「主体の科学」VS(対)「対象の科学」2017年03月29日 08時42分04秒

科学系の話を書いてきたついでに、今回は主体の科学と対象の科学について、物事へのこれらの二つのアプローチの共通点と異なる点について、書いてみよう。

まず、「主体の科学」という言葉は、ここでは「私とは本当に何かを探求する」科学、一般的にはスピリチュアルや宗教の分野ということになっているが、ダグラス・ハーディングがそれを「第一人称の科学」と呼んでいるのに習って、ここでは「主体の科学」という言葉を使っている。それから「対象の科学」は、一般的な科学のことである。
 
共通点

二つの科学に共通することは、信じることなく、実証し、実験し、その結果を受け入れるという態度である。仮説→実験(研究)→実証(証明)

相違点―こちらのほうがはるかに数が多い。

「対象の科学」

*主体と対象物は別のものである。

*対象を調べるには時間がかかる。

*調査の方向は常に自分の外側。

*結論を出すのに、過去のデータや記憶も利用する。

*自分以外の多くの人も同じ結論と証明に達し、みんなで納得しなければならない。
 
「主体の科学」

*調査の方向は常に自分の内側で、第三人称の科学とは180度反対の方向。

*見ている(認識している)その主体は、何なのか? 私の中心にあるのは、何なのか?一個の固体(人間と言われている物体なのか)なのかどうかを調査する。

*常に現在の証拠にもとづき、過去の記憶やデータ、他人の言葉に頼らない。

*第一人称の科学においては、私(主体)の認識がすべての証拠である。それを他人に示すことはできない。一人ひとりが自分自身で証明する。
 

科学系の本を読みながら、私がよく思うことは 「対象の科学」と「主体の科学」 の統合は可能なのか?ということである。ダグラス・ハーディングは「天と地の階層」その他の本で主体の科学者としてそれを試みた数少ない人だ。

では、「対象の科学」が専門の研究者が、「主体の科学」を自分の研究に統合することは可能なのか?といえば、不可能ではないにしても、現状ではまだ非常に困難な感じはある。

その理由はいくつかあって、一つは「対象の科学」が前提しているいくつかの原則のせいである(私に言わせれば、対象科学が信じている信仰のようなものだ)

以下に「対象の科学」が前提としている一般的原則(信仰)を箇条書きしてみると、

意識は、人間の脳の産物である。

自分が研究している対象は実体がある。

物事の存在には物質的原因がある。

無(何もないところ)から物質が生まれることはあり得ない。

「対象の科学」の研究者にはそれぞれ専門があって、それは非常に細分化されている。そして当然のことながら、研究者は、自分が研究している対象は、何らかの「実体」があるはずと信じている。だから、「私たちが見ている世界は幻想である」という言い方をする(ダグラス・ハーディング自身は「幻想」という言葉をほとんど使ったことがないが)主体の科学系の言葉に違和感を覚えるはずである。もし自分が研究している対象が実体がなく幻想だったら、そもそも研究の価値があるのか? という話になる。

物質を分子→原子→粒子と、どんどん細分化して、物質のミクロの世界は「ほとんど」何もない ことを突き止めた物理学でさえ、まだ最終的な物質があるはずだと信じている。というより、研究のためには「何かがなければいけない」のだ。
 
それから、「対象の科学」が「主体の科学」に踏み込めない別の理由は、おそらく政治的なものだ。研究者、学者の世界もかなり保守的であることが、科学や数学の歴史を読むとよくわかる。自分が発見したことが、その時代に確立された理論や説に合わないせいで、あるいはその時代の科学界の大物たちに嫌われたせいで、論文を審査してもらえなかったり、研究が無視されたり、嫌がらせをされたり、仕事を見つけられなかったり、職を失ったり、研究費が出なかったりした例は非常に多くある。その結果、極端な話、自殺、鬱病、早死に追い込まれた科学者もいた。想像するに、対象科学界の保守性は今でもあまり変わっていないのではないかと私は思っている。

それから三つ目の理由として、一流の対象科学系の人たちは多くが天才的頭脳をもち、複雑な分析や研究を愛している。ところが、主体の科学は限りなく、物事を単純化し、その結論はほとんど数行(笑)で終わってしまう。天才的な頭脳の人たちにとってはたぶん、物足りない話なのだと思う。

それでも20世紀に量子力学が出てきたとき、一部の研究者たちは「私の認識」 が対象に影響を及ぼすことを突き止め、さらには、「私が見ていないとき、月は存在するのかどうか?」という議論もなされた。
ただ、そこからさらに、では、「月を見ているその『私』とは何なのか?1個の人間固体が見ているのかどうか?」  という議論まではなかなか行かないという感じだ。

 しかし、これから、もし「主体の科学」と「対象の科学」の両方に情熱と才能をもち、しかも勇気のある対象科学系の研究者が出て来て、研究対象だけでなく、「対象を見ている『私』とは何か?」も合わせて研究すれば、「主体の科学」VS(対)「対象の科学」ではなく、「主体の科学」and(と)「対象の科学」となり、 おそらく対象科学の研究ははるかに進化するだろうと、私はそう想像している。

最後に、私が昔読んだ本で、新しい時代の科学について、納得できる予言をしていると思った本「ニュー・メタフィジックス」(ダリル・アンカ著 VOICE発行)から、少し引用してみよう。(有名なバシャール・チャネリングの本 の一冊)

「地球の科学者は、いわゆる「光速」を誰も超えることができないと信じています。そして、これは現実的には正しいのです。ただ、この考え方は、私達が第3密度(三次元の現実)と呼んでいる範囲の中における、ひとつの定義付けに過ぎません。(中略)

私達は「空間を旅行する」というよりは、「空間となって旅行する」のです。すなわち、私達が空間そのものになります。皆さんの言う「旅行」をする必要はないのです。(中略)
                                                        
皆さんの知性や意識を使えば、皆さんが超空間(ハイパー・スペース)と呼んでいるものを、現実に応用することができます。そして、この超空間を通して、物体や宇宙船もしくは人を、望む場所に再現することが可能になります。

超空間とは、単に意識の中心または大いなる全ての源です。超空間にいるとき、皆さんがどこかへ行くというよりは、空間が皆さんのところにやって来るという感じです」(169ページ)
 
 この説明は、ダグラス・ハーディングがいつも言っていた言葉に似ている。

「私は一歩も動いたことがない。
いつもパリ、ロンドンが、東京が私のところへやって来る。」

日本にある自宅マンションのドアを開けたら、そこはパリのエッフェル塔の前……地球時間の24世紀くらいには実現しているのでは……
[ サボ様のご質問の答え」
「Prior to Consciousness "(意識以前)は、大体いつくらい発売の予定ですか? 」
たぶん、夏の終わりくらいの予定です。
[ tk 様へのご質問の答え]
「主体の科学」には論理的な説明は存在するのでしょうか」
ダグラス・ハーディングの本を読んでいただければ、彼がなぜ自分のワークを「科学」と呼ぶのか
理解していただけるのでは、と思います。

[お知らせ]
 
ダグラス・ハーディングの新刊「存在し、存在しない、それが答えだ」(ナチュラルスピリット発行 本体価格 2300円)好評発売中

目次は下記のサイトに掲載してあります。
http://www.simple-dou.com/CCP041.html

  

[シンプル堂電子書籍]

*「動物園から神の王国へ―サルの惑星、のような星で、平和に生きるために」(PDFファイル)ダウンロード版は、DLmarketのサイトで販売しています。お手持ちの機器(パソコン、タブレット、スマートフォン)に、PDFを読むソフト(AdobeReader等)が入っていれば、どなたでも読むことができます。

本書の詳しい目次は下記のサイトに出ています。

1部 ヒトにおけるセックスと闘争・暴力の問題について
2部 サルの壁 人の壁
3部 人生は、ド・アホでいこう!

DLmarketからファイルをダウンロードするためには、まず会員登録をする必要がありますが、Facebook、Twitter、楽天のアカウント、Yahoo!Japan のID、Amazonのアカウントもご利用でき、各種支払いにも対応しています。(銀行振り込み、コンビニ支払い、Amazonペイメント、クレジットカード、Paypal、その他)。

なお現在は、パソコン等では、横書きの文章のほうが読みやすいという人たちもいると思い、縦書き版と横
書き版の二種類の版を用意してあります。 編集の都合上、総ページ数(縦書き版が453ページ、横書き版が367ページ)は異なっていますが、内容はまったく同じです。

*購入についての詳細は、購入前に下記のDLmarketのサイトを見てください
 http://www.dlmarket.jp/

動物園から神の王国へPDFダウンロード縦書き版」(1500円+税)(453ページ)
   http://www.dlmarket.jp/products/detail/331107

動物園から神の王国へPDFダウンロード横書き版」(1500円+税) (367ページ)
  http://www.dlmarket.jp/products/detail/331108

試読版(無料)は上記のサイトから、会員登録等なしに、どなたでも自由にダウンロードできますので、本との相性を確かめて、購入の判断をしていただければと思います。 (画像の下の、「立ち読みできます」をクリックすると、試読版PDFを無料でダウンロードできます)

*DLmarketで下記も販売中です。(無料試読〈聴)版は会員登録不要で、自由にダウンロードできます――画像の下の「立ち読みできます」をクリックしてください)  
 
「楽しいお金」PDFダウンロード版(本体価格1,000円)
http://www.dlmarket.jp/products/detail/290251


「 楽しいお金3」PDFダウンロード版(本体価格1,000円)
http://www.dlmarket.jp/products/detail/290294

 「人をめぐる冒険 」PDFダウンロード版(本体価格1,000円)
http://www.dlmarket.jp/products/detail/290283

「1994年バーソロミュー・ワークショップ東京会場1日目」MP3ダウンロード版(本体価格2,000円)
http://www.dlmarket.jp/products/detail/297870

「1994年バーソロミュー・ワークショップ東京会場2日目」MP3ダウンロード版(本体価格2,000円)
http://www.dlmarket.jp/products/detail/297880

「1994年バーソロミュー・ワークショップ京都会場1日目」MP3ダウンロード版(本体価格2,000円)
http://www.dlmarket.jp/products/detail/297958

「1994年バーソロミュー・ワークショップ京都会場2日目」MP3ダウンロード版(本体価格2,000円)
http://www.dlmarket.jp/products/detail/297975




「代替医療解剖」2017年03月13日 10時20分40秒

今、「代替医療解剖」(サイモン・シン著 新潮社)という本を読んでいる。「代替医療」 とは、通常の西洋医学によらない病気を治す療法を総称してこう呼んでいる。 本書で取り上げられている代替医療は、スピリチュアル系の人たちにはおなじみの、鍼、ホメオパシー、カイロプラクティック、ハーブ療法などである。

サイモン・シンについて少し説明しておくと、彼はこれまでに「フェルマーの最終定理」、「暗号解説」「宇宙創成」  など、一般向け科学書の分野で世界的に成功をしてきた非常にすぐれたイギリスの科学系ジャーナリストであり、私も今までに何冊か読んだことがある。

本書で、サイモン・シンは、もちろん代替医療を全面否定はしていないが、その歴史から現状までを綿密に調べ上げ、「多くは効果がない」、あるいは「効くことが科学的に証明されていない」という結論とともに、一般読者に警鐘をうながしている。

本書の内容自体は私にはあまり興味のないものなのだが、なぜ読もうと思ったかというと、本書の出版後、著者がウェブ上で書いたカイロプラクティックへの批判的記事が元で、イギリスのカイロプラクティック協会から名誉毀損で訴えられたその裁判の顛末が訳者あとがきに書かれているからである。

わずか数行の記事で、サイモン・シンは裁判のために数年の年月と三千万円の費用を使ったという。サイモン・シンが最終的には勝訴したこの裁判がイギリスで大きな話題となったらしいのは、第一審でサイモン・シンが敗訴したあと、イギリスの多くの科学系の人たちがサイモン・シンを熱烈に支援する運動を起こし、まさにこの裁判は、代替医療派vs 科学系の専門家(支援者)という戦いになってしまったからだ。
 
現代のイギリスは世界的名声を勝ち得ている非常にすぐれた自然科学の科学者を多く輩出している―日本でも知られている有名な人たちの名前を挙げてみれば――スティーヴン・ホーキング(理論物理学者)、リチャード・ドーキンス(進化生物学者)、ロジャー・ペンローズ(数学者、理論物理学者)、ピーター・アトキンソン(化学者)など。

このように優れた自然科学の学者を多く輩出しているイギリスは、私が感じるに、17世紀のニュートンの時代から「何事も実証されなければ、真理ではない」という強固な観念があるようで、それがイギリスの実証科学の強い伝統を支えている。

