ダグラス・ハーディングへの最後の質問――「父と子と聖霊」(3)2018年10月21日 08時37分38秒

私たちの物質世界(世俗世界)は二元世界だと言われている。その意味とは、二元世界では、物事は明確に異なる(ように見える)正反対の二つものによって構成されているということだ――最大の二元はまず、「私」と「あなた」であり、それに引き続き無数の二元的対照物がある――上と下、左と右、男と女、善と悪、表と裏、勝ちと負け、-(マイナス)と+(プラス)、得と損、健康と病気、戦争と平和など。二元世界では正反対の二つの対立が世界を動かしていく。

二つの正反対な物事が現象を動かすという考え方に慣れているせいなのだろうと思うが、だから、昔「父と子と聖霊」の概念を最初に聞いたとき、神の三つの位相というのが、何か奇妙に私には感じられた。「父と子ならわかるけど、そこへなんで聖霊が入ってくるのか?」と。

ここでキリスト教の「父と子と聖霊」の意味をもう少し詳しく説明すると、伝統的キリスト教では、三位の第一位は創造主としての父、第二位は人として神がこの世に送った神の子=イエス・キリスト、そして,第三位が「聖霊」で、この「聖霊」によって私たちは直接神と結びついていると教えられている。

父=創造主はいいとして、私の長年のもう一つの疑問は、なぜイエス・キリストだけが「神の子」と呼ばれるのかというものだった。しかし、ダグラス・ハーディングやその他の賢者のおかげで、本当は私たち全員が「神の子」であることを知った。「神の子」とは文字通り、神が創造した(生んだ)子という意味である。ただほとんどの人が自分は「人間の子」  だと信じている。「人間の子」とは、ダグラス・ハーディング流に言えば、「鏡に映る向こうの人」のことである。さらに私は、「神の子」の概念を広げて、父=創造主が創造した「すべての現象」という意味にも解釈している。

で、なぜ二つではなく三つなのかという疑問への私の答えとは:

「父と子」が本当は一つである、つまり創造主と創造主が創造した子たち(人間も含むすべての現象)は融合していることを、二元的世界で「知る・認識する」ために、「聖霊」が必要なのだと。

宗教的言葉ではなく、物理的言葉でこれを説明してみよう。たとえば、平凡な一枚の硬貨を例にとってみると、一枚の硬貨は表を向いているか、裏を向いているかで、普段は片方の面しか見えない。しかし、私たちは硬貨が表と裏からできていて、表と裏は絶対的に融合していることを「知って」いる。なぜ知ることができるのかと言えば、硬貨を動かして、表と裏を交互に見ることができるからだ。しかし、万一硬貨を動かすことができなければ、硬貨は永遠に表を向いているか、裏を向いているかで、硬貨の表と裏が実際は融合していることを知ることはできない。この場合、硬貨を動かし、表と裏が実際は融合していると「知る」ことが第三の要素である。第三の要素がなければ、硬貨の「表」と「裏」 は永遠に(観念的には)分離したままである。

人格的意味と宗教的意味を排除して「聖霊」とは何かを言えば、聖霊とは
下記のことを「知る・認識」するエネルギーのことだと、私は今ではそう理解している。

*現象が在る
*現象は見かけは分離しているように見える
*しかし、その現象は本当は創造主とは分離していない。
 
つまり、聖霊によって、私たちは現象世界においてはすべてが異なって見えることを認識しながら、同時にそれにもかかわらず、「すべては一つである」と知ることができるのだ。

これをマハラジの教えの観念に当てはめれば:

*絶対(父=創造主)
*私は在る(聖霊)
*現象世界(神の子)

である。

つまり、「私は在る」と「知る」瞬間、絶対が(私たちが見るような)現象世界として現れる。しかし、絶対と現象世界は分離しているわけではなく、「私は在る」の知識のおかげで、絶対と現象世界が本当は一つであると知ることができる、というわけだ。

以上のことは純粋に主体の科学であって、信ずるための宗教ではない。

二元世界では正反対の二つのものは分離し、対立し、それが現世の苦しみである。つまり、主体である「私」と「私」が認識する対象物はまったく分離し、異なっているという考えに基づいているので、特に「私」が嫌いのもの・こと・人を認識することは、「苦痛」である。

それにもかかわらず、もし私たちの中で聖霊が作動するようになれば、神の目で一元的に世界を眺めることができ、「対立と分離」が幻想であることを見抜き、そのことによって自然に非個人的慈悲や愛が生まれるのだ。「聖霊」のおかげで、二元的世界の喜びと苦痛、多様性、そして神の一元的世界を両方を同時に見ることができるのである。だから、「聖霊」が神と人を結びつけると言われているのだと思う。

