創造(構造)と破壊(混乱=カオス) (1)2017年01月23日 07時45分23秒

 皆様、あけましておめでとうございます。

 今年も、適当にゆるくブログを書いていく予定ですので、お暇なときにお付き合いください。

今年は、久しぶりに科学の話から書こうと思い立った。
 
昨年、何度か東京の街(新宿や渋谷)へ行って感じたことは、2020年の東京オリンピック開催の影響なのか、建築工事(オフィスビル、ホテルの建築、道路工事など)が非常に多いということだ。そして、私が住んでいる首都圏の街でも、ここ5年くらい新築マンションの建築が続いている。

素人の素朴な感覚から言うと、「人口が減っていく時代に、おいおい、そんなに新しい箱物をどんどん造って大丈夫なのか?」  という感じである。

箱物(コンクリート製の建物)  の建築現場を見かけるときに、よく思い出す文章が、イギリスの著名な化学者であるピーター・アトキンスの本、「 エントロピーと秩序 」(日経サイエンス社)の中の次の文章だ。

エンジンは、レンガ、ブロック、鉄骨などからビルをつくりだすことができる。しかし、これは『破壊』の結果としてできあがったのである。」  ( 115P「5章カオスの力」より)

構造の一様性は、ほかのどこかがその犠牲として乱雑な状態になって、はじめて現れる。世の中のある部分に構造ができて一様性が現れるのは、それと同時に、ほかのところが大きな規模で乱雑状態へ崩壊していく場合である」(274p9章「カオスがつくりだす模様」)
 
以上の有名な熱力学の法則(一般的な言葉では「エントロピーの法則」と呼ばれるが)をもう少しわかりやすく言えば、

何かの構造物を造るためには、破壊(混乱=カオス)が必要である、ということである。つまり、じゃんじゃん箱物を建築するためには、それ以外のどこか他の場所でじゃんじゃん破壊(混乱)が必要ということである。

もちろん、創造(構造建築)と破壊(混乱)のバランスが取れていれば、別に問題はないわけで、創造(構造)→破壊(混乱)→創造(構造)というサイクルは自然のサイクルでもある。

しかし、日本の建築構造物に話を限れば、日本全国で使われていない非常に多くの老朽化したビル、人が住んでいない家屋が何もされずに放置されている現状を見ると、建築構造物の創造と破壊のバランスが取れているとは言えない感じである。

本当は、人が使っていない老朽化した建物・家屋をまず壊すか、リノベーション(全部を壊さず、必要なところだけ新しくすること)するほうが順番が先で、それから必要な新しい建物を造るべきなんだと思う。しかし、新築の箱物を造ることはお金が儲かるので、すぐに事が進行するが、老朽家屋の破壊やリノベーションは時間がかかり、お金も儲からないので遅々として進んでいないようである。

この日本の建築構造物の創造と破壊のアンバランスから予想されうることは、人間が創造と破壊の適切なバランスを造らないとしたら、自然がそれを無理やりやる可能性が高くなるということだ。つまり、災害(自然災害、人為災害)等による破壊がより起こりやすくなるということである。
 
 科学者は人間活動のアンバランスについて、熱力学の法則の観点から次のように警告する。

自然界では、温度が上がろうとすると、上がりすぎないように、コントロールが働きます。ある生物が増えすぎると、集団自殺なでも含め、その数をコントロールする力が働きます。自然界はいつでもアクセルとブレーキを操っています。
 人間が本当に賢ければ、この自然界の法則の意味を理解した上での、アクセル操作とブレーキ操作ができるはずですが、人間もどうやら自然の法則に埋没しているようで、自分達のやり過ぎを自然によってきつく制御(叱責)されるまでは、気づくことがないのかも知れません。」  (「熱力学で理解する化学反応のしくみ」182p平山令明著 講談社発行)

この創造と破壊のバランスとアンバランスという観点は、非常に多くのことに応用できる考え方である。

たとえば、「動物園から神の王国へ」の2部でも書いた話であるが、日本も含めて先進国では、高齢化が進んでいる。それは、医学、福祉の発達のおかげで、人が簡単に死ななくなって(死ねなくなって)いるからである。そのため、破壊(死)が不足するために、よって生(誕生)も不足に陥っている。少子化(子供が生まれない)という日本の現実は、子供をもつかもたないか、生むか生まないかという個人の意志には本当は関係なく(見かけはそう見えるかもしれないが)、人間構造物の単純なエントロピーの問題、そして日本という国の領域におけるお金・時間の資源配分の問題なのだと私は思っている。

おそらくあと10年くらいして、日本の少子高齢化の問題がもっともっと深刻になるとき、この国は財政的な理由から、安楽死や胃瘻の是非を問わざるを得ないときがくるだろうと思う。

そんな現状で、日本のような老人国が運動会(東京オリンピック)をやる体力的財政的余裕があるとも思えないし、東京オリンピックの開催をめぐってはトラブル続きで、先行きの暗雲がしばしば暗示されてきた。しかし、もう後戻りもできず、現在日本はオリンピックという名の構造物をかなり無理して造ることに邁進している。

その結果は、いっそうの混乱(カオス)……老いた日本には、過激な運動後の体の疲労、痛みのように感じられるだろうが、大規模な混乱からまた新しい時代に合ったシステムや構造が生まれるなら、それもそれでよいのかもしれない。
 
人間は、 「自分達のやり過ぎを自然によってきつく制御(叱責)されるまでは、気づくこと」ができない生き物……いつも痛感させられる事実だ。


 
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家族への執着・嫌悪、そして再び愛情2016年12月20日 11時33分48秒

今回のダグラス・ハーディングの「存在し、存在しない、それが答えだ」の19章「浴場の絵」の中で引用されているイエス・キリストの言葉、「もしどんな人でも私のところへ来て、自分の父と母、妻、子供たち、兄弟姉妹を憎まないものは、私の弟子になれない」 に関して、「この言葉は、すべてを愛するというキリストの愛と
矛盾するようで、よくわからない」という感想をいただいた。

ここで、「憎む」という言葉が適切なのかどうか、 イエスが本当に「憎む」という言葉を使ったのかどうか、私には疑問が残るところであるが、この言葉の本当の意味、そして、ダグラス・ハーディングがこの章で何を言わんとしているのか、私なりの理解を書いてみよう。
 
伝統的キリスト教では(仏教も同じであるが)、すべての世俗的執着を断ち切らないかぎり、人は神(仏)を求めることはできないと考えられてきた。つまり、神への愛 が他のすべての愛よりも大きくないかぎり、人は神への道を歩くことはできないとされてきたのだ。

そしてこの考えの元となったのが、イエス・キリストの「自分の父と母、妻、子供たち、親兄弟を憎まないものは……」  の発言だったようで、そのため、神への道を歩く者たちは親兄弟を捨て、家族生活も営まない、というふうに徹底してきたわけだ。

世俗的人間関係の中で私たちが最大に愛着するものが、家族への愛情で、親、子、兄弟姉妹への愛着である。そして、愛着とは執着で、執着とは依存である。
 
もし人が家族に執着・依存するとすれば、それはただ神だけを求め、ただ神だけを愛し、ただ神だけに依存することに対する最大の障害なのである

つまり、イエス・キリストが言わんとしたことは、家族への愛着(執着)・依存と神を求めることは両立しないということで、そこで彼は弟子たちに「もしあなたにとって家族がそんなに大事なら、私の弟子になることはできない。だから、神か家族かどっちかを選択せよ」と迫ったわけだ。(どこかで読んで記事によれば、以前は「親兄弟を憎む」ではなく、「親兄弟を捨てる」という訳だったとか)

問題は、外側で家族や世俗的生活を断ち切っても、人は心の中で必ずしも執着を断ち切れるわけではない、ということである。立派な法衣を着た聖職者や僧侶たちの性的金銭的スキャンダルが歴史上、現在に至るまでえんえんと続いている事実を見れば、世俗的執着を断ち切ることがどれほど困難かを物語っている。

キリストの「親兄弟を憎まないものは……」  と絡めて、ダグラス・ハーディングがこの19章で語っていることは、私たちが対象として見るどんな人(自分の家族も含めて)も、ただそれ自身では厚紙の切り抜きないし空っぽの船にすぎず、何の実体もないということだ。

そのさらなる意味とは、私たちは自分が見る他人の目に魅了されたり、愛着したり、それを恐れたり、嫌ったりするが、実際は彼らの目の背後には誰も住んでず、それは親でも子でも兄弟姉妹でも(恋人や友人でも)ない、ただの厚紙の切り抜きないし空っぽの船、単なるイメージである。

しかし、主体的に言えば、ダグラスが言うように「あなたが見るすべての目は盲目であるのに対して、その所有者たちは誰も盲目ではないということである。すべての人は見ている一なるもののただ一つの目で見ている

