ニサルガダッタ・マハラジの教え(5)Prior to Consciousness2017年11月05日 08時49分37秒

今回は、もう一度マハラジの教えの概念を、説明してみよう。

Prior to Consciousness(意識以前―仮称)の中では、knowledge(知識)、knowingness(知ること)という単語が非常によく出てくる。  マハラジの言う knowledge (知識)の意味は、現象界のあれこれについて色々と知っているという意味での「知識」ではなく、「私は在る」ことを「知る・気づく」という意味だ。

同じように、マハラジの用語で「無知」とは、現象界の物事についての知識がないという意味ではなく、「私は在る」ことに気づかず、自分を1個の肉体・マインドとして一体化している状態を指す。  

1「私は1個の肉体・マインド である」 →無知

2「私は存在である」(I Am=私は在る=意識の状態)→知識

3「私は非存在(非現象)である」(絶対の状態)→無知と知識の両方の超越
 
私たちは普通、鏡の中に映る人間ヴァージョンの自分が、自分の中心にもいると思い、自分は1個の人間だと思い込みそれとだけ一体化する。それがマハラジの教えでは「無知」と呼ばれている。

それから、「私は在る」に気づく(知る)ようになると、それがマハラジの用語では『知識』の状態、意識の状態(上記2の状態)である――それはただ「在る」という感覚であり、単純に存在しているという感覚だ。「ああ、私は在る」と知る瞬間に世界(現象)も同時にある。

私たちがどんな現象世界を体験(五感の体験)しても、それは非現象である絶対が全現象として顕現しているということである――それがマハラジの言う「意識の状態」である。

皆さんが今の瞬間、何を見て、何を感じて、何を聞いていても、それすべてが顕現した意識であり、自分が1個の肉体ではなく、顕現している意識全体であると気づく―知っている、それが意識の状態、「私は在る」の状態である。

実はこれは特に理解は難しくはない。目を閉じて、静かにしているとき、(熟睡でもしていないかぎり)私たちは感覚を感じる――音や何かと接触している感覚、肉体のような感覚――それが「私は在る」感覚、「私が在る」ことに気づいている・知っている状態、マハラジが言うところの「知識」である。

ここで皆さんがよく言うことは、「その話は、知的には理解できます。でも私は自分が1個の肉体であるという感覚を強く感じます」  とことだ。

もちろん、肉体感覚を感じるはずである。しかし、ここでの誤解は、その感覚に記憶から個人的所有代名詞をつけることだ――たとえば、「これは『シンプル堂』と呼ばれている人間物体の感覚だ」みたいな。もし記憶が作動しなければ、それはただ湧き起こっている感覚にすぎない。それを自分の所有物として「にぎりしめる」のが、誤解である。

感情や思考についても同様である。一日中様々な思考・感情がわいては消える。それを捕まえて握りしめなければ、それらはただ来ては行き過ぎるだけである。

私たちが五感で感じる世界は非現象である絶対が顕現した意識の運動で、「私はこれでもなく、あれでもなく、顕現した意識全体である」、というのが上記の2の理解である。
 
そして、「私は在る」と知ること、その経験以前に何があったのか、その経験以前「私とは何であるのか?」、その経験が起こる土台は何か? それがPrior to Consciousness(意識以前―仮称)のテーマであり、言葉で語り得ない世界を、それでもマハラジは末期癌の苦痛の中で最後の力を振り絞って語っている。

言葉で語れば、難解だが、もしダグラス・ハーディングの実験の意味がわかれば、シンプルなことだ。

指さし実験で自分が見ている世界の様々な対象物を指さす。何を指さしても、一つ一つの物は見かけ分離して見えるが、実際は顕現した意識の運動を私たちは指さしている。自分の思考・感情・感覚に気づくときは、それもまた顕現した意識の運動である。

では主体を指さしたら、何が見えるのか? ダグラス・ハーディングの問いとは、物体を認識している主体は、物体(現象)だろうか? というものだ。もし主体が色を認識するなら、主体には色がない、音を認識するなら、主体には音がない、感覚を認識するなら、主体には感覚がない、つまり、主体が物体ではなく、色・形・音・感覚・思考・感情などという属性がないからこそ、色・形・音・感覚・思考・感情などを認識できるのではないか?というのが彼の問いで、実験はそれを自分で実証するためのものである。

そして、ここが肝心なところだが、上記の2の意識の状態と3の非現象である絶対は分離してはいないということだ。

マハラジはその絶対への理解を導く修行として、退却して、「ただ静かに在る」ことだけを勧めている。ここで「退却」とはどういう意味かと言えば、

物質・思考・感情世界から退却して→「私は在る」という状態へ→さらに退却して→絶対へ。

すると、たぶんこういう質問が出てくるはずである。

「そんなふうに退却したら、私の仕事や生活はどうなりますか?」

「ただ在ること」や実験を長時間やる必要はなく、歩いているときでも、電車の中でも、朝起きたときや夜寝る前の5分間でもやることができる。

マハラジは「戦争の最中でも『自分とは何か』を発見することはでき、場所は無関係だ」と言っている。慣れれば、仕事中でも、人と話しているときでも、家事をしていても、「退却」することはできる。

前日の会で「退却する瞑想」(と私がそう名付けた瞑想)をご紹介して、ほんの短い時間参加者の皆さんとやってみた。簡単で誰にでもできる瞑想なので、お勧めします――眼精疲労にも効きます(笑)
 
 (緊張しないで、リラックスしてやることが肝心です)


*自分の頭や顔があると思われている場所を指さす。

*向こうに物質的対象物である、指を見る。

*指が指さしている主体(それは物体だろうか?)、一番自分側を見る。

*そのまま目を閉じ、指はおろし、目を閉じた状態で自分側を見続ける。 

 
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無邪気な子供たちの遊び2017年10月26日 14時19分21秒

 マハラジがPrior to Consciousness の中で 「こういう対話は娯楽だ」と言っているところがある。

インドの非二元系の教えでは、世界は神(「私」)の壮大なリーラ(遊び)であり、究極的には善悪がない。神というものが堅苦しいキリスト教の世界観よりも、どちらかというとインド的な考え方のほうが私は気楽で好きである。

その観点から見れば、私たちのする(というより、私たちがさせられている)あらゆることが娯楽である。世界にはあらゆる娯楽があり、あらゆる人にはその人なりの娯楽があり、仕事や政治という堅苦しいものさえ娯楽だ。

マハラジの教えの話も少し書き飽きた(次回にまた継続します)ので、先日、衆院選があったおりなので、本日は、政治という娯楽に話をふってみようと思う。
 
私は時間があると、語学の勉強のために子供(小学生以前)向けの海外アニメをよく見ている。最近、よく見ているいくつかのアニメを見ていて、気づいたことがある。子供たち(多くのアニメでは、なぜか動物が人間のようになっている)は非常に競争好きだということだ。

何人かの子供たちがいると、すぐに走り出し、「あそこまで誰が一番早く行けるか競争しよう」と言う。そして一番になった子供は、無邪気に「僕(私)が勝った、勝った!」大大喜びする。負けた子供たちはちょっとはがっかりするが、でも負けた子供たちが勝った子供を恨んだりすることもなく、子供たちはそのあとみんなで仲良くまた一緒に遊ぶという具合だ。

それから子供たちの大好きなことがごっこ遊びだ――戦争ごっこ、有能な大人ごっこ、自分が何でも一番よくできるという思い込みごっこ。

また欲しいものがあると、「僕、これが欲しいよ!欲しいよ!」  と大声で泣き叫けぶ。そして気に入らなかったり、飽きたりすると、すぐにポイ捨する。

子供だと思えば、その天真爛漫さをほほえましく感じるものだ。

こんな話が、政治とどう関係があるかというと、政治家の人たちを見て、政治家の人たちも子供向けアニメの中の無邪気な子供たちのようなものかもしれないと、最近ふとそういう考えが思い浮かんだのだ。