ダグラス・ハーディングはキリスト教でいう「父と子と聖霊」  の三位一体を、彼らしいわかりにくい(笑)表現で次のように書いている。

キリスト教の言葉で言えば、それは父、子、聖霊という神の三位格の聖なる交換、つまり父が自分以外のものとして、子として自分自身への崇拝に参加することに他ならない。そして逆に言えば、それは子が自分以外のものとして、父として自分自身への崇拝に参加することだ。まったくそのとおりである! }(「存在し、存在しない、それが答えだ」第4章ページ48) 

この彼の言葉をもう少しわかりやすくさらに言い換えるなら(下記の表現でもまだ充分にわかりにくいと思うが、ぎりぎり書けば)、

「父が子(現象世界)になって、父の子として『ああ、父とは何と素晴らしいものか!』と称賛(崇拝)し、同時に父の子(現象世界)が父になって、父として『ああ、現象世界(父の子たち)は何と素晴らしいものか!』と称賛(崇拝)する」、くらいの感じだ。そして、その「父→子、子→父」の交換を請け負うのが聖霊の役目と言っている(と思う)。
 
今思い出すに、1996年にダグラス・ハーディングに「聖霊とは何か?」を尋ねたとき、彼が書いてくれたイラストは「顔があるもの 顔がないもの五章(存在が自ら生じる神秘)」の最初に掲載されているイラストのようなもので、説明もその章に書かれてあったことを彼はまとめて言ったのだと思う。この本を作った当時(1993年)、この章を自分が本当に理解しているのかどうかが気になって、それもあって1996年にダグラスに再度尋ねたわけだ。しかしそのときも疑問が完全には解消せず、そのあとマハラジやラメッシ、ダグラスの本、その他のキリスト教系の本をしつこく読んで考えて、ようやく納得できる理解に至ったというわけだ。

実は「聖霊について書きます」と先日最初に書いたものの、その時点ではその理解をどう言葉にすればいいのよくわからず、私は久しぶりに聖霊に祈った(笑)。「あなたのことをブログに書きますので、どうぞ御言葉をよろしく!」みたいな……
 
参考図書

「バーソロミュー」(ナチュラルスピリット)
「顔があるもの 顔がないもの」ダグラス・ハーディング著(マホロバアート)
「存在し、存在しない、それが答えだ」ダグラス・ハーディング著(ナチュラルスピリット)
 「意識に先立って」ニサルガダッタ・マハラジ(ナチュラルスピリット)
「誰がかまうもんか?!」ラメッシ・バルセカール(ナチュラルスピリット)
 「奇跡のコース」(ナチュラルスピリット)
 「新約聖書」(日本聖書教会)
「般若心経」(岩波文庫版)

 
[イベント]

2018年11月11日(日曜日)「非二元の教えを生きる会」(東京) 予約受付終了。
予約・詳細は下記へ。


[今後のイベント予定]

2018年12月8日(土曜日)「私とは本当に何かを見る会」(東京)

2018年12月15日(土曜日)「私とは本当に何かを見る会」(東京)



[お知らせ]


ラメッシ・バルセカール     『誰がかまうもんか?!』電子書籍版が発売されました。

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フランク・キンズロー『瞬間ヒーリングの秘密』 電子書籍版が発売されました。https://www.amazon.co.jp/dp/B075MXJYD3


トニー・パーソンズ  『何でもないものがあらゆるものである』電子書籍版が発売されました。
ダグラス・ハーディングの新刊「存在し、存在しない、それが答えだ」(ナチュラルスピリット発行 本体価格 2300円)好評発売中

目次は下記のサイトに掲載してあります。
http://www.simple-dou.com/CCP041.html

  

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コメント

_ (未記入) ― 2018年10月25日 22時08分27秒

関係のない質問で申し訳ありません。私は今病気をしていてそれを良くしたいと思い病院の治療と共に自分でできる「祈り」をしています。でもそのやり方で悩んでいます。
具体的にその病気が治ることをお願いするいわゆる指示的な祈りは良くないと聞いたので「御心のままでありますように。」のような完全受け身の祈りをしているのですがあまり自分の中でピンときません。
自分としては「病気が治りますように。」といった種類の祈りの方が精神的に安定するような気がするのですがどうしたら良いですか?

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