そしてそのことを見るとき、「私たちは皆が何もないものにされている聖なる中心以下であることを断固拒否し、そのことによってすべてであり、愛そのものである一なるものと一つになることである」(以上の引用は「存在し、存在しない、それが答えだ」p257-258)

つまり、私の本質と自分が見る対象の本質が一つであることを認識することによって、再び愛が復活するというわけである。そして、縁があるなら再び夢の中(厚紙の切り抜きの世界)で、親子、兄弟姉妹、夫婦、友人、恋人を演じ、執着なく愛し合うということになる。

執着なく家族を愛することがどういうことか、ラマナ・マハルシが弟子であるプンジャジ(「覚醒の炎」という邦訳本がある)に語ったエピソードが、私はとても好きなので、以前にもこの話を紹介したことがあるが、再び紹介してみよう。

プンジャジはラマナ・マハリシに出会い、ラマナに恋し、家族を捨てて一生、ラマナのアシュラムに住む決心をしていた。彼は結婚していて、子供が何人かいて、両親の面倒を見る立場にあった。あるとき家族からアシュラムに連絡が来て、それは「故郷の町が戦争に巻き込まれて、大変な状況になっているから、すぐに帰れ」という内容だった。ところが、そんな連絡をもらっても、プンジャジは「あれは夢の家族で、自分にはどうでもいい」とまったく心も動かされずにいた。

その話をラマナが聞きつけ、プンジャジを呼んで、尋ねた。「家族が大変な状況にいるというのに、どうしてあなたは家族のところへ帰らないのですか?

プンジャジ「あれは夢の家族で、私にはもうどうでもいいのです。私にはあなた以外誰も必要ではありません
ラマナ「だったら、夢の世界で、夢の夫、夢の息子、夢の親として、義務を果たしなさい

ラマナの言葉に、抗えないパワーを感じて、プンジャジはイヤイヤ承諾し、家族の元に帰ることにし、しかも、自分が生きている間、もう二度とラマナに会えない運命も直感的に悟ったという。

これはたぶん、プンジャジが三十代前半の話で、その後、彼は大家族の生計を支えるために定年退職するまで懸命に働いたという話だ。彼はすべての家庭的義務が終わったあとで、再び放浪生活に入り、インド国内、ヨーロッパ、アメリカとあちこち行ってサットサンをおこなった。(以上の話をどこで読んだか、記憶が確かではないが、たぶん、プンジャジの伝記、”Nothing ever Happened” に出ていた話だと思う)

 今、「執着なく愛する」と書いたが、実はここでも言葉が曲者で、それは「夢の中の登場人物(人間物体の小さい自分)が、別の登場人物に愛着したり、嫌悪したりしないように努力するとか、無理やり執着を断ち切る」ということではなく、実際は「夢の中の登場人物が別の登場人物に愛着したり、嫌悪する様子」をただ眺める(観照する)ということである。もし人間物体が夢の登場人物にすぎないとわかるなら、それが他人に愛着しようが、嫌悪しようが、それこそ、Who cares!? (そんなこと誰がかまうもんか)、であろう。

ラマナ・マハルシでさえ、自分の母親が死んだとき、涙を流して、悲しんだと伝えられている。「(執着がないとされている)聖者も自分の親の死を悲しむのですか?」と信者に尋ねられたとき、ラマナは「息子が母親の死を悲しむのは当然である」と答えたという。

最後は私の話だ。20代の後半の頃、私がスピリチュアルに深く傾倒していることが両親にばれて、特に母親が激怒し、ストレスから病気になるほどだった。

その時の私の気持ちと態度は、親に死んでくれとまでは思わなかったとしても、「親が不幸だろうが幸せだろうが、生きようが死のうが、一切私には関係も関心もありません」という非常に利己的で冷たいものだった。なので、縁は切れなかったものの、それからかなりの間、親子関係は非常に冷えたものだった。

その時代、私はロシアの神秘思想家、グルジェフの教えに影響を受けていて、私が強く記憶に留めている言葉の一つは、キリストの「親兄弟を憎まないものは……」  とは正反対のもので、彼はこう弟子に言っている。「自分の親を愛せないものは、私の弟子になることはできない」(グルジェフはひょっとしたら、キリストの有名な言葉を意識して、わざとこう言ったのかもしれない)。自分の弟子になる条件として、こんな世俗的で平凡なことをグルジェフが言う真意が私は理解できなかった。

しかし、それからずっとこの言葉を考え、次第に親との関係も修復されるにつれて、ようやくグルジェフは事の核心を言っているのだとわかった。それは書けば長い話になるので、簡単に言ってしまえば、私たちの世俗人生においては、親とグルと神は同じ立場にあるということだ。つまり、自分の親を愛せない人は、グルを愛せず、グルを愛せない人は神も愛せないという構図になる。グルジェフはこう言ったという。「自分の親との間に問題をかかえている人は、グルとも同じ問題をかかえることになるだろう」(ここでも「愛する」という言葉は注意が必要だ。霊的な意味で「愛する」とは、感情的に「好き」という意味ではなく、むしろ、「理解する」「存在を受容する」に近い)

「親兄弟を憎まないものは……」 と「自分の親を愛せないものは……」は、見かけ正反対のことを言っているように見えるが、実際はそれはコインの表・裏のようなもので、愛着・嫌悪→無関心→再び(夢の世界で)愛情(と時々うんざり)と、円が一回りしてくれば、同じところへたどり着くのである。


[カモミール様へのお詫び]

コメントの真意を誤解していたようで、失礼をお許しください。

[お礼]

今年も一年間ブログを読んでいただき、また私が主催している活動に対して様々なご支援をいただき、ありがとうございました。お目にかかった皆様にには、そのご縁に感謝します。来年は1月の中旬頃からブログを開始します。 それでは、クリスマスやお正月を一緒に過ごす夢の家族、恋人や友人がいる方は、その人たちとの時間を楽しみ、そういった煩わしいもの(笑)  がいない皆さんは、一人の時間を楽しんでください。書き忘れるところでしたが、最後に、「動物園から神の王国へ」を読んでいただいた、私の著書のコアな読者の皆様、皆様に読んでいただいたおかげで、次作を書く意欲がますます湧いてきました(でもまだ一行も書いていないけど)。

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「字幕屋の気になる日本語」2016年12月13日 08時50分02秒

以前、字幕翻訳家の太田直子さんの著書、「字幕屋は銀幕の片隅で日本語が変だと叫ぶ」 (光文社)  をこのブログで紹介したことがある。
   http://simple-dou.asablo.jp/blog/cat/social/?offset=30

その太田さんのことだが、最近、今年出た彼女の新刊「字幕屋の気になる日本語」(新日本出版社)を読んで驚いた。それは「遺稿集」なのだ。太田さんは今年の初めに亡くなられたのだ。1959年生まれ。享年56歳。
 
その前の著書、「字幕屋のニホンゴ渡世奮闘記」(岩波書店)を読んでもう一つ驚いたことがある。この本には、映画字幕を作るプロセスが1から10まで丁寧に説明してあり、字幕を作っているときの彼女の1週間の日誌まで掲載されている。

それによれば、映画の字幕翻訳は、仕事を受注してから終わるまでが約2週間、翻訳に当てる時間がそのうちの1週間と超スピードの世界なのだ。同じく外国語を日本語にする仕事であっても、本の翻訳の仕事は、翻訳を開始してから、本が出るまでトータルで数年の期間がかかるのとは、大違いである。

そしてその2週間は、少し寝て、食べる時間を除いたすべての時間が仕事に費やされる。太田さんは典型的な夜型の人であったようで、ほとんど毎日朝方まで仕事をしている。

こういう生活を20代から数十年続けてきて、最近は、エッセイ書き、講演、翻訳学校での講師の仕事でも多忙であった様子が本からはうかがえる。

その生活スタイルと多忙さだけでもかなりのストレスを想像するが、それに加えて、字幕業界の現実から、一般の人たちの日本語の使い方まで、彼女の憂いと怒りがエッセイにはあふれている。言葉に対するこだわりが半端ではなく、しかも律儀で、色々のことに気遣いし、正義感の強い方なんだと思う。

便乗するならカネ送れ」(「字幕屋の気になる日本語」)というタイトルの文章の中で、 字幕の仕事を発注するクライアントに、 「若く優秀な字幕翻訳者を安く使いつぶさないように 」お願いまでしている。映画業界も相当なブラック業界のようである。彼女自身は、名声も実力もあるので、ちゃんとした報酬をもらっていたのだろうけど、若い世代の字幕翻訳家の現状、そしてこれからの字幕文化 の行く末を心から案じて、エッセイの中で異例のお願いである。こいう憂いや怒りも彼女の命を縮める原因となったのかもしれない。
 