彼らは親(彼らの娯楽費用は国民の税金なので、この場合の「親」とは国民のことだ)の苦労も知らずに、自分たちの娯楽に無邪気に熱中する子供のように見える。

彼らはイヤになるとすぐにオモチャ(党))をポイ捨てしたり、壊したり、作ったり、国会議員であることが飽きれば、任期途中でその職をポイ捨てし、知事に立候補したり、市長の職をポイ捨し、他の選挙に出たりと、
自分や自分の党が選挙で多くの人たちに選ばれたという自覚や、政党維持費、選挙費用、自分の給料が親(国民)のお金(税金)から出ているという自覚が非常に希薄に見える――彼らのやることは子供のごっこ遊びと同じくらい軽い。

政治家は競争(選挙)が大好きで、当選したときの万歳は子供アニメの、「僕が勝った、僕が勝った」の叫びと同じである。

もし親の資産を全部使い果たして、遊ぶお金がなくなったら、子供たちは無邪気にこう言えばいい。「消費税を20%にすればいいさ!」  しかし、そのとき親(国民)がもう老いて働けなくなり、税金も払えない状況になれば、「ああ、こんな老いた親なんて、いらない!」と呑気に叫ぶかもしれない。

子供向けアニメの中では、親の苦労はまったく描かれず、親たちは非常に子供に寛容で、物わかりがよく、滅多に叱らず、ほとんど子供のしたいことをさせてやり、ときには自分も一緒になって遊んでいる。

さて、現実の親(国民)は子供(政治家)たちをどう思っているかといえば、こっそり悪さをしては隠したり、親のお金を使って、オモチャ(政党)を作ったり、壊したりと、勉強もしないで、どうしようもない遊びを繰り返してばかりいるので、呆れ果ててはいるが、自分の老化が進んで、もう自分のことで精一杯で、子供を叱ったり、指導したりする元気さえないし、子供があんまり色々なオモチャを作っては壊すので、親にはオモチャの名前さえもうなかなか覚えることができない。

「ああ、今度あの子が作ったオモチャの名前は、『立憲希望党』だったかね、それとも『希望民主党』だったかね。あんまり色々なオモチャがゴチャゴチャあって、もうわけがわかんないよ。昔からある、ほら、『自民党』ってオモチャ、なんかあれが一番壊れないで長持ちしていいかもしれないね」てな感じだ。

親(国民)は自分の老化や長時間労働、それに不随する問題に日々振りまわされて、疲れ果てている。しかし、子供たち(政治家)は忙しい公務の合間に不倫をしたり、秘書に暴力を振るったり、都知事と全国政党の代表を兼ねたり、信じられないくらい超元気一杯だ――彼らは走り回る体力だけはあるのだ―子供なので。

政治を無邪気な子供たちの娯楽だと思えば、たまに政治を眺めるのは楽しい。今回の遊び(衆院選)では、北朝鮮を利用して危機をあおり(本当に危機感があるなら、選挙なんてやっている余裕がないはずだ)、自分の不祥事隠しのために国税6百億円を浪費して、選挙をしかけたずる賢い(安倍)晋三ちゃん(彼の中に立派に政治遺伝子がある証拠だ)、自らの策と野心に溺れた(小池)百合子ちゃん、百合子ちゃんのミスで思わぬ支援と共感を拾って復活した(枝野) 幸男ちゃん、代表になりながら、あっさり仕事を放棄した情けない(前原)誠司ちゃんなど、それぞれのプレイヤーの運命が興味深かった。前原誠司氏を皮肉った10月1日付け朝日新聞の天声人語は笑えた。

「心ある経営者ならば、倒産のふちで真っ先に思い浮かぶのは従業員の今後であろう。それぞれに家族があり、暮らしがある。失業の憂き目にはあわせたくない。民進党代表の前原誠司氏の心象風景もそんな感じだったのか―残念だが、この会社には未来はない。おれが話をするから上り調子の新興企業のあの社長にみんな拾ってもらえ。いいか、わが社の理念はいったん忘れて、あの方の言うことをよく聞くんだぞ―いい話である。これが政党でなければ。後略」(10月1日朝日新聞「天声人語」より)

あの方(小池東京都知事)のオモチャ(政党)は、あの方の戦略ミスで、このコラムが掲載されてすぐに急激に下がり調子になり、選挙にも勝てず、彼女の究極の野心(日本で初めての女性首相という地位)もあやうい状況である。あの方に希望はあるのか……あの方がこれから数年間忍耐して、東京都民のために印象に残るような親孝行ができれば、希望も残ろうというものだ。

子供たちの世界ではケンカも失敗も不祥事も失言もたいして深刻ではない。ケンカしてもすぐに仲直りする。今日ケンカした子とも、次の瞬間にはまた一緒になって遊ぶ。それが子供たちのいいところだ。政治家もたぶん似たようなものだ。今日敵だった人とも、明日は友人になって同じ党にいたりする。前にも書いたけど、彼らの世界では、「昨日の友は今日の敵、今日の敵は明日の友」が基本ルールで、このルールに耐えられる人たちだけが政治家を続けられる。百合子ちゃんも、希望を捨てずに頑張って!


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*2017年10月28日(土曜日)「私とは本当に何かを見る会」(大阪府茨木市)
*2017年10月29日(日曜日)「ラメッシ/マハラジの教えと『気づき』について学ぶ会」(大阪府茨木市)


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ニサルガダッタ・マハラジの教え(4)Prior to Consciousness2017年10月14日 08時25分44秒

今回は、マハラジの教えから少し離れて、私がいつも感じている非二元系の教えにおける言語の問題について言及してみよう。

あるとき、ハーディングの実験の会に来た人から下記のような質問されたことがある。

「たとえば、『自分を見てください』と言うとき、その言葉自体が他者とは違う『自分』がいることを想定しているのではありませんか?」

つまり、この質問の意図は、ハーディングの実験の目的が、私の本質という自他の区別のない一元的世界の認識であるのに、その認識を導くために使われる言葉が、そもそも二元的であるのは矛盾ではないか? という意味だと、私は理解した。

矛盾している――まったくその通りである。同様に、「『自分の』足を見てください」とか「『自分の』手を見てください」というときも、私たちは明らかに「自分の」手足と「他人」を手足を区別して、「他人の」手や足ではなく、「自分の」足や手を見る。

この根本的矛盾の原因は、「自分」「私」という言葉、  英語でいう、me, I の言葉の問題である。

前回と前々回のマハラジの教えのところで、マハラジの教えるにおける「私」の定義について次のように説明した。
 
1「私は1個の肉体・マインド である」
2「私は存在である」(I Am=私は在る=意識の状態)
3「私は非存在(非現象)である」(絶対の状態)

普通、二元世界で「私」と言えば、それは明らかに肉体の私(鏡の中で見たり、他人から見られた人間物体)のことである。二元世界では、「私」は明らかに一貫して肉体の「私」のことで、お互いにその暗黙の了解の元で会話するので、少なくとも「自分、私」に関しては、矛盾がない。

しかし、賢者の方々が、「私」と言うとき、あるときは、個人的肉体的「私」のことであり、あるときは、意識の「私」であり、あるときは絶対の「私」であり、という具合に、話している途中でも自由に「私」の定義が変わるのである。
 