その一方で、イギリスには「イギリス国教会」という伝統的なキリスト教の宗教があり、こちらも非常に強固な組織と基盤をもっている。

イギリスという国をそれほど知っているわけではないので、あくまでも私の憶測の感じではあるが、イギリスには強固な宗教系と強固な科学系という二大思想潮流があって、それはときにはかなり対立的になることもあるのではないか、ということである。

先ほど名前を挙げたイギリスの科学界の重鎮である、リチャード・ドーキンスは宗教・神嫌いで有名で、彼には「神は妄想である」(同じイギリス人で、God-freak =神狂いのダグラス・ハーディングが聞いたら、泣いてしまいそうなタイトルだ)という著書まであり、以前読んだネットの記事によれば、反宗教広告をバス広告に載せるまで彼は徹底している。

そういうイギリスという国の背景を考えてみると、サイモン・シンの裁判は宗教対科学というイギリスの伝統的思想潮流の中にある対立の影響もあったのかもしれない。

さて、「代替医療解剖」をざっと斜め読みした感想から言えば、まず当然のことながら、著者のサイモン・シンはバリバリの科学派で、「代替医療」のようなあやふやなものが好きではないという科学派の根本的偏見がある。彼はすぐれたジャーナリストではあるが、その偏見は免れてはいない、という感じはある。

しかし、彼が本書の執筆を思い立った動機は充分に理解できるものだ。それはイギリスでは、代替医療が一般国民の間に非常に浸透し、しかもセレブの人たちの間でも人気で、チャールズ皇太子までが代替医療の推進に一役かっているという事情がある。

当然、代替医療の人気が出れば、質の低下は免れず、サイモン・シンは「代替医療のセラピストたちは、しばしば効果がなく、危険にさえなりかねない治療をおこなうばかりか、診療や医療品に多額の請求をする。あまり豊かではない親が、子供の健康のために間違った努力をし、むざむざ代替医療に金を注ぎ込むこともあるだろう」(文庫版396p)  と書いている。科学派の彼とすれば、調べれば調べるほど、モラルに欠けていると思われるプラクティショナーと治療例に出くわし、義憤に駆られて、本書を執筆したようにも感じられる。

日本でも、イギリスほどではないとしても、代替医療はある程度は認知され、そういった療法を利用する人たちも増えていることだろう。

西洋医学も含めて、精神・肉体に関す治療法に関しての私の考えは、西洋医学、代替医療、その他ヒーリング療法でも、万人に効くもの、万人に合うものはないし、おそらく万人に合う医者(プラクティショナー)もいないだろうということだ。

病気の治療という出来事には、基本的に、医者(プラクティショナー)、治療法や薬、患者(治療を受ける人)、そしてその人の病気の状態と、基本的に四つの要素があり、その四つの要素が複雑に絡み合って、効果があったりなかったりするのだと思っている。その四つの要素が全然かみ合わなければ、治療を受けても、かえって悪くなる場合だってあるかもしれない。科学的に証明されているとされる西洋医学でさえ、「万人に絶対、いつも百パーセント効く」治療法や薬などないと私は思っている。

そして、医者(プラクティショナー)のモラル、人格、技術(能力)も様々で、そして体や治療に関して患者がもっている観念も様々である。昔から「医は仁術」という言葉があり、医者(プラクティショナー)を信頼できるかどうかも非常に重要な要素であるはずだ。
 
だから、体の具合が悪くなったら、自分に合う信頼できる医者(プラクティショナー)、自分に合う治療法を見つけるしかない。医者(プラクティショナー)と治療法が自分に合えば、西洋医学だろうが、代替医療であろうが、その他ヒーリング療法だろうが、ある程度は治療効果があるだろうと思う。

私自身は体に関する医療やヒーリングの経験があまりないので、多くのことは語れないが、数少ない経験から思うことは、外側のものへの過信、盲信を避け、何が今自分に必要で正しい治療なのかに関して、自分の内側から来る直感と感覚を大切にすることで、ふさわしい医者(プラクティショナー)、ふさわしい療法に導かれる、ということである。

そして、最終的には自分の内なるヒーラー、薬局を信頼することである。「私たちの中心には宇宙薬局と宇宙薬剤がある」とダグラス・ハーディング は本にも書いている。サイモン・シンが聞いたら、ぶっとびそうな言葉だけれど……。


[イベント]         
下記の会に申し込まれた方で、こちらからの連絡がない方は、別のメールアドレスから
再度ご連絡ください。(こちらからの返信が届いていないように思われるメールアドレスがあります)

  
                           
 
 「ストレスについて学ぶ会」2017年3月20日(月曜午後-祝日) (東京 )
 

「ダグラス・ハーディングの会」2017年4月8日(土曜日午後)(岐阜市)
  


[お知らせ]
 
ダグラス・ハーディングの新刊「存在し、存在しない、それが答えだ」(ナチュラルスピリット発行 本体価格 2300円)好評発売中

目次は下記のサイトに掲載してあります。
http://www.simple-dou.com/CCP041.html

  

[シンプル堂電子書籍]

*「動物園から神の王国へ―サルの惑星、のような星で、平和に生きるために」(PDFファイル)ダウンロード版は、DLmarketのサイトで販売しています。お手持ちの機器(パソコン、タブレット、スマートフォン)に、PDFを読むソフト(AdobeReader等)が入っていれば、どなたでも読むことができます。

本書の詳しい目次は下記のサイトに出ています。

1部 ヒトにおけるセックスと闘争・暴力の問題について
2部 サルの壁 人の壁
3部 人生は、ド・アホでいこう!

DLmarketからファイルをダウンロードするためには、まず会員登録をする必要がありますが、Facebook、Twitter、楽天のアカウント、Yahoo!Japan のID、Amazonのアカウントもご利用でき、各種支払いにも対応しています。(銀行振り込み、コンビニ支払い、Amazonペイメント、クレジットカード、Paypal、その他)。

なお現在は、パソコン等では、横書きの文章のほうが読みやすいという人たちもいると思い、縦書き版と横
書き版の二種類の版を用意してあります。 編集の都合上、総ページ数(縦書き版が453ページ、横書き版が367ページ)は異なっていますが、内容はまったく同じです。

*購入についての詳細は、購入前に下記のDLmarketのサイトを見てください
 http://www.dlmarket.jp/

動物園から神の王国へPDFダウンロード縦書き版」(1500円+税)(453ページ)
   http://www.dlmarket.jp/products/detail/331107

動物園から神の王国へPDFダウンロード横書き版」(1500円+税) (367ページ)
  http://www.dlmarket.jp/products/detail/331108

試読版(無料)は上記のサイトから、会員登録等なしに、どなたでも自由にダウンロードできますので、本との相性を確かめて、購入の判断をしていただければと思います。 (画像の下の、「立ち読みできます」をクリックすると、試読版PDFを無料でダウンロードできます)

*DLmarketで下記も販売中です。(無料試読版は会員登録不要で、自由にダウンロードできます――画像の下の「立ち読みできます」をクリックしてください)  
 
「楽しいお金」PDFダウンロード版(本体価格1,000円)
http://www.dlmarket.jp/products/detail/290251


「 楽しいお金3」PDFダウンロード版(本体価格1,000円)
http://www.dlmarket.jp/products/detail/290294

 「人をめぐる冒険 」PDFダウンロード版(本体価格1,000円)
http://www.dlmarket.jp/products/detail/290283

「1994年バーソロミュー・ワークショップ東京会場1日目」MP3ダウンロード版(本体価格2,000円)
http://www.dlmarket.jp/products/detail/297870

「1994年バーソロミュー・ワークショップ東京会場2日目」MP3ダウンロード版(本体価格2,000円)
http://www.dlmarket.jp/products/detail/297880

「1994年バーソロミュー・ワークショップ京都会場1日目」MP3ダウンロード版(本体価格2,000円)
http://www.dlmarket.jp/products/detail/297958

「1994年バーソロミュー・ワークショップ京都会場2日目」MP3ダウンロード版(本体価格2,000円)
http://www.dlmarket.jp/products/detail/297975


創造(構造)と破壊(混乱) (2)2017年02月22日 09時29分45秒

 熱力学という学問の発展の歴史を読んでみると、なかなか興味深いものがある。それは蒸気機関の効率を向上させるために18世紀に始まった学問ながら、現在はあらゆる現象にその考え方を応用することができるとされ、この世の様々な事象はなぜ起こるのかに対する科学的な答えを提供している。

その深遠で平凡な答えとは、一言でまとめると、

エントロピー(無秩序の度合い)が常に増大する方向へ物事は変化する」というものである。

たとえば、私たちの日常でよく見られる現象を挙げれば、
(外から熱を加えなりかぎり)50度のお湯は自然に冷めて、周囲に熱をばらまいてエントロピーを増大させる。熱は自然の状態では温度の高いほうから低いほうへ流れる。なぜなら、これがエントロピーが増大する方向だからだ。

そして、奇妙なことに、熱力学の深遠な第二法則(エントロピーの法則)によって、宇宙は常にエントロピー(無秩序の度合い)が増大する方向が自然でありながら、私たちのまわりには仕事をするたくさんの構造体(人類を含む生物、乗り物、惑星、国家など)が出現しているということである。確かに現象的には私たちのまわりの物質世界は構造体だらけで、(災害等でなければ)混乱を見るほうが少ない。

これはなぜかと言えば、常にエントロピー(無秩序の度合い)が増大するという熱力学の法則に実際は反しているわけではなく、仕事をして構造体を作る過程で、よりたくさんの混乱が生まれ、総量としてはエントロピー(無秩序の度合い)が増大するからだ。逆に言えば、エントロピー(無秩序の度合い)が増大するゆえに、仕事が為されるということである。

たとえば、車などの乗り物は、ガソリンを消費して仕事(動力)を生み出すが、その過程で必ず廃熱を生み出し、排気を必要とする。廃熱を生み出すことで、最初より環境のエントロピー(無秩序の度合い)を増大させる。
 
人類の活動(仕事)はたくさんの廃熱を生み出し、それが現在の地球温暖化の問題となっている。廃熱を出さずに、つまり、環境のエントロピーを増大させることなく、人類は活動することはできない。これは人類がかかえるジレンマなのである。

私が今こうして、皆さんに読んでもらうために秩序ある文書を書こうと奮闘している最中にも、私の心身を通過するエネルギーの一部は廃熱になり、環境のエントロピー(無秩序の度合い)を増加させ、地球温暖化に加担しているはずだ(笑)。

さらにエントロピーの法則から、こういったメンタルな活動を考えてみれば、一部の人たち(文章を書くことを仕事にしている人たち)が、文章という秩序だった構造体(作品と言われるもの)を頑張ってたくさん作るゆえに、それ以外の多数の人たちの思考領域に混乱が生まれる、とも言えるのだ(苦笑)。

エントロピーについて学ぶと何が興味深いかというと、それは人間を含む生物も、エンジンで動く乗り物も、地球や惑星、太陽などの天体も、そして国家などの社会組織も、熱力学の観点から見ると、すべて「エネルギーを消費して仕事をする構造体」と見なすことができ、同じように考えることができるという点である。

人間そのもの、そして地球そのものが太陽エネルギーを消費して、仕事(創造活動)している機械なのだ。創造活動というと聞こえがいいが、その結果エントロピーを増大させ、つまり破壊や混乱を作り出し、その混乱によって事象が変化しつづけている(これがいわゆる「進化」と呼ばれるものの実態である)。
そのことを冷めて語るのか、あるいは熱く語るかは、科学者の間でも多少態度が異なるものだ。前回紹介した2人の専門家の言葉をまた紹介すると、

「世の中は、放っておけば自然に「でたらめ」になっていきます。これは大原則であり、『エントロピー増大の法則』 は決して侵されません。しかし、ある程度のエネルギーが環境から与えられると、ある局所的な部分において、あたかも『エントロピー増大の法則』に反するような現象が生じます。この現象は、『エントロピー増大の法則』の大原則から見ると、大きな流れの中にたまゆらにできた渦のようなものです。(中略)この△H環境は、『エントロピー増大の法則』の大原則に逆行する奇跡を地球上で成し遂げて来ました。(中略)

多くの原始宗教が太陽を神としましたが、これは非常に理にかなっていることです。太陽からのエネルギーの最も重要な効果は、秩序の形成です。つまり、宇宙原理である『』エントロピー増大の法則』の大原則に逆行するには、エネルギーの供給が絶対に必須であるということです。先に述べたように、極めて大きなエネルギーを与えてくれる太陽があってこそ、私たち人類は誕生することができました」
 (「熱力学で理解する化学反応のしくみ」 (平山令明著 講談社) 