私も人生でたった一度、ほんの数か月間の間だけだったけど、彼女と同じくらい働いたことがある。ちょうど40代から50代になる境目の頃だ。食べる時間と寝る時間以外一日十数時間、パソコンに張り付いて仕事をした。私の場合は、他から請け負った仕事ではなく、自分で作り出した状況だったので、誰のせいでもなかったのだが、毎晩真夜中に胃の痛みで目が覚め、もしそのとき医者に行って診てもらったら、胃潰瘍の一つか二つ、ガン細胞の一個か二個くらいできていたかもしれないと思う。

その怒濤の数か月が終わったとき、気力も体力も尽き果て、更年期も重なって、「死」が非常に近い気分だった。自分の仕事だったから、仕方なかったとはいえ、ひる寝と読書と仕事の適当なバランスを突然変えたのがいけなかったのだと思い知った。その時以来、またひる寝と読書の合間に仕事をやるという元のスタイルに戻して、今日まで生きながらえている(今は完全な朝型なので、早朝から午前中にかけて4、5時間だけ仕事をしている)。

50代の死は早世だとも言えるだろうが、でも大好きな仕事をまっとうし、これから始まる老いの坂をダラダラと下るという苦しみから解放され、そして何よりも、あらゆるところでブラック化する世の中を、もうこれ以上見なくてもすむということでは、太田さんは幸せな死を迎えたと思うことにしたい。

ただ、彼女の字幕やエッセイのファンの人たちは彼女の早世を残念に思っているいることだろうし、私自身は、彼女がドストエフスキーの作品を訳す前に亡くなられたのが、残念と言えば、残念である。彼女の訳でドストエフスキーを読んでみたかった――「字幕屋の気になる日本語」のあとがきの代わりに、友人の作家の方が書いた追悼文によれば、太田さん(←元々はロシア文学が専門)が、これからドストエフスキーの作品を訳す企画があったそうである。

 
[カモミール様へご質問の答え」

ご質問の主旨は、「職場の同僚はスピリチュアルでもなく、何もしていないようなのに、女性にモテる。私はQEとかやっているのに、女性に縁がない。どうしたら私も職場の同僚のように、何もしなくても女性にモテるようになりますか?」  という意味だと理解しましたが、もしそうなら、質問するサイトが間違っています(笑)。そんなこと、私に尋ねられても、わかりません。


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非二元系の教えの単純な結論と探求の一般的プロセス2016年12月06日 15時50分26秒

私の会やコンサルティングに来られる皆さんとお話してよく気づくことは、非二元系の教えの言葉(用語・表現)関して混乱があるということだ。その混乱は考えてもみれば、当然のことで、その理由は皆さんが(出版の仕事をしている立場からすればありがたいことに)、たくさんの本を読んで、あれこれ考えるからである。

非二元系の教えを教えている(あるいは教えていた)賢者の方々はそれぞれの文化、国によって非常に異なる言語を使い、それぞれの人がまた異なる表現スタイルをもっている。そして、文章を書くタイプ(ダグラス・ハーディングやラメッシ・バルセカールなど一部の賢者)を除けば、多くが即興でその場で語られたもので、だから、あるときはある人にはあることを言い、別の人にはまったく正反対なことを言うという矛盾が本の中でも見られることもある。(ニサルガダッタ・マハラジの講話はこの特徴が顕著だ)

なので、そういった多様な本を読んでいると、用語で混乱し、また質疑応答で混乱するという事態に陥ることがある。

「私の本質」(私はこの平凡な表現が好みだが)、それを表す言葉は――神、意識、真我、 スピリット、仏性、絶対、パラブラフマン、至高の実在、その他――と、多岐にわたる。

そうすると、それぞれの本の中でそれぞれの人が使っている、たとえば、「神」と「真我」と「意識」は同じことを言っているのかという質問がわくわけである。

当然な質問なのだが、これに決着をつける方法は、非二元系の本を読むときは、注意深く読んで、言葉を超えてその賢者が何を言わんとしているか、瞑想的に考えることである。

それから、どんな賢者も文化的な条件付け、個人的好き嫌いをもっていて、そういった文化的条件付けや個人的好き嫌いから出てきている発言は重要じゃないので、深く考える必要はないし、基本無視(笑)でいいと私は思っている。。
 
で、そういった古今東西の多様な賢者が多様な表現で語ってきた非二元系の教えに共通した核心とは非常にシンプルなもので、それを以下に簡単に箇条書きしてみると……

*私の本質は一個(一人)の人間(物体・固体)ではない。

*私の本質は永遠に変わらないものであり、永遠に今ここにある。

*私の本質は永遠なる平和、不死、愛である。

*私の本質は達成されるべきものではなく、ただ気づくためのものである。

*あらゆる存在の本質は一つである。

*束縛されている人(実体)もいないし、解放される(悟る)人(実体)もいない。

* 涅槃(神の王国)は私たちの中にある。

*涅槃(神の王国)と世俗(人間の世界)はコインの表裏のようにピッタリ合わさっている。

*私たちが自分の本質に目覚めるとき、それは人(人間としての自分)が目覚めるのではなく、人(人間としての自分)という夢からの目覚めである。


そして、以上の結論を聞いたあとの一般的プロセスとしては、

1まず最初に私たちは少なくとも知的にその結論を受け入れる。

2色々な本を読み、様々なワークの場で出かけ、瞑想したりその他ワークをおこなう。

3特に自分に合うと思う本やワークを見つけたら、集中的にそれを学ぶ。

4知的に信じていただけのことが、次第に経験的にわかるようになる。

5最初に述べたような、言葉やマインド次元の混乱がしだいにおさまってくる

6非二元の教えへのマインドからの様々な抵抗にも気づく。

7その間(特に若い時代は)、探求と同時に、恋愛、結婚、子育て、仕事等でも何かと忙しく、世俗人生からも学ぶということが強いられる。

8しかし、探求に本気の人はどれだけ忙しくても、障害があろうとも、その探求をやめることはできない。


9最終的には、以下の確信に落ち着く。

*私の本質に目覚めるために、今ここ以外のどこかへ出かける必要がない。
*私の本質に目覚めるために、私の存在以外の、本、ワーク、グル(先生)、何かの組織は必要ない。
*私の本質への目覚めは、昨日でも明日でもなく、今ここにしかない。

*でもさらに言えば、(もしそうしたいなら)どこ(誰のところ)に出かけてもかまわないし、どんなワークをしても本を読んでもかまわないし、(犯罪等でなければ)自分がしたい何をしてもかまわない

そういった探求の途中で、非二元系の教えを学んでいる人たちは、「自分は最終的にこの探求から何を得るのだろうか?」という疑問が湧くことがあり、そして「ひょっとしたら、人間的には何も得るものがないのかもしれない」ということに気づいて、嫌気がさして、別のスピリチュアルに向かうか、あるいはスピリチュアルの探求そのものをやめてしまう人たちもいる。
 
実際に、「非二元の探求から何が得られるのか?」に対するその答えは、「『自分』が得るものなし」  という非常につまらない(笑)というものだ。ぎりぎり言って、それは「何かを得たいという『自己』の不在」、愛、死と不死、平和という形而上学的問題に関する疑問の解消、そして世俗生活に関しては、(よいことも悪いことも)来るがままに起こるがままに神(私の本質)の意志を単純に受け入れていくということでしかない。

非二元の教えは素晴らしいものでもなく、素晴らしくないものでもなく、他のスピリチュアル(新興宗教とかキリスト教や仏教などの伝統的宗教、またその他多種多様なスピリチュアルな教え)よりも優れているわけでもなく、ただスタイルや方向性が違うというだけだ。

他のスピリチュアルな教えと顕著に異なることは、それは大勢の人たちを惹きつけないし、探求に関しては他人のことに一切かまわない教えであり、ただ「私とは何か?」にだけ関心をもつ教えである。

なので、新興宗教系などとは違って、家族や親しい友人であっても、興味のない他人を勧誘したり、引き留めたりするようなことはしてはいけないし、ただ自分のことだけを探求するという態度であるべきだ。

そういう意味で、非常に孤独で、精神的タフネスが要求され、私が思うに、非二元の探求は他人にかまわないという意味で、非常に利己的とも言えるかもしれない。個人的自己がないという教えでありながら、その探求が利己的だと言うのは言葉では矛盾するが、でもそういうものなのだと思う。

そして、ここが肝心なところだが、ラメッシ・バルセカールの本「意識は語る」の質疑応答(ページ611)にもあったように、誰も自分の意志で、「得るものが何もない」こんな奇妙な探求を選択したわけではないということである。

