

「そんなふうに退却したら、私の仕事や生活はどうなりますか?」

「ただ在ること」や実験を長時間やる必要はなく、歩いているときでも、電車の中でも、朝起きたときや夜寝る前の5分間でもやることができる。

マハラジは「戦争の最中でも『自分とは何か』を発見することはでき、場所は無関係だ」と言っている。慣れれば、仕事中でも、人と話しているときでも、家事をしていても、「退却」することはできる。

前日の会で「退却する瞑想」(と私がそう名付けた瞑想)をご紹介して、ほんの短い時間参加者の皆さんとやってみた。簡単で誰にでもできる瞑想なので、お勧めします――眼精疲労にも効きます(笑)
 
 (緊張しないで、リラックスしてやることが肝心です)


*自分の頭や顔があると思われている場所を指さす。

*向こうに物質的対象物である、指を見る。

*指が指さしている主体(それは物体だろうか?)、一番自分側を見る。

*そのまま目を閉じ、指はおろし、目を閉じた状態で自分側を見続ける。 

 
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無邪気な子供たちの遊び2017年10月26日 14時19分21秒

 マハラジがPrior to Consciousness の中で 「こういう対話は娯楽だ」と言っているところがある。

インドの非二元系の教えでは、世界は神(「私」)の壮大なリーラ(遊び)であり、究極的には善悪がない。神というものが堅苦しいキリスト教の世界観よりも、どちらかというとインド的な考え方のほうが私は気楽で好きである。

その観点から見れば、私たちのする(というより、私たちがさせられている)あらゆることが娯楽である。世界にはあらゆる娯楽があり、あらゆる人にはその人なりの娯楽があり、仕事や政治という堅苦しいものさえ娯楽だ。

マハラジの教えの話も少し書き飽きた(次回にまた継続します)ので、先日、衆院選があったおりなので、本日は、政治という娯楽に話をふってみようと思う。
 
私は時間があると、語学の勉強のために子供(小学生以前)向けの海外アニメをよく見ている。最近、よく見ているいくつかのアニメを見ていて、気づいたことがある。子供たち(多くのアニメでは、なぜか動物が人間のようになっている)は非常に競争好きだということだ。

何人かの子供たちがいると、すぐに走り出し、「あそこまで誰が一番早く行けるか競争しよう」と言う。そして一番になった子供は、無邪気に「僕(私)が勝った、勝った!」大大喜びする。負けた子供たちはちょっとはがっかりするが、でも負けた子供たちが勝った子供を恨んだりすることもなく、子供たちはそのあとみんなで仲良くまた一緒に遊ぶという具合だ。

それから子供たちの大好きなことがごっこ遊びだ――戦争ごっこ、有能な大人ごっこ、自分が何でも一番よくできるという思い込みごっこ。

また欲しいものがあると、「僕、これが欲しいよ!欲しいよ!」  と大声で泣き叫けぶ。そして気に入らなかったり、飽きたりすると、すぐにポイ捨する。

子供だと思えば、その天真爛漫さをほほえましく感じるものだ。

こんな話が、政治とどう関係があるかというと、政治家の人たちを見て、政治家の人たちも子供向けアニメの中の無邪気な子供たちのようなものかもしれないと、最近ふとそういう考えが思い浮かんだのだ。

彼らは親(彼らの娯楽費用は国民の税金なので、この場合の「親」とは国民のことだ)の苦労も知らずに、自分たちの娯楽に無邪気に熱中する子供のように見える。

彼らはイヤになるとすぐにオモチャ(党))をポイ捨てしたり、壊したり、作ったり、国会議員であることが飽きれば、任期途中でその職をポイ捨てし、知事に立候補したり、市長の職をポイ捨し、他の選挙に出たりと、
自分や自分の党が選挙で多くの人たちに選ばれたという自覚や、政党維持費、選挙費用、自分の給料が親(国民)のお金(税金)から出ているという自覚が非常に希薄に見える――彼らのやることは子供のごっこ遊びと同じくらい軽い。