一方で、非常に冷めて語るのは、アトキンスで「エントロピーと秩序」(日経サイエンス社)の本を下記の文章で締めくくっている。
 
 「私たちはカオスの子供である。何かが変化するとき、その奥底では腐敗が起きている。根底にはただ、崩壊があるのみで、カオスがくい止めようのない波となって、押し寄せてきている。カオスになることは何も目的ではなく、あるのは、カオス状態に向かう方向だけである。宇宙の内部を奥深く冷静に見ると、このようななんとももの寂しい真理が見えてくるが、これこそ私たちが受け入れなければならない現実なのである。

とはいっても、まわりを見まわして、そこにある美しいものをながめるとき、あるいは意識の中をのぞきこんだり意識を自覚するとき、そして人生の楽しみをいくぶんもつようになるとき、宇宙の中がまえよりずっと豊かなものに思えてくる。しかし、これは人間の心情であって、頭ではこのように考えるべきではない。科学と蒸気エンジンのほうがずっと崇高である。科学と蒸気エンジンが手を組んで、複雑さの中に潜んでいる壮大な単純さを明かりにさらすからである」

冷めて現象を見るにせよ、不思議に思って見るにせよ、世界は混乱(カオス)によって進むという事は、熱力学という学問が発見した科学的な事実である。

エントロピーの法則から私たち素人が学ぶべきこととは、創造の裏には破壊があり、構造(秩序)の裏には混乱(カオス)があるということである。だから、前回も書いたように、創造(構造)→破壊(混乱)→創造(構造)は自然のサイクルであり、もし創造(構造)を喜ぶべきだとしたら、破壊(混乱)も喜ぶべきだということである。
 
ただし、創造しすぎると、つまり、無理に仕事をしすぎること=無理に構造や秩序を作りするぎると、破壊や混乱も早急に起こりやすくなる(起こる確率が高くなる)ことも理解するべきことである。最近、よく話題になる過労死や過労自殺の問題も、エントロピーの法則から考えれば(常識的に考えてもそう言えるが)、仕事をしすぎるので、大規模な破壊(極端な場合は人間構造体の死)も起こらざるをえないということである。

そして政治の世界にもエントロピーの考え方は応用できる。アメリカの新大統領トランプさんのように、極度に自分勝手な秩序を早急に築こうとする指導者は、いっそうの混乱(カオス)を国の内外に生み出し、まさにアトキンスが言うように、「カオスがくい止めようのない波となって、押し寄せてきている」……
 
もし次に、自分の世界の中の何かの構造体が突然壊れることがあったら、たぶんどこかで頑張りすぎたか、無理をしているか、無理をさせすぎているか、物事をコントロールしようとしすぎたか(コントロール願望=自分にとって都合のいい秩序を作りたいという願望)、だと思って振り返ってみるといいかもしれない(私も今年は新年早々、まわりの小さな構造体の一部が突然数個ほど壊れ、慌ただしい一年の始まりとなった)。


[イベント]                                                  
 
 「ストレスについて学ぶ会」2017年3月20日(月曜午後-祝日) (東京 )
 
[お知らせ]
 
ダグラス・ハーディングの新刊「存在し、存在しない、それが答えだ」(ナチュラルスピリット発行 本体価格 2300円)好評発売中

目次は下記のサイトに掲載してあります。
http://www.simple-dou.com/CCP041.html

  

[シンプル堂電子書籍]

*「動物園から神の王国へ―サルの惑星、のような星で、平和に生きるために」(PDFファイル)ダウンロード版は、DLmarketのサイトで販売しています。お手持ちの機器(パソコン、タブレット、スマートフォン)に、PDFを読むソフト(AdobeReader等)が入っていれば、どなたでも読むことができます。

本書の詳しい目次は下記のサイトに出ています。

1部 ヒトにおけるセックスと闘争・暴力の問題について
2部 サルの壁 人の壁
3部 人生は、ド・アホでいこう!

DLmarketからファイルをダウンロードするためには、まず会員登録をする必要がありますが、Facebook、Twitter、楽天のアカウント、Yahoo!Japan のID、Amazonのアカウントもご利用でき、各種支払いにも対応しています。(銀行振り込み、コンビニ支払い、Amazonペイメント、クレジットカード、Paypal、その他)。

なお現在は、パソコン等では、横書きの文章のほうが読みやすいという人たちもいると思い、縦書き版と横
書き版の二種類の版を用意してあります。 編集の都合上、総ページ数(縦書き版が453ページ、横書き版が367ページ)は異なっていますが、内容はまったく同じです。

*購入についての詳細は、購入前に下記のDLmarketのサイトを見てください
 http://www.dlmarket.jp/

動物園から神の王国へPDFダウンロード縦書き版」(1500円+税)(453ページ)
   http://www.dlmarket.jp/products/detail/331107

動物園から神の王国へPDFダウンロード横書き版」(1500円+税) (367ページ)
  http://www.dlmarket.jp/products/detail/331108

試読版(無料)は上記のサイトから、会員登録等なしに、どなたでも自由にダウンロードできますので、本との相性を確かめて、購入の判断をしていただければと思います。 (画像の下の、「立ち読みできます」をクリックすると、試読版PDFを無料でダウンロードできます)

*DLmarketで下記も販売中です。(無料試読版は会員登録不要で、自由にダウンロードできます――画像の下の「立ち読みできます」をクリックしてください)  
 
「楽しいお金」PDFダウンロード版(本体価格1,000円)
http://www.dlmarket.jp/products/detail/290251


「 楽しいお金3」PDFダウンロード版(本体価格1,000円)
http://www.dlmarket.jp/products/detail/290294

 「人をめぐる冒険 」PDFダウンロード版(本体価格1,000円)
http://www.dlmarket.jp/products/detail/290283

「1994年バーソロミュー・ワークショップ東京会場1日目」MP3ダウンロード版(本体価格2,000円)
http://www.dlmarket.jp/products/detail/297870

「1994年バーソロミュー・ワークショップ東京会場2日目」MP3ダウンロード版(本体価格2,000円)
http://www.dlmarket.jp/products/detail/297880

「1994年バーソロミュー・ワークショップ京都会場1日目」MP3ダウンロード版(本体価格2,000円)
http://www.dlmarket.jp/products/detail/297958

「1994年バーソロミュー・ワークショップ京都会場2日目」MP3ダウンロード版(本体価格2,000円)
http://www.dlmarket.jp/products/detail/297975



             





   



創造(構造)と破壊(混乱=カオス) (1)2017年01月23日 07時45分23秒

 皆様、あけましておめでとうございます。

 今年も、適当にゆるくブログを書いていく予定ですので、お暇なときにお付き合いください。

今年は、久しぶりに科学の話から書こうと思い立った。
 
昨年、何度か東京の街(新宿や渋谷)へ行って感じたことは、2020年の東京オリンピック開催の影響なのか、建築工事(オフィスビル、ホテルの建築、道路工事など)が非常に多いということだ。そして、私が住んでいる首都圏の街でも、ここ5年くらい新築マンションの建築が続いている。

素人の素朴な感覚から言うと、「人口が減っていく時代に、おいおい、そんなに新しい箱物をどんどん造って大丈夫なのか?」  という感じである。

箱物(コンクリート製の建物)  の建築現場を見かけるときに、よく思い出す文章が、イギリスの著名な化学者であるピーター・アトキンスの本、「 エントロピーと秩序 」(日経サイエンス社)の中の次の文章だ。

エンジンは、レンガ、ブロック、鉄骨などからビルをつくりだすことができる。しかし、これは『破壊』の結果としてできあがったのである。」  ( 115P「5章カオスの力」より)

構造の一様性は、ほかのどこかがその犠牲として乱雑な状態になって、はじめて現れる。世の中のある部分に構造ができて一様性が現れるのは、それと同時に、ほかのところが大きな規模で乱雑状態へ崩壊していく場合である」(274p9章「カオスがつくりだす模様」)
 
以上の有名な熱力学の法則(一般的な言葉では「エントロピーの法則」と呼ばれるが)をもう少しわかりやすく言えば、

何かの構造物を造るためには、破壊(混乱=カオス)が必要である、ということである。つまり、じゃんじゃん箱物を建築するためには、それ以外のどこか他の場所でじゃんじゃん破壊(混乱)が必要ということである。

もちろん、創造(構造建築)と破壊(混乱)のバランスが取れていれば、別に問題はないわけで、創造(構造)→破壊(混乱)→創造(構造)というサイクルは自然のサイクルでもある。

しかし、日本の建築構造物に話を限れば、日本全国で使われていない非常に多くの老朽化したビル、人が住んでいない家屋が何もされずに放置されている現状を見ると、建築構造物の創造と破壊のバランスが取れているとは言えない感じである。

本当は、人が使っていない老朽化した建物・家屋をまず壊すか、リノベーション(全部を壊さず、必要なところだけ新しくすること)するほうが順番が先で、それから必要な新しい建物を造るべきなんだと思う。しかし、新築の箱物を造ることはお金が儲かるので、すぐに事が進行するが、老朽家屋の破壊やリノベーションは時間がかかり、お金も儲からないので遅々として進んでいないようである。

この日本の建築構造物の創造と破壊のアンバランスから予想されうることは、人間が創造と破壊の適切なバランスを造らないとしたら、自然がそれを無理やりやる可能性が高くなるということだ。つまり、災害(自然災害、人為災害)等による破壊がより起こりやすくなるということである。
 
 科学者は人間活動のアンバランスについて、熱力学の法則の観点から次のように警告する。

自然界では、温度が上がろうとすると、上がりすぎないように、コントロールが働きます。ある生物が増えすぎると、集団自殺なでも含め、その数をコントロールする力が働きます。自然界はいつでもアクセルとブレーキを操っています。
 人間が本当に賢ければ、この自然界の法則の意味を理解した上での、アクセル操作とブレーキ操作ができるはずですが、人間もどうやら自然の法則に埋没しているようで、自分達のやり過ぎを自然によってきつく制御(叱責)されるまでは、気づくことがないのかも知れません。」  (「熱力学で理解する化学反応のしくみ」182p平山令明著 講談社発行)

この創造と破壊のバランスとアンバランスという観点は、非常に多くのことに応用できる考え方である。

たとえば、「動物園から神の王国へ」の2部でも書いた話であるが、日本も含めて先進国では、高齢化が進んでいる。それは、医学、福祉の発達のおかげで、人が簡単に死ななくなって(死ねなくなって)いるからである。そのため、破壊(死)が不足するために、よって生(誕生)も不足に陥っている。少子化(子供が生まれない)という日本の現実は、子供をもつかもたないか、生むか生まないかという個人の意志には本当は関係なく(見かけはそう見えるかもしれないが)、人間構造物の単純なエントロピーの問題、そして日本という国の領域におけるお金・時間の資源配分の問題なのだと私は思っている。

おそらくあと10年くらいして、日本の少子高齢化の問題がもっともっと深刻になるとき、この国は財政的な理由から、安楽死や胃瘻の是非を問わざるを得ないときがくるだろうと思う。

そんな現状で、日本のような老人国が運動会(東京オリンピック)をやる体力的財政的余裕があるとも思えないし、東京オリンピックの開催をめぐってはトラブル続きで、先行きの暗雲がしばしば暗示されてきた。しかし、もう後戻りもできず、現在日本はオリンピックという名の構造物をかなり無理して造ることに邁進している。

その結果は、いっそうの混乱(カオス)……老いた日本には、過激な運動後の体の疲労、痛みのように感じられるだろうが、大規模な混乱からまた新しい時代に合ったシステムや構造が生まれるなら、それもそれでよいのかもしれない。
 
人間は、 「自分達のやり過ぎを自然によってきつく制御(叱責)されるまでは、気づくこと」ができない生き物……いつも痛感させられる事実だ。


 
[イベント]                                                  
 
 「私とは本当に何かを見る会」2017年2月11日(土曜午後) 東京 
 
[お知らせ]
 
ダグラス・ハーディングの新刊「存在し、存在しない、それが答えだ」(ナチュラルスピリット発行 本体価格 2300円)好評発売中

目次は下記のサイトに掲載してあります。
http://www.simple-dou.com/CCP041.html

  


[シンプル堂電子書籍]

*「動物園から神の王国へ―サルの惑星、のような星で、平和に生きるために」(PDFファイル)ダウンロード版は、DLmarketのサイトで販売しています。お手持ちの機器(パソコン、タブレット、スマートフォン)に、PDFを読むソフト(AdobeReader等)が入っていれば、どなたでも読むことができます。

本書の詳しい目次は下記のサイトに出ています。

1部 ヒトにおけるセックスと闘争・暴力の問題について
2部 サルの壁 人の壁
3部 人生は、ド・アホでいこう!