質問:人はこの探求によって無理やり連れて行かれるのです。

ラメッシ:このすべては全体性の機能の一部です。そして「無理やり連れて行かれる」というのは、とても正確です(笑)。それは言い得て妙です。なぜなら、それが起こっていることだからです。

質問:だから、私たちはもう一杯ビールをついで、それを楽しむべきなのですね(笑)

ラメッシ:それ以上にはうまく表現できないことでしょう。

非二元の探求を(そもそも人生の何事も)自分の意志で選択した人は誰もいない…そのことが本当に納得できるとき、ラメッシが言うように「罪悪感、嫉妬、プライド、憎しみ、」から解放され、探求の先行きさえ、何だってかまわないのである。(私はダグラス・ハーディングとは全然表現スタイルが異なる、ラメッシのこういう軽い調子の会話も大好きだ)

ということで、無理やり探求に引きづりこまれた同志の皆さん、何かとお酒を飲む機会が多いこのシーズン、次回お酒を飲む機会がある人は、お酒をついで、飲まない人はジュースをついで、非二元の探求に引きづりこまれた自分の運命を(まわりに気づかれないようにこっそり)祝うか呪うかしてください――私も、無事今年も師走を迎えたお祝いに今晩は久しぶりにお酒(福島の日本酒)を飲もうと思っている。
 
「TK様への質問の答え」
「『答えがない』とか『答えられない』ではだめなんでしょうか? 」
ハーディングのワークの感想や答えに関しては、
何がよくて、何が駄目ということはありません。
もし答えられないなら、まさにそれがその瞬間の答えです。

「お知らせ」
 
ダグラス・ハーディングの新刊「存在し、存在しない、それが答えだ」(ナチュラルスピリット発行 本体価格 2300円)が発売されました。

目次は下記のサイトに掲載してあります。
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「お知らせ」

11月14日より、下記のDLmarketでYahoo!Japan のIDも利用できるようになりました。

*「動物園から神の王国へ―サルの惑星、のような星で、平和に生きるために」(PDFファイル)ダウンロード版は、DLmarketのサイトで販売しています。お手持ちの機器(パソコン、タブレット、スマートフォン)に、PDFを読むソフト(AdobeReader等)が入っていれば、どなたでも読むことができます。

本書の詳しい目次は下記のサイトに出ています。

1部 ヒトにおけるセックスと闘争・暴力の問題について
2部 サルの壁 人の壁
3部 人生は、ド・アホでいこう!

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なお現在は、パソコン等では、横書きの文章のほうが読みやすいという人たちもいると思い、縦書き版と横
書き版の二種類の版を用意してあります。 編集の都合上、総ページ数(縦書き版が453ページ、横書き版が367ページ)は異なっていますが、内容はまったく同じです。

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動物園から神の王国へPDFダウンロード縦書き版」(1500円+税)(453ページ)
   http://www.dlmarket.jp/products/detail/331107

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探求の終わり、そしてまた始まり2016年11月22日 14時03分01秒

 「シンプル堂さんは探求が終わったのですか?」と尋ねられたことがある。この質問への答えは、Yes でもありNoでもある。

振り返ってみると、私が二十代半ばに霊的探求を始めた頃、二つの目標というか望みがあったと思う。それは「平和と絶対的な真理」である。 私は、心の平和と永遠に変わらぬ真理、それが熱烈に欲しかったのだ。

幸い自分を導く教えと師のような方々(厳密に言えば、私は誰とも特定の師弟関係ではないし、グル-弟子という観念は自分には合わないと思っている) と巡り会い、 「平和と絶対的な真理」を知ることができた。しかし、「私は○○を知る」という表現も本当には正確ではない。 むしろ、どこに「平和と絶対的な真理」  があって、どこにないかを認識し、疑いが消え、確信に落ち着いたというのが一番近い表現だ。
 
以上述べた意味においては、「探求は一応終わった」と言うことができるだろうと思っている。しかし別の意味においては、それはシンプル堂と呼ばれている人間物体が死ぬまで続くものであるかもしれない。

ダグラス・ハーディングはよくこんなことを言っていた。

「神とは無限に未知で、無限に神秘で、それは一人の人間の一生で探求(研究)し尽くせるものではない」
彼は死ぬまで、「私」の本質である神を探求(研究)しつづけ、そして自分が発見したことをどうしたらよりよく伝えることができるかも研究し続け、「私とは本当に何かを見る」ための新しい実験やイラストをいつも考えていた。

私の場合は、仕事(翻訳と著作)のためにまだまだ色々と研究・探求することがたくさんあり、 そしてダグラスと同じく実験についても研究・探求している。だから、また新たなる探求・研究が始まったとも言えるかもしれない。でも、「探求・研究」という高級な言葉よりも、それはどちらかというと、シンプル堂と呼ばれている人間物体の余生の趣味・娯楽のようなものだ。

さて、今、来年出版が予定されているニサルガダッタ・マハラジのPrior to Consciousness(意識以前)の本の作業を開始している。10回以上読んだ本であるが、マハラジの言葉は一つ一つが奥深いので、作業しながら、彼の言葉に瞑想する日々である。彼もまた(もちろんお会いしたことはないけど)ダグラス・ハーディング、ラメッシ・バルセカールと並んで、私が深い敬愛の情と感謝を感じる賢者である。

最晩年の本書の中で、彼がよく言っていることは、世の中で普通に生きることの重要性だ。

「(物事の状態を正しい観点で)見て、自分の能力のかぎりを尽くしてこの世の中での自分の人生を生きなさい。」

「理解したら、何でも好きなことをやればいい」

 
まさにそういうことなので、シンプル堂は、他のことよりは多少は能力がある翻訳と著作をもう少しだけ頑張ろうと思っている。

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ダグラス・ハーディングの新刊「存在し、存在しない、それが答えだ」(ナチュラルスピリット発行 本体価格 2300円)が発売されました。
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動物園から神の王国へPDFダウンロード縦書き版」(1500円+税)(453ページ)
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動物園から神の王国へPDFダウンロード横書き版」(1500円+税) (367ページ)
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ダグラス・ハーディング(6)「存在し、存在しない、それが答えだ」2016年11月09日 15時58分25秒

ダグラス・ハーディングの新刊存在し、存在しない、それが答えだ」(ナチュラルスピリット発行 本体価格 2300円)が発売されました。

目次は下記のサイトに掲載してあります。

今回、ダグラス・ハーディングについての最後の話は、また彼の人生に少し話 をふってみよう。
 
彼は十代の頃から建築家としての訓練を受けたが、それは親がたまたま決めた職業で、彼自身は建築の仕事にそれほど興味がなかった。むしろ若い頃の彼は作家になりたくて、何冊かの本を自費出版しているほどである。そんな感じで、彼は建築家としての仕事には情熱がなかったにもかかわらず、家族を養いある程度豊かな生活ができるくらいには成功し、しかも彼は自分の職業人生に関して次のように語っていた。「私は建築の仕事をほとんど一日に1時間くらいしかしないで、残りの時間は、私とは本当に何かの探求に費やしていた。それでも何とか仕事をやっていくことができた」。

彼の最初の妻は、「私とは本当に何か」を探求する彼の情熱も彼が発見したこともまったく理解もせず興味もなかったが、彼が建築の仕事を休んで、大著「The Hierarchy of Heaven and Earth(天と地の階層)」を書いている間、生計を支え、彼がそれに集中できるように協力してくれたという。

まだ晩年のインタビューによれば、彼が建築事務所を経営していたとき、彼の妻が仕事の関係で町の多くの有力者と知り合いだったため、建築の仕事を簡単に受注することができたそうで、だから、最初の妻は自分の人生に非常に貢献してくれたという話を語っている。全体的には、戦争があったとはいえ、彼の建築家人生はおおむね順調だったようだ。

むしろ困難がつきまとったのは、自分が発見したことを伝えるという霊的な仕事に彼が従事した年月だった。

彼が今回の「存在し、存在しない、それが答えだ」の本の中でも語っているように、特に伝統的宗教に深くはまっている人たちには嫌われた。

その理由は私が理解するに、キリスト教、仏教、イスラム教などの伝統的宗教は階級性と儀式や規律を非常に重んじ、愛しているからで、彼の言っていることはそういったすべての階級性や儀式や規律の必要性を破壊してしまうからである。

また、「私とは本当に何か」、あるいは神を発見するために、自分以外の外側のグルや教師、外側の組織、代理人(聖職者)は必要ないことも彼は明らかにしたからでもあろう。

様々な困難があったにもかかわらず、自分が発見したことを興味がある人たちと分かち合いたいという彼の情熱は晩年になっても衰えることなく、キャサリンによれば、世界各国から来るワークショップの依頼は決して断らなかったそうだ。。それはたぶんダグラスにとっては、世界の様々な地域に行って、様々な人たちに会うことは、「何が起こるかわからない冒険」であり、彼はそういった冒険を愛していたからだと思う。