政治家は競争(選挙)が大好きで、当選したときの万歳は子供アニメの、「僕が勝った、僕が勝った」の叫びと同じである。

もし親の資産を全部使い果たして、遊ぶお金がなくなったら、子供たちは無邪気にこう言えばいい。「消費税を20%にすればいいさ!」  しかし、そのとき親(国民)がもう老いて働けなくなり、税金も払えない状況になれば、「ああ、こんな老いた親なんて、いらない!」と呑気に叫ぶかもしれない。

子供向けアニメの中では、親の苦労はまったく描かれず、親たちは非常に子供に寛容で、物わかりがよく、滅多に叱らず、ほとんど子供のしたいことをさせてやり、ときには自分も一緒になって遊んでいる。

さて、現実の親(国民)は子供(政治家)たちをどう思っているかといえば、こっそり悪さをしては隠したり、親のお金を使って、オモチャ(政党)を作ったり、壊したりと、勉強もしないで、どうしようもない遊びを繰り返してばかりいるので、呆れ果ててはいるが、自分の老化が進んで、もう自分のことで精一杯で、子供を叱ったり、指導したりする元気さえないし、子供があんまり色々なオモチャを作っては壊すので、親にはオモチャの名前さえもうなかなか覚えることができない。

「ああ、今度あの子が作ったオモチャの名前は、『立憲希望党』だったかね、それとも『希望民主党』だったかね。あんまり色々なオモチャがゴチャゴチャあって、もうわけがわかんないよ。昔からある、ほら、『自民党』ってオモチャ、なんかあれが一番壊れないで長持ちしていいかもしれないね」てな感じだ。

親(国民)は自分の老化や長時間労働、それに不随する問題に日々振りまわされて、疲れ果てている。しかし、子供たち(政治家)は忙しい公務の合間に不倫をしたり、秘書に暴力を振るったり、都知事と全国政党の代表を兼ねたり、信じられないくらい超元気一杯だ――彼らは走り回る体力だけはあるのだ―子供なので。

政治を無邪気な子供たちの娯楽だと思えば、たまに政治を眺めるのは楽しい。今回の遊び(衆院選)では、北朝鮮を利用して危機をあおり(本当に危機感があるなら、選挙なんてやっている余裕がないはずだ)、自分の不祥事隠しのために国税6百億円を浪費して、選挙をしかけたずる賢い(安倍)晋三ちゃん(彼の中に立派に政治遺伝子がある証拠だ)、自らの策と野心に溺れた(小池)百合子ちゃん、百合子ちゃんのミスで思わぬ支援と共感を拾って復活した(枝野) 幸男ちゃん、代表になりながら、あっさり仕事を放棄した情けない(前原)誠司ちゃんなど、それぞれのプレイヤーの運命が興味深かった。前原誠司氏を皮肉った10月1日付け朝日新聞の天声人語は笑えた。

「心ある経営者ならば、倒産のふちで真っ先に思い浮かぶのは従業員の今後であろう。それぞれに家族があり、暮らしがある。失業の憂き目にはあわせたくない。民進党代表の前原誠司氏の心象風景もそんな感じだったのか―残念だが、この会社には未来はない。おれが話をするから上り調子の新興企業のあの社長にみんな拾ってもらえ。いいか、わが社の理念はいったん忘れて、あの方の言うことをよく聞くんだぞ―いい話である。これが政党でなければ。後略」(10月1日朝日新聞「天声人語」より)

あの方(小池東京都知事)のオモチャ(政党)は、あの方の戦略ミスで、このコラムが掲載されてすぐに急激に下がり調子になり、選挙にも勝てず、彼女の究極の野心(日本で初めての女性首相という地位)もあやうい状況である。あの方に希望はあるのか……あの方がこれから数年間忍耐して、東京都民のために印象に残るような親孝行ができれば、希望も残ろうというものだ。

子供たちの世界ではケンカも失敗も不祥事も失言もたいして深刻ではない。ケンカしてもすぐに仲直りする。今日ケンカした子とも、次の瞬間にはまた一緒になって遊ぶ。それが子供たちのいいところだ。政治家もたぶん似たようなものだ。今日敵だった人とも、明日は友人になって同じ党にいたりする。前にも書いたけど、彼らの世界では、「昨日の友は今日の敵、今日の敵は明日の友」が基本ルールで、このルールに耐えられる人たちだけが政治家を続けられる。百合子ちゃんも、希望を捨てずに頑張って!