DLmarketからファイルをダウンロードするためには、まず会員登録をする必要がありますが、Facebook、Twitter、楽天のアカウント、Yahoo!Japan のID、Amazonのアカウントもご利用でき、各種支払いにも対応しています。(銀行振り込み、コンビニ支払い、Amazonペイメント、クレジットカード、Paypal、その他)。

なお現在は、パソコン等では、横書きの文章のほうが読みやすいという人たちもいると思い、縦書き版と横
書き版の二種類の版を用意してあります。 編集の都合上、総ページ数(縦書き版が453ページ、横書き版が367ページ)は異なっていますが、内容はまったく同じです。

*購入についての詳細は、購入前に下記のDLmarketのサイトを見てください
 http://www.dlmarket.jp/

動物園から神の王国へPDFダウンロード縦書き版」(1500円+税)(453ページ)
   http://www.dlmarket.jp/products/detail/331107

動物園から神の王国へPDFダウンロード横書き版」(1500円+税) (367ページ)
  http://www.dlmarket.jp/products/detail/331108

試読版(無料)は上記のサイトから、会員登録等なしに、どなたでも自由にダウンロードできますので、本との相性を確かめて、購入の判断をしていただければと思います。 (画像の下の、「立ち読みできます」をクリックすると、試読版PDFを無料でダウンロードできます)

*DLmarketで下記も販売中です。(無料試読版は会員登録不要で、自由にダウンロードできます――画像の下の「立ち読みできます」をクリックしてください)  
 
「楽しいお金」PDFダウンロード版(本体価格1,000円)
http://www.dlmarket.jp/products/detail/290251


「 楽しいお金3」PDFダウンロード版(本体価格1,000円)
http://www.dlmarket.jp/products/detail/290294

 「人をめぐる冒険 」PDFダウンロード版(本体価格1,000円)
http://www.dlmarket.jp/products/detail/290283

「1994年バーソロミュー・ワークショップ東京会場1日目」MP3ダウンロード版(本体価格2,000円)
http://www.dlmarket.jp/products/detail/297870

「1994年バーソロミュー・ワークショップ東京会場2日目」MP3ダウンロード版(本体価格2,000円)
http://www.dlmarket.jp/products/detail/297880

「1994年バーソロミュー・ワークショップ京都会場1日目」MP3ダウンロード版(本体価格2,000円)
http://www.dlmarket.jp/products/detail/297958

「1994年バーソロミュー・ワークショップ京都会場2日目」MP3ダウンロード版(本体価格2,000円)
http://www.dlmarket.jp/products/detail/297975



 



家族への執着・嫌悪、そして再び愛情2016年12月20日 11時33分48秒

今回のダグラス・ハーディングの「存在し、存在しない、それが答えだ」の19章「浴場の絵」の中で引用されているイエス・キリストの言葉、「もしどんな人でも私のところへ来て、自分の父と母、妻、子供たち、兄弟姉妹を憎まないものは、私の弟子になれない」 に関して、「この言葉は、すべてを愛するというキリストの愛と
矛盾するようで、よくわからない」という感想をいただいた。

ここで、「憎む」という言葉が適切なのかどうか、 イエスが本当に「憎む」という言葉を使ったのかどうか、私には疑問が残るところであるが、この言葉の本当の意味、そして、ダグラス・ハーディングがこの章で何を言わんとしているのか、私なりの理解を書いてみよう。
 
伝統的キリスト教では(仏教も同じであるが)、すべての世俗的執着を断ち切らないかぎり、人は神(仏)を求めることはできないと考えられてきた。つまり、神への愛 が他のすべての愛よりも大きくないかぎり、人は神への道を歩くことはできないとされてきたのだ。

そしてこの考えの元となったのが、イエス・キリストの「自分の父と母、妻、子供たち、親兄弟を憎まないものは……」  の発言だったようで、そのため、神への道を歩く者たちは親兄弟を捨て、家族生活も営まない、というふうに徹底してきたわけだ。

世俗的人間関係の中で私たちが最大に愛着するものが、家族への愛情で、親、子、兄弟姉妹への愛着である。そして、愛着とは執着で、執着とは依存である。
 
もし人が家族に執着・依存するとすれば、それはただ神だけを求め、ただ神だけを愛し、ただ神だけに依存することに対する最大の障害なのである

つまり、イエス・キリストが言わんとしたことは、家族への愛着(執着)・依存と神を求めることは両立しないということで、そこで彼は弟子たちに「もしあなたにとって家族がそんなに大事なら、私の弟子になることはできない。だから、神か家族かどっちかを選択せよ」と迫ったわけだ。(どこかで読んで記事によれば、以前は「親兄弟を憎む」ではなく、「親兄弟を捨てる」という訳だったとか)

問題は、外側で家族や世俗的生活を断ち切っても、人は心の中で必ずしも執着を断ち切れるわけではない、ということである。立派な法衣を着た聖職者や僧侶たちの性的金銭的スキャンダルが歴史上、現在に至るまでえんえんと続いている事実を見れば、世俗的執着を断ち切ることがどれほど困難かを物語っている。

キリストの「親兄弟を憎まないものは……」  と絡めて、ダグラス・ハーディングがこの19章で語っていることは、私たちが対象として見るどんな人(自分の家族も含めて)も、ただそれ自身では厚紙の切り抜きないし空っぽの船にすぎず、何の実体もないということだ。

そのさらなる意味とは、私たちは自分が見る他人の目に魅了されたり、愛着したり、それを恐れたり、嫌ったりするが、実際は彼らの目の背後には誰も住んでず、それは親でも子でも兄弟姉妹でも(恋人や友人でも)ない、ただの厚紙の切り抜きないし空っぽの船、単なるイメージである。

しかし、主体的に言えば、ダグラスが言うように「あなたが見るすべての目は盲目であるのに対して、その所有者たちは誰も盲目ではないということである。すべての人は見ている一なるもののただ一つの目で見ている

そしてそのことを見るとき、「私たちは皆が何もないものにされている聖なる中心以下であることを断固拒否し、そのことによってすべてであり、愛そのものである一なるものと一つになることである」(以上の引用は「存在し、存在しない、それが答えだ」p257-258)

つまり、私の本質と自分が見る対象の本質が一つであることを認識することによって、再び愛が復活するというわけである。そして、縁があるなら再び夢の中(厚紙の切り抜きの世界)で、親子、兄弟姉妹、夫婦、友人、恋人を演じ、執着なく愛し合うということになる。

執着なく家族を愛することがどういうことか、ラマナ・マハルシが弟子であるプンジャジ(「覚醒の炎」という邦訳本がある)に語ったエピソードが、私はとても好きなので、以前にもこの話を紹介したことがあるが、再び紹介してみよう。

プンジャジはラマナ・マハリシに出会い、ラマナに恋し、家族を捨てて一生、ラマナのアシュラムに住む決心をしていた。彼は結婚していて、子供が何人かいて、両親の面倒を見る立場にあった。あるとき家族からアシュラムに連絡が来て、それは「故郷の町が戦争に巻き込まれて、大変な状況になっているから、すぐに帰れ」という内容だった。ところが、そんな連絡をもらっても、プンジャジは「あれは夢の家族で、自分にはどうでもいい」とまったく心も動かされずにいた。

その話をラマナが聞きつけ、プンジャジを呼んで、尋ねた。「家族が大変な状況にいるというのに、どうしてあなたは家族のところへ帰らないのですか?

プンジャジ「あれは夢の家族で、私にはもうどうでもいいのです。私にはあなた以外誰も必要ではありません
ラマナ「だったら、夢の世界で、夢の夫、夢の息子、夢の親として、義務を果たしなさい

ラマナの言葉に、抗えないパワーを感じて、プンジャジはイヤイヤ承諾し、家族の元に帰ることにし、しかも、自分が生きている間、もう二度とラマナに会えない運命も直感的に悟ったという。

これはたぶん、プンジャジが三十代前半の話で、その後、彼は大家族の生計を支えるために定年退職するまで懸命に働いたという話だ。彼はすべての家庭的義務が終わったあとで、再び放浪生活に入り、インド国内、ヨーロッパ、アメリカとあちこち行ってサットサンをおこなった。(以上の話をどこで読んだか、記憶が確かではないが、たぶん、プンジャジの伝記、”Nothing ever Happened” に出ていた話だと思う)

 今、「執着なく愛する」と書いたが、実はここでも言葉が曲者で、それは「夢の中の登場人物(人間物体の小さい自分)が、別の登場人物に愛着したり、嫌悪したりしないように努力するとか、無理やり執着を断ち切る」ということではなく、実際は「夢の中の登場人物が別の登場人物に愛着したり、嫌悪する様子」をただ眺める(観照する)ということである。もし人間物体が夢の登場人物にすぎないとわかるなら、それが他人に愛着しようが、嫌悪しようが、それこそ、Who cares!? (そんなこと誰がかまうもんか)、であろう。

ラマナ・マハルシでさえ、自分の母親が死んだとき、涙を流して、悲しんだと伝えられている。「(執着がないとされている)聖者も自分の親の死を悲しむのですか?」と信者に尋ねられたとき、ラマナは「息子が母親の死を悲しむのは当然である」と答えたという。

最後は私の話だ。20代の後半の頃、私がスピリチュアルに深く傾倒していることが両親にばれて、特に母親が激怒し、ストレスから病気になるほどだった。

その時の私の気持ちと態度は、親に死んでくれとまでは思わなかったとしても、「親が不幸だろうが幸せだろうが、生きようが死のうが、一切私には関係も関心もありません」という非常に利己的で冷たいものだった。なので、縁は切れなかったものの、それからかなりの間、親子関係は非常に冷えたものだった。

その時代、私はロシアの神秘思想家、グルジェフの教えに影響を受けていて、私が強く記憶に留めている言葉の一つは、キリストの「親兄弟を憎まないものは……」  とは正反対のもので、彼はこう弟子に言っている。「自分の親を愛せないものは、私の弟子になることはできない」(グルジェフはひょっとしたら、キリストの有名な言葉を意識して、わざとこう言ったのかもしれない)。自分の弟子になる条件として、こんな世俗的で平凡なことをグルジェフが言う真意が私は理解できなかった。

しかし、それからずっとこの言葉を考え、次第に親との関係も修復されるにつれて、ようやくグルジェフは事の核心を言っているのだとわかった。それは書けば長い話になるので、簡単に言ってしまえば、私たちの世俗人生においては、親とグルと神は同じ立場にあるということだ。つまり、自分の親を愛せない人は、グルを愛せず、グルを愛せない人は神も愛せないという構図になる。グルジェフはこう言ったという。「自分の親との間に問題をかかえている人は、グルとも同じ問題をかかえることになるだろう」(ここでも「愛する」という言葉は注意が必要だ。霊的な意味で「愛する」とは、感情的に「好き」という意味ではなく、むしろ、「理解する」「存在を受容する」に近い)

「親兄弟を憎まないものは……」 と「自分の親を愛せないものは……」は、見かけ正反対のことを言っているように見えるが、実際はそれはコインの表・裏のようなもので、愛着・嫌悪→無関心→再び(夢の世界で)愛情(と時々うんざり)と、円が一回りしてくれば、同じところへたどり着くのである。


[カモミール様へのお詫び]

コメントの真意を誤解していたようで、失礼をお許しください。

[お礼]

今年も一年間ブログを読んでいただき、また私が主催している活動に対して様々なご支援をいただき、ありがとうございました。お目にかかった皆様にには、そのご縁に感謝します。来年は1月の中旬頃からブログを開始します。 それでは、クリスマスやお正月を一緒に過ごす夢の家族、恋人や友人がいる方は、その人たちとの時間を楽しみ、そういった煩わしいもの(笑)  がいない皆さんは、一人の時間を楽しんでください。書き忘れるところでしたが、最後に、「動物園から神の王国へ」を読んでいただいた、私の著書のコアな読者の皆様、皆様に読んでいただいたおかげで、次作を書く意欲がますます湧いてきました(でもまだ一行も書いていないけど)。

[イベント予定]
 
「私とは本当に何かを見る会」 2017年2月11日(土曜日)(東京)
予約は2017年1月の中旬から開始します。

[来年の出版予定]

ニサルガダッタ・マハラジ"Prior to Consciousness "(意識以前)
  出版間近になりましたら、紹介記事を書きます。

 
[お知らせ]
 
ダグラス・ハーディングの新刊「存在し、存在しない、それが答えだ」(ナチュラルスピリット発行 本体価格 2300円)が発売されました。

目次は下記のサイトに掲載してあります。
http://www.simple-dou.com/CCP041.html

  
[シンプル堂電子書籍]

11月14日より、下記のDLmarketでYahoo!Japan のIDも利用できるようになりました。

*「動物園から神の王国へ―サルの惑星、のような星で、平和に生きるために」(PDFファイル)ダウンロード版は、DLmarketのサイトで販売しています。お手持ちの機器(パソコン、タブレット、スマートフォン)に、PDFを読むソフト(AdobeReader等)が入っていれば、どなたでも読むことができます。

本書の詳しい目次は下記のサイトに出ています。

1部 ヒトにおけるセックスと闘争・暴力の問題について
2部 サルの壁 人の壁
3部 人生は、ド・アホでいこう!