彼らは話す前にこれから言及する「私」がどの「私」なのかいちいち言ったりしないが、言ってくれたら、翻訳する側としては助かる(笑)と思うことがよくある。
 
たとえば、賢者の方々のよくある発言を例にとって、分類してみれば、

*「私」が子供だった頃  →肉体の「私」と一体化
*「私」は意識全体であり、世界である。→顕現した意識としての「私」と一体化
*「私」は生も死も超越している→意識が顕現する前の絶対としての「私」と一体化

私が知る限り、マハラジもダグラスもラメッシも、話の途中で、個人的思い出――「私が子供だった頃」というような――を語ることがあり、そのときは明らかに彼らは肉体の「私」と一体化している。

ラメッシは、「賢者であっても、『マハラジ、ラマナ』などと、自分の名前を呼びかけられれば、普通に返事をするもので、それはつまり、そのときは彼らが個人的自己と一体化しているという意味だ」と、言っている。
 
最初の実験を指示する言葉についての質問に戻ろう。

「自分を見てください」という実験の指示は、それは明らかに一人ひとりの肉体が違うことを想定している発言である。つまり、一元的世界の認識へと導く実験も、二元世界から出発せざるをえない。ダグラス・ハーディングの実験を小難しく言えば、対象世界(二元世界)から主体世界(一元的本質)への移動であり、言語や自分の肉体という二元世界の道具を使って移動する(ダグラスが好きな言葉で言えば)「」なのだ。

マハラジの教えにおける「私」の定義で、1の世界は当然、非常に個人的なものだ。そして、あえて、「個人的」という言葉を使えば、上の2、顕現した意識の「私」も超絶的に個人的である。「非個人的」という言葉が強調されるせいか、意識の「私」は自分が対象物として見る人たちとは、全然違う世界に住んでいるという事実はあまりよく理解されていなように感じる。

私がよく出す例で言えば、たとえすぐ隣に人が座って、似たような風景を眺めているとしても、それぞれの人間物体を通じて展開する意識の世界はまったく個人的な風景(思考や感情世界も含めて)であり、非常にユニークでオリジナルである。それは一元的本質(本質だけがあらゆる人間物体に共通している)上に、繰り広げられる多様な個人的個性的世界である。(ダグラス・ハーディング「存在し、存在しない、それが答えだ」の第6章「平凡な人を抜け出す」を読むことをお勧めしたい)

だから、「個人的」とか「非個人的」という言葉も最終的にはどうでもいいことなのである。言語とは二元的時空間の世界、過去・現在・未来の区別のある世界を描写するための道具であって、本当は一元的世界を描写することにはまったく向いていない。向いていない道具を使って、説明せざるをえないので、言葉上では様々な矛盾が生じ、そういうことを気にする人たちに多大な混乱を与えてしまう。

しかし、実験、瞑想、直観などによって、自分とは何かについて考えるのではなく、見る・認識することができれば、言葉上の混乱も次第に収まるものだと思う。



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ニサルガダッタ・マハラジの教え(3)Prior to Consciousness2017年09月22日 14時40分35秒

 *「私が在る」ときだけ、世界はある。
*非現象である絶対が、「私は在る」という気づき(意識)が起こったとたんに、形として顕現する。
 
今回は、マハラジのこれらの主要な観念について書いてみよう。
 
たとえば、「見る」という単純な行為を例にとってみよう。

常識では、普通次のように想定されている。

「私」(主体=1個の物体)  が、「別の物」(対象物=1個の物体)を、「見る」。

しかし、「果たして、このような分離した三つ組が本当に存在しているのだろうか? むしろ、何かを見るという行為(何かに気づくこと)が起こる瞬間に、物が存在するのではないだろうか?見ている主体は1個の物だろうか?見ている主体とは何か?」というのがマハラジをはじめ、非二元系の賢者の問いだ。

そこで、見られている対象物から、見ている主体に注意を移す(ダグラス・ハーディングの指さし実験を参照)と、そこにいる主体は物体ではなく、単純なる「私は在る」という気づきである。

その「私は在る」の気づきは見られている物と分離しているわけではなく、気づき(意識)=目の前の物質世界である。

マハラジがPrior to Consciousness(意識以前-仮称)の中で強調していることは、「『私が在る』から、世界が在る」、「『私が在る』から、月や太陽が存在する」ということだ。

人間の「私」と違って、『私が在る』の「私」は崇高なのだ。

しかし、Prior to Consciousness(意識以前――仮称)の中では、マハラジの主要なテーマは『私が在る』ではなく、意識が起こる以前の話(だから、原書のタイトルが「意識以前」)で、マハラジは「私は皆さんを絶対へ導こうとしている」と強調している。

マハラジが「私の以前の話はある程度、人々は理解した」と言うとき、たぶんその話とは「私は在る」についての話のことだ。「在る」という話は、理解しやすいし、ある意味で安心感さえ与える。「私は1個の肉体・マインドではなく、意識である」という認識はある種の喜びと平和を与えるものだ。しかし、マハラジは探求者たちが楽しんでいるこの観念さえ、破壊しようとしている。

「私が在る」が起こる前、あなたは何だったのか?これがマハラジの問いである。

ダグラス・ハーディングはマハラジと同じことをもっと文学的に表現豊かに語る。(「顔があるもの顔がないもの」(マホロバアート発行――現在絶版)の五章「存在が自ら生じる神秘」の章を参照のこと)

ダグラス・ハーディングがこの章で格調高く語っていることを、ものすごくくだけて書けば、こんな感じだ。

(自分とは何かに気づいていなかった)「私」が突然に目覚めて、「ああ、私って存在しているじゃん!私は何にもないものでかつすべてなんだ。すごい!」と気づき、自ら驚き喜んでいる、という感じ。

ダグラス・ハーディングは「『在る』ことが変則で、本当は何もないことが常態であるのに、その変則が毎瞬起こっていることが奇跡だ」としばしば語った。彼は存在していることを不思議がっていて、いつも驚いていた。しかし、彼の実験に長年親しんでいる彼の多くの友人たちでさえ、この不思議感と驚きはなかなか共有できないものなのである。

今でも思い出すことがある。パリでダグラスのワークショップがあったときのこと、ワークショップが終わったあと、ダグラスとキャサリンと十数人の人たちが近くのカフェに行き、フランス人の友人たちとキャサリンは久しぶりに再会した喜びで、色々な話で盛り上がっていた。私とダグラスだけがフランス語の会話に参加できないので(ダグラスはフランス語をある程度上手に話すが、どうしても必要な時以外は話さなかった)、片隅に静かに座っていた。そのとき私の目の前に座っていたダグラスが私に気を遣って、突然私に話し始めた。

存在しているということは本当に不思議なことだ。本当は何もあるべきじゃないのに、世界がこうして毎瞬、存在している。本当に本当に不思議で神秘だ。そう思わないかい?」と平凡なカフェの風景を眺めながら、彼はこう切り出した。

彼が存在の不思議さをよく話題にすることは知っていたが、私の中には不思議感というのがまだなかったので、私は肯定も否定もしないで、ただ黙って聞いていた。それからさらに彼は、「君の国の日本で、存在の不思議さについて書いたり、しゃべったりしている人が誰かいるかな?」と私に質問し、そのときはとっさに誰のことも思いつかなかったので、「いいえ、誰もいないと思います」と答えた。あとになってふと、早世された哲学系の文筆家、池田晶子さんの名前が思い浮かび、確か彼女が似たようなことを書いていたかもしれないと思い出した。

ダグラスは、「存在することの不思議感や神秘感」についてよく話題にしたが、しかし、そういう感覚が湧き起こっても起こらなくても、「私とは本当に何かを見る」こと自体にはまったく影響しないし、それは憧れて、目指すべきようなものではないとも言う。彼は子供の頃からそう感じてきたそうで、彼に関してはそれは天性のものだと思う。