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*2017年10月28日(土曜日)「私とは本当に何かを見る会」(大阪府茨木市)
*2017年10月29日(日曜日)「ラメッシ/マハラジの教えと『気づき』について学ぶ会」(大阪府茨木市)


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ニサルガダッタ・マハラジの教え(4)Prior to Consciousness2017年10月14日 08時25分44秒

今回は、マハラジの教えから少し離れて、私がいつも感じている非二元系の教えにおける言語の問題について言及してみよう。

あるとき、ハーディングの実験の会に来た人から下記のような質問されたことがある。

「たとえば、『自分を見てください』と言うとき、その言葉自体が他者とは違う『自分』がいることを想定しているのではありませんか?」

つまり、この質問の意図は、ハーディングの実験の目的が、私の本質という自他の区別のない一元的世界の認識であるのに、その認識を導くために使われる言葉が、そもそも二元的であるのは矛盾ではないか? という意味だと、私は理解した。

矛盾している――まったくその通りである。同様に、「『自分の』足を見てください」とか「『自分の』手を見てください」というときも、私たちは明らかに「自分の」手足と「他人」を手足を区別して、「他人の」手や足ではなく、「自分の」足や手を見る。

この根本的矛盾の原因は、「自分」「私」という言葉、  英語でいう、me, I の言葉の問題である。

前回と前々回のマハラジの教えのところで、マハラジの教えるにおける「私」の定義について次のように説明した。
 
1「私は1個の肉体・マインド である」
2「私は存在である」(I Am=私は在る=意識の状態)
3「私は非存在(非現象)である」(絶対の状態)

普通、二元世界で「私」と言えば、それは明らかに肉体の私(鏡の中で見たり、他人から見られた人間物体)のことである。二元世界では、「私」は明らかに一貫して肉体の「私」のことで、お互いにその暗黙の了解の元で会話するので、少なくとも「自分、私」に関しては、矛盾がない。

しかし、賢者の方々が、「私」と言うとき、あるときは、個人的肉体的「私」のことであり、あるときは、意識の「私」であり、あるときは絶対の「私」であり、という具合に、話している途中でも自由に「私」の定義が変わるのである。
 
彼らは話す前にこれから言及する「私」がどの「私」なのかいちいち言ったりしないが、言ってくれたら、翻訳する側としては助かる(笑)と思うことがよくある。
 
たとえば、賢者の方々のよくある発言を例にとって、分類してみれば、

*「私」が子供だった頃  →肉体の「私」と一体化
*「私」は意識全体であり、世界である。→顕現した意識としての「私」と一体化
*「私」は生も死も超越している→意識が顕現する前の絶対としての「私」と一体化

私が知る限り、マハラジもダグラスもラメッシも、話の途中で、個人的思い出――「私が子供だった頃」というような――を語ることがあり、そのときは明らかに彼らは肉体の「私」と一体化している。

ラメッシは、「賢者であっても、『マハラジ、ラマナ』などと、自分の名前を呼びかけられれば、普通に返事をするもので、それはつまり、そのときは彼らが個人的自己と一体化しているという意味だ」と、言っている。
 
最初の実験を指示する言葉についての質問に戻ろう。

「自分を見てください」という実験の指示は、それは明らかに一人ひとりの肉体が違うことを想定している発言である。つまり、一元的世界の認識へと導く実験も、二元世界から出発せざるをえない。ダグラス・ハーディングの実験を小難しく言えば、対象世界(二元世界)から主体世界(一元的本質)への移動であり、言語や自分の肉体という二元世界の道具を使って移動する(ダグラスが好きな言葉で言えば)「」なのだ。