時には、全然趣旨の違う団体に間違って招待され、会場に到着して初めて気づくということも起こった。会場に到着したら、「イギリスの建築家、ダグラス・ハーディング氏がイギリスの建築史について語る」建築関係者向けの講演会だとわかって困ったことがあったと、エッセイの中に書かれている。

そういう困難に会ったときの彼のモットーが、「Man's extremity is God's oppotunity(人間の苦境は神の機会)」という古いことわざで、つまり、その意味は「人間が本当に困ったときこそ、神の知恵が出てくる」  ぐらいの意味である。その言葉どおり、彼は困難に出会ったときは、人間的に奮闘することをやめ、ただ自分の本質から出てくる答えを待って行動し、切り抜けたとういう経験を多くしたようだった。

彼が私に話してくれたそんな出来事の一つが、1980年代に彼が日本のある禅寺の招待で、日本に来たときのエピソードである。彼が日本の空港に降り立つと、来ているはずの迎えが誰も来ていない。禅寺に電話をかけても英語が通じず、彼は住所と電話番号だけが書かれてあるメモを握りしめて、(おそらくは)虚空を眺めながら空港のロビーの椅子に坐っていた。

すると、しばらくしてどこからともなく、見知らぬサラリーマン風の日本人の男性が片言の英語で彼に話しかけてきて、彼もメモを見せながら、自分がここへ行きたいことを何とか伝えたという。すると、その男性は、「私について来なさい。私があなたをそこへ連れて行ってあげましょう」と言って、その晩は彼を自宅に泊めて、翌日その禅寺まで彼を送り届けてくれたという話である。

彼はこういった奇跡話みたいな話はふだんほとんど文章には書かないし、話したりもしない人なのだが、そのときはたまたま私が日本人なので、自分がその日本人の親切にどれだけ感激し感謝したかを私に伝えたかったのだと思う。

そんなこんなの冒険(時には危険な出来事や不愉快な出来事)満載の彼の人生を振り返ってみて感じることは、ときに困難が襲っても、彼が人生と世界を深く愛していたことである--その理由はおそらく、人生と世界は神の創造であるからで、「神なる私」が造ったものだからだ。

ダグラス・ハーディングはインド系の賢者とは違って、「世界は幻想である」という言い方をしないし、むしろそういう表現を嫌っていたと思う。彼にとっては、物質世界は神満載の現実であり、それを「幻想」と呼ぶのは神に対して失礼な表現なのだ。

彼は、神とは何か、私とは何か、人間とは何かの研究・探求に生涯を捧げた研究者・科学者・神秘家という多面的な面をもつ人であり、そして私にとっては少々頑固で愛すべきおじいちゃんでもあり、彼の教えと彼に出会ったことをとても貴重で不思議なご縁だと思っている。
                                       
最後の最後に、ダグラス・ハーディングがあらゆる機会にしつこくしつこく問いかけた質問……

今これを読まれている皆さんは目の前のパソコンやスマートフォンの画面を眺めているはずであるが、On the present evidence(現在の証拠にもとづいて)答えるならば、その文字や色を見ている(認識している)主体(あなた)は色や形があるだろうか?……On the present evidence(現在の証拠にもとづいて)


[イベント]

「マインドについて学ぶ会」2016年11月26日(土曜午後) 大阪市 予約受付終了しました。
詳細・予約は下記へ
http://www.simple-dou.com/CCP040.html

「私とは本当に何かを見る会」2016年11月27日(日曜午後) 大阪市予約受付終了しました。
詳細・予約は下記へ

[お知らせ]

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ダグラス・ハーディング(5)存在し、存在しない、それが答えた2016年10月23日 08時56分03秒

 ダグラス・ハーディングの新刊「存在し、存在しない、それが答えだ」(ナチュラルスピリット発行 本体価格 2300円)が発売されました。

目次は下記のサイトに掲載してあります。

今回は、ダグラス・ハーディングのワークに関して、それに対する反論、不満を取り上げてみよう。
 
よく聞かれるものは、次のようなものだ。
 
1頭(顔)がここには見えないからといって、ないわけではないだろう。見えないけれど、存在するものはたくさんある。

2ここに頭(顔)がないことは見たけど、「だから、何?」っていう感じ。

 
3自分が見ているものは平凡で、至福も喜びも感じない。

4ハーディングのメッセージは、「存在するのは私だけで、他のあらゆる人は私の経験の想像物である」という唯我論である。
 
 以上の反論・不満に関して、順に説明してみよう。
 
 1頭(顔)がここには見えないからといって、ないわけではないだろう。見えないけれど、存在するものはたくさんある。
 
1の反論は非常に手強く、難問である。私がダグラスのワークと教えを知ってから10年以上この問題を考えた。つまり、「確かに、頭は見えないけど、触れば、頭らしきものがあるではないか。これは何なのか?」
10年以上考えたある日、ようやく一つの答えが閃いた。 私が触って感じている(得ている)ものは、あくまでも、「感触」であって、それは「人間の頭」ではない。なぜそう言い切れるかと言えば、「人間の頭」の定義とは、鏡の中に見るもの、あるいは他人の肩の上に乗っているものを指す。 私が頭らしきものを触って得るものは、明らかにそれではない。 ただただ「感触」 である。そこから私たちは記憶によって想像上の頭をここに構築するわけだ。

私のこの閃きは、量子物理学の一部の人たちが提唱した「人が月を見ていないときは、月は存在しない」という考えに出会ったときに、起こったものだ。もちろん、「人が月を見ていないときは、月は存在しない」という考えにすべての物理学者が賛成しているわけではなく、多くの学者はこの考えに反対している(アインシュタインは、強固な反対論者だった)。
 
この考えに習えば、「顔を見ないときは、顔は存在しない」、「体を見ないときは、体は存在しない」ということだ。触っていないときは、その頭らしき感触さえない。もちろん、ここでは「『主体にとっては』 存在しない」、と「主体にとっては」を付け加えるべきである。主体にとっては、物事(映像、感触など)は、私(主体)が認識した瞬間に生まれる。

寝る前や朝起きる前に、私は目を閉じたまま、体の一部を触って、こう自問する。「これは何か--現在の証拠にもとづいて」。暗闇(電気も消えて、目を閉じているのでほとんど真っ暗)の中にただただ感触が連続するだけ……トニー・パーソンズが言うところの、「生の感覚」の連続があるだけで、そこには「自分」も、「自分の人間の体」も 存在しない--主体にとっては。

それから、「見えないけれど、存在するものはたくさんある」という反論は、主体の科学と対象の科学を混同することから生まれる。対象の科学においては、 もちろん、「見えないけれど、存在するものはたくさんある」

たとえば、目の前の空間には、(見えないけど)空気があり、その空気は酸素と水素からできていると言われていて、対象科学がそれを証明している。 あるいは(見えないけど)空間には、無数の電波が通っていて、そのおかげで携帯電話、ラジオ、テレビ を私たちは使うことができると言われている。さらに空間には(見えないけれど)ウイルスなどの病原菌 もたくさんいると言われている。これらのことは対象科学的にはすべて正しい。

しかし、ダグラス・ハーディングが提唱している「主体の科学」では主体の認識がすべてだ。主体が今ここに認識していないものは、主体的観点からは、「存在しない」と言い切ってかまわない。主体が今ここで認識したとき、それは「在る」。主体はとても偉いのだ(笑)。 だから仏陀が言ったとされる「唯我独尊」 (ただ私だけが尊い)なのである。そして、もちろん、その「主体」、「私」は、人間的私・自我・肉体のことではない。(そこを誤解すると、非常に傲慢な考えとなるので、注意が必要である)

そして、混乱が起こる原因は「言語」 のせいである。言語は主体の科学を語るには本当はまったく向いていない。なぜなら、言語は根本的に二元世界の産物で、時間のある世界を語るための道具であるからだ。二元世界の産物である言語で時間のない一元的世界を語ろうとすると、どうしても矛盾が生じる。こうやって書いているときでも、私はその矛盾を感じる。「体に触る」「頭に触る」という表現そのものが、そこに「体」「頭」があることを想定させてしまうのだ。

だから、語り得ないものは、語り得ないのだから、「語らない」、つまり、「沈黙」が本当は一番正しい。

しかし、私が思うに、一番正しい正論はほとんど役に立たない。そこで、最善は、セカンドベストを手に入れることである。非二元の教えに関して私が読んだ本の中で、ダグラス・ハーディング、そしてラメッシ・バルセカールの本は 「語り得えない」ものに関して、質を落とさずに、限界までうまく説明したセカンド・ベストだと、私自身は思っている。彼らが語り得ないことは、それを読む人一人ひとりが自分で埋める作業をするしかない。