私の場合は、長い時間かかってようやく「在ることの不思議さを時々思う」程度にはなったが、普段は特別に不思議感に満たされるというわけでもない。

では、最後に、Prior to Consciousnessで、マハラジが推奨するサーダナ(修行)を紹介してみょう。

*ただ静かに座り、物事の流れを観照する。
*熟睡から目覚めの間にあるものに注目する。
*熟睡→(非個人的)「私は在る」の目覚め→世界の出現→活動の始まり、を注意深く観察する。

熟睡と目覚めた状態の間にあるもの、それは何だろうか? それは言葉がない「私は在る」であり、のちに言葉が流れ始めて」(「意識以前―仮称」より)

*目覚めているときに、自分の注意の向きを逆転させて、思考・マインドから意識へ、意識から絶対へ退却する。マインド・思考→「私は在るという意識」→絶対

あなたが目を閉じたときに見える暗闇、それがグルの恩寵の影だ。それを忘れないように、いつも心に留めておきなさい。グルの恩寵の木陰で休みなさい。あなたがグルの言葉を思い出すたびに、あなたはグルの恩寵の木陰の中にいることになる」(「意識以前―仮称」より)


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ニサルガダッタ・マハラジの教え(2)Prior to Consciousness2017年09月10日 13時50分43秒

 それぞれの賢者、伝道者には独特の用語や表現というものがある。前にも書いたことであるが、それが読者や探求者のマインドを混乱させる大きな原因となりうるものだ。「この点に関してはあの賢者はこう言っていたけど、この賢者は別のことを言っている」  みたいな。

マハラジの本の中では、本の中でさえも言葉上では矛盾が見つかる。それをPrior to Consciousness(意識以前―仮称)の原書編集者も前書きで指摘していて、それはマハラジがいつもそのときの相手にふさわしい言葉を使っているからだ。本書の内容は、大勢の人に向けて一般的に講演したものではなく、あくまでも自分の目の前にいる人に対して、その人にとって必要な言葉が、(マハラジの頭の中で作りあげたものではなく)自然に出てきたものだ。マハラジは「物事は自然に出てくる」という表現をよく使う。
 
マハラジがPrior to Consciousnessの中で、「私を皆さんを最高のレベルへ導こうとしている」と何度も強調しているが、では彼が語るレベル(つまり、探求者がいま現在どの理解にいるかというレベル)とはどんなものか、簡単に紹介しよう。

1「私は1個の肉体・マインド である」
2「私は存在である」(I Am=私は在る=意識の状態)
3「私は非存在(非現象)である」(絶対の状態)
 
本書で、マハラジは1のレベルの話は一切せず、「自分の話は『私は在る』に充分安定した探求者たち向けのものだ」の何度も言っている。

原書編集者が「死ぬ2年前くらいから、肉体・マインドに関する一切の質問を受け付けなくなった」と書いているところから想像すると、それでもそれ以前は肉体・マインドに関する質問にも答えていたようだ。

また彼は「以前の私の話は、ある程度人々は理解したが、自分の現在の話をほとんどの人は理解しない」とも言っているところを見ると、最晩年になるにつれて話のレベルをしだいに上げていった様子もうかがえる。

本書を読むさいに注意すべきことは、本書の中では「意識(Consciousness)」は最終状態を指す言葉ではなく、「絶対が現象として顕現した状態」を指し示す言葉として使われ、「意識の状態」は絶対へと超越されるべきものとして語られている。

そして、ここが肝心なところだが、その絶対の状態とは達成されるべきものはなく、永遠にあらゆる人の背後にある土台であり、今述べた2の意識状態と3の絶対状態は分離しているわけではなく、二つで一つ、コインの表裏のようなものだ。  あらゆる賢者が言っているように、現象と非現象、色と空(くう)は一つである。
なので、「超越」という言葉が使われてはいるが、実際は「何かをしてどこかへ超越する」というより、意識と絶対は一つであることを直観することに他ならない。

さもないと、「どうやって私は絶対の状態へ行くのでしょうか?」などという誤解された質問が出てくるわけだ。

実際、すでにそこにいるゆえに、「そこに行く」とか「そこに到達する」という問題はないわけで、「どうやって?」という質問に対して、マハラジは、「『私は在る』の状態にただ留まっていないさい。そうすれば自然に理解は起こるだろう」と言う。

マハラジの方法論は、「ただ在る」、「ただあらゆることを観照する」ということに尽きる。そして、もし「ただ在る」、「ただあらゆることを観照する」ことができない人、あるいは知的にも彼の話を理解できない人は、まだ充分にそれ以前の修行(瞑想やバジャン)、彼の言葉で言えば、「宿題」が終わっていない状態であり、もし自分の話がわからなければ、ここに来るべきではないとも彼は言う。

マハラジも含めて、あらゆる賢者たちが言っていることは、「現実とは何か」「私とは何か」「世界はどのように存在するようになったのか」についての科学であり、信じるべき信仰ではない。ダグラス・ハーディング同様に、マハラジの言っていることはきわめてシンプルで科学的であり、彼自身「科学的態度をもつべき」ことを強調している。

実際、マハラジはダグラス・ハーディングのことを知っていて、イギリスから来た探求者には本国へ戻ったら、ダグラス・ハーディングに会いに行くように勧めていたという。またダグラス・ハーディングもマハラジを高く評価していた。彼の「顔があるもの 顔がないもの」(マホロバアート発行――現在絶版)の五章「存在が自ら生じる神秘」の章で、「自分の中心の顔のなさを見る」ことをマハラジの教えと絡めて語っていて、マハラジの言わんとしていることをより立体的に表現している。本書をおもちの方は、この部分を再読されると、マハラジの話もより理解しやすいのではないかと思う。


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ニサルガダッタ・マハラジの教え――Prior to Consciousness(1)2017年08月15日 06時34分37秒

 皆様、残暑お見舞い申し上げます。

今回より数回にわたって、今年出版予定のニサルガダッタ・マハラジの本、Prior to Consciousness(意識以前-仮称)について書く予定です。

まずは本書との出会いから語ってみよう。

本書に出会ったのは、1990年代の後半、96年か97年の頃だったと思う。1995年にラメッシ・バルセカールを知り、彼の師がニサルガダッタ・マハラジだと知ったあとのことだ。最初は定番の「アイアムザット私は在る」(ナチュラルスピリット発行)を読んでいたものの、原書の「アイアムザット私は在る」がどういうわけか私には読みづらく、それで別の本を探すことにした。そうして手入れたマハラジの何冊かの本の一冊がPrior to Consciousness(意識以前)だった。

その何冊かの本の中でも私が特に本書を集中して読んだ理由は、これが彼の最晩年の講話集で、末期ガンの苦痛ゆえにもうたくさん話すことができない状態で、マハラジは自分の教えの核心のみを語っているからだ(亡くなる一年半前から二ヶ月前、1980年4月から1981年7月までの講話集)。

そして本書を選んだもう一つの理由は、本が薄いから(笑)で、薄いゆえに手にもちやすく、読んでいて疲れないからである。

 一冊の本を読んだ回数で言えば、間違いなく私のベスト5に入り、一回読んではまたは最初から読むことを繰り返していた時期もあった。私にとっては瞑想的読書--数行を読んでは、その言葉に黙想する--に非常にふさわしい本だった。

マハラジの言葉が、ラメッシ・バルセカールやダグラス・ハーディングの言葉とリンクするとき、彼らがそれぞれの言葉とスタイルで語っている究極の真理への直観的理解が閃くことがよくあった。
 
Prior to Consciousness(意識以前)の本の内容については次回以後に書くとして、実は本書に私が特別な縁を感じる理由がある。それは、1981年に私がマハラジの居住地のムンバイの近くにしばらく滞在していて、ムンバイもたまに訪問していたことだ。