マハラジの教えにおける「私」の定義で、1の世界は当然、非常に個人的なものだ。そして、あえて、「個人的」という言葉を使えば、上の2、顕現した意識の「私」も超絶的に個人的である。「非個人的」という言葉が強調されるせいか、意識の「私」は自分が対象物として見る人たちとは、全然違う世界に住んでいるという事実はあまりよく理解されていなように感じる。

私がよく出す例で言えば、たとえすぐ隣に人が座って、似たような風景を眺めているとしても、それぞれの人間物体を通じて展開する意識の世界はまったく個人的な風景(思考や感情世界も含めて)であり、非常にユニークでオリジナルである。それは一元的本質(本質だけがあらゆる人間物体に共通している)上に、繰り広げられる多様な個人的個性的世界である。(ダグラス・ハーディング「存在し、存在しない、それが答えだ」の第6章「平凡な人を抜け出す」を読むことをお勧めしたい)

だから、「個人的」とか「非個人的」という言葉も最終的にはどうでもいいことなのである。言語とは二元的時空間の世界、過去・現在・未来の区別のある世界を描写するための道具であって、本当は一元的世界を描写することにはまったく向いていない。向いていない道具を使って、説明せざるをえないので、言葉上では様々な矛盾が生じ、そういうことを気にする人たちに多大な混乱を与えてしまう。

しかし、実験、瞑想、直観などによって、自分とは何かについて考えるのではなく、見る・認識することができれば、言葉上の混乱も次第に収まるものだと思う。



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ニサルガダッタ・マハラジの教え(3)Prior to Consciousness2017年09月22日 14時40分35秒

 *「私が在る」ときだけ、世界はある。
*非現象である絶対が、「私は在る」という気づき(意識)が起こったとたんに、形として顕現する。
 
今回は、マハラジのこれらの主要な観念について書いてみよう。
 
たとえば、「見る」という単純な行為を例にとってみよう。

常識では、普通次のように想定されている。

「私」(主体=1個の物体)  が、「別の物」(対象物=1個の物体)を、「見る」。

しかし、「果たして、このような分離した三つ組が本当に存在しているのだろうか? むしろ、何かを見るという行為(何かに気づくこと)が起こる瞬間に、物が存在するのではないだろうか?見ている主体は1個の物だろうか?見ている主体とは何か?」というのがマハラジをはじめ、非二元系の賢者の問いだ。

そこで、見られている対象物から、見ている主体に注意を移す(ダグラス・ハーディングの指さし実験を参照)と、そこにいる主体は物体ではなく、単純なる「私は在る」という気づきである。

その「私は在る」の気づきは見られている物と分離しているわけではなく、気づき(意識)=目の前の物質世界である。

マハラジがPrior to Consciousness(意識以前-仮称)の中で強調していることは、「『私が在る』から、世界が在る」、「『私が在る』から、月や太陽が存在する」ということだ。

人間の「私」と違って、『私が在る』の「私」は崇高なのだ。

しかし、Prior to Consciousness(意識以前――仮称)の中では、マハラジの主要なテーマは『私が在る』ではなく、意識が起こる以前の話(だから、原書のタイトルが「意識以前」)で、マハラジは「私は皆さんを絶対へ導こうとしている」と強調している。

マハラジが「私の以前の話はある程度、人々は理解した」と言うとき、たぶんその話とは「私は在る」についての話のことだ。「在る」という話は、理解しやすいし、ある意味で安心感さえ与える。「私は1個の肉体・マインドではなく、意識である」という認識はある種の喜びと平和を与えるものだ。しかし、マハラジは探求者たちが楽しんでいるこの観念さえ、破壊しようとしている。

「私が在る」が起こる前、あなたは何だったのか?これがマハラジの問いである。

ダグラス・ハーディングはマハラジと同じことをもっと文学的に表現豊かに語る。(「顔があるもの顔がないもの」(マホロバアート発行――現在絶版)の五章「存在が自ら生じる神秘」の章を参照のこと)

ダグラス・ハーディングがこの章で格調高く語っていることを、ものすごくくだけて書けば、こんな感じだ。

(自分とは何かに気づいていなかった)「私」が突然に目覚めて、「ああ、私って存在しているじゃん!私は何にもないものでかつすべてなんだ。すごい!」と気づき、自ら驚き喜んでいる、という感じ。