DLmarketからファイルをダウンロードするためには、まず会員登録をする必要がありますが、Facebook、Twitter、楽天のアカウント、Yahoo!Japan のID、Amazonのアカウントもご利用でき、各種支払いにも対応しています。(銀行振り込み、コンビニ支払い、Amazonペイメント、クレジットカード、Paypal、その他)。

なお現在は、パソコン等では、横書きの文章のほうが読みやすいという人たちもいると思い、縦書き版と横
書き版の二種類の版を用意してあります。 編集の都合上、総ページ数(縦書き版が453ページ、横書き版が367ページ)は異なっていますが、内容はまったく同じです。

*購入についての詳細は、購入前に下記のDLmarketのサイトを見てください
 http://www.dlmarket.jp/

動物園から神の王国へPDFダウンロード縦書き版」(1500円+税)(453ページ)
   http://www.dlmarket.jp/products/detail/331107

動物園から神の王国へPDFダウンロード横書き版」(1500円+税) (367ページ)
  http://www.dlmarket.jp/products/detail/331108

試読版(無料)は上記のサイトから、会員登録等なしに、どなたでも自由にダウンロードできますので、本との相性を確かめて、購入の判断をしていただければと思います。 (画像の下の、「立ち読みできます」をクリックすると、試読版PDFを無料でダウンロードできます)

*DLmarketで下記も販売中です。(無料試読版は会員登録不要で、自由にダウンロードできます――画像の下の「立ち読みできます」をクリックしてください)  
 
「楽しいお金」PDFダウンロード版(本体価格1,000円)
http://www.dlmarket.jp/products/detail/290251


「 楽しいお金3」PDFダウンロード版(本体価格1,000円)
http://www.dlmarket.jp/products/detail/290294

 「人をめぐる冒険 」PDFダウンロード版(本体価格1,000円)
http://www.dlmarket.jp/products/detail/290283

「1994年バーソロミュー・ワークショップ東京会場1日目」MP3ダウンロード版(本体価格2,000円)
http://www.dlmarket.jp/products/detail/297870

「1994年バーソロミュー・ワークショップ東京会場2日目」MP3ダウンロード版(本体価格2,000円)
http://www.dlmarket.jp/products/detail/297880

「1994年バーソロミュー・ワークショップ京都会場1日目」MP3ダウンロード版(本体価格2,000円)
http://www.dlmarket.jp/products/detail/297958








 


「字幕屋の気になる日本語」2016年12月13日 08時50分02秒

以前、字幕翻訳家の太田直子さんの著書、「字幕屋は銀幕の片隅で日本語が変だと叫ぶ」 (光文社)  をこのブログで紹介したことがある。
   http://simple-dou.asablo.jp/blog/cat/social/?offset=30

その太田さんのことだが、最近、今年出た彼女の新刊「字幕屋の気になる日本語」(新日本出版社)を読んで驚いた。それは「遺稿集」なのだ。太田さんは今年の初めに亡くなられたのだ。1959年生まれ。享年56歳。
 
その前の著書、「字幕屋のニホンゴ渡世奮闘記」(岩波書店)を読んでもう一つ驚いたことがある。この本には、映画字幕を作るプロセスが1から10まで丁寧に説明してあり、字幕を作っているときの彼女の1週間の日誌まで掲載されている。

それによれば、映画の字幕翻訳は、仕事を受注してから終わるまでが約2週間、翻訳に当てる時間がそのうちの1週間と超スピードの世界なのだ。同じく外国語を日本語にする仕事であっても、本の翻訳の仕事は、翻訳を開始してから、本が出るまでトータルで数年の期間がかかるのとは、大違いである。

そしてその2週間は、少し寝て、食べる時間を除いたすべての時間が仕事に費やされる。太田さんは典型的な夜型の人であったようで、ほとんど毎日朝方まで仕事をしている。

こういう生活を20代から数十年続けてきて、最近は、エッセイ書き、講演、翻訳学校での講師の仕事でも多忙であった様子が本からはうかがえる。

その生活スタイルと多忙さだけでもかなりのストレスを想像するが、それに加えて、字幕業界の現実から、一般の人たちの日本語の使い方まで、彼女の憂いと怒りがエッセイにはあふれている。言葉に対するこだわりが半端ではなく、しかも律儀で、色々のことに気遣いし、正義感の強い方なんだと思う。

便乗するならカネ送れ」(「字幕屋の気になる日本語」)というタイトルの文章の中で、 字幕の仕事を発注するクライアントに、 「若く優秀な字幕翻訳者を安く使いつぶさないように 」お願いまでしている。映画業界も相当なブラック業界のようである。彼女自身は、名声も実力もあるので、ちゃんとした報酬をもらっていたのだろうけど、若い世代の字幕翻訳家の現状、そしてこれからの字幕文化 の行く末を心から案じて、エッセイの中で異例のお願いである。こいう憂いや怒りも彼女の命を縮める原因となったのかもしれない。
 
私も人生でたった一度、ほんの数か月間の間だけだったけど、彼女と同じくらい働いたことがある。ちょうど40代から50代になる境目の頃だ。食べる時間と寝る時間以外一日十数時間、パソコンに張り付いて仕事をした。私の場合は、他から請け負った仕事ではなく、自分で作り出した状況だったので、誰のせいでもなかったのだが、毎晩真夜中に胃の痛みで目が覚め、もしそのとき医者に行って診てもらったら、胃潰瘍の一つか二つ、ガン細胞の一個か二個くらいできていたかもしれないと思う。

その怒濤の数か月が終わったとき、気力も体力も尽き果て、更年期も重なって、「死」が非常に近い気分だった。自分の仕事だったから、仕方なかったとはいえ、ひる寝と読書と仕事の適当なバランスを突然変えたのがいけなかったのだと思い知った。その時以来、またひる寝と読書の合間に仕事をやるという元のスタイルに戻して、今日まで生きながらえている(今は完全な朝型なので、早朝から午前中にかけて4、5時間だけ仕事をしている)。

50代の死は早世だとも言えるだろうが、でも大好きな仕事をまっとうし、これから始まる老いの坂をダラダラと下るという苦しみから解放され、そして何よりも、あらゆるところでブラック化する世の中を、もうこれ以上見なくてもすむということでは、太田さんは幸せな死を迎えたと思うことにしたい。

ただ、彼女の字幕やエッセイのファンの人たちは彼女の早世を残念に思っているいることだろうし、私自身は、彼女がドストエフスキーの作品を訳す前に亡くなられたのが、残念と言えば、残念である。彼女の訳でドストエフスキーを読んでみたかった――「字幕屋の気になる日本語」のあとがきの代わりに、友人の作家の方が書いた追悼文によれば、太田さん(←元々はロシア文学が専門)が、これからドストエフスキーの作品を訳す企画があったそうである。

 
[カモミール様へご質問の答え」

ご質問の主旨は、「職場の同僚はスピリチュアルでもなく、何もしていないようなのに、女性にモテる。私はQEとかやっているのに、女性に縁がない。どうしたら私も職場の同僚のように、何もしなくても女性にモテるようになりますか?」  という意味だと理解しましたが、もしそうなら、質問するサイトが間違っています(笑)。そんなこと、私に尋ねられても、わかりません。


「お知らせ」
 
ダグラス・ハーディングの新刊「存在し、存在しない、それが答えだ」(ナチュラルスピリット発行 本体価格 2300円)が発売されました。

目次は下記のサイトに掲載してあります。
http://www.simple-dou.com/CCP041.html
  

「お知らせ」

11月14日より、下記のDLmarketでYahoo!Japan のIDも利用できるようになりました。

*「動物園から神の王国へ―サルの惑星、のような星で、平和に生きるために」(PDFファイル)ダウンロード版は、DLmarketのサイトで販売しています。お手持ちの機器(パソコン、タブレット、スマートフォン)に、PDFを読むソフト(AdobeReader等)が入っていれば、どなたでも読むことができます。

本書の詳しい目次は下記のサイトに出ています。

1部 ヒトにおけるセックスと闘争・暴力の問題について
2部 サルの壁 人の壁
3部 人生は、ド・アホでいこう!

DLmarketからファイルをダウンロードするためには、まず会員登録をする必要がありますが、Facebook、Twitter、楽天のアカウント、Yahoo!Japan のID、Amazonのアカウントもご利用でき、各種支払いにも対応しています。(銀行振り込み、コンビニ支払い、Amazonペイメント、クレジットカード、Paypal、その他)。

なお現在は、パソコン等では、横書きの文章のほうが読みやすいという人たちもいると思い、縦書き版と横
書き版の二種類の版を用意してあります。 編集の都合上、総ページ数(縦書き版が453ページ、横書き版が367ページ)は異なっていますが、内容はまったく同じです。

*購入についての詳細は、購入前に下記のDLmarketのサイトを見てください
 http://www.dlmarket.jp/

動物園から神の王国へPDFダウンロード縦書き版」(1500円+税)(453ページ)
   http://www.dlmarket.jp/products/detail/331107

動物園から神の王国へPDFダウンロード横書き版」(1500円+税) (367ページ)
  http://www.dlmarket.jp/products/detail/331108

試読版(無料)は上記のサイトから、会員登録等なしに、どなたでも自由にダウンロードできますので、本との相性を確かめて、購入の判断をしていただければと思います。 (画像の下の、「立ち読みできます」をクリックすると、試読版PDFを無料でダウンロードできます)

*DLmarketで下記も販売中です。(無料試読版は会員登録不要で、自由にダウンロードできます――画像の下の「立ち読みできます」をクリックしてください)  
 
「楽しいお金」PDFダウンロード版(本体価格1,000円)
http://www.dlmarket.jp/products/detail/290251


「 楽しいお金3」PDFダウンロード版(本体価格1,000円)
http://www.dlmarket.jp/products/detail/290294

 「人をめぐる冒険 」PDFダウンロード版(本体価格1,000円)
http://www.dlmarket.jp/products/detail/290283

「1994年バーソロミュー・ワークショップ東京会場1日目」MP3ダウンロード版(本体価格2,000円)
http://www.dlmarket.jp/products/detail/297870

「1994年バーソロミュー・ワークショップ東京会場2日目」MP3ダウンロード版(本体価格2,000円)
http://www.dlmarket.jp/products/detail/297880

「1994年バーソロミュー・ワークショップ京都会場1日目」MP3ダウンロード版(本体価格2,000円)
http://www.dlmarket.jp/products/detail/297958





非二元系の教えの単純な結論と探求の一般的プロセス2016年12月06日 15時50分26秒

私の会やコンサルティングに来られる皆さんとお話してよく気づくことは、非二元系の教えの言葉(用語・表現)関して混乱があるということだ。その混乱は考えてもみれば、当然のことで、その理由は皆さんが(出版の仕事をしている立場からすればありがたいことに)、たくさんの本を読んで、あれこれ考えるからである。

非二元系の教えを教えている(あるいは教えていた)賢者の方々はそれぞれの文化、国によって非常に異なる言語を使い、それぞれの人がまた異なる表現スタイルをもっている。そして、文章を書くタイプ(ダグラス・ハーディングやラメッシ・バルセカールなど一部の賢者)を除けば、多くが即興でその場で語られたもので、だから、あるときはある人にはあることを言い、別の人にはまったく正反対なことを言うという矛盾が本の中でも見られることもある。(ニサルガダッタ・マハラジの講話はこの特徴が顕著だ)

なので、そういった多様な本を読んでいると、用語で混乱し、また質疑応答で混乱するという事態に陥ることがある。

「私の本質」(私はこの平凡な表現が好みだが)、それを表す言葉は――神、意識、真我、 スピリット、仏性、絶対、パラブラフマン、至高の実在、その他――と、多岐にわたる。