2ここに頭(顔)がないことは見たけど、「だから、何?」っていう感じ。

この質問・感想には答えがない。せいぜい、「だから、それです。This is It!」  と言うしかない。

3 自分が見ているものは平凡で、至福も喜びも感じない

ダグラス・ハーディングのワークは、自分の本質(中心)へ至る超高速列車のようなものだ。なので、途中(感情、感覚、思考レベル)をすっ飛ばしていく。 「至福や喜び」というのは、中心より外側にある現象であり、あらゆる現象同様にそれは起こったり、起こらなかったりする。それに対して「私の本質」は永遠に不動で、永遠に何もない。至福や喜びさえ、ない。このワークで、至福、喜び、他人への愛情、慈悲が起こらないわけではないが、しかし、それが目的ではない。

もし「感じること」を求めるなら、それを提供するワークはたくさんある。たとえば、肉体レベルでは、ヨーガとかマッサージをやれば、気持ちよさを感じることができるはずだ。

感情レベルに関していえば、ダグラス・ハーディングはよくも悪くも、人格的には非常に保守的でどちらかといえば、19世紀的な人で、彼は感情を扱うことをあまり得意とはしていなかったようだった(ひょっとしたら、アスペルガー的な人だったかも、とも思う)。彼の青年期、セラピーとか精神療法というのは今ほど一般的ではなかったはずだ。彼は自分が発見した真理によって、青年期の問題--自意識過剰で、臆病な性格を解放することができたのだ。

しかし、今は時代が違うし、ダグラス・ハーディングのワークをやっている若い世代の友人たちはほとんどがセラピーやカウンセリング、その他の各種ヒーリングなども適宜取り入れて、自分の感情面や思考面にも取り組んでいるし、セラピーやカウンセリングを仕事にしている人たちもいる。

もし強迫的な不安、怒り、心配等に苦しんでいる人がいれば、「私とは何かを見る」方法に加えて、そういった感情面のワークも併用するほうがいいと私も思っている。

4ダグラス・ハーディングのメッセージは、「存在するのは私だけで、他のあらゆる人は私の経験の想像物である」という唯我論である。
 
これは彼の本、「顔があるもの顔がないもの」に掲載されている(254ページ)ダグラスに向けられた質問(反論)である。
 
 まず、哲学で、 唯我論(独我論ともいう)というものの厳密な辞書的定義を紹介すると、「実在するのは、わが自我とその所産のみであって、他我その他はすべてはわが自我の観念または現象にすぎない

この反論に対して、ダグラスは次のように反論している。彼の言葉を要点のみ箇条書きすると(詳しくは「顔があるもの顔がないもの」の254ページ以下を読んでください)

*よい唯我論と悪い唯我論の二種類の 唯我論がある。

*悪い唯我論は、ダグラスが「私だけが私を経験していて、私のまわりの他人たちはすべて第一人称の私以外のもので、夢の人物にすぎない」 と言うことで、こういったたぐいの唯我論は疎外と孤独とみじめさを生み出す。

*よい唯我論も悪い唯我論と同じく、私は唯一の一なる者であることを発見するが、それはすべてを含めることによって 唯一の一なる者になる。悪いほうの唯我論は排除の唯我論である。

*ここにいる私はあらゆる人の私であり、あらゆる存在の内部事情である。

*意識はただ一つであり、分割できず、これが神の唯我論であり、自分の本当の本当の姿の唯我論であり、その別名は愛である。

以上をさらに平たく言えば、ダグラスの言う悪い唯我論とは、「私(個人的自己)だけが存在していて、私が見るあらゆるものは自分の想像にすぎないから本当は存在していない」と思うことで、よい唯我論は、「『私』だけが存在しているが、その『私』は自分が見るすべての人の『私』であり、すべての人は同じ中心から世界を見ている」というものだ。

よい唯我論と悪い唯我論を区別することは非常に重要なことだ。 「唯我独尊」 と同様に、間違って理解すると、非常に人を傲慢にする危険性がある。それだけでなく、スピリチュアルな人たちがよくいう「すべて(世界)は幻想である」 と同様に、「世界は私の想像物の産物」であるという考えも、よく理解もせずに信じれば、生きることをかえって困難にするだろうと思う。

もし皆さんがダグラスの実験によって、「私とは本当に何か?」 を見て、見たうえでまた様々な疑問が生じたら(私は多くの疑問を解消するのに非常に長い時間がかかった)、疑問を抑圧せず、好きなだけ考えてみることをお勧めする。
 
最後に、 ダグラス・ハーディングが常に言っていた警告を繰り返せば、
「私の言う言葉を一言も信じてはいけない。皆さんはそれを人生のあらゆる面でテストしてください。私の言うことがダグラスの単なる妄想にしかすぎず、役に立たないゴミだと思うなら、投げ捨ててください」
  

[イベント]


「ダグラス・ハーディングの実験会 New York ワークショップ」2016年11月13日(日曜午後)
主催:山本美子 詳細は下記へ

「マインドについて学ぶ会」2016年11月26日(土曜午後) 大阪市
詳細・予約は下記へ
http://www.simple-dou.com/CCP040.html

「私とは本当に何かを見る会」2016年11月27日(日曜午後) 大阪市
詳細・予約は下記へ

[お知らせ]

4月4日より、下記のDLmarketでAmazonのアカウントも利用できるようになりました。

*「動物園から神の王国へ―サルの惑星、のような星で、平和に生きるために」(PDFファイル)ダウンロード版は、DLmarketのサイトで販売しています。お手持ちの機器(パソコン、タブレット、スマートフォン)に、PDFを読むソフト(AdobeReader等)が入っていれば、どなたでも読むことができます。

本書の詳しい目次は下記のサイトに出ています。

1部 ヒトにおけるセックスと闘争・暴力の問題について
2部 サルの壁 人の壁
3部 人生は、ド・アホでいこう!

DLmarketからファイルをダウンロードするためには、まず会員登録をする必要がありますが、Facebook、Twitter、楽天のアカウント、Amazonのアカウントもご利用でき、各種支払いにも対応しています。(銀行振り込み、コンビニ支払い、Amazonペイメント、クレジットカード、Paypal、その他)。

なお現在は、パソコン等では、横書きの文章のほうが読みやすいという人たちもいると思い、縦書き版と横
書き版の二種類の版を用意してあります。 編集の都合上、総ページ数(縦書き版が453ページ、横書き版が367ページ)は異なっていますが、内容はまったく同じです。

*購入についての詳細は、購入前に下記のDLmarketのサイトを見てください
 http://www.dlmarket.jp/

動物園から神の王国へPDFダウンロード縦書き版」(1500円+税)(453ページ)
   http://www.dlmarket.jp/products/detail/331107

動物園から神の王国へPDFダウンロード横書き版」(1500円+税) (367ページ)
  http://www.dlmarket.jp/products/detail/331108

試読版(無料)は上記のサイトから、会員登録等なしに、どなたでも自由にダウンロードできますので、本との相性を確かめて、購入の判断をしていただければと思います。 (画像の下の、「立ち読みできます」をクリックすると、試読版PDFを無料でダウンロードできます)

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ダグラス・ハーディング(4)To Be and not to be, that is the answer.2016年10月01日 08時59分51秒

 お待たせしていましたダグラス・ハーディングの新刊「存在し、存在しない、それが答えだ」(ナチュラルスピリット発行 本体価格 2300円)が10月中旬に発行、下旬には書店に出る予定です。目次は下記のサイトに掲載してあります。

 

(3)では、ダグラス・ハーディングが語る下記のテーマの中で、1のテーマを紹介した。
 
1.自分の中心から外側に広がる現象宇宙についての宇宙論。

2.自分の中心において、私とは何なのかの認識・理解。

3.非存在が、何の理由も原因もなく、突然存在となる驚異。

いわゆるダグラス・ハーディングのワークと呼ばれているものは、主に2に関するもので、「私とは本当に何かを、今ここで本当に見る(認識する)」  ためのワークである。

彼は「あなたのワークと教えを一言で要約してもらえませんか?」 と尋ねられると、たいてい、「私の仕事は、一番簡単に言えば、他の人にそう見える私の人間的外見と、今ここで私が私を見るときの私との途方もない違いを指摘することです」 と答えている。
 
そして、彼はまた、「私はキリスト教、仏教などの古くからある伝統的宗教と何一つ違ったことを言っていない」とも言う。まったくそのとおりである。「私とは本当に何か」の答えは永遠に変わらず、ただ変わるのは、その時代や文化に合った表現である。現代では、科学の発見が古来からの宗教の教えをかなり証明しつつある。ダグラスは科学時代にふさわしく、できるかぎり科学的で実証できるスタイルで、自分のワークを提出し、だから彼のワークは「実験」と呼ばれている。

そのワーク「実験」については、ここで説明するよりは実際にやってみるほうがいいので、一度もやったことがない方は、下記のYoutubeのリチャード・ラングによる実験動画を見ながら、やってみてください。

リチャード・ラングによる実験動画
https://www.youtube.com/user/FacelessJapanFilms

ダグラスは書くことにも話すことにも非常に才能があったが、それにもかかわらず、彼は「言葉は一番重要なものではない」「私の言うことを一言も信じてはいけない」と、繰り返し警告した。それはなぜだろうか?