ダグラス・ハーディングは「『在る』ことが変則で、本当は何もないことが常態であるのに、その変則が毎瞬起こっていることが奇跡だ」としばしば語った。彼は存在していることを不思議がっていて、いつも驚いていた。しかし、彼の実験に長年親しんでいる彼の多くの友人たちでさえ、この不思議感と驚きはなかなか共有できないものなのである。

今でも思い出すことがある。パリでダグラスのワークショップがあったときのこと、ワークショップが終わったあと、ダグラスとキャサリンと十数人の人たちが近くのカフェに行き、フランス人の友人たちとキャサリンは久しぶりに再会した喜びで、色々な話で盛り上がっていた。私とダグラスだけがフランス語の会話に参加できないので(ダグラスはフランス語をある程度上手に話すが、どうしても必要な時以外は話さなかった)、片隅に静かに座っていた。そのとき私の目の前に座っていたダグラスが私に気を遣って、突然私に話し始めた。

存在しているということは本当に不思議なことだ。本当は何もあるべきじゃないのに、世界がこうして毎瞬、存在している。本当に本当に不思議で神秘だ。そう思わないかい?」と平凡なカフェの風景を眺めながら、彼はこう切り出した。

彼が存在の不思議さをよく話題にすることは知っていたが、私の中には不思議感というのがまだなかったので、私は肯定も否定もしないで、ただ黙って聞いていた。それからさらに彼は、「君の国の日本で、存在の不思議さについて書いたり、しゃべったりしている人が誰かいるかな?」と私に質問し、そのときはとっさに誰のことも思いつかなかったので、「いいえ、誰もいないと思います」と答えた。あとになってふと、早世された哲学系の文筆家、池田晶子さんの名前が思い浮かび、確か彼女が似たようなことを書いていたかもしれないと思い出した。

ダグラスは、「存在することの不思議感や神秘感」についてよく話題にしたが、しかし、そういう感覚が湧き起こっても起こらなくても、「私とは本当に何かを見る」こと自体にはまったく影響しないし、それは憧れて、目指すべきようなものではないとも言う。彼は子供の頃からそう感じてきたそうで、彼に関してはそれは天性のものだと思う。

私の場合は、長い時間かかってようやく「在ることの不思議さを時々思う」程度にはなったが、普段は特別に不思議感に満たされるというわけでもない。

では、最後に、Prior to Consciousnessで、マハラジが推奨するサーダナ(修行)を紹介してみょう。

*ただ静かに座り、物事の流れを観照する。
*熟睡から目覚めの間にあるものに注目する。
*熟睡→(非個人的)「私は在る」の目覚め→世界の出現→活動の始まり、を注意深く観察する。

熟睡と目覚めた状態の間にあるもの、それは何だろうか? それは言葉がない「私は在る」であり、のちに言葉が流れ始めて」(「意識以前―仮称」より)

*目覚めているときに、自分の注意の向きを逆転させて、思考・マインドから意識へ、意識から絶対へ退却する。マインド・思考→「私は在るという意識」→絶対

あなたが目を閉じたときに見える暗闇、それがグルの恩寵の影だ。それを忘れないように、いつも心に留めておきなさい。グルの恩寵の木陰で休みなさい。あなたがグルの言葉を思い出すたびに、あなたはグルの恩寵の木陰の中にいることになる」(「意識以前―仮称」より)


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ダグラス・ハーディングの新刊「存在し、存在しない、それが答えだ」(ナチュラルスピリット発行 本体価格 2300円)好評発売中

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1部 ヒトにおけるセックスと闘争・暴力の問題について
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ニサルガダッタ・マハラジの教え(2)Prior to Consciousness2017年09月10日 13時50分43秒

 それぞれの賢者、伝道者には独特の用語や表現というものがある。前にも書いたことであるが、それが読者や探求者のマインドを混乱させる大きな原因となりうるものだ。「この点に関してはあの賢者はこう言っていたけど、この賢者は別のことを言っている」  みたいな。