そうすると、それぞれの本の中でそれぞれの人が使っている、たとえば、「神」と「真我」と「意識」は同じことを言っているのかという質問がわくわけである。

当然な質問なのだが、これに決着をつける方法は、非二元系の本を読むときは、注意深く読んで、言葉を超えてその賢者が何を言わんとしているか、瞑想的に考えることである。

それから、どんな賢者も文化的な条件付け、個人的好き嫌いをもっていて、そういった文化的条件付けや個人的好き嫌いから出てきている発言は重要じゃないので、深く考える必要はないし、基本無視(笑)でいいと私は思っている。。
 
で、そういった古今東西の多様な賢者が多様な表現で語ってきた非二元系の教えに共通した核心とは非常にシンプルなもので、それを以下に簡単に箇条書きしてみると……

*私の本質は一個(一人)の人間(物体・固体)ではない。

*私の本質は永遠に変わらないものであり、永遠に今ここにある。

*私の本質は永遠なる平和、不死、愛である。

*私の本質は達成されるべきものではなく、ただ気づくためのものである。

*あらゆる存在の本質は一つである。

*束縛されている人(実体)もいないし、解放される(悟る)人(実体)もいない。

* 涅槃(神の王国)は私たちの中にある。

*涅槃(神の王国)と世俗(人間の世界)はコインの表裏のようにピッタリ合わさっている。

*私たちが自分の本質に目覚めるとき、それは人(人間としての自分)が目覚めるのではなく、人(人間としての自分)という夢からの目覚めである。


そして、以上の結論を聞いたあとの一般的プロセスとしては、

1まず最初に私たちは少なくとも知的にその結論を受け入れる。

2色々な本を読み、様々なワークの場で出かけ、瞑想したりその他ワークをおこなう。

3特に自分に合うと思う本やワークを見つけたら、集中的にそれを学ぶ。

4知的に信じていただけのことが、次第に経験的にわかるようになる。

5最初に述べたような、言葉やマインド次元の混乱がしだいにおさまってくる

6非二元の教えへのマインドからの様々な抵抗にも気づく。

7その間(特に若い時代は)、探求と同時に、恋愛、結婚、子育て、仕事等でも何かと忙しく、世俗人生からも学ぶということが強いられる。

8しかし、探求に本気の人はどれだけ忙しくても、障害があろうとも、その探求をやめることはできない。


9最終的には、以下の確信に落ち着く。

*私の本質に目覚めるために、今ここ以外のどこかへ出かける必要がない。
*私の本質に目覚めるために、私の存在以外の、本、ワーク、グル(先生)、何かの組織は必要ない。
*私の本質への目覚めは、昨日でも明日でもなく、今ここにしかない。

*でもさらに言えば、(もしそうしたいなら)どこ(誰のところ)に出かけてもかまわないし、どんなワークをしても本を読んでもかまわないし、(犯罪等でなければ)自分がしたい何をしてもかまわない

そういった探求の途中で、非二元系の教えを学んでいる人たちは、「自分は最終的にこの探求から何を得るのだろうか?」という疑問が湧くことがあり、そして「ひょっとしたら、人間的には何も得るものがないのかもしれない」ということに気づいて、嫌気がさして、別のスピリチュアルに向かうか、あるいはスピリチュアルの探求そのものをやめてしまう人たちもいる。
 
実際に、「非二元の探求から何が得られるのか?」に対するその答えは、「『自分』が得るものなし」  という非常につまらない(笑)というものだ。ぎりぎり言って、それは「何かを得たいという『自己』の不在」、愛、死と不死、平和という形而上学的問題に関する疑問の解消、そして世俗生活に関しては、(よいことも悪いことも)来るがままに起こるがままに神(私の本質)の意志を単純に受け入れていくということでしかない。

非二元の教えは素晴らしいものでもなく、素晴らしくないものでもなく、他のスピリチュアル(新興宗教とかキリスト教や仏教などの伝統的宗教、またその他多種多様なスピリチュアルな教え)よりも優れているわけでもなく、ただスタイルや方向性が違うというだけだ。

他のスピリチュアルな教えと顕著に異なることは、それは大勢の人たちを惹きつけないし、探求に関しては他人のことに一切かまわない教えであり、ただ「私とは何か?」にだけ関心をもつ教えである。

なので、新興宗教系などとは違って、家族や親しい友人であっても、興味のない他人を勧誘したり、引き留めたりするようなことはしてはいけないし、ただ自分のことだけを探求するという態度であるべきだ。

そういう意味で、非常に孤独で、精神的タフネスが要求され、私が思うに、非二元の探求は他人にかまわないという意味で、非常に利己的とも言えるかもしれない。個人的自己がないという教えでありながら、その探求が利己的だと言うのは言葉では矛盾するが、でもそういうものなのだと思う。

そして、ここが肝心なところだが、ラメッシ・バルセカールの本「意識は語る」の質疑応答(ページ611)にもあったように、誰も自分の意志で、「得るものが何もない」こんな奇妙な探求を選択したわけではないということである。

質問:人はこの探求によって無理やり連れて行かれるのです。

ラメッシ:このすべては全体性の機能の一部です。そして「無理やり連れて行かれる」というのは、とても正確です(笑)。それは言い得て妙です。なぜなら、それが起こっていることだからです。

質問:だから、私たちはもう一杯ビールをついで、それを楽しむべきなのですね(笑)

ラメッシ:それ以上にはうまく表現できないことでしょう。

非二元の探求を(そもそも人生の何事も)自分の意志で選択した人は誰もいない…そのことが本当に納得できるとき、ラメッシが言うように「罪悪感、嫉妬、プライド、憎しみ、」から解放され、探求の先行きさえ、何だってかまわないのである。(私はダグラス・ハーディングとは全然表現スタイルが異なる、ラメッシのこういう軽い調子の会話も大好きだ)

ということで、無理やり探求に引きづりこまれた同志の皆さん、何かとお酒を飲む機会が多いこのシーズン、次回お酒を飲む機会がある人は、お酒をついで、飲まない人はジュースをついで、非二元の探求に引きづりこまれた自分の運命を(まわりに気づかれないようにこっそり)祝うか呪うかしてください――私も、無事今年も師走を迎えたお祝いに今晩は久しぶりにお酒(福島の日本酒)を飲もうと思っている。
 
「TK様への質問の答え」
「『答えがない』とか『答えられない』ではだめなんでしょうか? 」
ハーディングのワークの感想や答えに関しては、
何がよくて、何が駄目ということはありません。
もし答えられないなら、まさにそれがその瞬間の答えです。

「お知らせ」
 
ダグラス・ハーディングの新刊「存在し、存在しない、それが答えだ」(ナチュラルスピリット発行 本体価格 2300円)が発売されました。

目次は下記のサイトに掲載してあります。
http://www.simple-dou.com/CCP041.html
  

「お知らせ」

11月14日より、下記のDLmarketでYahoo!Japan のIDも利用できるようになりました。

*「動物園から神の王国へ―サルの惑星、のような星で、平和に生きるために」(PDFファイル)ダウンロード版は、DLmarketのサイトで販売しています。お手持ちの機器(パソコン、タブレット、スマートフォン)に、PDFを読むソフト(AdobeReader等)が入っていれば、どなたでも読むことができます。

本書の詳しい目次は下記のサイトに出ています。

1部 ヒトにおけるセックスと闘争・暴力の問題について
2部 サルの壁 人の壁
3部 人生は、ド・アホでいこう!

DLmarketからファイルをダウンロードするためには、まず会員登録をする必要がありますが、Facebook、Twitter、楽天のアカウント、Yahoo!Japan のID、Amazonのアカウントもご利用でき、各種支払いにも対応しています。(銀行振り込み、コンビニ支払い、Amazonペイメント、クレジットカード、Paypal、その他)。

なお現在は、パソコン等では、横書きの文章のほうが読みやすいという人たちもいると思い、縦書き版と横
書き版の二種類の版を用意してあります。 編集の都合上、総ページ数(縦書き版が453ページ、横書き版が367ページ)は異なっていますが、内容はまったく同じです。

*購入についての詳細は、購入前に下記のDLmarketのサイトを見てください
 http://www.dlmarket.jp/

動物園から神の王国へPDFダウンロード縦書き版」(1500円+税)(453ページ)
   http://www.dlmarket.jp/products/detail/331107

動物園から神の王国へPDFダウンロード横書き版」(1500円+税) (367ページ)
  http://www.dlmarket.jp/products/detail/331108

試読版(無料)は上記のサイトから、会員登録等なしに、どなたでも自由にダウンロードできますので、本との相性を確かめて、購入の判断をしていただければと思います。 (画像の下の、「立ち読みできます」をクリックすると、試読版PDFを無料でダウンロードできます)

*DLmarketで下記も販売中です。(無料試読版は会員登録不要で、自由にダウンロードできます――画像の下の「立ち読みできます」をクリックしてください)  
 
「楽しいお金」PDFダウンロード版(本体価格1,000円)
http://www.dlmarket.jp/products/detail/290251


「 楽しいお金3」PDFダウンロード版(本体価格1,000円)
http://www.dlmarket.jp/products/detail/290294

 「人をめぐる冒険 」PDFダウンロード版(本体価格1,000円)
http://www.dlmarket.jp/products/detail/290283

「1994年バーソロミュー・ワークショップ東京会場1日目」MP3ダウンロード版(本体価格2,000円)
http://www.dlmarket.jp/products/detail/297870

「1994年バーソロミュー・ワークショップ東京会場2日目」MP3ダウンロード版(本体価格2,000円)
http://www.dlmarket.jp/products/detail/297880

「1994年バーソロミュー・ワークショップ京都会場1日目」MP3ダウンロード版(本体価格2,000円)
http://www.dlmarket.jp/products/detail/297958



探求の終わり、そしてまた始まり2016年11月22日 14時03分01秒

 「シンプル堂さんは探求が終わったのですか?」と尋ねられたことがある。この質問への答えは、Yes でもありNoでもある。

振り返ってみると、私が二十代半ばに霊的探求を始めた頃、二つの目標というか望みがあったと思う。それは「平和と絶対的な真理」である。 私は、心の平和と永遠に変わらぬ真理、それが熱烈に欲しかったのだ。

幸い自分を導く教えと師のような方々(厳密に言えば、私は誰とも特定の師弟関係ではないし、グル-弟子という観念は自分には合わないと思っている) と巡り会い、 「平和と絶対的な真理」を知ることができた。しかし、「私は○○を知る」という表現も本当には正確ではない。 むしろ、どこに「平和と絶対的な真理」  があって、どこにないかを認識し、疑いが消え、確信に落ち着いたというのが一番近い表現だ。
 
以上述べた意味においては、「探求は一応終わった」と言うことができるだろうと思っている。しかし別の意味においては、それはシンプル堂と呼ばれている人間物体が死ぬまで続くものであるかもしれない。

ダグラス・ハーディングはよくこんなことを言っていた。

「神とは無限に未知で、無限に神秘で、それは一人の人間の一生で探求(研究)し尽くせるものではない」
彼は死ぬまで、「私」の本質である神を探求(研究)しつづけ、そして自分が発見したことをどうしたらよりよく伝えることができるかも研究し続け、「私とは本当に何かを見る」ための新しい実験やイラストをいつも考えていた。

私の場合は、仕事(翻訳と著作)のためにまだまだ色々と研究・探求することがたくさんあり、 そしてダグラスと同じく実験についても研究・探求している。だから、また新たなる探求・研究が始まったとも言えるかもしれない。でも、「探求・研究」という高級な言葉よりも、それはどちらかというと、シンプル堂と呼ばれている人間物体の余生の趣味・娯楽のようなものだ。

さて、今、来年出版が予定されているニサルガダッタ・マハラジのPrior to Consciousness(意識以前)の本の作業を開始している。10回以上読んだ本であるが、マハラジの言葉は一つ一つが奥深いので、作業しながら、彼の言葉に瞑想する日々である。彼もまた(もちろんお会いしたことはないけど)ダグラス・ハーディング、ラメッシ・バルセカールと並んで、私が深い敬愛の情と感謝を感じる賢者である。

最晩年の本書の中で、彼がよく言っていることは、世の中で普通に生きることの重要性だ。

「(物事の状態を正しい観点で)見て、自分の能力のかぎりを尽くしてこの世の中での自分の人生を生きなさい。」

「理解したら、何でも好きなことをやればいい」

 
まさにそういうことなので、シンプル堂は、他のことよりは多少は能力がある翻訳と著作をもう少しだけ頑張ろうと思っている。

「お知らせ」
ダグラス・ハーディングの新刊「存在し、存在しない、それが答えだ」(ナチュラルスピリット発行 本体価格 2300円)が発売されました。
目次は下記のサイトに掲載してあります。


「お知らせ」

11月14日より、下記のDLmarketでYahoo!Japan のIDも利用できるようになりました。

*「動物園から神の王国へ―サルの惑星、のような星で、平和に生きるために」(PDFファイル)ダウンロード版は、DLmarketのサイトで販売しています。お手持ちの機器(パソコン、タブレット、スマートフォン)に、PDFを読むソフト(AdobeReader等)が入っていれば、どなたでも読むことができます。

本書の詳しい目次は下記のサイトに出ています。

1部 ヒトにおけるセックスと闘争・暴力の問題について
2部 サルの壁 人の壁
3部 人生は、ド・アホでいこう!

