ダグラス・ハーディング(2)To Be and not to be, that is the answer.2016年06月28日 07時36分52秒

前回書いたように、ダグラスの本を出すことがすぐに決まり、帰国後すぐに翻訳を始めたもののとても自分には手に負えそうにないと感じ、この人ならできるかもと思って、ある翻訳家に翻訳を依頼した。ところが断りの返事がきて、 それで「自分でやるしかない」 と覚悟を決めて取り掛かることにした。

 ダグラスとの縁はその後も続き、翌年はダグラスとキャサリンの自宅で夏のワークショップが開かれ、今度はイギリスへ出かけていった。彼らに会うという目的の他に、イギリスを見たいという気持ちもあった。前年のアイルランドは初めて行ったヨーロッパの国で、アイルランドの街を少し歩き、ヨーロッパの町並みの美しさに魅了されて、他の国も行ってみたいと思ったからだ。

自宅でワークショップなんてどんな広い家かと予想したが、ダグラスとキャサリンの家はダグラス自身が最初の結婚生活を送り、自分で設計した平屋づくりのこじまりとした家だった。ダグラスの書斎でもある広いリビングは壁一面が本棚になっていて、古今東西のスピリチャルな本がずらりと並んでいた。その広いリヴィングに20人から30人くらいの人が毎日集まり、1週間近いワークショップをやった。遠くから来ている人は、車の中で寝たり、広い庭にテントをはったり、リビングに寝袋で寝たり、私は近くのダグラスの友人に家に泊めてもらった。食事や買い物はみんなで当番で担当し、なんだか大学生の合宿のようで楽しかった。

自宅でのダグラスは、さらによりくつろいでいる感じがあり、実験を主導しながら、ときには演劇調になって(彼はシェークスピアの演劇を愛していた)髪を振り乱して、mad scientist(狂った科学者)のようになって、みんなが笑い転げたりすることもあった。 

 それから、翌年から二年続けて、日本に招待して、東京、大阪、京都でワークショップをやった。この時代のスピリチュアルな雰囲気からいって、彼の教えはほとんど理解されないだろうとは思ったが、それでもまた彼の年齢を考えて、日本に招待するなら今しかないという決断だった。

予想どおり、本は超絶的に売れず、ワークショップ自体は人は集まったものの、ほとんどの参加者たちにただ、?????を残しただけのようだった。そういった参加者の一人がそれから10年以上たったある日、私に電話をしてきてこう言った。「私はインドの非二元の教えに深く傾倒していたんで、ダグラス・ハーディングのワークショップにはものすごく期待して参加したんですよ。何かすごい経験ができるんじゃないかと思って。ところがつまらない実験ばかりで、退屈して、怒りがわいて、二日目は欠席したのです」。確かにワークショップの二日目に来ない人はけっこう多かった。

それからその人は続けてこう言った。「ところが、最近、ある団体で修行をしていたとき、突然、ダグラス・ハーティングの実験のことを思い出して、家に帰って、本を読んだら、何とダグラスの言っていることがようやくわかったんです!あのとき二日目を欠席して、もったいなかったと思ったけど、でも仕方ないですね」。
 
この人のように、ワークショップのときには???の人が、それから数年後とか10年後とか20年後に実験の意味を思い出す人もたまにいる。おそらくそれがダグラス・ハーディングがこのワークと実験にかけた希望であり、そのときは多くの人たちに嫌われ、多くの人たちを困惑させ、退屈させるにもかかわらず、実験の目に見えない影響自体は非常に長く生きている可能性がある。

さて、その後もダグラスとのご縁は続き、私は「ダグラス・ハーディングのワークショップとヨーロッパの街歩き」 というスタイルの旅&娯楽がとても気に入り、その後も機会があるたびにヨーロッパへ出かけたものだ。 ダグラスの追いかけになって(笑)、人生で初めて追いかける対象を見つけ、タレントや歌手を追いかける人たちの気持ちを理解した。そしてこれはたぶん愚かしい娯楽であった。

ダグラスはいつも「ダグラスではなく、皆さんは自分自身を見てください」とワークショップのときに口を酸っぱくして言うのだが、ついダグラスを見るのが面白くて、見てしまうのだ。だんだん親しくなって、冗談も言い合えるようになり、キャサリンの手料理がおいしいせいか、会うたびに彼のお腹が大きくなるので、彼のお腹を軽く叩いては、「ダグラス、またお腹が一段と成長しましたね」とか、からかったりしたものだ。若い頃の彼は、写真から見るにどこか近寄りがたい天才の雰囲気があるが、私が会った頃の彼は好好爺という感じで、私にとっては自分の祖父のような人だった。