マハラジの本の中では、本の中でさえも言葉上では矛盾が見つかる。それをPrior to Consciousness(意識以前―仮称)の原書編集者も前書きで指摘していて、それはマハラジがいつもそのときの相手にふさわしい言葉を使っているからだ。本書の内容は、大勢の人に向けて一般的に講演したものではなく、あくまでも自分の目の前にいる人に対して、その人にとって必要な言葉が、(マハラジの頭の中で作りあげたものではなく)自然に出てきたものだ。マハラジは「物事は自然に出てくる」という表現をよく使う。
 
マハラジがPrior to Consciousnessの中で、「私を皆さんを最高のレベルへ導こうとしている」と何度も強調しているが、では彼が語るレベル(つまり、探求者がいま現在どの理解にいるかというレベル)とはどんなものか、簡単に紹介しよう。

1「私は1個の肉体・マインド である」
2「私は存在である」(I Am=私は在る=意識の状態)
3「私は非存在(非現象)である」(絶対の状態)
 
本書で、マハラジは1のレベルの話は一切せず、「自分の話は『私は在る』に充分安定した探求者たち向けのものだ」の何度も言っている。

原書編集者が「死ぬ2年前くらいから、肉体・マインドに関する一切の質問を受け付けなくなった」と書いているところから想像すると、それでもそれ以前は肉体・マインドに関する質問にも答えていたようだ。

また彼は「以前の私の話は、ある程度人々は理解したが、自分の現在の話をほとんどの人は理解しない」とも言っているところを見ると、最晩年になるにつれて話のレベルをしだいに上げていった様子もうかがえる。

本書を読むさいに注意すべきことは、本書の中では「意識(Consciousness)」は最終状態を指す言葉ではなく、「絶対が現象として顕現した状態」を指し示す言葉として使われ、「意識の状態」は絶対へと超越されるべきものとして語られている。

そして、ここが肝心なところだが、その絶対の状態とは達成されるべきものはなく、永遠にあらゆる人の背後にある土台であり、今述べた2の意識状態と3の絶対状態は分離しているわけではなく、二つで一つ、コインの表裏のようなものだ。  あらゆる賢者が言っているように、現象と非現象、色と空(くう)は一つである。
なので、「超越」という言葉が使われてはいるが、実際は「何かをしてどこかへ超越する」というより、意識と絶対は一つであることを直観することに他ならない。

さもないと、「どうやって私は絶対の状態へ行くのでしょうか?」などという誤解された質問が出てくるわけだ。

実際、すでにそこにいるゆえに、「そこに行く」とか「そこに到達する」という問題はないわけで、「どうやって?」という質問に対して、マハラジは、「『私は在る』の状態にただ留まっていないさい。そうすれば自然に理解は起こるだろう」と言う。

マハラジの方法論は、「ただ在る」、「ただあらゆることを観照する」ということに尽きる。そして、もし「ただ在る」、「ただあらゆることを観照する」ことができない人、あるいは知的にも彼の話を理解できない人は、まだ充分にそれ以前の修行(瞑想やバジャン)、彼の言葉で言えば、「宿題」が終わっていない状態であり、もし自分の話がわからなければ、ここに来るべきではないとも彼は言う。

マハラジも含めて、あらゆる賢者たちが言っていることは、「現実とは何か」「私とは何か」「世界はどのように存在するようになったのか」についての科学であり、信じるべき信仰ではない。ダグラス・ハーディング同様に、マハラジの言っていることはきわめてシンプルで科学的であり、彼自身「科学的態度をもつべき」ことを強調している。

実際、マハラジはダグラス・ハーディングのことを知っていて、イギリスから来た探求者には本国へ戻ったら、ダグラス・ハーディングに会いに行くように勧めていたという。またダグラス・ハーディングもマハラジを高く評価していた。彼の「顔があるもの 顔がないもの」(マホロバアート発行――現在絶版)の五章「存在が自ら生じる神秘」の章で、「自分の中心の顔のなさを見る」ことをマハラジの教えと絡めて語っていて、マハラジの言わんとしていることをより立体的に表現している。本書をおもちの方は、この部分を再読されると、マハラジの話もより理解しやすいのではないかと思う。