DLmarketからファイルをダウンロードするためには、まず会員登録をする必要がありますが、Facebook、Twitter、楽天のアカウント、Yahoo!Japan のID、Amazonのアカウントもご利用でき、各種支払いにも対応しています。(銀行振り込み、コンビニ支払い、Amazonペイメント、クレジットカード、Paypal、その他)。

なお現在は、パソコン等では、横書きの文章のほうが読みやすいという人たちもいると思い、縦書き版と横
書き版の二種類の版を用意してあります。 編集の都合上、総ページ数(縦書き版が453ページ、横書き版が367ページ)は異なっていますが、内容はまったく同じです。

*購入についての詳細は、購入前に下記のDLmarketのサイトを見てください
 http://www.dlmarket.jp/

動物園から神の王国へPDFダウンロード縦書き版」(1500円+税)(453ページ)
   http://www.dlmarket.jp/products/detail/331107

動物園から神の王国へPDFダウンロード横書き版」(1500円+税) (367ページ)
  http://www.dlmarket.jp/products/detail/331108

試読版(無料)は上記のサイトから、会員登録等なしに、どなたでも自由にダウンロードできますので、本との相性を確かめて、購入の判断をしていただければと思います。 (画像の下の、「立ち読みできます」をクリックすると、試読版PDFを無料でダウンロードできます)

*DLmarketで下記も販売中です。(無料試読版は会員登録不要で、自由にダウンロードできます――画像の下の「立ち読みできます」をクリックしてください)  
 
「楽しいお金」PDFダウンロード版(本体価格1,000円)
http://www.dlmarket.jp/products/detail/290251


「 楽しいお金3」PDFダウンロード版(本体価格1,000円)
http://www.dlmarket.jp/products/detail/290294

 「人をめぐる冒険 」PDFダウンロード版(本体価格1,000円)
http://www.dlmarket.jp/products/detail/290283

「1994年バーソロミュー・ワークショップ東京会場1日目」MP3ダウンロード版(本体価格2,000円)
http://www.dlmarket.jp/products/detail/297870

「1994年バーソロミュー・ワークショップ東京会場2日目」MP3ダウンロード版(本体価格2,000円)
http://www.dlmarket.jp/products/detail/297880

「1994年バーソロミュー・ワークショップ京都会場1日目」MP3ダウンロード版(本体価格2,000円)
http://www.dlmarket.jp/products/detail/297958




ダグラス・ハーディング(6)「存在し、存在しない、それが答えだ」2016年11月09日 15時58分25秒

ダグラス・ハーディングの新刊存在し、存在しない、それが答えだ」(ナチュラルスピリット発行 本体価格 2300円)が発売されました。

目次は下記のサイトに掲載してあります。

今回、ダグラス・ハーディングについての最後の話は、また彼の人生に少し話 をふってみよう。
 
彼は十代の頃から建築家としての訓練を受けたが、それは親がたまたま決めた職業で、彼自身は建築の仕事にそれほど興味がなかった。むしろ若い頃の彼は作家になりたくて、何冊かの本を自費出版しているほどである。そんな感じで、彼は建築家としての仕事には情熱がなかったにもかかわらず、家族を養いある程度豊かな生活ができるくらいには成功し、しかも彼は自分の職業人生に関して次のように語っていた。「私は建築の仕事をほとんど一日に1時間くらいしかしないで、残りの時間は、私とは本当に何かの探求に費やしていた。それでも何とか仕事をやっていくことができた」。

彼の最初の妻は、「私とは本当に何か」を探求する彼の情熱も彼が発見したこともまったく理解もせず興味もなかったが、彼が建築の仕事を休んで、大著「The Hierarchy of Heaven and Earth(天と地の階層)」を書いている間、生計を支え、彼がそれに集中できるように協力してくれたという。

まだ晩年のインタビューによれば、彼が建築事務所を経営していたとき、彼の妻が仕事の関係で町の多くの有力者と知り合いだったため、建築の仕事を簡単に受注することができたそうで、だから、最初の妻は自分の人生に非常に貢献してくれたという話を語っている。全体的には、戦争があったとはいえ、彼の建築家人生はおおむね順調だったようだ。

むしろ困難がつきまとったのは、自分が発見したことを伝えるという霊的な仕事に彼が従事した年月だった。

彼が今回の「存在し、存在しない、それが答えだ」の本の中でも語っているように、特に伝統的宗教に深くはまっている人たちには嫌われた。

その理由は私が理解するに、キリスト教、仏教、イスラム教などの伝統的宗教は階級性と儀式や規律を非常に重んじ、愛しているからで、彼の言っていることはそういったすべての階級性や儀式や規律の必要性を破壊してしまうからである。

また、「私とは本当に何か」、あるいは神を発見するために、自分以外の外側のグルや教師、外側の組織、代理人(聖職者)は必要ないことも彼は明らかにしたからでもあろう。

様々な困難があったにもかかわらず、自分が発見したことを興味がある人たちと分かち合いたいという彼の情熱は晩年になっても衰えることなく、キャサリンによれば、世界各国から来るワークショップの依頼は決して断らなかったそうだ。。それはたぶんダグラスにとっては、世界の様々な地域に行って、様々な人たちに会うことは、「何が起こるかわからない冒険」であり、彼はそういった冒険を愛していたからだと思う。

時には、全然趣旨の違う団体に間違って招待され、会場に到着して初めて気づくということも起こった。会場に到着したら、「イギリスの建築家、ダグラス・ハーディング氏がイギリスの建築史について語る」建築関係者向けの講演会だとわかって困ったことがあったと、エッセイの中に書かれている。

そういう困難に会ったときの彼のモットーが、「Man's extremity is God's oppotunity(人間の苦境は神の機会)」という古いことわざで、つまり、その意味は「人間が本当に困ったときこそ、神の知恵が出てくる」  ぐらいの意味である。その言葉どおり、彼は困難に出会ったときは、人間的に奮闘することをやめ、ただ自分の本質から出てくる答えを待って行動し、切り抜けたとういう経験を多くしたようだった。

彼が私に話してくれたそんな出来事の一つが、1980年代に彼が日本のある禅寺の招待で、日本に来たときのエピソードである。彼が日本の空港に降り立つと、来ているはずの迎えが誰も来ていない。禅寺に電話をかけても英語が通じず、彼は住所と電話番号だけが書かれてあるメモを握りしめて、(おそらくは)虚空を眺めながら空港のロビーの椅子に坐っていた。

すると、しばらくしてどこからともなく、見知らぬサラリーマン風の日本人の男性が片言の英語で彼に話しかけてきて、彼もメモを見せながら、自分がここへ行きたいことを何とか伝えたという。すると、その男性は、「私について来なさい。私があなたをそこへ連れて行ってあげましょう」と言って、その晩は彼を自宅に泊めて、翌日その禅寺まで彼を送り届けてくれたという話である。

彼はこういった奇跡話みたいな話はふだんほとんど文章には書かないし、話したりもしない人なのだが、そのときはたまたま私が日本人なので、自分がその日本人の親切にどれだけ感激し感謝したかを私に伝えたかったのだと思う。

そんなこんなの冒険(時には危険な出来事や不愉快な出来事)満載の彼の人生を振り返ってみて感じることは、ときに困難が襲っても、彼が人生と世界を深く愛していたことである--その理由はおそらく、人生と世界は神の創造であるからで、「神なる私」が造ったものだからだ。

ダグラス・ハーディングはインド系の賢者とは違って、「世界は幻想である」という言い方をしないし、むしろそういう表現を嫌っていたと思う。彼にとっては、物質世界は神満載の現実であり、それを「幻想」と呼ぶのは神に対して失礼な表現なのだ。

彼は、神とは何か、私とは何か、人間とは何かの研究・探求に生涯を捧げた研究者・科学者・神秘家という多面的な面をもつ人であり、そして私にとっては少々頑固で愛すべきおじいちゃんでもあり、彼の教えと彼に出会ったことをとても貴重で不思議なご縁だと思っている。
                                       
最後の最後に、ダグラス・ハーディングがあらゆる機会にしつこくしつこく問いかけた質問……

今これを読まれている皆さんは目の前のパソコンやスマートフォンの画面を眺めているはずであるが、On the present evidence(現在の証拠にもとづいて)答えるならば、その文字や色を見ている(認識している)主体(あなた)は色や形があるだろうか?……On the present evidence(現在の証拠にもとづいて)


[イベント]

「マインドについて学ぶ会」2016年11月26日(土曜午後) 大阪市 予約受付終了しました。
詳細・予約は下記へ
http://www.simple-dou.com/CCP040.html

「私とは本当に何かを見る会」2016年11月27日(日曜午後) 大阪市予約受付終了しました。
詳細・予約は下記へ

[お知らせ]

4月4日より、下記のDLmarketでAmazonのアカウントも利用できるようになりました。

*「動物園から神の王国へ―サルの惑星、のような星で、平和に生きるために」(PDFファイル)ダウンロード版は、DLmarketのサイトで販売しています。お手持ちの機器(パソコン、タブレット、スマートフォン)に、PDFを読むソフト(AdobeReader等)が入っていれば、どなたでも読むことができます。

本書の詳しい目次は下記のサイトに出ています。

1部 ヒトにおけるセックスと闘争・暴力の問題について
2部 サルの壁 人の壁
3部 人生は、ド・アホでいこう!

DLmarketからファイルをダウンロードするためには、まず会員登録をする必要がありますが、Facebook、Twitter、楽天のアカウント、Amazonのアカウントもご利用でき、各種支払いにも対応しています。(銀行振り込み、コンビニ支払い、Amazonペイメント、クレジットカード、Paypal、その他)。

なお現在は、パソコン等では、横書きの文章のほうが読みやすいという人たちもいると思い、縦書き版と横
書き版の二種類の版を用意してあります。 編集の都合上、総ページ数(縦書き版が453ページ、横書き版が367ページ)は異なっていますが、内容はまったく同じです。

*購入についての詳細は、購入前に下記のDLmarketのサイトを見てください
 http://www.dlmarket.jp/

動物園から神の王国へPDFダウンロード縦書き版」(1500円+税)(453ページ)
   http://www.dlmarket.jp/products/detail/331107

動物園から神の王国へPDFダウンロード横書き版」(1500円+税) (367ページ)
  http://www.dlmarket.jp/products/detail/331108

試読版(無料)は上記のサイトから、会員登録等なしに、どなたでも自由にダウンロードできますので、本との相性を確かめて、購入の判断をしていただければと思います。 (画像の下の、「立ち読みできます」をクリックすると、試読版PDFを無料でダウンロードできます)

*DLmarketで下記も販売中です。(無料試読版は会員登録不要で、自由にダウンロードできます――画像の下の「立ち読みできます」をクリックしてください)  
 
「楽しいお金」PDFダウンロード版(本体価格1,000円)
http://www.dlmarket.jp/products/detail/290251


「 楽しいお金3」PDFダウンロード版(本体価格1,000円)
http://www.dlmarket.jp/products/detail/290294

 「人をめぐる冒険 」PDFダウンロード版(本体価格1,000円)
http://www.dlmarket.jp/products/detail/290283

「1994年バーソロミュー・ワークショップ東京会場1日目」MP3ダウンロード版(本体価格2,000円)
http://www.dlmarket.jp/products/detail/297870

「1994年バーソロミュー・ワークショップ東京会場2日目」MP3ダウンロード版(本体価格2,000円)
http://www.dlmarket.jp/products/detail/297880

「1994年バーソロミュー・ワークショップ京都会場1日目」MP3ダウンロード版(本体価格2,000円)
http://www.dlmarket.jp/products/detail/297958