それは、思考のレベルでどれだけ非二元の教えについて、「私とは本当に何か」 について、知識があっても(こういう分野の本をたくさん読めば、誰でもある程度は知識を得ることができる)、それは「私とは本当に何かを見る(認識する)」こととは全然違うことだからだ。また人が神とか「私の本質」について、どれほどの信念や信仰をもっていても、見ること(ヴィジョン)を排除した信仰や信念は、盲信でしかない。あるいは過去に何かの覚醒体験を経験したことがあるとしても、それも今ここでの認識とは全然異なるものである。

そして、おそらく、今回出版される本も含めて、もし読者の皆さんが彼の提唱する実験をして、「今ここで、自分とは本当に何かを見ない(認識)」しないかぎり、ダグラスの書いていることの多くは、私たちの理性には意味不明(笑)で、退屈でさえある。もちろん、「自分とは何かを見ても」、見たあと、疑問がすぐに全部解消するわけではないが、それでも彼が語っている言葉の基盤を見れば、彼が書いていること、そしてその他の非二元系の賢者の方々が言うことがはるかに理解しやすくなる。

今回の本の中で、今まで述べた1と2の話は、理性が納得するか共感するかどうかは別として、ある程度は論理的で実証しうる話なので、それでもなんとか読者の皆さんには理解してもらえるだろうと思っている。問題は、「3.非存在が、何の理由も原因もなく、突然存在となる驚異」のテーマである。ダグラスのより好きな言葉で言えば、「神が、理由も原因もなく突然世界として顕現する驚異」である。

今回の「存在し、存在しない、それが答えだ」の本では、他の本に比較して、ダグラスが特に神について熱く語っているのが特徴的で、神について書いている最中に彼の感情が非常に高揚しているのがわかる。彼は非常に科学的で理性的な人だが、こと神の話となると、父親から受け継いだ文化的遺伝のせいなのか、生涯の恋人である神、その神への愛情表現がとても熱くなり、今回の本では神への想いが満ちている。

が、ここが翻訳が非常に困難なところで、「わかりやすい日本語」と「ダグラス・ハーディングらしさ」  の両立というか調和に私は悩んで、久しぶりにそのストレスで胃が痛くなった(笑)。

「わかりやすい日本語」にしすぎてしまえば、彼が神について冗談を言ったり、言葉遊びをしたりしながら、神とは何かを文学的にかつユーモアをこめて表現しているその香りがなくなってしまい、かといって原文に忠実すぎれば、言っていることがまったく理解不可能にもなりかねない。ぎりぎり訳文を考えぬいたが、それでもこれでよかったのかどうか確信がもてない部分もある。(翻訳者の能力不足は、読者一人ひとりの神なる本質が補って読んでくださるだろうと希望している)

そもそもほとんどの人にとっては、彼の言う「存在に驚く」という意味がわりにくい。私が彼のワークショップに出たとき、彼はワークショップの最中に必ず一度は、「非存在が何の原因も理由もなく突然存在なることに私は驚く」 という発言をし、カフェや彼の自宅でお茶を飲んでいるときでも、彼はたびたび「私は、自分が存在していることに驚いている」と言ったものだった。

最初の頃、「自分が存在していることに驚いている」という発言を私はまったく理解できなかった。私にとっては、正直に言えば、存在とは驚くべきものというより、大人になってからずっと「重荷」のようなもの、いつもある「重荷」で、その何が驚くべきことか理解できなかった。彼が言う「存在」とは人間ダグラスのことだけではなく、人間ダグラスを含めた、現象すべてのことだ。

ダグラスが言う「存在に驚く」ことがどういうことか示す非常にシンプルな実験があるので、今皆さんもこの場でやってください。(10秒あればできます)

目を閉じて、自分の(映像)世界が消えたことを確認する。そして、しばらくしてから、また目を開けて、自分の(映像)世界が再創造されたことを確認する。以上。

ダグラスがワークショップでこの実験をやるのを最初に私が見たときの感想が???だった。実験の前に彼は、「これから私は世界を消滅させて、それからまた世界を再創造します」と言って、目を閉じ、それからしばらくしてから目を開けた。私はその間中、ずっと彼を集中して眺めていて、当然のことながら、ダグラスは消えたりすることもなく、ただ椅子の上に座って、目を閉じて、再び開けただけだった。

私は休憩時間に彼のところへ行き、次のように質問した。「ダグラス、あなたが目を閉じている間、私はあなたをずっと眺めていましたけど、あなたは全然消滅しませんでした。あなたが言う世界の消滅と再創造とはどういうことですか?」

すると、ダグラスはこう答えた。「それはあなたが見た世界だ。私は確かに自分の世界を消滅させ、再創造した」。そこで、私はもう一度尋ねた。「ということは、私の世界とあなたの世界と、別々の世界があるのですか?」 ダグラスは、「世界に関してはそういうことだ」と答えた。このダグラスの答えを聞いて、???の?一つ減って、??くらいにはなったが、それでも納得はできなかった。

この少しあとだったと思うけど、たまたまニサルガダッタ・マハラジの本を読んでいたとき、「私が存在するから、世界は存在する」というマハラジの言葉に出会って、突然ダグラスの言わんとしたこと、「世界は私が見る(認識する)瞬間に創造される」ということが非常に腑に落ちた。

つまり、「現象世界というのは、私が在るときにしかない」、反対から言えば、「私が在るとき、現象世界がある」(念のため言えば、この「私」は個人的私のことではない)

そして、その「私が在る」ゆえにある現象世界は、「私」によって瞬間に変化させることができるのだ。もし皆さんが目を閉じれば、映像世界を消すことができ(もちろん、そのときでも、あなたを見ている他人の映像世界の中では、あなたはただ目を閉じているだけに見えるだろう)、そして再びあなたが目を開ければ、映像、音声、触覚つきの完全なる新しい世界が再創造されることであろう。世界は毎瞬毎瞬、無(非存在)から創造されているのだ。

さらにダグラスは付け加えて、こう言っている。

本当は何もないのが普通で、在るほうが異常だ。だが、毎瞬その普通でないことが起こり続けている。だから私はそれが驚くべきことで、奇跡だとも言うのだ

しかし、私たちの常識というか理性はこう言うにちがいない。「在ることは当然で、その何が不思議ですか? 目を閉じれば、見えなくなる。それも当然の話で、そんなことに驚くのは子供だましの話でしょう」。

このテーマに関して、私はあるとき、こう自問した。「なぜ私たちは存在していることに驚かないのだろうか? 」その答えは、記憶(知識)のせいである。もし記憶がなければ、驚くべきことになる。

たとえば、今私は机のところに坐って、パソコンを見ている。次の瞬間、横を向くと、パソコンが消えて、窓が出現する。記憶(知識)のせいで、私は窓が当然そこにあると思っているので、横を向いたとき、窓が出現しても特別に驚かない。

もちろん、今でも私はほとんどのときは驚かないが、でもワンクッションおいて、改めて考えると、驚くことがある。たとえば、トイレへ行こうと思い、立ち上がって少し歩くと、トイレがちゃんと出現する――ああ、これこそ本当に魔術だ(笑)と。もちろん、毎瞬驚いてばかりいれば、人間クラブの生活に支障がでるかもしれないので、記憶とか常識はありがたくはあるが、一方で常識と記憶に支配されると、人生は老いるにつれて死に向かって歩くだけの退屈で重い旅になる。
 
ダグラスは、この3のテーマに関しては、長年「頭がない方法」の教えに親しみ、実験をやっている人たちの中でも、理解する人たちと理解しない人たちがいて、それは別に問題ではないと言っている。それは「私とは何かを本当に見る」ことのボーナスのようなもので、つまり、「驚き」という感情は起こるかもしれないし、起こらないかもしれないというだけのことだ。それでも、もし「存在に驚く」ことが起こるなら、それは神が自分の宇宙創造に驚いているということだ、と付け加えている。