もちろん、その頃私はマハラジのことをまったく知らず、仮に彼の本を読んだとしても、全然理解できなかっただろうし、話を聞きに行こうとも思わなかったことだろう。

それでも自分がたまたまムンバイの近くにいたときに、マハラジも近くで最後の講話をやっていて、その時代の講話をあとで読んでいることに、なぜか強い縁を感じるのである。
   
 
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グル(先生) は必要か?2017年06月29日 08時05分09秒

「お知らせ」

*7月はブログをお休みします。

*お待たせして申し訳ありませんが、ダグラス・ハーディングのグラッフィク伝記「頭がない男」とニサルガダッタ・マハラジのPrior to Consciousness の本はともに、諸事情で作業の進行が遅れています。



前回のブログ「見かけの人(伝道者)の役割」の中で、ラメッシ・バルセカールの言葉「探求の推進にはグルが必要である」という言葉を引用した。ラメッシ自身は、マハラジとその前にもう一人先生がいた。

これを読んで、中には、「私にはグルのような人はいないけど、それはつまり、霊的探求が進まないということだろうか? 本だけ読んでいてもダメなのだろうか?」  という疑問をもった人がいるかもしれない。

「グル(先生)が必要である」という考え方は特にインド系の人たちに根強くある。それはグル-弟子という観念がインドの伝統であるからだ。

では、ダグラス・ハーディングに「霊的探求や目覚めにおいてグル(先生)は必要ですか?」と、もし誰かが質問したとしたら、彼はきっと次のように答えるにちがいない。

今ここで私とは何かを自分一人で見ることができるときに、どうしてグル(先生)が必要ですか?あなたは今ここで自分自身で目覚めることができます

ダグラス・ハーディングはいわゆるグルをもたずに独力で探求した例で、彼は自分をグル(先生)扱いされることを非常に嫌い、そもそもグル-弟子というインド風の観念も嫌っていた。

なので、ダグラス・ハーディングの教えのまわりには、グル(先生)も弟子も段階も階級制もなかった。ただダグラスは次のようなこともよく言っていた。「自分とは何かを見ることは簡単だが、それを維持し生きることは難しいものです。それを生きることは修行です。だから、お互いを励ますためにも、私たちがこうして時々集まって、一緒に実験をやることは役に立つことです」。

ダグラスは実験仲間を「見者のコミュニティ」と呼び、仲間・友人と一緒に実験をし、話し合う時間をとても愛していた。

ちなみに、私自身は数えてみると、実際に会い(見)に行った先生は、6、7人くらいで、その本を熱心に読ん先生はだいたい20人くらいだと思う。本から学んだ先生たちにも非常にたくさんのことを教えてもらった。そして、その中で最終的にはダグラス・ハーディングとラメッシ・バルセカールの教えに落ち着いた。

だから、彼らが私のグル(先生)という言い方もできるかもしれないが、私もダグラス同様にグル(先生)-弟子という観念を好まない。もし弟子ということであれば、むしろ私は、自分は彼らという「人」の弟子になったのではなく、ノン・デュアル(非二元系)の「教え」の弟子、その中でも特に彼らの「教え」の弟子になったのだと思っている。

結論としては、「グル(先生)は必要か?」への答えは、「グル(先生)は必要」という意見と「グル(先生)は必要ではない」という意見と両方があり、それはどちらも正しい。

熱心に読めば、本だけでも霊的探求は可能だろうし、熱心に内観(自分の内側を見る)できる人であれば、本さえも必要ないだろう。

ではもし、グル(先生)のような人が欲しいけど、でも出かけて探すだけのお金も時間もないという人はどうすればいいのだろうか? 

 スピリチュアルな世界でよく言われる話によれば、グル(先生)は必ずしも自分の目に見えるところにいる人だけではない、ということだ。つまり、(遠くに住んでいる)現在生きている、あるいはすでに死んだ歴史上の賢者(たとえば、イエス・キリストや仏陀)にさえ霊的探求の導きを熱烈に求めることも可能だということである。私は試したことはないが、こういう方法もあるということである。

インドの賢者ラマナ・マハルシは、「あなたが死んだあと、私たちはどうすればいいのでしょうか?新しいグルを見つけるべきですか?」と弟子たちに聞かれて、「皆さんが私のことを思うとき、私はいつでもそこにいます」と答えたという話が伝わっている。

だから、グル(先生)はどこでもいつでも利用可能ということである--探求者が本気なら。

また、種類は全然違う話ではあるが、私がダグラス・ハーディングやラメッシ・バルセカールの本の翻訳作業をしているとき、どうしても原文の意味が理解できないときや、ふさわしい訳文が思いつかないときは、彼らが生きていると思って、心で尋ねることにしている。すると、私の感じでは、答えが返ってくるような気がしている(まあ、私がそう信じているというか、そう信じたいだけだけかもしれないけど)

さて、こういう話を書くと、ダグラスやラメッシは魂を否定したのに、彼らの魂がどこかで生きているということかとか、ラマナ・マハルシや仏陀、イエス・キリストに導きを受けるのは、チャネリングのようなものかと疑問に思う人がいるかもしれない。

それを私はうまく言葉では説明できないが、一般に行われているチャネリングのようなものではないし、またダグラスやラメッシのいわゆる魂が答えているのでもないと思っている。

そして、グル(先生)が欲しいという話であれば、賢者だけでなく、私の考えでは、人生で自分が出会うどんな出来事も人も、自分を教え導くグル(先生)になりうるのだ--仕事、家庭生活、出来事、親や子供、そして自分が一番苦手だったり嫌っていたりする人たち(笑)。
 
宇宙は非常に親切なところなので、人が必要なものや人(グル・先生)はちゃんと届くシステムになっている。 だから、皆さんご心配なく。


[今後のイベント予定]                                                  
 
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「触媒」――見かけの人(伝道者)の 役割2017年06月13日 15時53分47秒

先日のヤン・ケルスショットのワークショップの中で、彼がした話をもう一つ思い出した。

それは(見かけの)グルや教師 の役割についての話で、彼はグルや教師とは、何かを燃やすときの触媒のようなものだという話をした。

たとえば、砂糖を燃やすとき、砂糖だけだと燃えない(そうである)が、灰(タバコの灰?)を砂糖につけて砂糖を燃やすと、砂糖は燃え始め、最後には砂糖は燃え尽きて、そしてあとには触媒の灰だけが残る。この喩え話では、砂糖が霊的探求者で、灰がグルや教師ということである。

つまり、グルとか教師は探求を推進する影響を与える役割をもっている、というわけである。そういう意味では、ヤン・ケルスショットもたくさんのグルや教師から学び、影響を受けてできたようだ。(私自身はことノン・デュアルの教えに関しては、「グルとか教師」という言葉よりもどちらかというと、伝える役目の人、つまり、「伝道者(道を伝える人)」とか「伝導者(伝え導く人)」という言葉のほうがふさわしい気がしている)。

この話は、ラメッシ・バルセカールがした話にも似ている。彼はグルについて、「人が探求を始めるときには、グルや教師は必要ではないが、探求を推し進めるにはグルが必要である」と、確かこんな話をどこかでしたと私は記憶している。

この話題に関して、私がまた思い出すことは、私が20代の頃に私を霊的探求へ引き入れたきっかけとなったJ・クリシュナムルティの言葉だ。

彼は繰り返しこう言っている。「自分の本質に覚醒するのに、グル、ワーク、本は必要ない」。私は読書以外なるべく何かをしたくないので、この言葉を喜び、この人は真実を言っているに違いないと直感したが、一方で、「本が必要ない」と言っている人の言葉が書かれている本を、熱心に読んでいる自分をよくバカバカしく感じたものだ。

