閉じているそれぞれの観念世界 ― 2026年10月18日 09時13分37秒
[ イヴェント]
予約・詳細は下記へ
◎リアルの会「私とは本当に何かを見る実験の会」(東京都)
2026年11月23日(月曜祝日)
◎オンライン「私とは本当は何かを見る実験の会」
2026年11月8日(日曜日)午後2時から午後4時頃まで
◎オンライン「非二元の探究──「神(全体)の意志」を受容する」
2026年11月12日(木曜日)午後2時から午後4時頃まで
2026年11月15日(日曜日)午後2時から午後4時頃ま週に1、2回、読み終わった本を返したり、予約した本を取りに行くため、自宅から徒歩7分くらいのところにある図書館に行く。図書館は数年前に新しく立て直され、新しいコンセプトとスタイルでデザインされたカフェ風の図書館で、非常に快適である――飲食自由、無料wifi付。
『ピダハン』 ― 2026年10月04日 09時06分10秒
*個性と創造性、プライバシーを重んじない。
*罪の観念がない。「心配」という言葉がない。
*赤ちゃん語がない。全員が共同体に責任を負い、全員が共同体から世話をされる。
*暇なときは、いつもおしゃべりしている。
*自分たちは他の文化よりも優位なので、他の文化の真似をする必要がない。
*未来の計画を立てない。
*昔の話、未来の話をしない。
*直接体験以外話さない。
*左右の概念がない
*知識の価値は、それが真実かどうかではなく、それが役に立つかどうかで決まる。
久しぶりにLibertangoを聴いて ― 2026年09月16日 09時07分29秒
最近読んだ本から ― 2026年09月01日 07時04分41秒
2026年10月1日(木曜日)午後2時から午後4時頃まで
*生命を持たぬ機械がまるで生き物のように環境からエネルギーを得る可能性。
*どのような装置を使えば、大気中の空気を継続的に冷却する工程を利用して、環境から動力を得られるのかがわかったのだ。
*恋愛やセックスはしなくていい。
*友人がいなくてもOK。
*集団で協力するための共感力。
*自分とは違う様々な他者がいることを認めることで、生き延びるための様々な考え、技術、行動が広がり、絶滅の危険が低下した。
8月に父を想う ― 2026年08月17日 08時28分26秒
2026年10月1日(木曜日)午後2時から午後4時頃まで
8月はお墓詣りをしたりするせいか、あるいは8月が戦争と結びつくせいか、父のことをよく思い出す。そして、今年は五木寛之さんの『大河の一滴 最終章』(幻冬舎)を読んだおかげで、父についての一つの謎が解消した。
それは終戦のときの話で、中国に派兵されていた父が日本に帰国できたのは終戦から2年以上あとのことで、しかも東南アジアの国々を経るという遠回りで帰国したという話だ。その話を父から聞いたとき、「どうしてそんなに時間がかかったのか?」と疑問に思ったものの、父に訊きそびれた。
『大河の一滴 最終章』の中で五木さんは書いている。
「敗戦後の北朝鮮で、零下20度の冬を迎えてもなお一向に引き揚げが実現しなかったのは、当時の日本国の政治的配慮でもありました。
〈そうでなくても敗戦の混乱のなかで、国民全体が困窮しているのに、これ以上、多くの復員軍人、引揚者を迎え入れる余裕はない。しばらくは現地で待機させるしかないだろう)という発言をした有力政治家の名前を、ぼくは今も忘れることはできません。〉」
「有力政治家の名前を、ぼくは今も忘れることはできません」に五木さんの強い感情を私は感じる。もし引き揚げがもっと早く実現していたら、五木さんの母親は日本で治療を受けたり、少なくとも当時の北朝鮮よりもよい生活環境の中で療養できたかもしれないという無念。五木さんは別のところで、戦争の終結をいち早く知った現地にいた軍の幹部や政治家はさっさと帰国した話も書いている。「自分たちは棄民(捨てられた民)」だったのだ」と。
だから、父の場合も、国策で中国大陸か東南アジアのどこかに長々と留めおかれ、それで帰国にあんなに時間がかかったのだ。父は体が丈夫でよかったけれど、ひ弱な人だったら、途中で死んでいたかもしれない。
そして、ようやく家族の元に戻った父が見た風景は、米軍の空襲によって焼野原になった故郷だった。故郷の駅に降り立ったときに見たその風景が一番ショックだったと父はよく語っていた。幸い父の家族は米軍の空襲で誰も死なず、父は戦後ひたすら家族のために働き続けた。
父は、最近よく耳にする戦争のトラウマによる心身症(Psychosomatic disease:PSD)を発症しなかったが(←戦争PSDを発症すると、お酒を飲んで暴れるとか、家族に暴力を振るうなどの行動が起こる)、それでも根は非常に心優しい人なので、中国で自分たちがしたことに対する罪悪感を心の奥底に持ち続けていた(と私は感じていた)。
今年のお盆は、少々感傷的になって、父の遺影に向かって、生きているときに言えたらよかった言葉をつぶやいた。「お父さん、ありがとうございます。お父さんが無事戦争から帰ってきて、戦後頑張って働いてくれたおかげで、今日、お母さんと私たちは豊かに暮らしています」
親への感謝はいつも遅すぎてしまうものである。
U.G.クリシュナムルティ『悟りという謎』4 ― 2026年08月03日 14時28分15秒
料理とアートの日 ― 2026年06月16日 09時39分18秒
2026年7月26日(日曜日)午後2時から午後4時頃まで
[2023年に出版された本]
健康の常識と非常識 ― 2026年06月07日 09時10分50秒
[2023年に出版された本]
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