『チ.地球の運動について』(1)――権力者対異端 ― 2025年07月25日 10時08分22秒
*教会の権威に傷がつき、
*人々から教会税を集金したり、彼らの生活を支配したりするパワーを失う、
「第三者からの反論が許されないなら、それは信仰です。反論してもらうためには他人が必要です」
「天動説と地動説などの対立が現実を前へ向かわせるのです」
[一昨年出版された本]
猛暑の空 ― 2025年07月15日 11時24分48秒
皆様、猛暑お見舞い申しあげます。
ここ2カ月ほど引っ越しのせいで超多忙だった。10年分の片づけをし、10年分の電話をかけまくり、10年分の不用品を捨て、そして新居に合わせて新しい物を購入し、こうして地球温暖化に自分も貢献している(苦)。
その地球温暖化の影響もあってか、引っ越し先のマンション最上階の東向きの部屋は日当たり最高(苦)で、朝から室温が33度~35度くらいになる。何もしないと室内で熱中症で倒れる危険性があるので、遮熱カーテンと遮光カーテンを二重にして室内への日光を完全に遮り、さらにエアコンと扇風機をかけ、さらに首と足を保冷剤で冷やして(笑)すごしている。そして、太陽が西の空に移動した夕方にエアコンを止めて、カーテンを開けるという何とも奇妙な生活である。
でも何事にもプラスとマイナスはあるもので、以前住んでいたところとは違って、まわりに高層の建物がないので、ベランダからは遠くの山まで見える。日の出前と、少し涼しくなった夕方にベランダに出て、目の運動と保養も兼ねて空と風景を眺めるのが日課になっている。太陽が沈む前の空の色彩は、どんな芸術作品よりも見飽きないし、夕方の空を眺めているとき、私は「sexy(←めったに使わない言葉であるが)」という言葉さえ思い浮かぶ。
怒涛のような忙しい日々もようやく終わり、今はまた読書と昼寝と母の介護と少し仕事という、ゆるい日常に戻り、紙の本も久しぶりに読み始めている。この2カ月間、忙しさと疲労のせいで本を読む気力がまったくわかなかった(忙しいと本が読めない、という主旨の本をどこかで見かけたが、まったくそのとおりだ)。それで寝る前や休憩時間は、ネットで色々なジャンルの動画を見ていた(動画は、疲れているときでも見ることができる)。今はあらゆるジャンルの動画があるので、娯楽、勉強、情報のために本を読まなくても生活できる時代なのだと実感。
次回は、私がこの2カ月間で見た動画の中で、一番面白かった『チ。地球の運動について』というアニメについて感想を書いてみたい――私は普段は日本のアニメをほとんど見ないが、このアニメにははまって、1週間で25話を全部見た(現在NHKのEテレでも放映中です)。
[一昨年出版された本]
最近読んだ本から ― 2025年05月25日 08時56分33秒
『数学が見つける近道』マーカス・デュ・ソートイ(新潮社)
『死ねない理由 』ヒオカ(中央公論新社)
お知らせ ― 2025年04月20日 13時32分31秒
2025年5月11日(日曜日)午後12時45分より午後3時半頃まで
*オンライン「私とは本当に何かを見る実験の会」
2025年5月18日(日曜日)午後2時から午後4時頃まで
*オンライン「非二元の探究――実験と瞑想の会」
2025年5月4日(日曜日)午後2時から午後4時頃まで
2025年5月22日(木曜日)午後2時から午後4時頃まで
上記のイベントについての詳細はこちらへ
[新刊発売お知らせ]
ナチュラルスピリット発行)発売。
U.G.クリシュナムルティ『悟りという謎』 ― 2025年04月01日 10時30分12秒
ナチュラルスピリット発行)発売。
絵画のタイトルが気になる(笑) ― 2025年03月17日 16時58分05秒
ナチュラルスピリット発行)3月下旬発売予定。
先日、上野の東京都美術館に、「ミロ展」(Joan Miro スペインの画家。1893~ 1983)を見に行った。去年は、同じく東京都美術館に、「デ・キリコ展」(ジョルジョ・デ・キリコ。イタリアの画家。1888~1978)を見に行った。ミロもキリコも若い頃、なんとなく好きだった画家で、久しぶりに本物の絵を見て楽しかった。
*Iamからのラブレター
*君が見た私ではないもう一つの自画像
*私の宇宙頭の中で遊ぶ愛しい小人たち
*君を想う夜に切なく降りてくる愛
*人間的愛の阿修羅的変身
*愛を知らない子供たちのために泣く神
我見て
「見ろ」三昧
ご質問への回答 ― 2025年03月08日 15時05分50秒
ナチュラルスピリット発行)3月下旬発売予定。
結局、人生は、普通に生きるしかないのでしょうか?」
[ラメッシ・バルセカール(Ramesh S. Balsekar)の教えについて、Gemini(生成AI)に質問したら、良い回答が来ました。以下のリンク先の文章の感想を高木さんにいただけたらな、と思います。よかったら、読んでみてください。
note
悟らなければいけないと思うことは、条件付きの肯定であり、「今」にいないのではないか? 非二元論や仏教の悟りについてです。二元論や仏教の悟りについてです。
ハムさんが書かれている、「私は、悟りや人生に期待しすぎなのでしょうか? 結局、人生は、普通に生きるしかないのでしょうか?」というご質問(でしょうか?)ですが、生成AIシンプル堂の回答は:
「はい、あなたは悟りや人生に期待しすぎです。結局、人生は、普通に生きるしかありません」(←身も蓋もない回答)
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