さらにあとで思ったことは、「本は必要ない」と言いながら、彼自身は晩年まで世界中を講演してまわっていて、少なくとも「言葉」を使っていたわけだ。もし本が必要ないなら、それはすなわち「言葉による講演」も必要ないだろうということだった。

もし人が外側のグルも本もワークも一切なく、自分一人で霊的探求をし、目覚めに至ったら、それが「王道」である。しかし、それはほとんど起こりえないことで、もしそれが起こるとすれば、その人は「ほとんど」覚醒して生まれている。私が名前を知っている賢者では二人だけである――ラマナ・マハルシ(インドの賢者)とロバート・アダムス(90年代に亡くなったアメリカの賢者)

ノン・デュアルの教えに限って言えば、J・クリシュナムルティの言っていることは正論である――「私とは何か」を認識・理解するために、私以外の何も、思考や感情でさえ必要ではない。しかし、正論はほとんどいつも役に立たない(笑)。

話を「触媒」に戻そう。私が思うに、伝道者だけでなく、本やワークもある意味では「触媒」である。その他人生の出来事も触媒である。ほとんどの霊的探求者は、その探求を推進するために何らかの触媒を必要とするものだ。

本は手軽で安価でよい触媒であると、私は確信している。現代の先進国では、人はどこでもそれを手に入れることができ、どこでも読むことができるという利点がある。私が長い間本に関する仕事をしているのはそういう理由である。しかし、伝道者やワークに比較すれば、その影響は非常に小さく、すぐには感じられない。ある特定の本から影響を受けたいと思うなら、人は何度も読まなければならず、霊的探求のための読書には特別に「瞑想的読書」(読書による瞑想)という言葉があるくらいだ。

それからワークもよい触媒となりうる――もしそのワークがその人にフィットすれば。そして伝道者 (グル・教師的な人たち) という見かけの人は、ヤン・ケルスショットも言うように、最大の触媒となりうるものだ。それはなぜかというと、私が思うに、私たちは見かけの人がもつエネルギーに非常に影響を受けやすいからである。これは伝道者たちが影響を与えたいと思っているということではなく、見かけの人と人の出会いにより、影響は(起こるときには)自然に起こるということである。

人が人に与える影響は、何も霊的探求の分野に限らない。人は自分が出会う人たちに影響を与え、そして影響を与えられながら、みんな生きている。見かけの人たちの世界は、よい影響にしろ悪い影響にしろそういうことで成立っている

私がかつてスピリチュアル系の場に参加して、もう一つよく感じたことは、特定の伝道者(グルや教師)の影響だけというよりも、その人たちのまわりに集まってくる「見かけの人たち」が作り出す「場」にも、人は影響を受けるのだということだ。 私の経験では、スピリチュアル系のセミナー、ワークショップ、サットサンにはそれぞれ独特の感じがあり、一般的にはその「場」の感じが自分に心地よく感じられれば、それは自分に合っているということができるだろう。

探求者がものすごく多様であるゆえに、触媒である本・ワーク・伝道者もまた多様である必要があるのだと思う。それが現代、これほど多数で多様なスピリチュアル系の本・ワーク・伝道者が世界中にあふれている理由でもある。また多数で多様であるとは、スピリチュアルな触媒はほとんど自分にヒットしないということでもある。人が仮に百冊近い本を読んでも自分に合う本はほんの数冊かもしれないし、10カ所のスピリチュアル系の場をめぐっても、自分に合うと思えるのは一カ所くらいかもしれないのだ――スピリチュアルな探求とはバカバカしいくらい贅沢で無駄が多い旅(笑)である。

ということで結論としては、お金と時間の余裕に応じて、各種の触媒を利用することは霊的探求を推進するのに役立つだろうということである――見かけの人が、J・クリシュナムルティの正論が本当に正しいことを確信する日まで。

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ヤン・ケルスショット2017年06月06日 07時07分39秒

 先日、ヤン・ケルスショットのセミナー&ワークショップに参加してきた。

私が日本国内でスピリチュアル系のセミナー(ワークショップ)に(自分が主催するもの以外で)参加するのはものすごく久しぶり(たぶん、15年以上ぶり)である。突然、ダグラス・ハーディングとも縁の深いヤン・ケルスショットの話をちょっと聞いてみたい気分が起こったからだ。

セミナー&ワークショップの最中、時々睡魔が邪魔して記憶があやふやなところもあるが、二日間の話をまとめて書いてみよう。

まず彼はノン・デュアル(非二元)の教えとはどういうものかを図解入りで説明した。

彼が言った要点を箇条書きすれば、

*私たちの本質であるスペース(空間)はどこにでにある。(彼はいわゆる宗教的な用語は好きじゃないので、自分の本質を指す言葉として「スペース(空間)」という言葉を使うということである)

*それは達成されることも変えられることも、汚染されることもなく、永遠にある。
それはどこにでもあるので、それについて話すことに困惑を覚えるほどである。

*たとえを使って説明すれば、一人ひとりの人生とは、どれほど偉大な人のものでも平凡な人のものでも、海の一つ一つの波のようなもので、それぞれ違っていて、わずかな時間しか存続しないが、その元にある海洋はすべての存在に共通し、永遠である。

*その本質の世界(ノン・デュアルの世界)では:no identification(アイデンティティがない)、no time(時間がない))no judgemen, no labeling(判断がない、上下がない、レッテル貼りがない)

*眺めている観照者は個人ではなく、非個人的スペースであり、私たちは全員がいつもそうしているが、ただ気づいていないだけである。「一人の」個人的観照者がいるという思い込みは、進んだ霊的探求者がよく陥る間違いである。

*ノン・デュアルの教えは、セラピーやヒーリング・メソッドではなく、人間状況の改善を目的とはしていないが、自分とは何かに目覚めれば、その副次的効果として、人間的状況にもよい影響があるかもしれない。

*人間のちっぽけな理性(マインド)、脳では、「私の本質」を理解することも描写することもできない。

「私とは何か?」について、彼が語ったことはだいたい以上のような話だった。ノン・デュアルの教えの本質についてコンパクトでわかりやすい説明だと思う。

それから彼は、霊的探求の一般的プロセスを語った。

*人生のある時期に、人生には物質的な生活以上の何かがあるはずだと思い、人は霊的な探求を開始し、自分を高める様々な修行やテクニックを学ぶ。 探求者であるというスピリチュアルなエゴが生まれる。

*そしてそのエゴは、自分がいつか完全な状態や仏陀のような完全な人になれると思い込み、頑張るが、それが達成されず、いつも挫折感を味わう。

*色々なところへ行くたびに、それぞれの先生や教えが様々なことを言うので、色々と考えてしまい、混乱に陥る。

*しかし、混乱は起こるのは悪いことではなく、それはエゴが混乱し、探求が進んでいるという意味である。

*最後にようやく、自分の本質(スペース)とは未来に達成するべきものではなく、今ここに永遠に誰にでもあるもので、悟ったり、目覚めたりする「人」は誰もいないという現実に目覚める。

*そのとき、霊的探求者であるというエゴは消えるが、人間部分のエゴは残り、人間としての日常生活は続いていく。人間生活の中では、 identification(アイデンティティ)、time(時間)、 judgemen(判断)は必要である。

それから、彼が語ったことは、彼個人のライフ・ストーリーはノン・デュアルの教えの中ではまったく重要でないと前置きして、彼自身の霊的探求の話であった。

*彼の場合、15歳のときに霊的探求が始まった(恋人とキスをしたとき、自分が完全になくなる経験をしたのが始まりだった)。

*20代から世界中を旅して、色々なところへ学びに行き、色々な先生や教えを見てまわり(超越瞑想、ムクタナンダ、ヨーガその他)、様々な経験をしたが、しだいに混乱してきた。