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ニサルガダッタ・マハラジの教え――Prior to Consciousness(1)2017年08月15日 06時34分37秒

 皆様、残暑お見舞い申し上げます。

今回より数回にわたって、今年出版予定のニサルガダッタ・マハラジの本、Prior to Consciousness(意識以前-仮称)について書く予定です。

まずは本書との出会いから語ってみよう。

本書に出会ったのは、1990年代の後半、96年か97年の頃だったと思う。1995年にラメッシ・バルセカールを知り、彼の師がニサルガダッタ・マハラジだと知ったあとのことだ。最初は定番の「アイアムザット私は在る」(ナチュラルスピリット発行)を読んでいたものの、原書の「アイアムザット私は在る」がどういうわけか私には読みづらく、それで別の本を探すことにした。そうして手入れたマハラジの何冊かの本の一冊がPrior to Consciousness(意識以前)だった。

その何冊かの本の中でも私が特に本書を集中して読んだ理由は、これが彼の最晩年の講話集で、末期ガンの苦痛ゆえにもうたくさん話すことができない状態で、マハラジは自分の教えの核心のみを語っているからだ(亡くなる一年半前から二ヶ月前、1980年4月から1981年7月までの講話集)。

そして本書を選んだもう一つの理由は、本が薄いから(笑)で、薄いゆえに手にもちやすく、読んでいて疲れないからである。

 一冊の本を読んだ回数で言えば、間違いなく私のベスト5に入り、一回読んではまたは最初から読むことを繰り返していた時期もあった。私にとっては瞑想的読書--数行を読んでは、その言葉に黙想する--に非常にふさわしい本だった。

マハラジの言葉が、ラメッシ・バルセカールやダグラス・ハーディングの言葉とリンクするとき、彼らがそれぞれの言葉とスタイルで語っている究極の真理への直観的理解が閃くことがよくあった。
 
Prior to Consciousness(意識以前)の本の内容については次回以後に書くとして、実は本書に私が特別な縁を感じる理由がある。それは、1981年に私がマハラジの居住地のムンバイの近くにしばらく滞在していて、ムンバイもたまに訪問していたことだ。

もちろん、その頃私はマハラジのことをまったく知らず、仮に彼の本を読んだとしても、全然理解できなかっただろうし、話を聞きに行こうとも思わなかったことだろう。

それでも自分がたまたまムンバイの近くにいたときに、マハラジも近くで最後の講話をやっていて、その時代の講話をあとで読んでいることに、なぜか強い縁を感じるのである。
   
 
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グル(先生) は必要か?2017年06月29日 08時05分09秒

「お知らせ」

*7月はブログをお休みします。

*お待たせして申し訳ありませんが、ダグラス・ハーディングのグラッフィク伝記「頭がない男」とニサルガダッタ・マハラジのPrior to Consciousness の本はともに、諸事情で作業の進行が遅れています。



前回のブログ「見かけの人(伝道者)の役割」の中で、ラメッシ・バルセカールの言葉「探求の推進にはグルが必要である」という言葉を引用した。ラメッシ自身は、マハラジとその前にもう一人先生がいた。

これを読んで、中には、「私にはグルのような人はいないけど、それはつまり、霊的探求が進まないということだろうか? 本だけ読んでいてもダメなのだろうか?」  という疑問をもった人がいるかもしれない。

「グル(先生)が必要である」という考え方は特にインド系の人たちに根強くある。それはグル-弟子という観念がインドの伝統であるからだ。

では、ダグラス・ハーディングに「霊的探求や目覚めにおいてグル(先生)は必要ですか?」と、もし誰かが質問したとしたら、彼はきっと次のように答えるにちがいない。

今ここで私とは何かを自分一人で見ることができるときに、どうしてグル(先生)が必要ですか?あなたは今ここで自分自身で目覚めることができます

ダグラス・ハーディングはいわゆるグルをもたずに独力で探求した例で、彼は自分をグル(先生)扱いされることを非常に嫌い、そもそもグル-弟子というインド風の観念も嫌っていた。