ダグラスが議論しているようなこういったテーマは荒唐無稽に思えるかもしれないが、実は現代では宗教の分野ではなく、宇宙創造の秘密は、物理学者が真剣に議論していることであり、その議論の中には「宇宙が瞬間的に創造される」という話も入っている。もちろん、科学者たちは「宇宙が瞬間的に創造される」という結論には否定的なようだが、しかし、科学者たちがそういったことを真剣に考え、議論していること自体が大変に興味深い――「宇宙を織りなすもの(上)(下)」(ブライアン・グリーン著 草思社発行)は、宇宙創成の謎について物理学者たちの包括的な議論を紹介している好著である。

  
 
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何もしなくても、うまくいく?2016年09月15日 09時43分53秒

 今年の夏も暑かった。暑さに特別弱いというわけでもなかったけど、それでも年々夏の暑さが体にこたえるようになっている。

暑いときは、いつもにもまして家事とか雑務がしんどい。最近では、人工知能やロボットの話題がよくマスコミで取り上げられているが、猛暑の日々は、雑務や家事を全部やってくれるロボットが欲しくなる……(SFドラマ「スタートレック」に出ていた、データ少佐のような全知全能なアンドロイド・ロボット)

まあ、私が家事や雑務を面倒に思うのは今に始まったことではなく、若い頃から、活動する時間(仕事も含めて)ができるだけ少なく済むことを目指してきた。

なので、私はスピリチュアル系の本の中に、「何もしなくても、うまくいく」というような表現に出会ったとき、それを喜んだものだった。そして、どれほど騙されて(笑)きたことだろうか。
 
騙されたのは、本のせいではなく、自分のエゴの解釈のせいである。私たちのエゴが 「何もしなくてもうまくいく」を解釈するとき、たいていは「自分の嫌いなこと、したくないことをしなくてもすむ」という意味だ。私のエゴなら、「あれこれ肉体的な活動をしなくてもすむ」という意味に解釈する。好きなことなら、人は抵抗なくやるものである。

しかし、特に非二元系の教えで「何もしなくても」 の本当の意味は、「それをやっている個人的実体がいない」という意味だ。

簡単な例を上げてみよう。シンプル堂と呼ばれいてる肉体の中に喉の渇きが起こり、それからそれは台所へ行き、冷蔵庫を開けて、冷たい水を取り出し、それをコップに注いで、飲む。二元的に見れば、シンプル堂と呼ばれている「人」が一連の動作と作業をやっているように見えるが、非二元的に言えば、この一連の動作と作業をやっている実体はいないのである。ただ、喉の渇き→水を飲もうという思考→肉体が立ち上がる→水道の水ではなく、冷蔵庫の冷たい水にしようと思考→冷蔵庫を開けて、水の入ったポットを取り出す→コップに注ぐ→飲む、という一連の非個人的プロセスがただ起こるだけである。

「何もしなくても」を、肉体とマインドを活動させないことだと考えることがエゴの誤解である。肉体とマインドは「私の本質」の道具であり、それは何かの活動をするように運命づけられている。仮にもし一日24時間、ベッドの上で何もしないで横たわっていることができる人がいるとすれば、その人の肉体は単に病気であるという意味である。私たちの生活は、肉体とマインドレベルではたくさんの物事がおこなわれることで、成立っている。どれほど時々はイヤだ、面倒だと思っても、ほとんどの人は仕事をし、家事をし、家族の面倒を見なければならない――アンドロイド・ロボットが格安で買える時代が来るまで。

さて、私のところへ話に来られた何人かの人たちから、次のような主旨の質問を尋ねられたことがある。「もし私がハーディングの実験だけをやっていれば、何もしなくても、すべてがうまくいきますか?」そういった質問をした人たちは、皆さんお若く(二十代から三十代の方々)、そして若い頃から非二元系の本に親しんでやや厭世的な傾向がある。なかには、十代の頃からダグラス・ハーディングとかニサルガダッタ・マハラジの本を読んでいる人もいる。 もし人が十代から、ダグラス・ハーディングやニサルガダッタ・マハラジを読むとしたら、霊的に相当早熟だと言えるだろう。

ここでもまた、「何もしなくても」が曲者だ。この「何もしなくても」の解釈はその人のおかれている状況によるが、無職の人であれば、「何もしなくても」は、おそらく「求職活動をしなくても、仕事が向こうからやって来ますか?」みたいな意味かもしれない。中には、働くのが本当にイヤだと思っている人の場合、「何もしなくても」が、「働かなくても、一生生活できますか?」みたいな意味の場合もある。

私だって、大学生の頃そして二十代の頃、就職活動とか、その他諸々の活動が本当にイヤだったので、こういう質問をする若い人たちの気持ちを私は充分に理解できる。が、やはり「何もしなくても」が誤解されている。たとえば、就職を望むなら(あるいは、望まなくても、働かなければならないなら)、ほとんどの場合、見かけは、肉体とマインドを動かして就職活動をしなければいけないわけだ。

そして、その活動をしている最中に、もしかしたらハーディングの実験やその他のスピリチュアルな理解が役立つかもしれないとは言える。実際ダグラスは、霊的求道者が自分の世界に引きこもっていることに強い懸念をもっていて、実験を「市場の瞑想」と呼び、それを人生のあらゆる場面でテストするようにみんなに勧めたものだ。「私(たち)の本質」は何をどうやればいいのか、無限の知恵をもっているとダグラスは強調している。

しかし、彼がそう言っているからと言って、それが私たちの中で自動的にそうなるわけではない。(もし彼の言っていることが真実で、価値があると思うなら)、その彼の言葉が本当に真実なのかどうかは、一人ひとりが人生をかけて証明すべきものである。

働くのがイヤだと思っていた大学生だった私もあれから40年、色々な仕事を行き当たりばったりに転々として、食いつないできたものだ。その仕事体験・求職体験から言えば、仕事・求職における喜びと苦痛、成功と失敗、挫折、そして人間関係の軋轢、その他は、瞑想や読書、その他のスピリチャルなワークと同じくらい、あるいはそれ以上に色々なことを教えてくれ、霊的求道にも役立ってきたと思っている。

そうして、今になってみれば、「何もしなくても、うまくいく」、「うまくいかないように見えたときでも、実際はうまくいっている」ということが真実であると、確信をもって言うことができる。しかし、真実の理解は安上がりではない。私の場合、それはたくさんの人生の苦痛と失敗を通じてやって来たものである。


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暑中お見舞い申し上げます2016年08月05日 09時53分58秒

暑中お見舞い申し上げます。

8月はブログをお休みします。暑い季節なので、皆様どうぞご自愛ください。

(ダグラス・ハーディングの教えとワークの続きは、出版時期が明確に決まりましたら、
再開します)


*ダグラス・ハーディング関連の無料動画は下記へ

  https://www.youtube.com/user/FacelessJapanFilms
 
  *ダグラス・ハーディングのDVD販売に関しては下記へ
 


*ダグラス・ハーディングのThe Hierarchy of Heaven and Earth のオリジナル版PDF(ダウンロード版)販売サイト。



*リチャード・ラングの「天と地の階層」講演録(日本語字幕付き)

http://youtu.be/f2eF52V6yIs


「イベント]                                                  
 予約受付終了しました 
 「私とは本当に何かを見る会」2016年9月11日(日曜午後) 東京 
 

「ダグラス・ハーディングの実験と色即是空、非二元を体験する会」

ニューヨーク市在住の山本美子さんが、下記の日程で、実験の会を主催します。

日時:9月17日(土)、18日(日)の午後1時~3時
詳細は下記へ   
  http://www.ne.jp/asahi/headless/joy/99_blank014.html


「ずっと前から待ちつづけている者様へのご質問の答え」
本には基本的に著作権というものがあり、海外の著作物の翻訳の販売は
原則として契約で許可された会社にしか法律上許されていません。私は翻訳家ですので、
そういう権利をもっていません。ですが、出版社のほうには、読者の方から
強い要望が来ていることはお伝えしておきます。 (シンプル堂)

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動物園から神の王国へPDFダウンロード横書き版」(1500円+税) (367ページ)
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「楽しいお金」PDFダウンロード版(本体価格1,000円)
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「 楽しいお金3」PDFダウンロード版(本体価格1,000円)
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 「人をめぐる冒険 」PDFダウンロード版(本体価格1,000円)
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「1994年バーソロミュー・ワークショップ東京会場1日目」MP3ダウンロード版(本体価格2,000円)
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「1994年バーソロミュー・ワークショップ東京会場2日目」MP3ダウンロード版(本体価格2,000円)
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「1994年バーソロミュー・ワークショップ京都会場1日目」MP3ダウンロード版(本体価格2,000円)
http://www.dlmarket.jp/products/detail/297958