*ダグラス・ハーディング と出会い、実験を最初にやったとき、即座に「私とは何か?」 がわかった(見た)。
 
下記にヤン・ケルスショットがダグラス・ハーディングにしたインタヴューの日本語の翻訳が、掲載されています。

*ダグラス・ハーディングに本を書くように勧められ、本を書くためにまた何人かの先生に会いに行き、インタヴューをし、その中の一人が、トニー・パーソンズだった。彼と話をしているとき、彼が床を指さし、「これがそれだ」と言ったとき、非常に衝撃があった。

* それからユーチューブで、ムージを見たとき、なぜか惹かれるものを感じ、大勢の信者を従える彼のグル風のスタイルや、彼を取り巻くまわりの雰囲気は好きでなかったにもかかわらず、彼に会いに行こうと思った。

*ムージのリトリートに参加し、彼と目が会ったとき、ハートにものすごい共鳴を感じた。
 
 彼の個人的な探求については以上のような話だった。

ワークショップでは、奥様のクリスティンも話をする機会があり、彼女自身のスピリチャルとの出会い、そして夫としてのヤンについて少し語った。

「私とヤンは20代に結婚し、その頃すでにヤンは霊的探求者だった。私自身はといえば、自分は物質的なこと――仕事のキャリアと家庭生活を築きあげることが主な関心で、霊的なことには興味がなかった。でも二人の結婚生活はそれで別に問題がなかった。ヤンには結婚した頃から、ある種の平和な感覚があった。自分としては、ヤンから娘たちにもっとあれこれ言って欲しいと思ったこともあったが、ヤンは娘のことも誰のこともいつもありのままに認めていた。

私とヤンが最初にダグラス・ハーディングに会いに行ったとき、ヤンはものすごく興奮しているのに、自分にはさっぱりダグラス・ハーディングの言っていることが理解できなかった。4、5年ほど前に、仕事と家庭生活が忙しいせいで、自分がいつも先のことばかり考えてイライラし、今ここにいたことがないことに気づいた。そして、ようやく夫やダグラス・ハーディングの言っていることがわかるようになった」。

以上が奥様のだいたいのお話だった。

ヤンがノン・デュアルを伝えるスタイルは、彼が特に影響を受けた三人の先生の中ではトニー・パーソンズに一番似ているかもしれない。彼はワークショップの最中にダグラス・ハーディングの話はしたが、実験はほとんどしなかった。私が感じたことは、実験をもう少し織り交ぜたほうが、眠気防止(笑)にもなり、彼が語るスペースの話が参加者によりリアルに伝わるのではないかということだった。
 
ともあれ、ヤン・ケルスショットは気さくで気軽で、グル風でない現在風のノン・デュアルの伝導者(本業は、代替医療系の医者だそうです)で、人格的には陽気なエピキュリアン(快楽主義者=人生のよきものを充分
に楽しむ主義)のような感じで、一緒にいて楽しい人である。

今回の来日では東京でのセミナー&ワークショップの前に、10日間ほどご夫婦で、京都や奈良をのんびり旅行してきたといい、奥様から旅行の写真や家族の写真をたくさん見せていただいた。

 *今回のセミナー&ワークショップで話題になった人たちの本

「ホームには誰もいない」ヤン・ケルスショット(ナチュラルスピリット  )

「存在し、存在しない、それが答えだ」ダグラス・ハーディング(ナチュラルスピリット  )

「今ここに、死と不死を見る」 ダグラス・ハーディング(マホロバアート)

 「何でもないものがあらゆるものである」トニー・パーソンズ (ナチュラルスピリット  )
 
「オープン・シークレット」トニー・パーソンズ (ナチュラルスピリット  )
 
「絶対なるものの息」 ムージ(ナチュラルスピリット )
 

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恐怖ビジネス2017年05月26日 14時31分38秒

 現在、私が全世界の国の中で一番関心をもっている外国が北朝鮮(笑)だ。 なので、ネットでけっこうな量の北朝鮮情報を読んでいる。

なぜあの国に関心をもつかといえば、一つは隣人(隣国)であるという理由であり、もう一つは北朝鮮はジョージ・オーウェルの名作「1984年」(本書は1949年に出版されている)で描かれている独裁システムのまさに生きた見本だからだ。
 
北朝鮮の歴代の金一族の方々が「1984年」を読んで、独裁システムを作る参考にしたとも思えないし、私が知るかぎり地球上の過去・現在の独裁国は皆非常に似通っている事実から考えてみると、独裁システムには人類共通の何かがあるに違いなく、そこが社会学的研究に値すると私は思っている(私は社会学者じゃないけど、勝手に研究している)。「1984年」の本も、小説という形態ではあるが、どちらかというとすぐれた研究書という感じである。

で、先日も、北朝鮮の内情を特集したテレビ番組をネットで視聴していた。その番組には二人の脱北した女性(一人は北朝鮮の女性で、もう一人は日本人の女性) と、北朝鮮の内情を世界に発信している日本人のジャーナリストが出ていて、北朝鮮にいる協力者がこっそり撮った動画を映しながら、自分たちの経験を語っている。

彼らのいくつかの話が興味深かった。一つは、現在の北朝鮮は1990年代よりも食料事情はかなりよくなっていて、日常品を売買する市場まであるという。90年代は社会主義的配給制の元で、たくさんの飢餓者が出たそうだが、皮肉にもそれが完全に崩壊して、国民が勝手に自分達で小さい商売をやるようになってから、食料事情はよくなったということである。

それから興味深かったのは、日本人ジャーナリストの人が、なぜこんなにひどい体制なのに、北朝鮮の国民が金体制に反乱を起こすことができないかを説明した理由だ。

それは全国民に対する徹底した恐怖思想教育で、金一族に逆らうと、どれほどひどい目に会うかを子供の頃から徹底的に骨の髄までたたき込まれる。すべての国民が守るべき10箇条が書かれた本が配布され、時々、地域の人たちが集まって、自分がどれだけそれに従って生活しているか、従って生活していないかを告白し合う反省会のようなものをおこなう。その反省会がまた興味深く、まず全員が自分の反省点を語り、それから出席している他の誰かを名指して、批判するという具合だ。

これは人々を恐怖に縛り付けるものすごい頭のいい方法である。自分だけが反省するのではなく、他の人を名指しで批判する。そうすることで相互監視システムができあがり、他人をよく監視すればするほど、「よい国民」だと思われ、上層部に気に入られ、体制の出世街道を上っていけるといわけだ。これはかつてのソ連、東欧など、すべての独裁的社会主義・共産主義にも採用された方法である。

今、制作しているダグラス・ハーディングのグラフィック伝記「頭がない男」(この夏に発売予定)に、ダグラス・ハーディングが20代の頃に共産主義に共感し、1936年に、同じく政治に関心をもっていた妻と一緒に、スターリン粛清時代のソ連を実際に訪れ、その貧困と恐怖の現実をまのあたりにし、驚愕したことが描かれている。

なぜ高遠な理想――すべての人の平等、すべての人の豊かさを約束する共産主義が、その正反対なもの―――恐怖と貧困と暴力、指導者たちの腐敗と堕落、そして特権階級の形成、極端な階級社会に墜ちてしまうのか? 共産主義の堕落は、宗教の堕落とまったくそっくりでもある。