なので、ダグラス・ハーディングの教えのまわりには、グル(先生)も弟子も段階も階級制もなかった。ただダグラスは次のようなこともよく言っていた。「自分とは何かを見ることは簡単だが、それを維持し生きることは難しいものです。それを生きることは修行です。だから、お互いを励ますためにも、私たちがこうして時々集まって、一緒に実験をやることは役に立つことです」。

ダグラスは実験仲間を「見者のコミュニティ」と呼び、仲間・友人と一緒に実験をし、話し合う時間をとても愛していた。

ちなみに、私自身は数えてみると、実際に会い(見)に行った先生は、6、7人くらいで、その本を熱心に読ん先生はだいたい20人くらいだと思う。本から学んだ先生たちにも非常にたくさんのことを教えてもらった。そして、その中で最終的にはダグラス・ハーディングとラメッシ・バルセカールの教えに落ち着いた。

だから、彼らが私のグル(先生)という言い方もできるかもしれないが、私もダグラス同様にグル(先生)-弟子という観念を好まない。もし弟子ということであれば、むしろ私は、自分は彼らという「人」の弟子になったのではなく、ノン・デュアル(非二元系)の「教え」の弟子、その中でも特に彼らの「教え」の弟子になったのだと思っている。

結論としては、「グル(先生)は必要か?」への答えは、「グル(先生)は必要」という意見と「グル(先生)は必要ではない」という意見と両方があり、それはどちらも正しい。

熱心に読めば、本だけでも霊的探求は可能だろうし、熱心に内観(自分の内側を見る)できる人であれば、本さえも必要ないだろう。

ではもし、グル(先生)のような人が欲しいけど、でも出かけて探すだけのお金も時間もないという人はどうすればいいのだろうか? 

 スピリチュアルな世界でよく言われる話によれば、グル(先生)は必ずしも自分の目に見えるところにいる人だけではない、ということだ。つまり、(遠くに住んでいる)現在生きている、あるいはすでに死んだ歴史上の賢者(たとえば、イエス・キリストや仏陀)にさえ霊的探求の導きを熱烈に求めることも可能だということである。私は試したことはないが、こういう方法もあるということである。

インドの賢者ラマナ・マハルシは、「あなたが死んだあと、私たちはどうすればいいのでしょうか?新しいグルを見つけるべきですか?」と弟子たちに聞かれて、「皆さんが私のことを思うとき、私はいつでもそこにいます」と答えたという話が伝わっている。

だから、グル(先生)はどこでもいつでも利用可能ということである--探求者が本気なら。

また、種類は全然違う話ではあるが、私がダグラス・ハーディングやラメッシ・バルセカールの本の翻訳作業をしているとき、どうしても原文の意味が理解できないときや、ふさわしい訳文が思いつかないときは、彼らが生きていると思って、心で尋ねることにしている。すると、私の感じでは、答えが返ってくるような気がしている(まあ、私がそう信じているというか、そう信じたいだけだけかもしれないけど)

さて、こういう話を書くと、ダグラスやラメッシは魂を否定したのに、彼らの魂がどこかで生きているということかとか、ラマナ・マハルシや仏陀、イエス・キリストに導きを受けるのは、チャネリングのようなものかと疑問に思う人がいるかもしれない。

それを私はうまく言葉では説明できないが、一般に行われているチャネリングのようなものではないし、またダグラスやラメッシのいわゆる魂が答えているのでもないと思っている。

そして、グル(先生)が欲しいという話であれば、賢者だけでなく、私の考えでは、人生で自分が出会うどんな出来事も人も、自分を教え導くグル(先生)になりうるのだ--仕事、家庭生活、出来事、親や子供、そして自分が一番苦手だったり嫌っていたりする人たち(笑)。
 
宇宙は非常に親切なところなので、人が必要なものや人(グル・先生)はちゃんと届くシステムになっている。 だから、皆さんご心配なく。


[今後のイベント予定]                                                  
 
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