ダグラス・ハーディング(5)存在し、存在しない、それが答えた2016年10月23日 08時56分03秒

 ダグラス・ハーディングの新刊「存在し、存在しない、それが答えだ」(ナチュラルスピリット発行 本体価格 2300円)が発売されました。

目次は下記のサイトに掲載してあります。

今回は、ダグラス・ハーディングのワークに関して、それに対する反論、不満を取り上げてみよう。
 
よく聞かれるものは、次のようなものだ。
 
1頭(顔)がここには見えないからといって、ないわけではないだろう。見えないけれど、存在するものはたくさんある。

2ここに頭(顔)がないことは見たけど、「だから、何?」っていう感じ。

 
3自分が見ているものは平凡で、至福も喜びも感じない。

4ハーディングのメッセージは、「存在するのは私だけで、他のあらゆる人は私の経験の想像物である」という唯我論である。
 
 以上の反論・不満に関して、順に説明してみよう。
 
 1頭(顔)がここには見えないからといって、ないわけではないだろう。見えないけれど、存在するものはたくさんある。
 
1の反論は非常に手強く、難問である。私がダグラスのワークと教えを知ってから10年以上この問題を考えた。つまり、「確かに、頭は見えないけど、触れば、頭らしきものがあるではないか。これは何なのか?」
10年以上考えたある日、ようやく一つの答えが閃いた。 私が触って感じている(得ている)ものは、あくまでも、「感触」であって、それは「人間の頭」ではない。なぜそう言い切れるかと言えば、「人間の頭」の定義とは、鏡の中に見るもの、あるいは他人の肩の上に乗っているものを指す。 私が頭らしきものを触って得るものは、明らかにそれではない。 ただただ「感触」 である。そこから私たちは記憶によって想像上の頭をここに構築するわけだ。

私のこの閃きは、量子物理学の一部の人たちが提唱した「人が月を見ていないときは、月は存在しない」という考えに出会ったときに、起こったものだ。もちろん、「人が月を見ていないときは、月は存在しない」という考えにすべての物理学者が賛成しているわけではなく、多くの学者はこの考えに反対している(アインシュタインは、強固な反対論者だった)。
 
この考えに習えば、「顔を見ないときは、顔は存在しない」、「体を見ないときは、体は存在しない」ということだ。触っていないときは、その頭らしき感触さえない。もちろん、ここでは「『主体にとっては』 存在しない」、と「主体にとっては」を付け加えるべきである。主体にとっては、物事(映像、感触など)は、私(主体)が認識した瞬間に生まれる。

寝る前や朝起きる前に、私は目を閉じたまま、体の一部を触って、こう自問する。「これは何か--現在の証拠にもとづいて」。暗闇(電気も消えて、目を閉じているのでほとんど真っ暗)の中にただただ感触が連続するだけ……トニー・パーソンズが言うところの、「生の感覚」の連続があるだけで、そこには「自分」も、「自分の人間の体」も 存在しない--主体にとっては。

それから、「見えないけれど、存在するものはたくさんある」という反論は、主体の科学と対象の科学を混同することから生まれる。対象の科学においては、 もちろん、「見えないけれど、存在するものはたくさんある」

たとえば、目の前の空間には、(見えないけど)空気があり、その空気は酸素と水素からできていると言われていて、対象科学がそれを証明している。 あるいは(見えないけど)空間には、無数の電波が通っていて、そのおかげで携帯電話、ラジオ、テレビ を私たちは使うことができると言われている。さらに空間には(見えないけれど)ウイルスなどの病原菌 もたくさんいると言われている。これらのことは対象科学的にはすべて正しい。

しかし、ダグラス・ハーディングが提唱している「主体の科学」では主体の認識がすべてだ。主体が今ここに認識していないものは、主体的観点からは、「存在しない」と言い切ってかまわない。主体が今ここで認識したとき、それは「在る」。主体はとても偉いのだ(笑)。 だから仏陀が言ったとされる「唯我独尊」 (ただ私だけが尊い)なのである。そして、もちろん、その「主体」、「私」は、人間的私・自我・肉体のことではない。(そこを誤解すると、非常に傲慢な考えとなるので、注意が必要である)

そして、混乱が起こる原因は「言語」 のせいである。言語は主体の科学を語るには本当はまったく向いていない。なぜなら、言語は根本的に二元世界の産物で、時間のある世界を語るための道具であるからだ。二元世界の産物である言語で時間のない一元的世界を語ろうとすると、どうしても矛盾が生じる。こうやって書いているときでも、私はその矛盾を感じる。「体に触る」「頭に触る」という表現そのものが、そこに「体」「頭」があることを想定させてしまうのだ。

だから、語り得ないものは、語り得ないのだから、「語らない」、つまり、「沈黙」が本当は一番正しい。

しかし、私が思うに、一番正しい正論はほとんど役に立たない。そこで、最善は、セカンドベストを手に入れることである。非二元の教えに関して私が読んだ本の中で、ダグラス・ハーディング、そしてラメッシ・バルセカールの本は 「語り得えない」ものに関して、質を落とさずに、限界までうまく説明したセカンド・ベストだと、私自身は思っている。彼らが語り得ないことは、それを読む人一人ひとりが自分で埋める作業をするしかない。

2ここに頭(顔)がないことは見たけど、「だから、何?」っていう感じ。

この質問・感想には答えがない。せいぜい、「だから、それです。This is It!」  と言うしかない。

3 自分が見ているものは平凡で、至福も喜びも感じない

ダグラス・ハーディングのワークは、自分の本質(中心)へ至る超高速列車のようなものだ。なので、途中(感情、感覚、思考レベル)をすっ飛ばしていく。 「至福や喜び」というのは、中心より外側にある現象であり、あらゆる現象同様にそれは起こったり、起こらなかったりする。それに対して「私の本質」は永遠に不動で、永遠に何もない。至福や喜びさえ、ない。このワークで、至福、喜び、他人への愛情、慈悲が起こらないわけではないが、しかし、それが目的ではない。

もし「感じること」を求めるなら、それを提供するワークはたくさんある。たとえば、肉体レベルでは、ヨーガとかマッサージをやれば、気持ちよさを感じることができるはずだ。

感情レベルに関していえば、ダグラス・ハーディングはよくも悪くも、人格的には非常に保守的でどちらかといえば、19世紀的な人で、彼は感情を扱うことをあまり得意とはしていなかったようだった(ひょっとしたら、アスペルガー的な人だったかも、とも思う)。彼の青年期、セラピーとか精神療法というのは今ほど一般的ではなかったはずだ。彼は自分が発見した真理によって、青年期の問題--自意識過剰で、臆病な性格を解放することができたのだ。

しかし、今は時代が違うし、ダグラス・ハーディングのワークをやっている若い世代の友人たちはほとんどがセラピーやカウンセリング、その他の各種ヒーリングなども適宜取り入れて、自分の感情面や思考面にも取り組んでいるし、セラピーやカウンセリングを仕事にしている人たちもいる。

もし強迫的な不安、怒り、心配等に苦しんでいる人がいれば、「私とは何かを見る」方法に加えて、そういった感情面のワークも併用するほうがいいと私も思っている。

4ダグラス・ハーディングのメッセージは、「存在するのは私だけで、他のあらゆる人は私の経験の想像物である」という唯我論である。
 
これは彼の本、「顔があるもの顔がないもの」に掲載されている(254ページ)ダグラスに向けられた質問(反論)である。
 
 まず、哲学で、 唯我論(独我論ともいう)というものの厳密な辞書的定義を紹介すると、「実在するのは、わが自我とその所産のみであって、他我その他はすべてはわが自我の観念または現象にすぎない

この反論に対して、ダグラスは次のように反論している。彼の言葉を要点のみ箇条書きすると(詳しくは「顔があるもの顔がないもの」の254ページ以下を読んでください)

*よい唯我論と悪い唯我論の二種類の 唯我論がある。

*悪い唯我論は、ダグラスが「私だけが私を経験していて、私のまわりの他人たちはすべて第一人称の私以外のもので、夢の人物にすぎない」 と言うことで、こういったたぐいの唯我論は疎外と孤独とみじめさを生み出す。

*よい唯我論も悪い唯我論と同じく、私は唯一の一なる者であることを発見するが、それはすべてを含めることによって 唯一の一なる者になる。悪いほうの唯我論は排除の唯我論である。

*ここにいる私はあらゆる人の私であり、あらゆる存在の内部事情である。

*意識はただ一つであり、分割できず、これが神の唯我論であり、自分の本当の本当の姿の唯我論であり、その別名は愛である。

以上をさらに平たく言えば、ダグラスの言う悪い唯我論とは、「私(個人的自己)だけが存在していて、私が見るあらゆるものは自分の想像にすぎないから本当は存在していない」と思うことで、よい唯我論は、「『私』だけが存在しているが、その『私』は自分が見るすべての人の『私』であり、すべての人は同じ中心から世界を見ている」というものだ。

よい唯我論と悪い唯我論を区別することは非常に重要なことだ。 「唯我独尊」 と同様に、間違って理解すると、非常に人を傲慢にする危険性がある。それだけでなく、スピリチュアルな人たちがよくいう「すべて(世界)は幻想である」 と同様に、「世界は私の想像物の産物」であるという考えも、よく理解もせずに信じれば、生きることをかえって困難にするだろうと思う。

もし皆さんがダグラスの実験によって、「私とは本当に何か?」 を見て、見たうえでまた様々な疑問が生じたら(私は多くの疑問を解消するのに非常に長い時間がかかった)、疑問を抑圧せず、好きなだけ考えてみることをお勧めする。
 
最後に、 ダグラス・ハーディングが常に言っていた警告を繰り返せば、
「私の言う言葉を一言も信じてはいけない。皆さんはそれを人生のあらゆる面でテストしてください。私の言うことがダグラスの単なる妄想にしかすぎず、役に立たないゴミだと思うなら、投げ捨ててください」
  

[イベント]


「ダグラス・ハーディングの実験会 New York ワークショップ」2016年11月13日(日曜午後)
主催:山本美子 詳細は下記へ

「マインドについて学ぶ会」2016年11月26日(土曜午後) 大阪市
詳細・予約は下記へ
http://www.simple-dou.com/CCP040.html

「私とは本当に何かを見る会」2016年11月27日(日曜午後) 大阪市
詳細・予約は下記へ

[お知らせ]

4月4日より、下記のDLmarketでAmazonのアカウントも利用できるようになりました。

*「動物園から神の王国へ―サルの惑星、のような星で、平和に生きるために」(PDFファイル)ダウンロード版は、DLmarketのサイトで販売しています。お手持ちの機器(パソコン、タブレット、スマートフォン)に、PDFを読むソフト(AdobeReader等)が入っていれば、どなたでも読むことができます。

本書の詳しい目次は下記のサイトに出ています。

1部 ヒトにおけるセックスと闘争・暴力の問題について
2部 サルの壁 人の壁
3部 人生は、ド・アホでいこう!

DLmarketからファイルをダウンロードするためには、まず会員登録をする必要がありますが、Facebook、Twitter、楽天のアカウント、Amazonのアカウントもご利用でき、各種支払いにも対応しています。(銀行振り込み、コンビニ支払い、Amazonペイメント、クレジットカード、Paypal、その他)。

なお現在は、パソコン等では、横書きの文章のほうが読みやすいという人たちもいると思い、縦書き版と横
書き版の二種類の版を用意してあります。 編集の都合上、総ページ数(縦書き版が453ページ、横書き版が367ページ)は異なっていますが、内容はまったく同じです。

*購入についての詳細は、購入前に下記のDLmarketのサイトを見てください
 http://www.dlmarket.jp/

動物園から神の王国へPDFダウンロード縦書き版」(1500円+税)(453ページ)
   http://www.dlmarket.jp/products/detail/331107

動物園から神の王国へPDFダウンロード横書き版」(1500円+税) (367ページ)
  http://www.dlmarket.jp/products/detail/331108

試読版(無料)は上記のサイトから、会員登録等なしに、どなたでも自由にダウンロードできますので、本との相性を確かめて、購入の判断をしていただければと思います。 (画像の下の、「立ち読みできます」をクリックすると、試読版PDFを無料でダウンロードできます)

*DLmarketで下記も販売中です。(無料試読版は会員登録不要で、自由にダウンロードできます――画像の下の「立ち読みできます」をクリックしてください)  
 
「楽しいお金」PDFダウンロード版(本体価格1,000円)
http://www.dlmarket.jp/products/detail/290251


「 楽しいお金3」PDFダウンロード版(本体価格1,000円)
http://www.dlmarket.jp/products/detail/290294

 「人をめぐる冒険 」PDFダウンロード版(本体価格1,000円)
http://www.dlmarket.jp/products/detail/290283

「1994年バーソロミュー・ワークショップ東京会場1日目」MP3ダウンロード版(本体価格2,000円)
http://www.dlmarket.jp/products/detail/297870

「1994年バーソロミュー・ワークショップ東京会場2日目」MP3ダウンロード版(本体価格2,000円)
http://www.dlmarket.jp/products/detail/297880

「1994年バーソロミュー・ワークショップ京都会場1日目」MP3ダウンロード版(本体価格2,000円)
http://www.dlmarket.jp/products/detail/297958