すべての宗教の創始者は、愛と慈悲、許しを教えたにもかかわらず、宗教の歴史は暴力と搾取、指導者たちの堕落と、理想とは正反対なところへ墜ちていくのが通例である。

実は、今回のブログのタイトル、「恐怖ビジネス」という言葉は、 最近見たインド映画「PK」の中で使われていた言葉である。この映画は、世界的大ヒットとなった「きっと、うまくいく」(原題three idiots)で主演したアミール・カーンがPK役を演じ、いわゆる宗教というものが硬直化し、空疎な儀式や観念に堕してしまった現代のインドの宗教的風土を軽くからかった娯楽映画だ――(PKという言葉は、インドの人々がおかしな人々をからかうときに使う言葉、酔っ払い=おかしな奴。他の惑星から地球を調査するためにインドに降り立った主人公が、宇宙船を探すコントローラーが盗まれたために、インド中を放浪する羽目になり、あまりに言うことが可笑しいため、インド人からPKと呼ばれる)。

宗教大国のインドの貧困もまた、国民があまりに宗教的観念に縛られ、恐怖心にもとづいた宗教活動にエネルギーを費やしているからだ――もし私が○○をしなければ、あるいは○○をすれば、グルに献身しなければ、グルの言うことを聞かなければ、病気になるとか、ひどい目に会うとか、死んだあと地獄へ行くとか、来世にひどい境遇に生まれるとか、あるいは、多額のお金を払えば、悟る方法を伝授するとか、そうやって「恐怖心」や「希望」をあおって、インドでは宗教が多数の信者からお金を吸い上げるビジネスが非常に盛んである。

さて、宗教にしろ、共産主義にしろ、なぜ人間はこんなに「恐怖ビジネス」に弱いのだろうか? それは私が思うに、人類という種が他の生物との闘争を勝ち抜いてきた理由にある―それは「集団の力」である。一人ではひ弱なので、集団で団結して敵と闘う。だから、自分が所属している集団――家族、地域社会、宗教教団、会社、国家の中で、集団の規範に絶対的に従うように求められる。集団の規範に逆らう者は集団の存続を危険にさらすので、罰を与えなければならない、という具合だ。その罰を与える理由のためには、絶対的権威、絶対的に正しい存在が必要で、政治であれば、金一族とか、スターリンとかヒットラーが必要で、宗教であれば、神とか仏とか、グルとか師が必要である。

そして、人間が感じるひ弱さのさらにもっと根源をさぐれば、それは「私は一つの死すべき肉体である」という肉体との一体化がある。そこから肉体にまつわる無数の怖れが派生する。もし人が、自分がどれほどの怖れに取り込まれて生きているのかをじっくりと眺めてみるなら、滑稽なほど多種多様である。そして、どれほどの恐怖ビジネスが世の中では知らずに仕掛けられているのか、はびこっているのか、恐怖がビジネスになるのか、知ったら驚くものだ。

日本では、絶対的な神も仏も独裁的指導者もいないように見えるが、では、何がその「権威」の代わりだろうか? それはたぶん、「世間」、「みんな」、「ご近所」、そして「親」あたりが、権威である。たいした権威には見えないかもしれないが、実際は人々の生活を非常に縛っている。日本人の多くが、もし私が○○をすれば(しなければ)、「世間」、「みんな」、「ご近所」、「親」にどう思われるか、何と言われるかという恐怖心をもっていて、そこを狙ってたくさんの恐怖ビジネスがおこなわれている(子供のいる老人たちを狙う、振込め詐欺もその一つだ)。

人類と呼ばれる種の社会は、善意と生存の名の元に、代々怖れを子孫に伝え、そうやって恐怖が人々をコントールする道具となってきたのである。

だから、「恐怖ビジネス」を甘くみてはいけない。怖れは私たちの骨の髄まで根深く染み込んでいるので、タマネギの皮をむくように、私たちが無意識に怖れているものの正体を一つひとつ尽きとめ、それが「幻影」に過ぎず、何のパワーももっていないことを自分自身で確認する必要がある。私たちが信じないかぎり、「幻影」は権威にはならない。

私もこうやって怖れについて考え、書くとき、自分自身にとっても自分の中に残存している怖れを見る機会でもある。面白いことに、若い頃あった怖れはもうほとんどいないのに、若い頃は想像したこともない怖れが新たに出てくることに気づき、驚くことがある――たとえば、将来歩けなくなる怖れとか、親しい人たちが全員先に死んで一人取り残される孤独の怖れとか、老いにまつわるものがほとんどだ。もちろんそれらはすべて妄想で(なぜかというと、今の現実ではなく、想像にしか過ぎないので)、掴んで信じたりしなければ、別に問題でもない――ああ、かわいい怖れよ、という感じである。

また怖れは、私たちを収縮させ、創造力と活力を奪い、貧困へと転落させる原因にもなるものだ。恐怖が支配する独裁国や宗教国がほとんど貧乏なのはそういう理由である。

ここに私たちがスピリチュアルな探求をする理由の一つがあるのだと思う。私たちは怖れにまみれて生きて死にたくはないし、あらゆるところで仕掛けられている恐怖ビジネスの餌食になりたくはない(笑)ですよね?

本当のところ、私達を生かしているのは、外側の神でも仏でもグルでも世間でも集団でもなく、私(たち)自身の内なる本質である。あらゆる真正なスピリチュアルな教えが教えているのは、怖れからではなく、内なる喜びと愛から生きることができる可能性である。

それは社会全体、地球全体で全員が一緒には無理だとしても、一人ひとりにはそう生きることができる可能性があるという教えである――様々なことを学び、少しずつ怖れから解放されて、自分の内なる本質に辿り着き、そこで生きる――自分に一番近いところへ行くのに、ものすごい時間のかかる長い旅をする――いつ考えてもスピリチュアルな旅とは奇妙なものだが、この奇妙な旅を心ゆくまで堪能し、(今後のこの国のことはわからないけど、さしあたって今のところは)許されている環境に生きている幸運をありがたく思うのである。

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書き版の二種類の版を用意してあります。 編集の都合上、総ページ数(縦書き版が453ページ、横書き版が367ページ)は異なっていますが、内容はまったく同じです。

*購入についての詳細は、購入前に下記のDLmarketのサイトを見てください
 http://www.dlmarket.jp/

動物園から神の王国へPDFダウンロード縦書き版」(1500円+税)(453ページ)
   http://www.dlmarket.jp/products/detail/331107

動物園から神の王国へPDFダウンロード横書き版」(1500円+税) (367ページ)
  http://www.dlmarket.jp/products/detail/331108

試読版(無料)は上記のサイトから、会員登録等なしに、どなたでも自由にダウンロードできますので、本との相性を確かめて、購入の判断をしていただければと思います。 (画像の下の、「立ち読みできます」をクリックすると、試読版PDFを無料でダウンロードできます)

*DLmarketで下記も販売中です。(無料試読版は会員登録不要で、自由にダウンロードできます――画像の下の「立ち読みできます」をクリックしてください)  
 
「楽しいお金」PDFダウンロード版(本体価格1,000円)
http://www.dlmarket.jp/products/detail/290251


「 楽しいお金3」PDFダウンロード版(本体価格1,000円)
http://www.dlmarket.jp/products/detail/290294

 「人をめぐる冒険 」PDFダウンロード版(本体価格1,000円)
http://www.dlmarket.jp/products/detail/290283

「1994年バーソロミュー・ワークショップ東京会場1日目」MP3ダウンロード版(本体価格2,000円)
http://www.dlmarket.jp/products/detail/297870

「1994年バーソロミュー・ワークショップ東京会場2日目」MP3ダウンロード版(本体価格2,000円)
http://www.dlmarket.jp/products/detail/297880

「1994年バーソロミュー・ワークショップ京都会場1日目」MP3ダウンロード版(本体価格2,000円)
http://www.dlmarket.jp/products/detail/297958

「1994年バーソロミュー・ワークショップ京都会場2日目」MP3ダウンロード版(本体価格2,000円)
http://www.dlmarket.jp/products/detail/297975