そんなふうにご縁は続き、最後にお会いしたのは、彼が亡くなる半年前、自宅を訪問したときだ。その頃は彼はもう車椅子生活でほとんどしゃべらず、車椅子の上で本を読んでいるか、リビングから遠くの風景を眺めているか、昼寝をしているか、という生活を送っていた。人間的な記憶がかなり欠落して、もう私を見ても、誰かわからなくなっていた。 それでもキャサリンが、「スピリチュアルな話ならできると思う」と言うので、これが最後の機会だと思い、私が長年キリスト教の教義で疑問に思っていることを、思い切って質問してみた。彼はその質問を理解し、その場でペンをとって、紙の上にイラストまで書いて説明してくれた。

以上、簡単に私とダグラス・ハーディングとその教えとの出会いについて書いてみた。何事にも飽きっぽいし、特定の一つのことに長く熱中したことがない私にとっては、ダグラス・ハーディングの教えと彼自身とのご縁は異例中の異例だ。だいたい若い頃から、面倒なことやお金が儲からないことは基本やらない主義のはず(笑い)が、どんどんそれとは正反対の方向へ行くのは、エゴ的に見ると悲劇だ。だからなおさらそれは私の個人的意志ではないのだと確信している。
 
お金も人気も出ないにもかかわらず、私が彼と彼の教えを愛しているのは、いくつかの自分でも納得できる理由がある。

まず彼のワークに関して言えば、非常にシンプルで、これをやるのに時間とお金がかからず、先生さえも必要ではない。スピリチャルなワークでこれは非常に重要なことだと思っている。なぜなら、やるたびにお金と時間がかかるものを人は長く続けられず、そして長く続けなければ、何事も自分でその効果を感じるようにはならないだろうからだ。そして、やるたびに指導者が必要なものも、非常に制限がかかる。ダグラスと一緒に実験をやるのは非常に楽しかったが、でも別に彼がいなくても、実験はどこでもいつでもできる。しかも彼が生きていた間は、ワークや実験に関して、どんな質問でも答えてくれた。

それから彼のワークと彼との縁が続いた二番目の理由は、ダグラス自身と彼を取り巻く雰囲気にあった。彼は自分をスピリチャルなグルや教師として扱われることを何よりも嫌っていて、だからまわりの人たちもみな彼を尊敬し、愛してはいたが、友人ダグラスとして気楽に付き合っていた。彼は自分のまわりに階級制を作らず、だから彼のワークショップでは、初めて実験に参加した人も何十年実験をやっている人も、ダグラスもキャサリンもみな同じ立場で、みな初心者として実験を楽しんでいた。彼のまわりにはいつも自由と平等と友愛の雰囲気があった。

階級制ということに関していえば、エゴほど階級制を愛しているものはない。もし皆さんが世俗社会を見たら、そこは階級社会である。人間のエゴは平等を語るが、本当は平等を嫌っているというのが、真実だ。人よりも出世したい、人よりも好かれたい、人よりもお金を稼ぎたい、人よりも美しくなりたい、人より有名になりたい、人よりも幸せになりたい。このように誰も、人よりも少しでも「よりよい」立場になりたい、つまり自分が生きている社会や集団の階級を上りたい、これがエゴを駆り立てる衝動である。

しかし、真正のスピリチュアルな教えは、あらゆる人の根本的平等を最初から保証する。その平等は「そうであれば素晴らしい」とか「そうであるべき」という道徳的な観点から出てくるものではなく、現実の観点から出てくるものである。つまり、一人ひとりはどれほど違って見えようとも、エゴがどれほど平等を嫌っていても、世俗世界の階級的立場がどれほど高かろうが、低かろうが、霊的修行をどれほどやっても、やらなくても、あらゆる人はすでに(この「すでに」という言葉を強調するが)霊的にはみなまったく同じ本質をもっている、言い換えるなら、まったく同じ源泉から生きている--これが究極の現実で真実だからだ。これがダグラス・ハーディングが生涯、百万回も語り続けていることであり、今回のTo Be and not to be , that is the answerでも衰えない情熱でそれを語っている。

が、階級制のない教えは人気がないのも事実だ。なぜなら、階級と達成感を愛するエゴにはアピールしないからである。ダグラスは、私とは違う観点で、「頭がない方法」  の人気のなさをTo Be and not to be , that is the anwer の中で自分でも分析している。ダグラス・ハーディングの教えに限らないが、非二元の教えはシンプルでかつ同時に非常に困難でもある、というのが長年にわたってこの教えと関わった実感である。

それでも私の場合がそうであったように、個人の意志とは関係なく、縁のある人たちは「頭がない方法」 を学び、その道を探求するものだと私は確信している。


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次回は、ダグラス・ハーディングの話は一回お休みして、先日見に行った(聴きに行った)もう一人の元気な90代のおじいちゃんの話を書く予定です。


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コメント

_ アナスタシウ美加 ― 2016年10月09日 03時32分58秒

私の幸せは高木さんと一緒にダグラスの実験に参加させて頂いたことです。
参加者の皆さんと一緒に輪になり足元を見た時にどかーんとぶっとんでしまいました。言葉足らずですみません。あの貴重な体験と時間を高木さんが提供してくださったこと、一生忘れません。私の宝です。

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